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光に憧れ、影に生きる  作者: 小日向 史煌
ハデスト帝国編
25/73

その頃、聖女一行は

「なるほどな。そういうことだったのか」



 木々の間から太陽の光が漏れ、清々しい風が吹く森の中、宿を出ですぐに穢れを浄化した聖女一行は昼食後の休憩をとっていた。ソフィアから受けた、ハデスト帝国の城の中にいる者達の報告をした後、サリーナはクロードとハーヴェイだけを呼び出し、クレイズの事情を説明した。



「どおりで心を開いてくれないわけだ」



 クロードの言葉に続いてハーヴェイも納得したように頷く。その二人の表情にクレイズの能力に対する嫌悪感はなく、ただあの態度の理由がわかってよかった、と思っているようであった。



「人の心の中を知って良いことなどないだろう。真っさらな心の持ち主など幼子くらいだ」

「全くですね」



 クロードもハーヴェイも、長く王族または貴族として人々の矢面に立ってきた。目立つ立場の二人だからこそ、クレイズの気持ちが痛いほど理解できる。ただ彼らは回避方法が違っただけだ。クレイズは人と関わることを極力避け、クロードは自分が見たもののみを信じ、ハーヴェイはその場の雰囲気に合わせる。それぞれが成長する過程で選び、身につけたことである。だから二人はクレイズの今までの態度を否定するつもりはなかった。



「クレイズには悪いが、今後もその能力を頼る必要が出てくるだろうな。しかし、私達だけに話したのは良い選択だったね、サリーナ」



 そう言ったクロードは、木陰で話を弾ませているオリビアとクレイズの代わりに来た魔術師ディランを一瞥すると小さく息を吐いた。それを見たハーヴェイとサリーナは苦笑いを浮かべる。

 オリビアは命を狙われたのも忘れたように、我が儘に振る舞い(もちろん本人は男性陣に隠しているつもりだ)、新しく来たディラン・シュレイダは実力はあるがオリビアにすっかり騙され、聖女にベッタリである。金髪に橙の瞳の女性のような可愛らしい顔立ちのディランはオリビアのタイプではないが、お姫様のような扱いをしてくれるディランを気に入っているようであった。



「彼らに言えば、クレイズ様たちと合流した際に面倒だと思いまして」

「そうだろうな。ただでさえ聖女様はクレイズの態度が嫌いなようだったから」



 ハーヴェイはディランが来たことでオリビアに纏わり付かれることが減ったため、清々したような表情で二人を眺めていた。

 正直、この状況に頭を痛めていたのはクロードである。浄化の旅という過酷な旅だというのに、貴族としての扱いを求め続けるオリビアに対して最初は注意をしていたクロードも、甘えれば何とかなると思い、のらりくらりとかわすオリビアに諦め始めている。


 心労ばかりが溜まっていくクロードを心配したサリーナは、少し一人でゆっくりさせてあげよう、とハーヴェイに告げ、クロードから少し離れたところへ移った。そんなサリーナにハーヴェイもついてくる。



「ハーヴェイ様もお一人でゆっくりなさって良いのですよ? きっと王国内の穢れがある程度浄化できていますから、クロード様はハデスト帝国に行かれるおつもりでしょう。ハーヴェイ様の能力に頼らざるおえないでしょうから、少しでも身体を休められたほうが」

「あぁ。だから君の隣で休ませてもらうよ」



 そう言うとハーヴェイは腰に下げていた大振りの剣を外し、ドサッと木陰に座る。君も座ればいい、とばかりに見上げられたサリーナは、はっきりと首を横に振った。



「私は侍女ですから」



 サリーナはチラッとオリビア達のいる木陰を盗み見る。案の定、オリビアはハーヴェイとサリーナの様子を睨みつけるかのように見ていた。いや、オリビアはさりげなく見ているつもりなのだろうが、人の纏う空気に敏感なサリーナには睨みつけられているようにしか思えないだけだ。


