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光に憧れ、影に生きる  作者: 小日向 史煌
ハデスト帝国編
19/73

相性が悪い二人

 ハデスト帝国の要塞のように高い壁で囲まれた首都の門には長い列ができていた。そのほとんどがティライス王国から穢れによって住処を無くし、働く場所もなく流れてきた移民達である。


 その門の入り口で若い夫婦が検問を受けていた。旅人のような格好をした夫婦は、夫は深く帽子を被り、妻は肩くらいの長さで切り揃えられた黒髪を揺らし、夫に寄り添っている。



「お前達もティライス王国からの移民だな」

「はい」

「旦那さん、少し顔を確認させてくれますか」



 受付に座り手続きをする女性が声をかける。その女性の両脇には騎士が立っており、鋭い視線を向けてきていた。夫は仕方なさそうに帽子を軽く上げると受付の女性の方へと顔を上げる。その途端に女性は頬を赤く染め、何故か妻を一瞥すると夫へ向き直り「ご協力ありがとうございました」と丁寧に頭を下げた。


 そのまま進んで良いと言われた夫婦は、小さく頭を下げると首都の中へと入っていく。受付女性は、寄り添って歩く夫婦の後ろ姿をじっと見つめ「羨ましい」と呟いた。



「おい、そんなにくっつくなよ。歩きにくい」

「私だってくっつきたくはありません。ただ、まだ見られている気がするんです」

「んなこと知るか」



 当の本人達は怪しまれているというより、羨ましいと思われているとはつゆ知らず、嫌々夫婦の演技を続けながら喧嘩をしていた。もうお気づきだろう、彼らはクレイズとソフィアである。


 聖女一行と別れた二人は、服装を変え、影の力で架空の人物を作り上げハデスト帝国に忍び込んでいた。男女が一緒に行動するには、移民という設定上、恋人では怪しまれるだろうということで夫婦という設定にしたまではよかったのだが……こんな状態である。



「もう大丈夫だろう。さっさと離れろ」

「わかっております」



 ソフィアはクレイズの腕に添えていた手を離し、一人分の距離をあける。その表情はなんとも険しいものであった。


 この数日間、ソフィアのストレスは最大にまで膨れ上がっていた。もともと単独で仕事をすることが多いソフィアにとって、クレイズは扱いづらく、面倒くさい。その上、口が悪いという最悪な相手だったのだ。一応、魔術師という身分のある方だからと我慢はしてきたが、そろそろ限界だった。



 《無事、ハデスト帝国に侵入できたわ。というか、あいつは何なの!?》

 《ソフィア、落ち着いて! 無事、侵入できてよかったわ。クレイズ様は……私もよくわからない》



 気持ちを落ち着かせようとサリーナに連絡したものの、一向に気持ちが晴れない。ソフィアはイライラするのを抑えようとクレイズの事は一度忘れるために話題を変えた。



 《まぁいいわ。そっちはどう? 新しい魔術師も派遣されたでしょう?》

 《順調にティライス王国の穢れは浄化できてるわ。新しい魔術師のディラン・シュレイダ様も優しげな方だし、国内二番目の実力者だから問題はなさそう》

 《そう、それはよかったわね》

 《まぁ、ちょっと……天然で、聖女様大好きってところが困るけど》

 《……お疲れ様》



 大変さはどっちもどっちかもしれない、と変なところで勇気付けられたソフィアであった。




 ハデスト帝国の首都はティライス王国とは違い、高い壁に囲まれ面積が限られていることから二階、三階建ての建物が多い。気軽に屋根に登るなんてことはできないな、と辺りを観察していたソフィアは、突然袖を引っ張られた事で体勢を崩しかけた。



「ど、どうしたんですか? 急に引っ張らないでください」

「宿を探すぞ。あれだけ移民が入ってくるんだ、先に今夜の寝床を確保したほうがいい」



 そう言うが早いか、クレイズはそそくさと近くの宿に入っていき、すぐに出てきた。どうやら満室だったようだ。その様子からソフィアも宿探しは早めに済ませたほうがいいと判断し、手分けして宿を探し始める。


 しかし、結果は惨敗であった。最後の宿に望みを託して入っていく。野宿でも構わないが、出来ればベッドで眠りたい。そしてこのイライラを軽減したい。



「ちょうど一室空きができましたよ」

「一室ですか?」

「お連れさんでもいるのかい?でも大丈夫、二人部屋だから」



 いや、それじゃあベッドがあってもストレスが軽減できない。でも、折角空いてるし、せめてクレイズ様を部屋で寝かせて、自分は外で寝れば……などとソフィアが考えていると、後ろから声がかかる。



「それなら、その一室を頼む」

「え、ちょっと待って! それは私が」



 横取りされたと思い、慌てて振り返れば、そこに立っていたのはクレイズだった。思いもしなかったことにソフィアは唖然としてしまう。



「お客さん、この女性が先でしてね」

「大丈夫だ。俺の連れだから」

「そうでしたか。それでは承りました。部屋は203です。どうぞごゆっくり」



 宿の亭主は鍵をクレイズに手渡すと、奥へと下がって行った。クレイズは唖然としたままのソフィアの横を抜け、黙って階段を登っていく。


 姿が見えなくなった頃、固まっていたソフィアは我に返り、慌てて階段を登って部屋へと向かう。部屋の中には、すでにベッドに寝転がり寛いでいるクレイズの姿があった。



「ク、クレイズ様。私は外で休みますので、この後の予定だけ決めてーー」

「なんで?」

「はい? なんで、とは?」

「だから、なんで外で休むの?」



 その言葉を聞いた瞬間、ソフィアは目を白黒させた。仕事で色々な姿に変装してきたソフィアではあるが、男性と二人っきりで夜を過ごした事などない。あったとしても男装している時だけだ。



「いや、流石に同じ部屋は……」

「……あぁ、心配すんな。お前を襲うなんて馬鹿げたことしないから」



 フードで顔が見えなくても、鼻で笑われている事くらいはわかる。

 ふざけんなぁああ! と叫ばなかった私を誰か褒めてくれないだろうか、とソフィアは思わずにはいられなかった。


 結局その後、ソフィア達は一言も交わさず、それぞれで首都の観察を行い、今後の予定も話し合わぬまま夜を迎えた。

 ソフィアは今までの諜報活動の中で一番疲れる、と心の中で愚痴りながら、修行のような一夜を過ごしたのであった。

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