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光に憧れ、影に生きる  作者: 小日向 史煌
ハデスト帝国編
32/73

クレイズ、精神的ダメージを受ける

 小走りで目的の店まで辿り着いたソフィアは、出迎えた店員に待ち合わせであることを告げ、店内を見渡す。朝から賑わいを見せる店内は人で溢れ、ソフィアはすぐに探し人を見つけることができずにいた。いつの間にかクレイズも追いつき、ソフィアが目的の人物を見つけるのを背後で腕を組みながら待っている。


 店員も待ち合わせの相手が来るという伝言を聞いていなかったのか、一瞬困ったような表情を浮かべ、聞いて回ってきましょうか?とソフィアに尋ねてきたが、さすがに目立つのは避けたいと思い、自分で探すからいい、と断りをいれた。



「ここじゃないんじゃないか?」



 鼻で笑うかのようなクレイズの言葉が耳につく。ジロリと睨みつけても相手には何の影響も与えられない。ソフィアはクレイズに腹を立てつつも、今の状況を考えて耐え切れず重い溜息を吐いた。



「……多分、相当怒らせちゃったんだわ」

「だから帰ったと?」

「いや、いるにはいるんだろうけど」



 クレイズはソフィアの言いたいことがわからないとばかりに首を傾け、そこまで広くもない店内を見渡した。別に隠れるところがあるわけでもない普通のカフェ。こんなに客が見えるのに見つけられない、だが、ここにいる。何のなぞかけだとクレイズは思う。

 するとソフィアが無言でテーブルの間を歩き始めた。客の顔を見たりするわけでもなく、ただ歩く。よくわからないままクレイズが後について歩くと、ソフィアは店の角にあるテーブルの横で立ち止まり、声をかけることもなくそのテーブルの席へと腰を下ろした。



「遅れてごめんなさい」



 ソフィアは席の向かい側に声をかける。その声をかけた方へと視線を向けたクレイズは僅かに眉をひそめた。

 確かに誰かがいる。そう感じるのに、輪郭はぼやけ、そこに誰がいるのか、人なのか、それすらわからない。いや、もしかしていると感じるこの感覚が間違っているのか。クレイズは説明を求めようとソフィアに声をかけようとして止めた。正確には先に声を発した人がいたので、できなかった。



「ほんっと遅いわよ。見つけるのも遅いし、本当に帰ってしまおうかと思ったわ」



 聞こえてきたのは高くて落ち着き払った女性の声であった。やはり人がいるのか、とクレイズは声のした方に視線を送る。



「そんなに情熱的に見つめないで、恥ずかしいわ。ほら、座りなさいな」



 クスッと笑ったような女性の声にクレイズの表情はより険しくなるが、横からソフィアに腕を引っ張られ、体勢を崩しながら席に着いた。



「そんなところに突っ立ってたら目立つわよ」

「お前、まずは説明しろよ」

「なによ、面倒くさがって話を聞かなかったのは貴方じゃない」

「こんな訳のわからん状況は話が違う」


「痴話喧嘩は他でやって」



 小声ながら喧嘩を始めたソフィアとクレイズを止めたのは、呆れた様な女性の声であった。痴話喧嘩じゃない! と文句を口にしそうになったソフィアは慌てて言葉をのみこみ、素直に謝罪する。

 席に着いた二人を確認した店員が注文を取りに来たので、コーヒーを二つを頼む。そして、コーヒーが運ばれてくると、店員が去ったのを確認してから女性が言葉を発した。



「貴方があの顔を見せない王宮魔術師? 名前は確か……クレイズ、だったかしら?」

「……呼び捨て、というより、そんな事こんなところで言ったら」



 正体を隠して潜入しているというのに、はっきりと実名を挙げてきた女性にクレイズは焦りを見せる。しかし、当の本人どころかソフィアにも焦った様子はない。



「あぁ、大丈夫よ。聞こえてないわ」

「聞こえてない?」



 そう言うと、目の前のぼやけた相手がじわりじわりと輪郭を現し始める。そして、現れたのはストロベリーブロンドに藤色の瞳をした、儚げな印象を与える美しい女性であった。一瞬、その美しさに息を呑んだクレイズであったが、先ほどまでの会話を思い出し、我に帰る。



「初めまして、私はキャメルよ」

「彼女は特異体質者。能力は『あらゆる物質の性質を自由に変えられる』というもの」

「物質を変える?」

「そうよ。まぁ、厳密に言えば、その物質を構成する元を操ることによって物質を変えるのだけど、そこらへんは省くわ」



 キャメルの説明を受けてもよくわからなかったクレイズが目だけでソフィアに説明を求める。それからソフィアに受けた説明によると、キャメルは触れた物を形作る要素を変えることで、性質などまで変えてしまえる……らしい。

 なんでも、キャメルは遠く離れた国の貴族だったとか。その国は魔術師が産まれず、その代わりに化学というものが発展し、今だに魔術師の作る魔石による生活に頼っているティライス王国などとは文化が違うそうだ。



