招かれざる同行者
街を訪れた時と同じように多くの住民に囲まれている聖女一行。穢れを浄化するという国家的にも重要な旅をする者達を見送るにしては相応しくないような黄色い声援も混じっていることにソフィアは顔を歪めた。やはりここに住む者達の中には国の現状を理解できていない者も多いのだと痛感する。
ソフィアはというと少年ガイの姿で聖女一行を遠くから眺めていた。朝一で工場を辞めると言いに行っていたからだ。
工場は人の出入りが激しいことから工場責任者は少し引き止めるも、続ける気がないと判断するや否やガイへの興味を無くしていたため簡単に辞めることができた。お世話になったおじさん達に挨拶をすませ、チャデットを出るための準備をしてから聖女一行が出発するところを見物しにきたのだが……
「何あれ。どういう事?」
思わずソフィア自身の声が漏れた事で周りにいた者が不思議そうにソフィア、いや、少年ガイを見つめる。その視線で我に返ったソフィアは小さく咳払いをし、人混みの中から抜け出した。
《サリーナ!ちょっとどういうことなの!?》
《ソ、ソフィア、落ち着いて!》
《だっておかしいでしょ!あの男は誰!?》
ソフィアを困惑させたもの、それは聖女一行の中にいる見たことのない男だった。金髪に真っ赤な瞳の一行の中にいても見劣りしない美しい男。その男は聖女の斜め後ろに立ち、何度も聖女とアイコンタクトをとっている。
《ソフィアは初めて見るもんね。彼が昨日突然聖女様が二人きりになりたいと呼び出した男、テッドよ》
《え……まさか》
《そのまさかよ。朝から彼を旅に同行させるって聖女様が言い出して。彼も遠慮しているように見えて乗り気だったし、彼がいないと街から離れないって聖女様は我儘言うし、散々だったんだから》
そう話すサリーナの声には疲労の色が見える。あの真面目なクロードを折れさせた程の我儘だ、そうとう大変だったのだろう。
しかし困ったことになった、とソフィアは頭を抱える。本当はこのまま次の街へと先回りして街の調査や穢れの発生度合いなどを確認しに行こうとしていた。しかし、何者かもはっきりしていない男が一行に加わったことで計画は狂ってくる。
ソフィアの仕事は諜報活動とサリーナ(聖女一行)への情報提供なのだが、聖女達を守ることが前提だ。サリーナがよく言う『ソフィアも聖女一行の一員』という言葉の意味はそういうことなのである。
《はぁ……わかった。私も後を追いかけて付いていく。テッドとかいう男が領主の元にいた時点で怪しいもの。疑って見張っていた方がいいわ》
《わかったわ。私もなるべく二人っきりにしないようにする》
顔を歪めうな垂れたソフィアは渋々返事をした。
こうしてソフィアは嫌々ながら一番近づきたくなかった聖女一行と行動を共にする事が決まったのである。
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道無き道をひたすら歩く。それは聖女一行の旅が穢れを浄化するためであり、大抵の穢れが舗装された道で発生する訳ではないからだ。
ソフィアは集団が見えるか見えないかのギリギリの距離で気配を消して歩いていた。聖女の周りを固めている男達は皆が実力者で、下手に近づけば感づかれてしまう。それだけは避けたい。主に面倒だから。
それにしても聖女は己の置かれている立場を理解しているのだろうか、と遠くから聞こえる聖女の楽しそうな笑い声を聞きながらソフィアは小さくため息を吐いた。
聖女は国にとって、穢れの浄化だけでなく政治的な面でもとても大事な存在である。
穢れが発生した時にだけ現れる一人の聖女は世界を救える唯一の存在、また導きの神アレル様の使者としても尊い存在である。そんな聖女が現れた国は、聖女を保護し守り抜く義務を果たす代わりに、国々の中でも優位な立場に立つことができた。
すなわち、聖女が現れた国は政治的にも優位な立場で発言、交渉ができるのである。
しかし、厄介なことに穢れが発生している間に聖女が死ねば、新しく聖女が誕生するのだ。それがアレル様の穢れに苦しむ生き物に対しての優しさだと言えばそれまでだが、聖女が現れた国の者にとってはいい迷惑である。
何故なら、己の国に聖女が現れることに賭けて聖女を殺そうとする他国の者が現れるからだ。
今回の聖女のように穢れが発生して一年で現れるのは珍しい。昔は十年も穢れに苦しんだという記述があるほど、聖女がいつ現れるかわからないのだ。
そのため聖女を殺してからすぐに次の聖女が現れず、人間の半数以上が死んだこともあったそうだ。だからこその賭けなのだ。
聖女という政治的カードを手に入れたい又は聖女により力をつけて欲しくない国から奪うために、本当に己の国に聖女が現れるかも、すぐに聖女が現れるかもわからないのに聖女の命を狙いに来る愚か者がいるということだ。
「クロード様の事だから、聖女様には言い聞かせていると思うけど。自覚がなさすぎて守る方が大変だわ」
魔獣化した動物よりも人間の方が厄介だ。大抵は聖女を守る男達の実力ならば余裕だろうが、頭の使える人間が多勢で襲って来れば守りながらの闘いは不利になる。
そう考えられたら知らない男を連れて行こうなどとは言わないだろう。まだ命を狙われたことがないから気が緩んでいるのかもしれない。そう思うと何度目かわからないため息が漏れた。
しばらく林の中を歩いていると周りの気配が変わったことにソフィアは瞬時に気が付いた。重く張り詰めたような気配。
気配の動く先が聖女一行だと理解したソフィアは、一気に集団との距離をつめるため走り出す。
《サリーナ!何かいるから気をつけて!》
《えぇ、わかってる!》
サリーナの声が聞こえてすぐ、辺りから殺気が放たれる。ここまで大きな殺気を隠していたか、と小さく舌打ちをしたソフィアはかなりの手練れであると判断し速度を上げた。
近くの木の上へと駆け上がり下の様子を伺えば、そこには聖女を庇うように立つテッドとサリーナ、その三人を庇うように立つクロード、ハーヴェイ、クレイズの姿があった。険しい顔で睨みつける彼らの目線の先には、剣を構え殺気を放つ男達がいた。
「あれ、テッドは聖女を守るように立ってるわね。仲間では……ないのかな?」
予想していた状況ではなかったため、ソフィアは一度様子を見ることに決め、木の上に身を隠し続けた。