明かされる真実
クレイズの浮かべた笑みはすぐに消え、いつもの何を考えているのかわからない表情に戻る。クレイズの発言と笑顔に固まっていたソフィアも、我に返り一度息を深く吸う。
目の前のソファに腰掛けたクレイズは『探しものを見つけてやった』と言った。見つけてやった、と。
ソフィアは思わず眉をひそめる。
クレイズはソフィアの本来の任務を知っているという事なのか。知っているのはソフィア達『影』のトップであり、今回、聖女一行の同行者としてサリーナとソフィアを選んだセルベト・オーランド公爵だけのはずなのに。
「私の探しものをご存知なのですか?」
「……もちろんだ」
「どうやって知ったのです?」
「教えてもらったのさ、セルベト様に」
「嘘……」
ソフィアの任務は極秘であり、穢れの発生を抑える上で最も重要なものだ。
世界には広く知られていないが、実は穢れは自然現象ではない。正確に言えば人間が生み出したもの。もっと細かく言えば、特異体質の能力の一つである。
『様々なものに渦巻く邪なものを表へと出す』
この能力は生まれ持ったものではなく、世界が数百年かけて作られた邪なものを貯め込めなくなった時、突如発生する能力なのである。ここで問題なのは、本人に能力を使っている自覚がないことだ。
邪なものを貯める限界に達した箇所から穢れとして表へ出すため、本人の意思は全く関係ない。だから、自然発生のように見えるだけだ。
そして、穢れが発生しだした時に現れ、導きの神アレル様の使者と言われている聖女も『穢れを浄化する』という能力を持つ特異体質者でしかない。
何故、アレル様の使者と言われているのかはわからない。
もしかしたら、本当にアレル様のお導きかもしれないが、特異体質者が疎まれるこの世界で、ただ正当化するためにそう言われているのかもしれない。
きっと、各国の上層部による意図的な操作もあるのだろう。最初から特異体質者だと認められていれば、今のように特異体質者が住みづらい世界ではなかったかもしれない、とソフィアはセルベトから話を聞いた時に考えてしまった。
「お前の任務は『邪のものを表に出す』能力を持つ特異体質者を見つける事、だろう?」
ソフィアは無言でクレイズを睨みつける。その行為は認めているも同然であった。
「聖女様の元にその特異体質者を連れて行くまでが仕事だ」
「何故貴方はそこまで知ってる? 私の味方? 敵?」
もはや取り繕う気もなくなり、ソフィアは敬語も柔らかな雰囲気も消し去った。それは正しく『影』としてのソフィアであり、クレイズを見極めようとしている。
そんなソフィアを目の前に、クレイズはふっと鼻で笑った。それだけでソフィアはイラっとする。
「敵……ではないか。まぁ、味方と言われたら、どうだろうな」
「はっきりしないわね」
「俺はセルベト様に頼まれたから一行に加わっただけだ」
それはソフィアにとって、思わぬ解答であった。研究室に引きこもってばかりのクレイズと国の中核にいるセルベトとの繋がりが見えない。
「貴方とセルベト様の関係は?」
「関係ねぇ……。恩人ってところか? いや、借りがある人かな」
「借り?」
「……なぁ、探しものの事はいいのか?」
ソフィアは話を誤魔化されたと思ったが、クレイズの言う通りだと思い、グッと我慢する。
「そうね。私の探す特異体質者が見つかったって事よね?」
「あぁ。ついでにもう一つ、あの不自然に穢れが発生する原因もわかった」
「え!?」
ソフィアは驚き目を見開いた。そんなソフィアの反応を満足気にクレイズが見つめる。
「探しているやつはハデスト帝国の城の中にいる」
「城? ということは、帝国の管理下にあるってこと?」
ソフィアは働いている屋敷での会話を思い出す。
『平民の男が城に住んでいる』
もしかしたら、その平民の男が探し人かもしれない。
「そういうことだな。それと、もう一人特異体質者がいるみたいだ。そいつが、不自然な穢れ発生の原因でもある」
