隠されていた能力
むせ返るような血の匂いと人の呻き声が辺りに響く。その全てが黒ずくめの男達から発せられるものだ。クロード、ハーヴェイ、クレイズは男達を殺しはせず、叩きのめしていく。木の上から眺めていたソフィアは、彼らの実力をまざまざと見せつけられた思いでいた。
クレイズによって魔術を完璧に封じられた魔術師達は、なす術なくクロードに叩きのめされ、ハーヴェイは特異体質の能力を存分に使い、剣士達をなぎ倒していく。サリーナも聖女オリビアを狙ってくる男をひねり上げていた。連携して戦っていた男達も、一人また一人と戦力がなくなっていくにつれて牽制しては攻撃を受け流すような姿勢へと変わっていった。
ソフィアはその光景に疑問を感じ始める。男達に実力がなかったとは言わない。しかし、聖女を守る彼らに立ち向かうには力不足、人数不足だろう。ハーヴェイも同じことを思ったのかリーダー格の男に話しかける。聞き耳をたてていたソフィアは男の言葉を聞くや否や視線をある場所に慌てて戻した。
『見落としちゃぁいけねぇよ、騎士様』
見落としていたつもりはない。でも、動き出さない彼に油断していた。
視線を戻した先、そこには怯えた表情で彼、テッドの服を掴んでいる聖女オリビアとオリビアに背を向け守る体勢をとるテッドの姿があった。ソフィアは深く考える間もなく、腰に差している短剣を抜き、木を飛び降りる。
ソフィアはひたすらテッドだけを見つめていた。テッドの表情が、懸命に聖女を守る青年から獲物を狩る猛獣のような鋭いものへと変わる。一気に聖女達の背後から近づいたソフィアは、テッドが剣を握り直したと同時にオリビアの手を握り後ろへと思い切り引っ張った。
思いも寄らない方向へと力を加えられたオリビアは悲鳴を上げながら後方へと倒れるようにして、ソフィアの背後へと引っ張り込まれる。ソフィアはオリビアに見向きもせず、先ほどまでオリビアがいた場所へと振り落とされた炎を纏うテッドの剣を短剣で受け止めた。
「聖女様の命を狙うのはあなたの役目って訳ね」
「お前は侍女? しかし、侍女はーー」
「侍女のそっくりさんよ」
一撃で仕留めるはずだったオリビアがおらず、代わりに聖女の侍女サリーナが己の剣を受け止めたと思ったテッドは、自分の横で男の相手をしているサリーナを見つけ困惑した声を上げる。皮肉げに答えたソフィアをテッドは睨みつけた。
「お前も聖女の仲間か?」
「まぁ、そうね」
「ちょっと貴女は誰!? テッドもいきなり何をしているの?」
オリビアは今までと雰囲気が全く違うテッドがこちらに剣を向けている事と、己の侍女そっくりのソフィアが現れた事に混乱していた。そんなオリビアを無視してもよいのだが、このままにしていたら煩いだけだと判断したソフィアはデッドから目を離すことなく、オリビアに言い聞かせる。
「私は聖女様方を陰ながら守る任務をしている者です。そして彼は敵です」
「何を言っていますの!? テッドはわたくしのーー」
「現に貴女様に剣を向けているではありませんか。貴女様を騙し、近づいたのです」
「そ、そんな……」
確認するかのようにオリビアがテッドを見るも、テッドはソフィアから目を離さない。その事にショックを受けたオリビアはその場にへたり込んだ。しかし、こんな場所で失恋に打ちひしがれては邪魔でしかない。自分の命が危険である自覚はあるのだろうか。
ため息が溢れそうになるのを耐え、ソフィアはサリーナに目配せした。早く聖女をテッドから離してくれ、と。
サリーナは目配せだけで意味を理解すると頷き返し、オリビアの手を握って距離をあけていく。ショックで今だに放心状態のオリビアは、侍女が主の手を握り引っ張っていることに気付いていないようだ。
「それで、テッドさん。あなた特異体質持ちですね? 魔力が高ければクレイズ様が気づくはずですし」