 サリーナは内心、貴方の騎士であるハーヴェイ様をとったりしませんよ、と呆れていたが、それを表に出すことはない。

 ハーヴェイもサリーナとオリビアの無言の攻防に気付いたのか、それ以上座れと言うことはなかった。



「君達双子は似ているのか、似ていないのかわからないな」



 ポツリと呟いたハーヴェイの言葉は、サリーナに問いかけているのかわからないほど小さな声であった。サリーナは敢えて返事を返さず、黙って隣に立ち続ける。



「君達は仲がいいのか?」

「……普通でしょうか」

「そうか、普通か」



 何が言いたいのかわからず、サリーナはハーヴェイへと視線を向けた。しかし、ハーヴェイは前を見ていたため、彼の燃えるような紅色の髪しか見えず、表情から読むことはできない。



「君の妹はどんな子なんだ?」

「それを聞いてどうなさるのですか?」

「どうもしないよ。ただ興味があるだけ」

「そう、ですか…………あの子は、素直で不器用な子です」



 サリーナは、今はハデスト帝国で頑張っているであろうソフィアを考えながら、言葉を選ぶようにポツポツと話し始める。



「あの子は自分の意志を持ち、嫌なものは嫌だと切り捨てられる。でも、決して相手を傷つけるように切り捨てる訳じゃない。どちらかというと、自分から離れて一人になるような不器用な子」

「君は?」

「私? 私は……自分の心とは反対のことも簡単にできてしまう、といったところでしょうか」



 ソフィアは幼い頃も、仕事でも人の負の感情や酷い行動を、全て素直に受け止めてしまい、世界に絶望している。一人でもいい、その方が楽だと、嫌なことは嫌だからと離れていく。それが良いことだとは思わないが、サリーナはそんな己の気持ちに素直なソフィアが羨ましいと感じている。


 サリーナに一人になる勇気はない。人に嫌われる勇気もない。笑っていれば、嫌な事もそのまま受け入れず、自分の都合の良いように歪めて心に押し込めば、誰とでも上手くいく。そうやって己の心と向き合う事なく、人の顔色や流れる空気を感じとって生きてきた。



「なるほどな。お互いにないものを羨む関係か」

「お互い? いいえ、羨んでいるのは私だけで! ……も、申し訳ございません、今までの発言はお忘れください」



 ハーヴェイに噛みつくように乗り出しかけたサリーナは、はっと我に返ると深く頭を下げた。なぜこんな話をしてしまったんだろうか、とサリーナは頭を抱えたくなる。今までこんな話を誰かにした事はなかったというのに、何故だかハーヴェイの問いかけに答えてしまっていた。



「あぁ、変なことを聞いて悪かったな」

「……いいえ。それでは、私は出発の準備をしてまいります」



 サリーナは礼を取ると、荷物のある方へと向かっていった。凛としたサリーナの後ろ姿を見つめながらハーヴェイは思う。


 ソフィア達がハデスト帝国へ向かった後、改めてクロードにソフィアの件を説明されたハーヴェイは、一度サリーナに扮したソフィアに会っているという事実に気が付いた。少し変であったが、疲れていると聞いて納得してしまったことを覚えている。

 ハーヴェイはあれがサリーナではないと気づかなかった。サリーナをあまり知らなかったからではない。本当に表情からなにからそっくりだったのだ。


 普通、あそこまでそっくりにできるだろうか。双子で見た目がそっくりというアドバンテージがあったとしても、あまりにもそっくりすぎた。二人は仲が良く、いつも一緒だったのかと思えば、そんな事はなさそうである。

 だから、完璧にサリーナになりきれたソフィア。ソフィアを褒め、己を蔑むような発言したサリーナ。二人はお互いに憧れ、あんな風になってみたいと思っているんじゃないか、とハーヴェイは感じた。



「……サリーナは俺に似ているのかもな」



 ハーヴェイは小さく息を吐くと、手元に転がる己の剣を手に取り、立ち上がる。



「俺が俺でいられるのはお前と一緒の時だけだ」



 大切そうに剣をひと撫でしたハーヴェイは、しっかりと腰に下げると皆の元へと歩き出す。いつもの笑顔を浮かべながら。



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