呆れたお食事会
チャデットの街はいつにも増して賑わいを見せていた。仕事をしている者も手を止め賑わう先を見つめれば、歓迎の声を上げる。その見つめる先には多くの人々が集まっていた。
その人集りの中心にいる茶色の髪を後ろに撫でつけ、青い瞳に眼鏡をかけた知的な雰囲気を醸し出す男は目の前に立つ者達に満面の笑みを向けると深々と頭を下げる。その仕草は演劇でも見ているかのように大袈裟に思えるものだった。
「ようこそチャデットへお越しくださいました。私がこの領地を治めておりますドミニン・ガルベストと申します」
「突然の訪問でここまでの歓迎を受けるとは有難いな。この先の穢れを浄化したいのだが、そろそろ日が暮れる。すまぬが一泊よろしいか?」
「もちろんでございます、クロード殿下。どうぞ私の屋敷にお泊まりください」
「感謝する、ガルベスト伯爵殿」
領主自らの案内を受け、聖女一行は街中を抜ける。聖女を呼ぶ声があればオリビアは優しげな笑顔を向け、騎士を呼ぶ声あればハーヴェイがにこやかに手を上げる。クロードは領主と街の様子についての情報交換をしながら歩いており、クレイズはやはり怠そうに、サリーナは黙って後を付いて歩いた。
大きな領主の屋敷に着けば、一行は明らかに驚いた様子を見せる。その中で平然としていたのはソフィアから詳しく情報を得ていたサリーナだけだった。
「豪華な屋敷ね」
サリーナの小さな呟きは誰にも聞こえない。ただ、図らずしもサリーナはソフィアと同じ感想を抱いたのであった。
部屋へ通された一行は夕食までの僅かな時間を思い思いに過ごす。誰もが久しぶりの柔らかなベットやソファで身体を休めていたが、サリーナだけは違った。もちろん、ゆっくり出来るものならしたいのだが、なんせサリーナの主はオリビアなのだ。部屋に入って早々サリーナに告げられた主の言葉は……
「夕食までに綺麗にしなければね。まずは湯を準備してちょうだい。ドレスは何がいいかしら。早くしないと時間がないわ!準備ができたら呼んで。わたくしソファにおりますから」
「かしこまりました」
もはや奴隷ではないかと思わずにはいられないサリーナだった。急いで屋敷の侍女に協力を頼み準備をする。オリビアを湯に入れ、髪を乾かし、ドレスを着付けて髪を結い上げる。あまり豪華すぎるのは聖女らしさがないため控えめにするも、オリビアからの文句が飛び、結局華やかな見た目になってしまった。
そのままサリーナは休憩する間もなく夕食会場へ付き従ったのである。
先に会場にいたクレイズ以外の男性達はオリビアの美しさを褒め称えた。オリビア本人も満足気であったが、一人困った笑みでこちらに近づいてきたのはクロードである。
「サリーナよ。もう少し抑えられなかったのか?あれではちょっとした夜会だぞ?」
「聖女様のご要望でしたので……」
それだけ告げて頭を下げたサリーナに「そうか」と返したクロードが何を考えているのかはわからない。しかし説教が長いこと以外、クロードは常識人であると理解しているサリーナからしてみれば、自分で聖女に言ってくれという話である。
サリーナは笑顔の絶えない明るい娘だ。社交的な彼女は聖女一行の中でも上手くやっている。しかし、ソフィアや皆が思っている程、素直で純粋な女性ではなかった。いや、なくなったと言った方がいいのかもしれない。
幼い頃は思った事はすぐに口にするし、感情の豊かな子供だった。人と話すことが大好きで、疑うことを知らない子。唯一の家族であるソフィアや一緒に育った教会の人も大好きな本当に素直な子だった。
それが大きくなるにつれ、サリーナ自身が作り上げた素直さになっていった。別に本心と真逆のことを表現するのではないけれど、思った事を口する訳でない。人々の感情や雰囲気を読み、相手に合わせていく。それは誰しもが成長するにつれ身につけていくことで、サリーナも例外ではなく他者の目を気にすることで身につけた。
