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光に憧れ、影に生きる  作者: 小日向 史煌
ハデスト帝国編
34/73

任務放棄?

 キャメルの宿泊する宿からコルベス伯爵の屋敷に直接向かったソフィアは、一睡もしていないとは感じさせない動きで仕事をこなしていた。リリアとしての笑顔の仮面を貼り付け、同僚達の無駄話を受け流し、使ったのかもわからない部屋まで掃除をしていく。

 すっかり慣れてしまったリリアとしての仕事を、ソフィアは無心で黙々とこなしていった。


 そしてあっという間に日は暮れ、辺りが闇の色を濃くしていく。全ての仕事を終え、一息ついたソフィアはふっと我に返って頭を抱えた。



 ーーこれじゃあ任務放棄じゃないっ!



 ソフィアがコルベス伯爵の屋敷で働いているのは、移民として働いていないのは不自然だからだけではなく、色々と情報が入ってきそうだからだ。それなのに、ソフィアは何も考えず無心で働いていたのである。



「もう、私は何やってるのよ……」



 理由はわかっているのだ。頭を使えば浮かんできてしまうことを、ただ深く考えたくなかっただけ。頭にチラつくのは、キャメルの言葉や同僚達の言葉、そしてクレイズの姿。

 任務中に自分のことで悩むなんて、一人で仕事をしてきたソフィアにとってはありえない事である。それも、心の中のイライラ、いやモヤモヤ、なんとも言えないこの感覚が何なのかわからないからこそ気持ちが悪い。



「仕事に集中しないと」



 喝を入れるように自分の頬を軽く叩いたソフィアは、移動しようと廊下の角を曲がろうとして、慌てて足を止める。ゆっくり角の先を確認したソフィアは、驚きで目を見開いたかと思えば、スイッチが切り替わったように何を考えているのかわからない無表情へと表情を変えたのである。それはまさしくソフィアの仕事のスイッチが入った証拠だ。



 ーーまさかこんなところで出会うなんて、ついてるわ。



 ソフィアは相手に気づかれていないことを確認すると、一気に視覚や聴覚など、全ての感覚を研ぎ澄まし、己の気配を消しさる。

 聞こえてくるのは近づいてくる二人分の足音と会話。自分の体重を支えるのがやっとというような重い足音と、ほとんど音のない軽やかな足音。そして、度々屋敷で聞くことのある傲慢で人を見下しているような声と、紳士らしい落ち着いた声色の男性の声。



「いやー、あのカイドリー殿が我が屋敷に訪れてくださるとは、実に光栄ですな」



 高笑いすら聞こえてきそうなほど上機嫌なのは屋敷の主であるコルベス伯爵だ。



「こちらこそ。急なお願いを聞き入れていただき、感謝いたします、コルベス殿」



 そう声を発したのは、長い金髪を後ろで結った、切れ長の青い瞳を持つ美しい男であった。ソフィアはすぐに昨夜裏口から出てきた男だと確信する。



「ハデスト帝国の一貴族として、いや、陛下に支える者として、国のためならば断るという選択肢はないですからな」

「さすがはコルベス殿ですね」



 すでに話は済んだのか、二人は玄関先に向かって歩いていく。こんなに重要な人物が屋敷を訪れていたというのに気づかなかったとは大きな失態だ、とソフィアは落胆しつつ、少ない会話から懸命に二人の間で交わされた内容を推測する。


 ソフィアが潜入先にコルベス伯爵を選んだ理由。それはコルベス伯爵が魔術師の育成や管理、魔力測定など魔法に関係する全てを請け負う魔法省の管理部に所属しているからだ。管理部とは、言うならば文官であり、本人は魔術師ではないが、人事や経費の管理などを行うため魔法省内部についても詳しい。

