悪いのは誰だ
今回は暗めです。
ゆっくりと開く扉を見つめながら息を飲んだソフィアとサリーナは、扉から顔を出した人物を確認すると深く安堵の息を吐いた。
「勝手に開けてすまんが、入っていいだろうか?」
「はい、どうぞお入りくださいませ、クロード様」
中の様子を伺うように扉から顔を覗かせていたクロードはサリーナの言葉を聞くと、ホッとしたような表情を見せて部屋へと入ってきた。
「女性の部屋に勝手にすまないな。だが、ノックしても返事がないし、いくら待っても君達が来ないから心配したんだ」
「それは申し訳ありませんでした。少々忍び込む時間が遅くなりまして」
謝罪しつつ聖女の部屋へと続く扉をソフィアが意味ありげに見ると、何かを察したのか、そういうことか、とクロードが頷いた。
今回の侵入計画の協力者はサリーナとクロードであった。
クロードの役割は、領主であるガルベスト伯爵を褒めちぎり、街の様子を報告させ、酒を酌み交わす。泥酔させるほどに飲ませればソフィアが寝室横の執務室に忍び込んでも気づかないだろうという作戦だった。
テッドという予想外な男は現れたが、それ以外は順調に事が進んだ。普通ならば真面目なクロードが明日からも旅が続くというのに酒を飲むなんてしないだろうが、領主と酒を飲めるのはクロードぐらい、ここは頑張ってもらった。それだけでなく、クロードは影から上がっている報告と領主の報告との違いなども見極めていた。
「それで上手くいったのか?」
「はい。こちらをご覧ください」
ソフィアがサリーナの手元にあった資料をクロードに渡す。資料へと目を落としたクロードの表情はすぐに険しいものへと変わった。
「ハデスト帝国が絡んでいるのか」
「はい、そのようです。この武器の受注先はハデスト帝国と見て間違いないでしょう。今、仲間が武器の運び先を探っているところです」
「……また厄介なところと手を結んだな」
ハデスト帝国はティライス王国北東の国境が接していて、寒暖差の激しい環境から漁業や工芸品が大変盛んな国だ。その代わり、寒い時期になると作物が育たないことから、農業が盛んなティライス王国の領土を得ようと戦いが勃発した。武力も高いことから苦戦を余儀なくされたティライス王国であったが、技術者が多かったために様々な武器を駆使して応戦、戦いは長期化したのだ。
二代前の国王による停戦合意のおかげで、今では戦いを知る者は少なく、二ヶ国間での物流も盛んになっているのだが、この資料によると多くの武器がハデスト帝国に流れているようなのである。それも受注は穢れが発生した頃からなのだ。
「帝国自体が絡んでいるのか、帝国に潜む者の企みなのか」
「そこまではわかっていませんが、穢れが発生した頃に武器の受注が増え、穢れによって労働力は確保でき、領主は金の羽振りがよくなる。以前からチャデットの街に住む者は領主に良い印象は持っていないようでしたから、領主も善人とは言えないでしょう」
「穢れが今回の事と関連していると?いや、まさか、穢れは自然発生だぞ?いつどこで発生するかもわからないのに」
困惑したように額に手を当て椅子に座り込んだクロードにサリーナがお茶を差し出しながら口を開く。
「しかし今回の穢れ発生は今までと異なっています」
「そ、それは……」
「他国に比べてティライス王国での穢れ発生率は非常に高く、人々の生活に重要な場所ばかりで発生しているのですから」
「穢れが人為的だと?しかし、そんなことは不可能だ。穢れの被害自体は昔のものと変わらない。発生状況が異なるだけで自然現象を人為的だと判断するのは危険ではないか」
そこまで言われてしまうとソフィアとサリーナも確かな証拠がない以上断言はできない。考え込み始めた三人の沈黙を破ったのはソフィアだった。
「詳しくは私共でお調べします。まずはチャデットから他国に武器が流出しているだろう事を国王様に報告します。証拠は仲間が持ってきてくれるはずですから」
「領主が捕らえられれば、またチャデットの街が衰退してしまうかもしれないわね……何だか悲しいわ。知らぬうちに悪い事に加担させられ生活が潤い、悪事がバレれば街に住むものが苦しむことになる」
サリーナの呟きにクロードはなんとも言えない表情をする。王族である彼にとっては耳の痛い話だろう。しかしソフィアはサリーナのような嘆きはなかった。これが世の常だろうと諦めに近い思いが彼女の心を占めるだけ。
確かに領主が捕らえられれば、武器の受注はなくなり、失業者は増え、金や食料がなくなるだろう。必死に生活している民からすれば今を生きるために一番必要なものがなくなるのだ。例え領主が悪いことをしていたとしても、国が捕まえなければ幸せに生きていられたのに、と国を恨むものも出てくるだろう。
それに対して何も思わないというほどソフィアも冷たい人間ではない。ただ、チャデット以外の町ではそれが日常的なのだ。チャデットの人達は一度幸せを感じたせいで国の現状から目を背けているだけ。今のティライス王国はそれ程までに酷い状況だということだ。
「仕方がないわよ。弱い立場の者が被害を受けることは変えようのない現実なのだから」
「……ソフィア」
ソフィアの感情の入らない小さな呟きを聞いたサリーナは悲しげにソフィアを見ると、そっとソフィアの背に触れた。労わるように寄り添う双子をクロードは真っ直ぐ見つめる。双子もまた特異体質であったことで弱い立場に立たされていたのだろうと思うと自分が慰めの言葉をかけても逆効果であることは理解していた。だからこそ黙って様子を見守っていたのだが。
「……本当にそっくりだ」
思わずクロードの口から漏れた言葉は重たい空気を軽くした。それは双子を見つめていたクロードにとって深い意味のない素朴な感想だったが、その言葉を聞いた瞬間、サリーナは小さく笑い、ソフィアは顔を歪める。
「突然ですね、クロード様」
「あ、いや、すまない。二人が並んだところを初めて見たものだからついな。重要な話をしている時に言う言葉ではなかったな」
「いいえ、いいのです。話は終わっていましたから。ねっ、ソフィア?」
「あ、はい。気になさらないでください」
双子にそう言われた事でクロードは改めて二人を比べたが、同じ髪色、髪型、顔立ち、体型、服装……全てが鏡のようにそっくりだった。ただ違うのは表情と纏う空気だろうか。
「二人を見分けるのは大変そうだが、何となく雰囲気が異なるか?」
その言葉に小さく身体をビクつかせたソフィアをクロードは見逃さなかった。これ以上は踏み入れてはいけない、と本能が訴える。しかし笑顔でその言葉に答えたのはサリーナだった。
「そうですね、私達を見分けられる人は少ないです。雰囲気なんて『影』の私達からすれば簡単に変えられますからね」
「そ、そうか。ならば私も簡単にはできなさそうだな」
残念だという表情で笑いかけるクロードだったが、よく二人を観察すればわかることがあった。サリーナは双子がそっくりだという言葉を嬉しそうに受け止めるのに対して、ソフィアは複雑そうな顔をする。それが二人を唯一見分けられる違いで、そのことによって双子は考えの異なる別人物だということを改めて実感したクロードであった。