「じゃあ、堂々と話しているのも」

「そう。私達の周りにある空気にちょっと手を加えて、声が聞こえないようにしてるの」

「キャメルを見つけられなかったのも、似たような原理よ。彼女の周りだけ歪められてたの。だから私は能力の使われているところを探してキャメルを見つけたわけ」

「約束に遅れた貴方達が悪いわ」

「それは悪かったと思ってる」



 ソフィアは懸命にキャメルの機嫌をとる。

 キャメルは貴族として産まれたものの、少し変わった令嬢であった。貴族令嬢がする刺繍やお洒落に興味はなく、男性がする様な剣術や馬術などばかりやりたがったのだ。最初は長く続かないだろうと我儘を聞いてやった両親の期待を裏切り、キャメルは次々と技を身につけていった。元々の身体能力の高さもあり、並の男よりも強くなっていった。

 そんなキャメルに両親が頭を悩ませていた頃、キャメルの能力が目覚めた。キャメル、十二歳の時である。


 キャメルの国でも特異体質者は疎まれる存在であった。ましてや、キャメルの能力は化学の発展した国で、より恐ろしさを増した。物質を変えられる=人間をも変えられるのではないか、と。実際、キャメルの能力が生き物に効いたことはない。

 しかし国が下した決断は、キャメルの暗殺であった。例え、国を害する気はないと言っても、人間に害がなくても、武力もあり、恐ろしい能力をも持つキャメルがいつ裏切るかなどわからない。その不安を払拭するための決断であった。


 結果的に、キャメルは暗殺者をかわし国外に逃げた。そして、諜報活動をしていたソフィアとサリーナに出会い、気まぐれで協力し合う関係になったのだ。



「キャメルの協力が必要なのよ。ね、機嫌直して?」

「そうねぇ、じゃあ、クレイズの素顔を見せてよ」

「え?」

「は?」



 満面の笑みを浮かべるキャメルとは反対に、ソフィアとクレイズの表情は引きつっている。キャメルの性格を表すのなら、自由、その一言に限る。気の向くままに旅をし、仕事を引き受け、したい事をする。ソフィアはそんなキャメルを止められた事がない。



「私って、能力のおかげで建物の中も覗き見できるのよ」



 建物に触れなくてもある程度距離が近ければ、キャメルと接触する空気を伝って建物の一部の性質を変え、建物の中を覗くことができる。相手にバレないようキャメルだけが見えるようにする事もできるらしく、諜報活動だけでなく、暗殺も生業にしているキャメルにとってはとても便利な能力なのだ。



「男性だったら一度は夢見る能力よねぇ」

「……」

「あら、クレイズは興味ないの? ほら、ソフィアのお風呂を覗きたいとか」

「ぶほぉおおっ!」



 盛大にコーヒーを噴き出したのは言うまでもなくクレイズである。何してんのよ、と睨みつけてきたソフィアとは対称的にキャメルは腹を抱えて笑い出す。ソフィアの反応を見るに、キャメルがからかうような言葉を発するのは、よくあることらしい。



「あはははー、ごめんごめん。こんなに反応がいいと思わなくって。ソフィア達なんて反応が鈍いから」

「慣れただけよ」

「あら、そうかしら? でも、今のクレイズの反応は、どうとったらいいのかしら? もしかして考えたこと」

「ない。一切ない。この女の裸など興味もない。それよりも、呼び捨てを何とかできないのか?」

「あら、いいでしょ? これから一緒に働くんだし」



 隣から感じる殺気のこもった視線を流しながら、こんなにも面倒な奴と仕事を一緒にするのか、とクレイズは重い溜息を吐いた。しかし、キャメルに気にする様子はない。ましてや今の状況を楽しんでいるようにも見える。



「どうせ魔術で姿変えてるんでしょ? 私、見ようと思えば何でも覗けちゃうから、素顔を見せないって有名なクレイズの研究室に忍び込もうと思ったのよ」

「な、なんだと!?」

「でも、なんでも覗き見えるって楽しみがないのよね。王宮に忍び込むのも大変だし。だから、いつか会った時のために楽しみをとっといたのよ! そういう訳で、ほら、見せて見せて?」



 楽しみをとっておいてよかった、とばかりに笑顔を向けてくるキャメルから逃れようとクレイズはソフィアに助けを求めるが、ソフィアは優雅にコーヒーを味わい、関わる気がない。先ほどのクレイズの言葉にご立腹のようだ。


 結局、ジリジリと寄ってくるキャメルに耐えかねたクレイズは逃亡を図ろうとするも、ソフィアに襟元を捕まれる形で阻止され、キャメルに素顔を晒すことになる。

 素顔を見て満足したキャメルとこの後の仕事について話し合いを始めたソフィアは隣で力なくテーブルに突っ伏しているクレイズを盗み見た。


  すぐに素顔を見せてやればいいものを、無駄に抗おうとして精神的ダメージを受けたクレイズ。キャメルの性格がどんなに厄介か、身をもって痛感したことだろう。



「……ご愁傷様」

「え? なんか言った?」

「あ、こっちの話よ。さぁ、続けましょう」



 こうしてソフィアとクレイズに協力者(?)が一人増えたのであった。

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