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光に憧れ、影に生きる  作者: 小日向 史煌
ハデスト帝国編
20/73

謎の多い男は唯の面倒くさがり?

 ハデスト帝国に乗り込んで二日目、ソフィアとクレイズは宿を出て住処探しを始めた。情報収集の拠点ともなりえる場所のため、下手に隠れた場所にはせず、普通の夫婦が借りそうな部屋を探す。


 あれからソフィアが今後について話しかけても、クレイズからはやる気の感じられない返事ばかりのため全く意思疎通が取れていなかった。正直、クレイズが何のためにソフィアについてきたのかわからないままだ。


 今、クレイズに関して知っている情報は、ティライス王国一の実力を持つ魔術師であること。基本口が悪く、やる気がないのか怠そうにしていること。何か目的を持っていて、ソフィアはその邪魔になる存在ではないと判断されたことくらいだ。こちらのことをどこまで知っているのかも全くわからない。


 王宮では常に研究室に篭っていて、その素顔すら見たことがある者は少ないというクレイズは、本当に摩訶不思議な存在なのだ。これでは味方か敵かの判断すらつけられない。

 ソフィアは付かず離れずの距離で背後を歩くクレイズを思い、深い溜息を吐いた。




 部屋を見つけたのはその日の午後のことであった。まだ穢れの被害が少ないハデスト帝国だが、移民による人口増加で空き家がとても少なかったのである。アパートの二階を借りられる事になったソフィア達は、早速大家さんのものへと挨拶に向かった。


 二人を出迎えてくれた大家さんは、三十代くらいの若い女性だった。なんでも亡くなった親から譲り受けたのだとか。人の良さそうな女性であった事に安堵しつつ笑顔で挨拶を交わしていると、大家のメルシーさんは不思議そうな表情でクレイズを見た。



「旦那さんは恥ずかしがり屋なのかしら?」

「ぷふっ……くくく、すみません。人と話すのが苦手な人で」



 帽子を目深に被り、お世話になります、という言葉以外発することのないクレイズを恥ずかしがり屋でまとめるとはメルシーさんは天然なのか。思わず吹き出してしまったソフィアは、背後からの鋭い視線を感じながらメルシーに弁解した。


 そうなのね、と軽く受け止めたメルシーは「何かあったら聞いてちょうだい」という言葉を残して家へと入っていった。そのまま借りた二階の部屋へと向かったソフィア達は、部屋の中を確認する。


 ダイニングキッチンと居間があり、その両側にドアで仕切られた部屋が二つある。夫婦という設定上、クレイズと同じ家で暮らさなければいけないため、この部屋だけがプライベートスペースだ。広くはないが、狭くもない。トイレと風呂もあり、移民にしては少し豪華かもしれないが、二部屋は必須だったので目を瞑った。


 勝手に一方の部屋へと入って行ったクレイグを放置したまま、必要なものを確認していく。ほとんど以前住んでいた人の物が残っていたため、買い出しも多くならなさそうだとホッとしたソフィアは、己の荷物をもう一方の部屋に置き、気合いを入れてからクレイズの元へと向かった。



「クレイズ様、必要なものを買い出しに行って参りますが、何かございますか?」



 ベッドで寛いでいたクレイズは、身体を起こすこともなく、一言「ない」で返事を済ませた。もちろん一人で買い出しに行くつもりであったソフィアは、その態度に釈然としない思いを抱きつつ「わかりました」とだけ告げて家を出たのである。



 首都を観察しつつ買い出しを行っていたソフィアは、店の者と会話をすることで違和感が膨らんでいた。それは昨日、観察していた時にも感じていたことなのだが、異常なほど賑わっているのだ。


 穢れが発生し始めてから一年と少し、ティライス王国は食料は愚か物資も中々回らないような状況である。王都でさえもハデスト帝国のような活気はない。

 それに比べてハデスト帝国は、食材も物資も豊富で、路頭に迷っている者も少ないのだ。それはハデスト帝国の穢れの被害が少ないのが要因であろうとソフィア達、影は考えていた。


