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光に憧れ、影に生きる  作者: 小日向 史煌
浄化の旅を終えて
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ソフィア クレイズ

 雲一つない青空の下を空と同じ色で染められたワンピースを身に纏い、お気に入りの小さな鞄を肩にかけて歩く。

 店が定休日でサリーナが留守番担当の日、つまりソフィアが自由に動き回れる日はいつも前日の夜からそわそわしてしまう。別に予定があるわけではない。『影』であるソフィア達が普通(・・)の友達を作れるはずもないので、単独行動が基本だ。けれど、それを寂しいと思ったこともない。帰ってからサリーナに話せば満足できるからだ。


 だからソフィアは密かに定休日を楽しみにしていた。町の女性の間で流行っている髪型を地味に試してみるくらいには浮き足立っている。サリーナも気づいているだろうが茶化してきたりはしない。きっとサリーナも同じだからだろう。


 しかし、今日のソフィアの足取りは酷く重かった。サリーナと留守番担当を代わってしまいたいくらいだ。実際、サリーナに代わろうと提案してみたソフィアだったが、華麗にスルーされた。

 天気も良くお出かけ日和だというのに何故ソフィアが乗り気じゃないのか。それはソフィアの隣を何を考えているのか読み取れない表情で歩いている人物の所為であった。



「……それで、貴方は何がしたいのでしょうか?」

「別にしたいことはないな」

「ならばお帰りください」

「嫌だ」



 今日何度目かもわからない不毛なやりとりをしつつ、ソフィアは盛大な溜息を漏らす。朝早く出かける準備を済ませ家のドアを開けたソフィアの目の前に現れたのは、大きな欠伸を隠す様子もなく壁に寄りかかり立っているクレイズだった。

 目尻に涙を浮かべながら「よう」と軽く手を挙げたクレイズを視界に入れた瞬間、ソフィアが勢いよくドアを閉めたのは仕方がないだろう。幻でも見てしまったのかと淡い期待を抱き少しドアを開け、隙間から外を確認してみたが残念なことにクレイズは幻でもなんでもなかった。


 サリーナからは見放され、抵抗も虚しくクレイズに連れ出されたソフィアだったが、諸悪の根源であるクレイズは何か用事があるわけではないらしい。

 正直、ソフィアはクレイズとなるべく一緒にいたくない。



「どこか行く予定だったんだろ? それについて行く」

「へっ? ついて行くって……それの何が楽しいんですか?」

「何が楽しいんだろうな」



 冗談でも何でもなく本気で疑問に思っているのか、首を傾げながら呟くクレイズにソフィアは言葉を失う。この人、浄化の旅で何かを失ってきたんじゃない? と本気でクレイズの頭を心配した。

 しかし、クレイズ本人はおかしなことを言っている気はないらしい。



「でもこれがデートってやつらしい」

「デ、デ、デ、デッ!」

「言葉になってないぞ」



 ソフィアの顔が熱により真っ赤に熟す。言葉にすらできないのか、酸欠の魚のようにパクパクと口を動かす姿は可愛らしいというより哀れでしかない。



「女の買い物に黙ってついて行けばいいってハーヴェイは言ってたが、楽しいかまでは聞かなかった」

「もはや重要なところはそこじゃない!」



 思わず叫んだソフィアを見てクレイズは僅かに口角を上げる。



「お前にとって俺は仲間(・・)なんだろ? でもやっぱり仲間じゃ嫌なんだよな。だからと言って友達になるのは後退した気がしてもっと嫌だし」

「な、なにを言って……」

「俺が求めるのはデートをする関係だ」

「…………だぁああああ!」



 ソフィアはその場で崩れるようにしゃがみ込み顔を手で覆った。

 もう限界だったのだ。ソフィアに恋愛経験などはない。仕事で変装している際に好意を向けられた事はあったが、演じている役に対して恋心を向けられて何か感じるはずもなく、恋や愛とは無縁な人生を歩んできたのだ。


