狙われた聖女
聖女一行を取り囲んだ黒づくめの男達は全部で二十人。その中には剣を構える者から杖を持つ者までいる。そんな男達と対峙するのは剣を構えたクロードとハーヴェイ、杖を持ったクレイズだ。三人の背後には聖女を庇うようにテッドが剣を抜き、サリーナは男達を睨みつけている。
「貴方達は何者ですか! わたくし達が誰かわかっていて、この様な無礼なことを!」
聖女オリビアが批難するように叫んだ。この中で唯一戦闘能力がゼロであるのにも関わらず相手に文句を言えるとは、なかなか肝が据わっているか馬鹿のどちらかだ。
そんなオリビアを先頭に立つ男は一瞥しニヤリと笑う。獲物を見つけた猛獣の様な男の目にオリビアは怯え、テッドにしがみついた。しがみつかれたテッドはあやす様にオリビアの背中を撫でる。
そんな一連の流れを観察していたのか、おもむろにハーヴェイが声を上げた。
「そう簡単に狙いのものが奪えると思うなよ? 」
その言葉を合図に両者は動き出した。ハーヴェイは先陣をきり男達の中に瞬間移動をすると動きについてこれなかった男達に躊躇なく剣を振り下ろす。その動きは人と戦うことに慣れた者の動きだった。
迷えば殺られる。それを心より身体が理解し、殺気を隠すことなく男達に斬りかかる。ハーヴェイは男達の急所を狙うのではなく、手や足などを狙っていった。斬り付けられた男は地面に崩れ落ちていき、その光景を見たオリビアは小さな悲鳴をあげる。
何度も旅の中で魔獣化した動物と戦い、その屍を見てきたはずなのに、オリビアは人が斬られ倒れていく光景から目を背けた。サリーナは己の背後で怯えているオリビアに憐れなものを見るような目を向ける。
人と動物、命の重さは変わらないというのに、人の中には動物の命を下に見ている者がいる。貴族令嬢であるオリビアなどは同じ人間でさえ貴族と平民で差別しているような人種なのだ。きっと今までの動物達には深い感情を抱くことすらなかったのだろう。
それなのに目の前で人が斬られるのは見たくないのだ。これがオリビアの命をかけた戦いで、オリビアの為に皆が命を張っているというのに。今頃やっと己は命を狙われる存在だったのだと実感しているのだろう。
そして、サリーナはオリビアからテッドへと視線をずらす。オリビアを気遣いながら辺りを警戒しているこの男もまた危険分子に他ならない。オリビアを守りきってくれるか保証できない相手を側に置いたまま戦いに参加するわけにはいかなかった。
《ソフィア、見てるでしょ? 何かあった時は聖女様をお願いね》
《えぇ、わかってる》
ソフィアの声を聞いたサリーナは、小さく息を吐き出すとオリビアから距離を離さないように気をつけながら男達と向き合った。
男達の中で杖を持った者達が魔力を練り上げる。術式を展開し呪文を唱え始めると次々と光の矢が聖女一行に降り注いだ。しかし光の矢が彼らに届くことはない。クレイズが素早く張った結界に跳ね返されたのだ。
「お前らの攻撃は効かない。さっさと諦めろ」
そう言うが否や仕返しとばかりに雷が男達に降り注ぐ。無詠唱で魔術を発動するのは流石と言えるが、雷を受けた者は少なかった。クレイズと同様結界を張れる者がいたようだ。
「チッ」
「クレイズ、手を止めるな! 」
クレイズに怒鳴ったのは魔術発動の際に守りの弱くなる魔術師を守るように剣を振るっていたクロードだった。彼の周りにはすでに数人の男が倒れている。
敵陣の中にいるハーヴェイ、結界を張りながら遠距離攻撃を行うクレイズ、戦いを補助するように様々なところで剣を振るうクロード。男達は彼らと同等の力を持たないものの連携することで、その穴を埋めていく。
命を奪いにきているはずなのに深追いはしてこない。こちらが踏み込めば攻撃を受け流される。それが力量の差からくるものならわかるが、誰もが男達に足止めを食らっているようだった。
それにいち早く気付いたのは前線で戦っている経験豊富なハーヴェイだ。
一人の男が背後から斬りかかってくるのを瞬間移動でかわし、男の背後へ回ると肩に剣を振り下ろす。痛みでうめいている男を蹴り倒し、背後から迫る剣を受け止めた。
甲高い金属の擦れる音が辺りに響く。ハーヴェイと対峙していたのは男達の先頭にいたリーダー格の男だった。
「お前らの狙いは聖女様だろう? 何を考えている」
「ふん。心配すんな、しっかり頂いて行くからよ」
ハーヴェイは男の言葉の意味を考えるように顔を歪め、男を睨みつけながら一度距離をとる。そこにいつもの優男の姿はなかった。普段、常に笑顔でいるハーヴェイは嫌な事があろうと腹の立つ事があろうと柔らかな物腰と軽い言葉使いで不愉快感を表に出すことはない。
それは貴族社会で培われたものであり、顔や剣術の腕、地位、全て良いが故に受ける嫉妬心など負の感情を受け流す術でもあった。本音は言わず、軽い男だと男や賢い者達には馬鹿にされ、女性には遊び相手として認識される。この旅の中でさえオリビアからはそういう対象として見られているのだ。
ただその事を嫌だと思った事はない。本音を言えない辛さはあったが、それも慣れてしまった。この生き方が楽だと思っているのだ。
そんなハーヴェイでも騎士としての誇りはある。国を、主を守るためならば命をはる、と声高々に訴えられる程の譲れない覚悟は持っているのだ。だからこそ、目の前でニヤリと笑う男に不快感を露わにした。
「その自信はどこから来る? 今のところ力関係ではこちらが上だと思うが」
「見落としちゃぁいけねえよ、騎士様」
その言葉と共に飛び込んできた男を瞬間移動でかわし、男の脇腹に剣を叩き込む。弾き飛ばされた男を見送る間も無く次の男がやってくる。次から次へとやってくる男達を相手にしながら、男達の狙いがはっきりしない以上聖女様の近くにいるべきか、と判断したハーヴェイが瞬間移動しようとしたその時。
「きゃあぁぁあああ!」
女性特有の甲高い叫び声が辺りに響いた。その声がオリビアのものだと瞬時に理解したハーヴェイは、慌てて声のした方を見る。
「サリーナ! ……じゃない?」
そこには驚いた表情のまま固まるオリビアを守るように剣を構えているサリーナ、否、ソフィアと剣に炎を纏わせソフィアと対峙するテッドの姿があった。