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光に憧れ、影に生きる  作者: 小日向 史煌
ハデスト帝国編
43/73

上に立つ者

 嵐が過ぎ去った後のように至る所で調度品が割れ、壁は傷つき、窓は外からの風を遮る役目さえ担えなくなっている。数刻前までは皇族の住まう城としての威厳をこれでもかという程醸し出していたはずが、今ではその影すらない。


 城で働く者達のほとんどが目の前の光景に言葉をなくし、何がどうなっているのかと困惑していた。

 たしか聖女一行を盛大に迎え入れたのだ。この世界の穢れを浄化してくれる唯一無二な存在。ハデスト帝国を穢れから救ってくれる一行。誰もが穢れに怯えなくてすむ未来に安堵し、聖女一行を歓迎していたはずだった。


 しかし、実際には謁見の間から聖女一行が飛び出し、その後をハデスト帝国の魔術師や騎士が追いかけ、攻撃まで仕掛けたのだ。彼らの強さは凄まじく、狭い廊下を駆け抜けながらハデスト帝国の者たちを次々と弾き飛ばしていった。彼らが通り過ぎた後には、呻き声を上げている騎士や魔術師と無残に壊れた調度品の数々が転がっていた。


 なぜ自国の騎士や魔術師が聖女一行を攻撃したのか。謁見の間で何が起きたのか。誰もが疑問に思ったが目上の者に聞ける者などおらず、まずは目の前で痛みにもがいている者を手当てしなければと皆が忙しなく動き始める。

 聖女一行を迎え入れた際の賑やかさとは違う、異様な騒々しさの中、誰もが目の前のことに意識を奪われていたその時、恐ろしい程の静けさが張り詰めた空気と共に謁見の間から突如広がった。





 今だ謁見の間にある王座に座ったままの皇帝ザドルフは何もなかった場所に突如現れた集団を見て、ふんっと鼻をならす。



「アスベルめ……しくじりおったか」



 集団の中にいる茶髪に生気を感じさせない赤い瞳を持つ男を一瞥したザドルフは、そのまま鋭い眼差しを自分に向けてくる男に視線を移す。



「その様子では、そやつも使い物にならなくなったようだな、クロード殿」

「ええ、もう彼の力は使えません。貴方の企みもここまでです」



 クレイズの魔術とハーヴェイの能力を使い謁見の間に突如現れたのは、ノエルを連れた聖女一行であった。何もなかったところから突然現れたことにザドルフ以外の者は驚き、慌ててザドルフを守るように立つが、先ほど起こったことを思い出したのか顔色が悪い。一方、ザドルフは何を考えているのかわからない不敵な笑みを浮かべながらクロードを見つめていた。



「……別に大した企みなどしていないがな」

「穢れを意図的に発生させ、ティライス王国を攻め落とそうという企みのどこが大したことではないと言えるのか。ましてや、穢れを浄化されては困るからと聖女の命まで狙うとは……自国の民もその穢れで苦しんでいると理解しての所業ですか?」

「ふんっ。他国を奪うために戦争をするなど、歴史的にも行われてきたことだろう。そのために穢れを利用して何が悪い。自国の民が苦しむ? 多少の犠牲は付き物だ」

「停戦が合意し、物の輸出入が頻繁に行われるようになった今、国民を犠牲にしてまで戦を始める意味がわかりません」



 クロードの吐き捨てた言葉にザドルフは吹き出し腹を抱えて笑い始めた。張り詰めた空気の中で一人笑うその姿は異様で、聖女一行であるクロードをはじめ、ハーヴェイやオリビア、ディラン、そして味方であるはずのハデスト帝国の者までもが眉をひそめる。無反応なのはサリーナとフードで表情は見せないがクレイズのみである。



「クロード殿。そなたはつまらんなぁ」

「なに?」

「停戦に合意したのは我の祖父だが、我は今だに理解できん。こんな平和な世界、つまらぬではないか。欲しものがあるならば奪い取る。歴史を見てみろ。人々は奪い奪われ生きてきたのだ。奪ったものが勝者となる。我はハデスト帝国の皇帝! 欲しいものは全て奪い取る! それが我に与えられた使命! がははははーー」

