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光に憧れ、影に生きる  作者: 小日向 史煌
ハデスト帝国編
24/73

共犯者となる

 部屋までクレイズを支えて運んだソフィアは、ベッドへと腰を下ろさせると、一度引き返し、水の入ったグラスを持ってきた。スッと目の前に出せば、クレイズは無言で受け取り、その水を喉を鳴らして一気飲みする。

 部屋では顔を隠していないクレイズは水を飲む姿でさえ絵になるな、とソフィアは何故か感心した。



「ねぇ、体調が悪いのは能力と関係があるの?」

「あぁ? 別にそこまで話す必要あるか?」



 不機嫌そうに眉を寄せソフィアを一瞥したクレイズは、ごろんとベッドの上に寝転がる。ソフィアは、どこまでも自由な人だな、と若干腹が立ったものの、ここで怒っても意味はないと自分に言い聞かせた。



「必要あるわ。貴方は味方じゃないけど、敵でもない。ただ目的が同じだけの共犯者。でも、一緒に仕事をするなら、今までのように自由にされては困る」

「ちゃんと情報提供してやっただろうが。俺は人とつるむのが嫌いなんだ」

「セルベト様への借りを返すのでしょ? 協力したほうが早く解決するし、旅の終わりが早くなるわ」



 譲る気はない、そう言うかのようにソフィアはベッドの横に仁王立ちをしている。それをチラッと見たクレイズは大きなため息を吐いた。



「あぁもう、わかったよ。能力を使うと人の心の中が全て見える。聞こえてくるのは胸糞悪い感情ばかり。慣れているとはいえ、聞きすぎると流石に気が滅入るんだ」

「……そう、よね」

「それに、俺の能力は厄介なんだよ」



 クレイズは身体を起こし、常に胸元にかけていたネックレスを持ち上げる。それはソフィアが常々、趣味が悪いと思っていた大きな魔石のついたネックレスだった。



「これがないと能力をコントロールできない」

「能力をコントロールできない? 能力の制御とか習わなかったの?」



 ソフィアのように特異体質を持つせいで捨てられた子供はアレルティア教会に拾われ、能力の制御を必ず覚えさせられる。制御できるようにならなければ外には出してもらえない、それ程徹底されていたのだ。

 しかし、クレイズは能力の制御ができないという。クレイズの能力が制御できなければ、永遠と人の心の中を聞かされ続けることになる。それはどんな拷問よりも辛いのではないか、とソフィアは思わずにはいられなかった。



「俺は魔力量が多い。それも一般の魔術師に比べてもだ。そのせいなのか、訓練しても能力の全てを抑えることができなかった。だから、この大きな魔石に大量の魔力を流し込み続け、魔力量を減らし、何とか制御している。このネックレスは魔力を吸う魔道具なんだよ」

「え? でもそれじゃあ」

「あぁ、常に魔力を使っているから体力が削られていく。休む時は念のために結界も張っているしな。研究室は結界が何重にもなっている」



 ソフィアは絶句していた。寝てる時も起きてる時も、常に魔力を消費していたのだ。ずっと走り続けているのと変わらない。それでも旅に同行させられたのは、クレイズの能力と魔術師としての実力がこの旅に必要だったからだろう。

 いつも怠そうにしていたのは、態度が悪いのではなく、本当に身体が怠いからだったのだ。口が悪いのは、幼い頃から人の心の中を聞いていたせいで人を信じなくなったからかもしれない。



「……その結界はどれくらい人の心の声を抑えてくれるの?」

「まぁ、半径二十メートルくらいに人が入らなければ大丈夫かな。それくらいまでなら自分で制御できる。魔石も結界も完全な制御ができない俺の補助みたいなもんだから」

「なら、魔石を外したら少しは身体が楽になる?」



 ソフィアの言葉にクレイズは再び眉を寄せた。何が言いたいんだ、そう言うかのようにソフィアを睨みつける。一方、ソフィアはそんな視線を気にするそぶりも見せず、回答を促した。