 ティライス王国とハデスト帝国の穢れ被害の差は大きい、それも不自然なまでに。クロードは自然発生する穢れを操作することなどできないと言うが、ソフィアの任務が完了すれば、おのずと答えは見つかるはずなのだ。

 そのためにはクレイズが味方であるかどうかをはっきりさせなくてはいけない。



「なんでクロード様は許可したのよ……本当に動きにくいわ」



 愚痴をこぼしながら、ソフィアは買い物を済ませ家へと戻っていく。その足取りはとても重かった。




 家に着いた頃には辺りはすでに真っ暗で、小さな街灯と家々の明かりだけが道を照らす。ソフィアは部屋のある二階を見上げるも、窓から明かりが漏れておらず、クレイズは何処かに出かけたのだろうかと思いながら鍵を開けた。


 荷物をダイニングテーブルに広げ、闇に慣れた目で難なくランプを見つけると、火を灯す。幾つかのランプに火を灯したことで部屋が淡く暖かな光に包まれた頃、ソフィアは部屋の中に人の気配を感じ振り返った。


 するとそこにはお馴染みのローブにフードを目深にかぶったクレイズがいたのである。咄嗟に構えた短剣を下ろしたソフィアは、呆れた表情を浮かべクレイズを見つめた。



「いらっしゃるなら明かりをつけるとかしてください。それに何故気配を消してたのですか?」

「侵入者かと思ったからな」



 その回答にソフィアは目眩がした。同居人の存在を忘れたいたのか、と問いただしたくなるを必死に抑え、クレイズにもう一度視線を向ける。


 いつの間に旅人の格好からローブといういつもの格好に戻ったのか。というか、野外ならともかく、室内でローブはありえなくないか。そう思ったソフィアは、精神的疲労のためか普段なら口を出さないはずなのに、思わず言葉にしていた。



「室内でローブというのはいかがなものでしょうか。もしや、本当にはずーー」

「恥ずかしがり屋じゃねぇよ」



 言葉は遮られたものの、言いたいことは伝わっていたようだ、とソフィアは無駄に感心する。一方、クレイズは小さな舌打ちをすると、おもむろにローブに手をかけた。その行動でローブを脱ぐのだと理解したソフィアは、初めてクレイズの素顔を見れるとあって何故か緊張し始めていた。



「俺は面倒事が嫌いなだけだ」



 その声と共にローブの下から現れたのは、深い蒼に染まった髪に夜空を写したかのような瞳、通った鼻筋に長い睫毛を持つ女性と言われても納得してしまいそうな中性的な顔立ちの美しい男だった。

 どこか神秘的な雰囲気さえ感じさせるクレイズに、ソフィアは息を飲んだ。



「だから嫌なんだよ、めんどくせぇ」



 その美しさに魅入っていたソフィアは、クレイズの怠そうな声で我に返ると、美しい男でも口が悪いと腹が立つなぁと思わずにはいられなかった。



「確かに隠しているのは正解でしたね。でも、家では脱いでいただいて大丈夫です。すぐに慣れます」



 家で顔を合わせることもほとんどないだろうし、と心の中で付け加える。実際、クレイズが顔を隠していたことは正解だとソフィアは思った。あれ程整った顔立ちならば、オリビアに目をつけられていただろうし、聖女一行がより目立つ。クレイズが言う通り、面倒な事になっていただろう。



 クレイズはソフィアの言葉に顔を歪めるも反論することなく部屋へと戻っていく。その姿を見送っていたソフィアは、クレイズの胸元で揺れる大きな魔石の着いたネックレスが目に入った。以前もあまり趣味が良いとは言えない代物だと失礼な事を思っていたソフィアは、それも外せばいいのにとクレイズにとっては余計なお世話であろうことを考えたのであった。


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