そう言いながらソフィアがクレイズに視線を合わせれば、クレイズは小さく頷いた。それが魔力はないという意味だろうと判断したソフィアは再びテッドへと視線を戻す。
「剣に炎を纏わせるなんて無詠唱では不可能でしょうし。『自在に炎を操る』みたいな能力ですか?」
「そんなことお前が知る必要はないだろう」
テッドは言葉を吐くと同時に剣を振り上げる。もちろん炎を纏わせて。ソフィアはその剣を避ける事なく受け止めた。デッドはその事に驚き目を見開く。何故なら炎を纏わせているのだ、避けず受け止めるなど自殺行為と言っていい。
何かを感じたテッドは一度大きくソフィアとの距離をあけた。ソフィアはその間に周りの状況を確認する。影であるソフィアはサリーナ同様、戦えるよう訓練されている。しかし、メインは諜報活動だ。二度剣を合わせたソフィアは、己がテッドよりも実力が下であることを理解していた。
このまま一対一で戦ってもテッドには勝てないだろう。しかし、周りの男達はテッドが聖女を仕留め損ねた事でクロード達に捨て身の攻撃を加え始めていた。すぐに応援には来れないだろう。出来ればハーヴェイが瞬間移動してきてくれないか、と弱音を吐きたくなるソフィアだったが、流石に男達をクロードとクレイズだけで足止めするのは難しいだろうと諦める。
失恋で意気消沈しているオリビアと彼女を守るサリーナは守らなければいけない。あんなんでも聖女だ。
「お前、何者だ?」
テッドの声で状況確認を止めたソフィアはサリーナのような柔らかな笑顔を浮かべた。真似をしなければ同じ顔のくせにソフィアには作り出せない笑顔だ。
「二人目の侍女、でしょうか?」
「そんなことを聞きたい訳じゃない!」
美しい顔を歪め怒鳴ったテッドは、一気にソフィアとの距離をつめ炎の剣を振り落とす。それを受け流したソフィアに続けざまにテッドの炎を纏った拳が襲いかかる。何とか両手でガードしたソフィアは、それでも拳の重さに踏ん張りきれず吹っ飛んだ。しかし、起き上がったソフィアに火傷の跡はない。
「お前……なんなんだ」
「あなた『炎を操る』というより『身体から炎を生み出す』能力なのかしら?」
テッドは、己の炎によるダメージを受けているように見えないソフィアを恐ろしいものにでも出会ったような目で見つめる。それは周りで戦っていた男達、そしてクロード達も例外ではなかった。
「そろそろ諦めなさい。あなたの自慢である炎は私に効かないとわかったでしょう? あなたは私達には勝てない」
それは虚勢であり、実際、戦い続ければ勝敗はわからない。それでも、己の能力が効かないことに驚き、ソフィアに恐怖心が芽生え始めた今なら嘘には思えないだろう。降参してくれ、と祈りながらソフィアは声を張り上げた。
そのソフィアの言葉で先に戦意喪失し始めたのは、周りにいた男達だった。きっとテッドが男達にとってのキーマンだったのだろう。そのテッドが敵わないのだ、勝てる見込みなどない。男達は次々に剣を下ろしていった。
クレイズは黒幕を聞き出すために男達を魔法で拘束していく。ハーヴェイは反応を示さないテッドを警戒し、オリビア達の元へ瞬間移動をした。拘束し終えたクロードとクレイズはテッドへの牽制としてソフィアの側に寄る。
もはや決着が着いた、そう誰もが思い始めた時、テッドが伏せていた顔を上げた。
「ふ、ふぁ、あははははははーー」
突然大声で笑い始めたテッドの真っ赤な瞳は狂気に染まっていた。思わず皆が身構える。
「どいつもこいつも俺を何だと思ってる! ふざけんじゃねぇよ! 俺が負けるわけないだろうが!」
そう言うや否やテッドの身体が光り出す。笑っているのか泣いているのかわからないテッドの表情を見たソフィアは思わず叫んだ。
「自爆する! サリーナ!!」
ソフィアは咄嗟に隣にいたクロードとクレイズの手を握り締める。聖女一行は、ハーヴェイの瞬間移動で逃げる間も無く大爆発に巻き込まれた。