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光に憧れ、影に生きる  作者: 小日向 史煌
ハデスト帝国編
38/73

面倒を起こすのはいつも彼女である

 いかにも高価そうな調度品の数々が並べられた廊下を抜け、重厚感漂う扉の前まで案内された聖女一行は、先頭にクロードとオリビアが並び、その背後にハーヴェイ、ディラン、サリーナと続いて部屋の中へと足を踏み入れた。大きな窓に囲まれたダンスホール並みの広さを持つ部屋は、細かなところまで繊細な彫刻が施されており、部屋の奥の中央にはこれまた立派な王座があった。ここはハデスト帝国の城内にある謁見の間である。


 王座の前に聖女一行が立つと、部屋の脇に立っている四十代くらいの男が皇帝の登場を声高々に叫んだ。それに合わせて皆がそれぞれの礼をとる。



「面を上げよ」



 身体の芯に響くような声が部屋に響く。ゆっくりと頭を上げれば、王座には剣士のように鍛え上げれた身体をした黒い髪と瞳を持つ男、ザドルフ・アルファド・ハデストが足を組んで座っていた。サリーナはその誰もを威圧するような姿に思わず息を呑む。



「我がハデスト帝国へようこそ。我々はそなた達を歓迎するぞ」

「歓迎のお言葉、一同を代表してお礼申し上げます。私はティライス王国第二王子クロード・セルス・ティライス。そしてこちらの者が聖女としての力を授かったオリビア・アレキセンと申します」



 クロードに紹介されたオリビアは貴族の令嬢らしく膝を折って礼をした。そんなオリビアの様子にサリーナは内心ホッとする。


 オリビアは基本的に自分は尊い存在で大切にされて当然だと思っているような女性だ。そうでなければ、自分よりも立場の上であるクロードにまで我儘を言えるはずがない。

 そして、考え方が短絡的である。まぁ、はっきりと言えば馬鹿なのだ。これは甘やかされて育ったからなのか、元からなのかわからないが、物事を深く考えようとしない。面倒な男(自分の命を狙うテッドなどがいい例だ)に引っかかりやすく、気に食わなければ深く考えずに怒り出す。


 だから、何か問題を起こすとしたらオリビアだろうとサリーナは危惧していた。例えば、ザドルフに色目を使うとか。

 しかし、今の様子だとその様な素振りはない。ただ単に、ザドルフの厳つい顔立ちや大きな身体がタイプじゃないだけかもしれないが、大人しくしてくれれば言うことはないのだ。



「噂通りの美しい女性だな。是非我が妃に欲しいものだ」



 オリビアをまぢまぢと見つめるザドルフの言葉が本心なのか冗談なのかクロード達は判断できず、曖昧な笑みを浮かべる。大体、聖女が現れた国は何事も他国より優位に立てるのだから、そう簡単に聖女を他国に嫁がせることなどしない。だからこそ、冗談でも聖女が欲しいと読み取れるような言葉は使わないのだが、相手が身勝手と噂されているザドルフとなると本気のようにも聞こえてくるから困る。例えオリビアの暗殺を実行したとしても、聖女の力が自国に手に入るならばそれはそれでいいという考えかもしれない。


 何か言葉を返そうとクロードが口を開けるが、続けて部屋に響いたのは男の声ではなく、鈴の音のような可憐な声だった。



「失礼ですが、それはお断り致しますわ」



 その場の空気がピシリと凍りつく。それでも声を発した本人、オリビアは気にする様子もなく僅かに表情を歪めて話し続けた。



「だって、この国にはわたくしの暗殺を企てた愚か者がいるのですよ? そんな国には嫁げません。ただ、その者を捕まえて下さると言うのなら、考えなくもないですが」



 愚か者はお前だぁああ! っと叫んだのはクロードかハーヴェイか、はたまたサリーナか。いや、皆心の中で叫んだに違いない。

 暗殺を企てた者がいるもなにも、目の間に堂々と座っているザドルフこそが暗殺の指示を出しているのだ。オリビアに言えば、会いに行かないだの、ザドルフに食ってかかるだの傍迷惑なことしかしないだろうことは目に見えていたので、敢えて言わなかったのだが、言わなくても食ってかかってしまった。少し考えれば、暗殺を企てた者が国の上層部にいるだろう事くらいは想像できそうなものなのに。


 それも、捕まえてくれたら嫁ぐ事も考えてもいいとか、大馬鹿者にも程がある。例え皇妃になっても飼い殺しだろうし、ハデスト帝国はティライス王国に戦を仕掛けようとしている国なのだ。完全に人質に近いだろう。



「く、くはっ……ははははははっ!」

「何がおかしいのですか!?」

「そなたはとんだ愚か者だな」



 ザドルフの言葉を受けたオリビアの顔は真っ赤に染まり、口をパクパクさせるだけで声が出ていない。もはや怒りと恥ずかしさで言いたい事がまとまらないのだろう。

 隣ではクロードが重々しいため息を吐き、ハーヴェイは苦笑いを浮かべ、ディランだけがザドルフを怒りの形相で睨みつけている。サリーナはといえば、結局こうなるのかと呆れ果てていた。



「茶番は終わりだ。こんなくだらん女に時間を割くのも勿体無い」



 ザドルフの言葉を合図に部屋の大きな窓が次々に開く。壁際に立っていた側近達の姿も既にない。何が起こっているのかわかっていないオリビアを囲むようにしてクロード達はそれぞれの武器を構えた。



「こんなど真ん中ではやりたくなかったんだがな。ディランいいか、相手は魔術師が多いはずだ。しっかり頼むぞ」

「え、あ、はい」

「まずはここを抜ける。頼んだぞ、ハーヴェイ、サリーナ」

「「はい」」



 窓から次々と現れた魔術師、そして扉から飛び込んできた騎士を前にしてクロードは冷静に指示を出していた。中央でオリビアが何か叫んでいる様だが、誰も相手をする余裕などない。


 ディランは向かってくる攻撃魔法を防御壁で防ぎながら遠距離魔法を放っていく。だてにティライス王国で二番目の実力を持つ者と言われてはいない。城を守る結界すら綻ばせている魔術師にそう簡単にやられるはずはないのだ。オリビアが絡むと残念になるのはこの際忘れよう。


 ハーヴェイは能力を使い、敵の間に瞬時に現れては捻り潰していく。中にはテッドのような特異体質を持つ騎士もいるが、今回の目的はこの場からの脱出。つまり、道を作るだけなので、敵に深追いをする事もない。

 クロードがオリビアの周りを守り、サリーナはディランを守りながら、一行は進んでいく。


 皆の頭にあるのはソフィアから伝えられた城を抜け出すための道順だ。キャメルの能力を使い、城の造りを把握したソフィアが教えてくれたのだから間違いはないはずである。


 遅かれ早かれこうなる事はわかっていた。クロードの言うように、謁見の間から戦闘が始まるのは避けたかったが、逆に空間が広い分、戦いやすかったのかもしれないとサリーナは武器を敵に向けながら思う。



「まぁ、どちらにしろ生きて城を出ないと」



 そうでなくては、聖女を囮にするという大きな賭けをした意味がなくなってしまうのだから。

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