「……くだらん」



 冷たい声がクロードの口から零れ落ちる。

 戦好きで身勝手な我儘を押し通す、高い地位と己の実力を他者を犠牲にすることで示そうとする自己顕示欲の塊。そんな男が国のトップに君臨しているとは、国民が可哀想で仕方がない、とクロードは小さく息を吐いた。


 人の上に立つという意味を履き違えてはならない、とクロードは幼い頃から教えられてきた。王族や貴族は贅沢な暮らしをし、人々を動かしている。皆に尊い存在だと崇められている。しかし、元を辿れば王族も貴族も国民が納めた金によって生活している。いわば、国民に生かされているのだ。ただ、人々が生活を円滑に送るために設けられた役職であり、傲慢な態度で人々を見下していれば、いつか見放される時が来る。まさに下がいるから上があるのである。



「今回、ハデスト帝国がティライス王国を攻め落とそうと企てた事、また、私達を襲った事、全てティライス王国に報告済みです。すでに迎え撃つ準備はできているでしょう。しかし、戦となり犠牲になるのは何も知らない国民達です。国民達が犠牲となれば、穢れで弱り始めているハデスト帝国もあっという間に崩壊するのは目に見えている」

「……何が言いたい?」



 つまらなさそうに顔を歪めたザドルフに目もくれず、クロードは皇帝の周りに立つ側近や騎士、魔術師に語りかけた。



「私はティライス王国第二王子クロード・セルス・ティライス。ティライス王国の王族である。私の命を奪おうとした時点でティライス王国は宣戦布告をされたとみなし、ハデスト帝国に攻め入る正当な理由を得た。しかし、今回の企てを指示したハデスト帝国皇帝ザドルフ・アルファド・ハデストを今この場で捕らえ、ティライス王国に渡せば進軍をやめさせよう」



 クロードの宣言に謁見の間は一気に騒がしくなる。ハデスト帝国は武力が高いことが誇りの一つでもあるため、馬鹿にするなと声を荒げ今にも飛びかかってきそうな者、慎重に事の成り行きを見定めている者もいる。そんな中、すっと王座から立ち上がったザドルフは近くに置いてあった剣に手をかけ声を張り上げた。



「そんな話を聞きいれると? 自分がどれだけ危うい立場かわかっているのか? 我を捕らえるなど馬鹿げた事をする者がいるとでも思うたか!」

「その方がいいのでは、と提案してさしあげたのです。武力が強いと言えど、なんの準備もしていない今、我が軍に攻められてはひとたまりもないでしょう。まぁ、我が軍は攻め入るのではなく制圧が主な目的ですが」

「なに?」

「何たってティライス王国一の実力者達がハデスト帝国王城内にすでにいるのですから、制圧だけで十分ですよ。まさか、ついさっき仕留められなかった我々を簡単に負かせられるとお思いか?」



 クロードが初めて見せた笑みは、見たものを凍りつかせる程に美しく冷たいもので、ハデスト帝国の者達は顔をひきつらせるも、皇帝であるザドルフが剣を構えているため、各々臨戦態勢に入り始める。


 そんな彼らを見つめながらサリーナは小さく息を吐いた。

 突然の展開で気づいていないのだろうが、彼らは大事なところを見落としている。確かに聖女一行は先ほど彼らからの攻撃を凌ぎ、城から抜け出すことに成功した。それはかなりの実力であることの証明にはなるだろう。しかし、所詮抜け出しただけ。ハデスト帝国の者たち総出で迎え撃っていれば逃すこともなく聖女も討取ることができていたかもしれない。


 だが今、クロードは勝てると言い放った。それはなぜか。彼らはもっとちゃんと考えるべきだ、とサリーナはしみじみ思いながら扉の方へと視線を送る。それと同時に謁見の間の扉が開き、一人の騎士が飛び込んできた。



「失礼いたしますっ!」



 そう言ってザドルフの前へと駆けて行く騎士を、フードをかぶっていてもわかるほどクレイズが熱心に見つめていることに気づいたのはサリーナだけであった。

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