そんなサリーナにとってある意味特別な存在なのがソフィアだった。ソフィアは幼い頃からあまり人と関わろうとはせず、サリーナと一緒の時以外は一人でいることが多かった。教会の仲間ともありきたりな会話ばかりで己の考えを告げる事はほとんどしない。
昔からソフィアは一人でも平気そうだった。幼い頃はそんなソフィアが心配でたまらず、常に一緒にいたが、仕事を始めるようになると一人でどんどん仕事を熟していく。いつの間にかサリーナにさえ本心を隠すようになっていた。
その頃になるとサリーナは心配しているのではなく、ソフィアが己から離れていくのが怖いのだと気づき始めた。そして昔から自分は人の顔色ばかり伺って、人が離れていかないようにしていただけだと理解したのだ。
結局、ソフィアのように嫌いな人や嫌なことは嫌だと切り離せる勇気がなく、それを持っているソフィアが羨ましかっただけなのかもしれない。
「私は結局、受け入れるしかできないのよね」
諦めの混じったサリーナの声は、聖女と上機嫌に話す領主の笑い声でかき消された。
「さぁ!では皆様、お食事にいたしましょう」
領主の合図と共に料理が運ばれてくる。食材をふんだんに使った料理の数々に誰もが舌鼓を打った。
「まさかこんなに美味しい料理が食べられるとは思わなかった」
「そうですわね、クロード様。本当に美味しいですわ」
「いやぁ、喜んでいただけてよかったです」
後ろで控えていたサリーナは満足気に笑う領主や聖女達を見て呆れ顔だ。今のご時世にこんなにも豪華な食事を領主ができるだけでも不自然だ。それを聖女一行に提供するとは、隠すつもりがないのか、疑われるという考えがないのか。いや、自慢したいか見栄っ張りなだけかもしれない。
「本当にチャデットの街は賑わっていますね。これもガルベスト殿の手腕が優れているからなのでしょう」
「勿体無いお言葉でございます」
「謙遜はおやめください。穢れもなく、人々を受け入れてくれているとか。本当に有難い。王族代表として礼を言いますよ」
「ありがとうございます。しかし、私だけの力ではございません。街の皆の協力があってこそ。そうです、殿下にご紹介したい者がいるのですが、よろしいでしょうか?」
「もちろんです」
上機嫌な領主が紹介したのは金髪に真っ赤な瞳を持つ、凛々しい顔立ちの美青年だった。落ち着いた雰囲気を持つ彼は名をテッドと言った。
「チャデットをより良い街にできたのは彼のおかげでもあるのですよ」
「素晴らしいですわ!そうですわよね、クロード様?」
「あぁ、そうだね」
テッドの話に食いついたのはオリビアだった。その瞳にはテッドしか映っていない。サリーナは思わずため息を吐いた。彼はオリビアの好みだったらしい。
「よろしければガルベスト殿、どのように街をここまで築き上げたのか聞かせてくれないか?もちろんデッド殿もご一緒に」
「かしこまりした。ではお酒でも飲みながらゆっくりお話しするのはいかがでしょう?」
「酒か。久しぶりにそうさせてもらおうか」
「クロード様!わたくしもご一緒したいですわ」
まさかのオリビアの言葉にギョッとしたのはクロードだけでなく、サリーナもだった。どこに酒を飲み交わす場へ女性を連れて行く者がいるか。特に常識人であるクロードは許さないだろう。
「女性を連れてはいけないよ」
「わたくしなら大丈夫ですわ!」
「いいや、駄目だ。貴女を預かり守る身でありながら、そのような事を許可することはできない」
「しかし!」
「オリビア嬢、わかってくれるね?」
「……わかりましたわ」
オリビアを窘められるのはクロードしかいない。それは地位だけでなく、彼の持つ生真面目さも関係するだろう。面倒なことにならずに済んだと思う反面、オリビアの怒りの矛先を考えると現実逃避をしたくなるサリーナであった。