『覚悟しておけ宣言』をした後もクレイズのソフィアに対する態度が大きく変わることはなかった。きっと周りで見ている者達にはいつもと変わらぬ様子に見えていただろう。

 もちろんソフィアだって何ら変わらぬ態度で過ごしている。しかし、内心では動揺しまくりだった。あそこまで宣言されれば、いくら気づきたくなくても、恋愛経験がなくても、クレイズの気持ちはなんとなく察する事ができてしまった。そして、クレイズの気持ちを知りながら彼の行動を見ていると彼のこぼしていた愚痴の意味がわかってしまうのだ。


 ソフィアが運ぶ前に重い荷物を運んでおいてくれたり、注文が重なり片付けに手が回らず汚れ物が増えていく台所を接客しながら何も言わず魔術で片付けてくれていたり。笑顔すら上手くつくれないくせに面倒そうな客の相手を率先して請け負ってくれたりもしていた(これはただ追い払いたいだけかもしれないが)。

 クレイズはとても働き者だった。従業員なのだから当たり前といえば当たり前なのだが、本来のクレイズは人間嫌いな気質があり、人と接するのを極力避けて生きてきたような人物で、働き者とは正反対の、どちらかと言えば自分に得のあることしかしない性格だったはずだ。


 それなのに、クレイズは積極的に働き、店を手伝ってくれている。王宮魔術師であるクレイズがしなくてもいい事を、彼は自らやっているのだ。その理由を理解してしまったからこそ、ソフィアはクレイズの行動一つ一つに心を乱された。


 そして今も、クレイズはしゃがみこむソフィアの前に回り込み、同じ様にしゃがみこむと、普段しないような笑みを浮かべ爆弾を落とし続ける。



「てことで、つきあってくれ。いや違うな……つきあわせてくれ」

「……嫌です」

「なんでだよ。別に邪魔しない。ついていくだけだ」

「なら二人で動く意味なんてないじゃないですか。嫌です」



 ソフィアは何とかクレイズと離れたかった。これ以上一緒にいたら心も身体ももたない気がする。頭ではクレイズの言動を笑い飛ばせるのに、心や体は炎の中に投げ込まれたように熱くなり、ソフィア自身では制御できないのだ。

 もう耐えられない。クレイズが近づいてくればくるほどソフィアは逃げたくなる。怖くてたまらない。なにか得体の知れないものがソフィアの中に生まれてきそうで、怖いのだ。


 ソフィアは今の生活で満足している。仮初めでもソフィアとして太陽の下で生きている今に。『影』の任務だからこそ安心しているとも言える。

 結局は光の世界に憧れながらも闇の世界にしがみついているのは自分の意思なのだ。新しい世界に踏み出すのはいつだって恐ろしい。引っ張り出されるのはもっと。



「意味はある。だって俺がしたいのはデートだ。一人じゃできないだろ」

「……なら別の人と」

「お前がいいんだよ。ほら、とっとと動け」



 クレイズの大きな手がソフィアの顔を覆う小さな手を引き剥がす。

 手の隙間から差し込む光が真っ暗だった世界を明るく照らし、思わずソフィアは目を細めた。物語から飛び出して来たような美しい顔の男はその見た目とは裏腹にいつだって強引で、いつだってソフィアの心をかき乱す。なのに何故かソフィアはその手を強引に振り払えないのだ。


 ぐっと手を引っ張りソフィアを立たせたクレイズはソフィアから手を離すと当たり前のようにソフィアの横に並んだ。



「んで、どこ行くんだ?」

「……はぁ……、あっちです」

「ん」



 ソフィアは諦めたように力なく行き先を指し示す。前でも後ろでもなく、引っ張るでもない。クレイズは一人分の距離を開けソフィアの横に並んで歩く。

 もう二人は共犯者ではない。けれど、守られる側でも守る側でもないあの頃の距離感は変わらぬまま。そう思えるこの距離がソフィアには心地よく、クレイズを振り払えない要因であるかもしれない。

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