 加えて、コルベス伯爵は出世欲が強く、噂好きで、ソフィアのように諜報活動をする者にとっては情報を得やすい相手であった。


 そんなコルベス伯爵に何かをお願いした金髪の男は『カイドリー』と呼ばれていた。ソフィアはライルに渡された資料の中にあった貴族の一覧を思い出す。

 カイドリー公爵はハデスト帝国の中にある三公爵の一つで、過去には皇女を嫁に迎えるなど由緒ある家柄だ。現当主は防衛省のトップである大臣職につき、長男は文官に、次男は騎士のはずである。


 今は帯剣をしていないが、城の裏口から出てきた際には剣を腰に下げていたことから考えると次男の方かと考え、男が屋敷を出たのを確認すると、急いで全ての仕事を終えた事を報告しに戻り、足早に屋敷をあとにする。

 使用人が使う裏口から出たソフィアは、馬車ではなく辺りを警戒しながらも歩いて屋敷を去る金髪男の後を追って走り始めたが、何かの気配に気づき足を止める。するとその気配も止まり、ソフィアが歩き出すと再びついてくるのだ。


 まさかソフィアの正体に気づかれたかと思ったが、それにしてはあまりにも気配を消すのが下手すぎる。もしも敵の放った相手ならば撒くか消すかしかあるまい。

 面倒な、と思いながらも気づいていないフリをして人気のない路地に相手を誘い込む。隠れて相手を待っていたソフィアは路地を覗き込むように顔を出した相手を確認して、目を点にした。



「あなたは何をしてるの?」

「……いや、まぁ、な」



 物陰から出てきたソフィアに声をかけられ目を泳がせたのはクレイズであった。

 歯切れの悪い答えで返すクレイズにソフィアは呆れた表情を浮かべる。



「もう一度聞くけど、あなたは何をしてるの?」

「昨日……帰って来ねぇから」

「え?」

「なんかあったのかと……」



 次第に小さくなっていくクレイズの言葉の内容にソフィアは驚き、動きを止めた。

 クレイズの言葉を聞き間違えていないのなら、心配してくれたのか、そう思った瞬間、ソフィアの顔は赤く染まり、任務中に邪魔するなと言い返そうとしていたのに言葉が出ない。



 一方クレイズは、何故自分がこんな事をしているのかわからず困惑していた。

 ただ、朝起きた時いつもある朝食がなく、ソフィアが帰った形跡がなかったことに不安を覚え、キャメルと城に忍び込む予定を思い出した時には家を出て街の中をフラフラしていた。


 ソフィアの仕事が終わる頃にコルベス伯爵の屋敷の近くに来たのも無意識で、裏口から出てきたソフィアの姿に何故かホッとしたのも、走り出したソフィアを追いかけたのも無意識だ。



「悪い。任務中、だったか」

「え、ええ。まぁ、そうね」



 なんとも言えない気まずい空気に、いつもの調子が出せない二人だったが、先に冷静さを取り戻したのはクレイズであった。



「だから急いでたんだな。邪魔して悪かった」

「もういいわ。この後にでも屋敷にーー」

「俺にできることは手伝う」

「……頭でも打ったの?」



 ソフィアの言葉を遮ってまで発したクレイズの提案に、ソフィアは心配気な面持ちで問いかける。

 今までのクレイズの態度は、利害が一致した共犯者にすぎなかったが、今のクレイズの発言は明らかに自ら志願して相手ソフィアの手伝いをしようとしている。今までの態度を知っているからこそ、ソフィアは信じられない想いでクレイズを見つめた。



「……打ってねぇよ、失礼だな。まぁ、なんだ。もう時間がねぇから、その方が早いと思ったんだ」



 どこか言い訳がましいクレイズであったが、聖女一行が来る時間を考えると、あながち間違いでもないためソフィアは素直に頷き協力を求めることにするのであった。

旧年中は大変お世話になりました。


小説家になろうを始めてもう少しで一年が経とうとしておりますが、こんなにも多くの方に読んでいただけるとは思っておらず、とても嬉しく、感謝しております。


今年も皆様に楽しんでいただけるような作品が書けるよう楽しみつつ頑張って参ります。

どうぞよろしくお願いいたします。


史煌

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