「……まぁ、魔力が身体から漏れないからな。完全な状態でなら結界を張るのも楽だ。だが、だからどうした?」

「じゃあ、そのネックレスはずして」

「は? お前聞いてたか? 半径二十メートルは聞こえるんだ。お前、家から出てくのか?」

「出て行かないわよ」



 呆れて物も言えないのか、ポカンと口を開けたまま固まったクレイズを目の前にしたソフィアは、笑いそうになるのを必死に堪える。今笑えば、確実に口を利いてくれなくなるからだ。



「忘れたの? 私の能力」



 呟くような小さなソフィアの声にクレイズは目を見開いた。その表情から、忘れていたんだなぁ、とソフィアは判断する。



「私の能力の一つは『己に害をなす能力を無効化する』。私の心の声を聞こうとするのは『害をなす』に当てはまるから、無効化されるでしょう」

「……なるほどな」

「これならクレイズ様も家では体力を回復できるのでは? 身体が怠い状態で能力を使うから、心も身体もダメージを受けるんですよ」



 ソフィアは、別に優しさから言っているわけでない。このままの状態でクレイズが能力を使い続ければ、いつか動けなくなるだろうと思ったのだ。それは任務上いただけない。

 結局は己のため、そう心の中で吐き捨ててソフィアはクレイズを見つめた。


 暫し考えていたクレイズは、おもむろにネックレスに手をかけると丁寧に首から外していく。「これを外すのは久しぶりだな」と小さな囁きが聞こえたものの、ソフィアは知らぬふりをした。



「どうです? 聞こえないでしょう?」

「あぁ、聞こえないな」



 クレイズは首を軽く回し伸びをすると、ごろんとベッドに寝転がった。それを見たソフィアは無言で部屋を出る。

 残されたクレイズは少しずつ戻ってくる魔力により、身体が楽になるのを感じていた。研究室でも、いつ誰が入ってくるかわからないためネックレスを外したことはない。外すのは寝るために戻る部屋だけだ。


 まさか旅先でネックレスを外せるとわ、と思ったクレイズは先ほどまでのささくれた気分も幾分か軽くなった気がした。

 このまま眠ってしまおうと目を閉じたクレイズは、扉が開く音に起こされる。なんだ、と薄っすら目を開けた先に立っていたのは、何かを持ったソフィアであった。



「お、お前、なにしーー」

「さぁ、食べてください」

「は?」



 ズイッとクレイズの目の前に出されたのは、出汁をとり、あっさりな味付けにしたスープに太めの麺と野菜が入った小さな鍋であった。思わず驚きで間抜けな声を上げたクレイズであったが、グッグッと押し付けられる小鍋に我に返る。



「おい、やめろ! 食わねぇし」

「食べてください! 身体の回復に食事は必要です」

「食わねぇよ」

「食べてください!」

「いらねぇって!」

「食べろ!」



 永遠と繰り返される言い合いに折れたのはクレイズであった。もちろん捻くれたクレイズが食べるなんて言うはずはなく、クレイズのお腹の虫が返事をしたのである。

 ほら見たことか、と言いたげなソフィアから奪い取るように小鍋を受け取ったクレイズは無言で麺を啜る。それを確認するとソフィアは部屋を後にしようとして、一度振り返った。



「明日、サリーナを通して一行に連絡します。皆が来るまでの間に情報収集ですから、しっかり回復してくださいね」

「……わかってるよ。それより、さっきまで敬語じゃなかっただろう? いきなり敬語に戻されると気持ち悪い」

「気持ち悪いって……これからは気をつけーー」

「いい。どうせあっちが素だろう? それで構わねぇよ。こっちも楽だし」

「……はあ」



 それはそれで気を使うんだけど、と思いながらも小さく頷いたソフィアは、今度こそ部屋を出て行った。


 こうしてソフィアとクレイズは共犯者となったのである。

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