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光に憧れ、影に生きる  作者: 小日向 史煌
浄化の旅を終えて
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覚悟しとけよ

「ご苦労様でした」

「ありがとうございまーす」



 笑顔で去っていく顔馴染みの業者さんを見送ったソフィアは、目の前に広がる光景を見て、一人気合いを入れる。



「……さてと、さっさと運びますか」



 客が増えたということは、仕入れる材料もまた増えるということで、ソフィアは裏口に積まれた食材を複雑な思いで見つめつつ、店の中に運び入れようと荷物を持ち上げた。

 一つ一つは一般の女性よりも鍛えているソフィアにとってそれほど苦になる重さではない。ただ、個数が多い故に往復の回数が増えるのでげんなりとしてしまうのだ。



「んしょっ! って、あ、あれ!?」



 持ち上げた荷物が急に軽くなりソフィアは若干バランスを崩す。なんだ? と荷物を観察すれば、荷物が宙に浮いているではないか。

 こんな事ができるのは一人しかいない、とソフィアが辺りを見回すと店から不機嫌そうに眉をひそめているクレイズが現れた。



「なにしてるんですか」

「荷物運びくらい俺がやる。俺なら一瞬だしな」



 そう言うや否や、裏口に積まれていた荷物達がひとりでに店の中へと入っていく。まるでセルベトの能力のようだが、これはクレイズの魔法によるものだろう。かなり高度な技のはずだが、顔色ひとつ変えずに行うクレイズはさすがと言う他ない。



「国一の実力者が荷物運び……なんだか力の無駄遣いです」

「んなことねぇよ。俺の力は俺の使いたいことに使う」

「使いたいことが荷物運びとは、なんとも庶民的ですね」

「うるせ」



 クレイズがいるという状況にも徐々に慣れ、ソフィアとクレイズの間にはハデスト帝国での様な雰囲気が流れ始めつつあった。気に食わない奴から共犯者、仲間へと昇格し、再び王宮魔術師として距離ができていたが、雇い主と従業員くらいの距離感にはなってきているようである。



「それじゃあお手伝いしてくださった従業員さんにコーヒーでもお淹れします」

「ああ」



 店に入りコーヒーの準備をし始めたソフィアの目の前のカウンターにクレイズが腰を下ろす。

 ちなみに店は昼から開店するため、午前中の今は仕込み時間で、先ほどまでサリーナとクレイズはホールの準備などをしていた。ならばなぜこんなにゆっくりしているのかって? 先ほどの荷物の件と同様、クレイズが魔法でぱぱっと終わらせてしまったのである。今までの労働を思うと悲しくなったのは言うまでもない。家庭に一人クレイズがいたなら主婦は泣いて喜ぶだろう。


 というわけで、あとは食材の仕込みだけなのだ。さすがの便利屋クレイズも味の微調整が必要な調理などは魔法でできないらしい。それを聞いてソフィアは何故かホッとした。



「どうぞ」

「ん」



 渡されたコーヒーを口に運んだクレイズは僅かに口角を上げ、目元を緩める。飛び切りの笑顔とまでは言わないが、元々笑わない人がやるとしっかり笑っているように見えるから不思議だ。



「うまい」

「それはどうも。というか、そうやって笑えるんですから仕事中もやってくださいよ」



 笑顔は接客の基本だ。笑みを作ることが苦手なソフィアでさえ頑張っているのに、なぜクレイズはやらないのかとソフィアは不満を口にする。

 すると何故かクレイズは笑みを深め、はっきりとした笑顔を浮かべた。ひどく自然に生まれた優しい笑顔にソフィアは思わず息を止める。



「なかなか難しいことを言うな」

「い、いや、今できてるでしょう!?」

「そうか?」



 すっとぼけるような態度のクレイズにソフィアは、こんなキャラだったっけ? と心の中でつっこむ。

 そういえば、ハデスト帝国でも最後こそ協力的だったが、お願いしてもいないのに荷物を運んだりと他者に気を配るような姿勢を見せることはなかったし、店の体裁を考え客と接するといった周りの空気を読み行動することなど考えられなかった。どちらかといえば、周りの考えなど関係なく勝手にやっていた気さえする。



「……なんか変なものでも食べたのかな」

「おい。なんかすごい失礼なこと考えてるだろう」

「あ、いえ……」



 誤魔化すように片付けを始めたソフィアにクレイズは呆れの視線を送りつつ、再びコーヒーに口をつける。



「なぁ」

「……なんでしょう?」



 クレイズの口調はいつもと変わらない。表情もコーヒーに視線を落としているせいで全く読み取れなかった。

 ソフィアは手を止めることもせず淡々と返事を返す。意識は手元の作業に向け、耳だけをクレイズに傾ける。そんなソフィアの態度にクレイズが気を悪くする様子も感じられない。だから大した事じゃないとソフィアは高を括っていたのだ。



「俺が笑える方法が一つだけあるとしたら?」

「さっさと実践してほしいものですね」

「なら、俺をお前の特別にしてくれるか?」

「……は?」



 突拍子もないクレイズの発言にソフィアは手に持つコーヒー豆の入ったガラス瓶を落としかける。慌てて持ち直したソフィアはひとまずガラス瓶をカウンターに戻し、不愉快さを隠す気もなくクレイズを睨みつけた。

 しかし、睨みつけられたクレイズは怯むどころか、どこか嬉しそうに口元を緩め「そうそう、それ」と小さく頷いている。



「馬鹿にするのも大概にしてくださいよ」

「馬鹿になんてしてない」

「睨みつけて笑われているこの状況のどこらへんが馬鹿にしてないと言えるのでしょうか」

「ん? だって素直に感情をぶつけられるってことは、少しはお前にとって特別な存在である証拠だろう?」

「なっ!?」



 驚きすぎてソフィアは口を開けたまま固まった。

 頭を打ったレベルではない。もはやソフィアには目の前の人物がクレイズの皮を被った別人に思えた。



「地道にアピールしたところで伝わらないってことがよくわかったからな」

「な、なにを……」

「恋だの愛だの、人間の恋愛感情っつーのが面倒くさいものだってことは能力のせいで嫌というほど知ってるんだが、いざ自分がしてみるとなかなか複雑で厄介なんだ」

「いや、だから」

「駆け引きするには経験がなさすぎるし、相手のことを考えて行動しろと言われても今までそんなことしてこなかったから難しい。だからって小さなことをコツコツと積み重ねても相手には気づかれない。でも諦められない……なんだこれ、ほんと厄介だ」



 途中から一人の世界に入りブツブツ文句を並べ始めたクレイズをソフィアはありえないものを見たような表情で見つめていた。

 ソフィアの頭の中はすでに限界に達していた。普段の冷静なソフィアであったならクレイズの言葉達が意味する答えを簡単に導き出しただろう。だが、頭は考えることを拒否し、心が逃げろと訴えてくる。この先はソフィアの知らない、いや、自分が踏み入れてはいけない世界だと心が叫んでいる。


 ソフィアはほぼ無意識にクレイズに背を向け逃げ出す体勢にはいっていた。これ以上は聞くまいとソフィアが足を踏み出す。しかし、ソフィアの耳にはしっかりとクレイズの声が届いてしまった。



「覚悟しとけよ。言っただろう? これが最後のチャンスだって」



 ソフィアの身体がピクリと揺れる。それは拒絶か承諾か。ソフィア自身にもよくわからなかった。

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