「能力ってことね」
「あぁ。『他者の能力を操れる』という厄介な能力だ」
それを聞いた瞬間、ソフィアの中で今までに起こった全ての辻褄が合っていく。
その者が、通常は意図的に行えない『邪のものを表に出す』能力を操り、穢れの発生源を意図的に決めていたのではないか。
ましてや、ハデスト帝国の管理下にあるのだ。ハデスト帝国はティライス王国の重要な場所を狙い国力を下げ、戦いの準備をし、弱っているティライス王国に攻め入るつもりなのだろう。それならハデスト帝国の被害が少ない事も、穢れを浄化してしまう聖女の命を狙った事も納得できる。
「それが真実なら厄介ね」
「ふっ。信じない、か」
「それなら、どうやってこの短期間でそこまでの情報を得ることができたのか教えて」
正直、それが真実なら有難い情報だが、ソフィアはクレイズを信用できてはいない。まだハデスト帝国に入国して一週間程だ。どうやってその情報を得たというのか。
ソフィアの鋭く冷たい視線を受けてもクレイズは背もたれに寄りかかり、それは怠そうに、たいしたことではない、そう言いたげな態度を示す。
「俺の能力だ」
「の、能力? 貴方、特異体質者なの?」
「魔術師なのに、そう言いたそうだな」
そりゃそうだ、とソフィアは心の中で悪態を吐く。魔力量が高い者は世界的に見ても少ない。そのため魔術師は貴重な存在で、国に守られてきたのだ。そんな人が特異体質まで持ち合わせているなんて。
「お前の言いたい事はわかる。正直、特異体質者として疎まれるか、魔術師として尊敬されるか、紙一重だ。だから、隠している。まさか魔術師が特異体質者だなんて思わないだろうからな。まぁ、こんな能力使いたくもないが」
そう言ったクレイズの表情は暗く冷たい。クレイズも能力によって色々な事を経験したのかもしれない、ソフィア達と同じように。
「貴方の能力は?」
「……『人の心の声を聞く』だ」
「そ、それは」
辛いだろう、と思った。ソフィアも仕事上、人の黒いところを何度も目にしてきた。それによって人を信じられなくなったと言っていい。それでも、まだ人が表に出す感情しか読み取れていないのだ。
それに比べてクレイズの能力はどうだろう。
人は内心で様々な想いを抱えている。それを表に出さないのは、知られてはまずいことだからだ。その内容はその人物の本心に近いだろう。それが聞こえてしまう。それ程恐ろしいことはない、とソフィアは思わずにはいられなかった。
「俺は半径五百から六百メートルくらいの範囲の心の声が聞ける。だから、魔術で城に近づき、色々なところで能力を使ってきた」
ソフィアはいつの間にか伏せていた顔を思い切り上げ、眉を下げた。腹に黒いものばかりを抱えた貴族が溢れかえる城で能力を使ったのか?
クレイズはソフィアの表情を見て力なく笑う。
「気にすんな。とっくにこの世界の人間を見切ってる。今回は借りがあるからセルベト様に協力してるだけだ。この借りを返せば俺は自由さ」
見切ってると言いながら、借りを返すためにこの世界の人間であるセルベトに協力するのか。そう思うと、ソフィアは何とも言えなくなった。ソフィアがサリーナに対して劣等感を抱いていながらも、唯一の家族であるサリーナから離れられないように。クレイズも人間を見切っておきながら、セルベトの頼みを蹴ることができないのかもしれない。
「あぁ……話しすぎた。こんなに話すつもりはなかったんだが」
そう言いながら立ち上がったクレイズは部屋へと向かう。しかし、その足取りは不安定で、壁の支えなしでは立っていられないほどだった。案の定、ふらっと身体が揺れ倒れそうになる、が、クレイズが床に叩きつけられることはなかった。ソフィアが支えたのである。
「触んな」
「よく言うわ。こんな状態で」
「……お前、それが素なんだな」
それにソフィアは答えない。クレイズも諦めたようにソフィアの肩を借り、部屋へと入っていくのであった。




