初めての対面
あれから聖女様が見てみたくて、と言い訳して女将さんの雷が落ちながらも、なんとか誤魔化したソフィアは夜のことを考えると憂鬱で仕方がなかった。セイラとしての演技が抜け落ちそうになる程である。
そんなソフィアを気にする様子もなく、アベルの町は以前とは比べ物にならない、ましてや魔獣に襲われたとは思えないほどのお祭騒ぎになっていた。その理由は簡単である。
「セイラちゃん、聖女様を見たくて店抜け出したんだって?いやー、気持ちわかるよ。あんな美人見なきゃ損だ!」
「いやいや、セイラちゃんのお目当ては王子様や騎士様の方だろ?あんなイケメン滅多にお目にかかれないもんな!」
「あははははは……」
本当は会いたくなんてないんだよ、と心の中で文句を言いつつ、なんとかセイラとしての笑顔を向けるソフィア。今、アベルの町は聖女様が一泊するという話で持ちきりなのだ。皆、美形に目がないのだろうか。
そんな現実逃避をしていたソフィアだが、来るものは来てしまうもので、恐ろしい夜を向かえてしまった。
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聖女一行が宿泊する町長の屋敷。屋敷と言っても一般家庭よりは大きく立派という程度、しかも侵入しやすいように窓まで開けられていればソフィアにとって忍び込むのは簡単だった。
浸入した部屋の中には久しぶりに会うサリーナの姿があった。サリーナの手には侍女の服が握られている。
「お疲れ、ソフィア。早速だけどこれを着て。クロード様がお待ちよ」
「はぁ……やだなぁ」
「ふふふ、そういう反応すると思ったわ」
楽しそうに笑うサリーナを睨みつけつつ、渡された侍女の服に袖を通す。そうするとソフィアはどこからどう見てもサリーナにしか見えなかった。
不服そうな顔のままサリーナに見送られつつ部屋を出て、クロードの部屋へと向かう。人に出くわさないよう気配を探りながら目的の部屋に着いたソフィアは控えめなノックをした。すると勝手に扉が開き、中から美しい金髪の男性が覗いてくる。まさかの王子本人が扉を開けたようである。何とも不用心だ。
「どうぞ」
「失礼いたします」
クロードは椅子に腰掛けソフィアをまじまじと見つめる。その視線が嫌で仕方がなかったが、なんとか顔に出すことはしないですんだ。
「本当に声までそっくりなんだな。サリーナだと言われれば納得してしまう」
「はい、よく言われます」
サリーナのように笑い返せば、再び、そっくりだ、と言葉を漏らすクロードを見て話が進まなさそうだと判断したソフィアは不敬を承知で話を促すことにした。
「失礼ですが、クロード様。『影』と知っていながら私を呼んだ理由はなんでしょうか?」
そう声をかけた途端、クロードは少し困ったような表情を作った。それを見て、さほど大事な話ではないのだな、とソフィアは理解した。
「いや、ただ直接本人から話を聞いてみたかったのだ」
「今までの報告に不備がございましたか?」
「違う。どういう人間が情報を上げているのか知りたかったのだ。私は自分で見て聞いたものしか認められないたちでね」
肩を上げ、茶目っ気たっぷりな表情のクロードを見てイラッとしたことを許してほしい。だって、男の癖に似合っていたなんて、女として少し腹が立つ。
しかし、そんな事をおくびにも出さず、値踏みされていようとも気にしないでソフィアはクロードと向き合った。そして、そのまま報告を始める。
「それではこちらで報告させていただきます」
「ああ、頼む」
「アベルの町は先程皆様が倒された魔獣の件以外は問題がありませんでした。少し穢れにやられた村から逃げてきた者達によって人口増加はしていますが、食べ物などは今のところ影響はないようです」
「そうか」
少しホッとしたのか柔らかな表情に戻ったクロードを見つめたまま、続けて報告をする。
「しかし、三つほど隣のチャデットの街は異常なほど栄えているようです」
「異常なほどだと?」
「はい。人口が増えるのは可笑しな事ではないのですが、領主の羽振りが良いそうなのです。そこまで潤っている街ではないはずなのですが。幸いチャデットも穢れには侵されていません」
ソフィアの報告を聞いたクロードは険しい表情で何かを考え始めた。きっと旅のルートを再考しているのだろう。前もってサリーナから穢れを発見できなかったのにも関わらず、魔獣が現れたと報告されているはずなのだ。アベルの町で魔獣が暴れた事で穢れを探さなくてはいけなくなったため、チャデットに行くには遠回りせざるおえない。
「私がチャデットに向かいますから、クロード様は穢れの浄化を優先してください」
「ああ、そうだな。悪事を働いていても、いなくても、私はまず浄化の旅を優先しなくてはいけないな」
「はい。何かあればすぐにサリーナに連絡いたします。私はクロード様の信用を得られましたでしょうか?」
「不快な思いをさせてしまったな、すまない。其方を信じよう。もとより協力を頼み込んだのはこちらだ。失礼なことをしたな」
まさか謝られるとは思っていなかったソフィアは下げていた頭を思わず上げてしまった。王族なのに簡単に謝罪できるのは良いことなのか悪いことなのか、ソフィアは判断できなかったが、クロードの印象は高くなる。
その後、幾つか情報交換をして部屋を辞した。まぁ、嫌いなタイプではない、と内心安堵するソフィアは気を緩めたせいか自分に近づいてくる存在に気づくのが遅れた。
「おーい、サリーナ!おいってばー!」
一瞬、自分が呼ばれているという認識ができなかったソフィアは慌てて振り返ると、そこにいたのは紅色の髪をした男だった。
ソフィアは心の中で、今日は厄日だ、と愚痴る。まさか聖女一行の一人、騎士のハーヴェイに出くわすとは思っていなかったからだ。