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光に憧れ、影に生きる  作者: 小日向 史煌
ティライス王国編
10/73

密談するなら木の上に限る!

 

 月までもが雲に覆われ街灯の下だけが薄っすらと照らされている真夜中。ほとんどの呑み屋も店じまいを始め、賑わいのなくなったチャデットの街を気配を消して走り抜ける。


 闇に染まった街は彼女にとって安心できる場所だった。姿を見られない事が彼女の仕事でもあり、己を見せない事が彼女の信条でもある。そんな彼女が光の下で本来の自分を見せることはない。


 彼女、ソフィアはそうやって生きてきた。物心ついた時には教会にいたソフィアは決して我儘の言わない子だった。それどころか本心をさらけ出さない大人しい子だった。唯一ソフィアの本心を知っていたのは姉のサリーナだけ。しかしそれはソフィアが意図しないところで知られていた。


 まだ能力を制御できなかった頃の二人は、心の中で考えた事までもお互いにだだ漏れであった。そのため心の中で文句を言うソフィアの全てがサリーナに流れていたのである。


 しかし、サリーナは能力によって知ったソフィアの事を他者には言わなかった。ソフィアの心の声を受け止め、聞き流してくれていたのだ。それが唯一の家族にしてあげられる事だとサリーナは思っていたから。


 ただ逆に、サリーナの心の声を聞いていたソフィアは劣等感に苛まれた。親も容姿も育つ環境も同じであったのに、サリーナの心の声と発した言葉に違いがほとんどなかったからだ。


 幼い頃から明るく素直で誰からも好かれるサリーナ、それを一番理解していたのは他でもなくソフィアだった。何故こんなにも違うのか、それは能力が制御できるようになってからも考えてしまっていた。


 それから影となったソフィアは、少しでもサリーナより力をつけようと必死に仕事を熟した。そのおかげで、諜報活動はサリーナよりも優れ、仕事の数も多い。その代わり、自分を隠す事も上手くなってしまった。


 それに加え、仕事で人々の裏の顔をたくさん見てきたソフィアは人までも信用できなくなっていた。サリーナやセルベト、教会から一緒の仕事仲間は信用しているが己の全ては見せない。

 こうして今のソフィアが出来上がっているのである。




 目的地の大きな木に辿り着いたソフィアは、一気に駆け上ると太い枝の上に腰をかける。そこから見下す位置にあるのはチャデットの領主であるドミニン・ガルベスト伯爵の屋敷だ。



「豪華な屋敷ね」



 呆れた口ぶりのソフィアが言ったように、ガルベスト伯爵の屋敷は城と言った方が良いのではと考える程大きく立派だった。屋敷を見ただけで羽振りがいいことが伺える。しかし、世界の国の中でも一番穢れの被害が多いティライス王国にここまでの金があるとは思えなかった。



「本当にきな臭いわね」

「そうだな」



 突然ソフィアの独り言に返事が返ってくる。低く身体に響くような男の声を聞いたソフィアは小さくため息を吐くだけで驚いた様子はない。



「ライル兄、お願いだからその声で近づかないで」

「えー、前に良い声って褒めてくれたじゃないか」

「違う。“無駄に”良い声って言ったの」



 ソフィアの言葉に不満気な態度を示す男ライルは、教会で育った兄の様な存在であり、仕事仲間だ。出発前にセルベトが言っていた『私達の他にも動いてくれている仲間』の一人である。ちなみに特異体質の能力は『声を変える』で、低い男の声から高い女の声まで使い分けられる。影の中では変装の名人とも言われていた。



「それで、その声で話しかけるために来た訳じゃないでしょ?」

「ちょ、俺のこと何だと思ってるの!?そんな変態じゃないよ」

「……わかってるよ」

「その間はなに!?え、ちょっと泣きたくなってきたよ、お兄ちゃん」

「ごめんって。それで、どうだったの?」



 このままでは面倒なことになると判断したソフィアは、話をすぐに切り替えた。その事に納得のいかないライルであったが、場所も場所なだけに追及するのは止めた。



「そうだなぁ。幾つかの町で不正やら違法取引が発見されて報告が上がってる。どうしようもない奴らばかりさ。町に溢れた人を奴隷として売買したり、食材を高値で売りつけたり。終いには偽造硬貨をつくってる馬鹿もいた。国を滅ぼしたいんだろうかね」

「自分の利益しか考えていない人なんてそんなもんだよ」

「今は証拠集めしてる段階だけど、すぐに捕まるさ。なんたって俺達の依頼主が国王だからな」



 そう話すライルの口調は他人事のようだった。別にこの国がどうなっても気にしない、そう言っているかのよう。


 教会で育った特異体質を持つ者達の大半はそんな考えの持ち主ばかりだ。特異体質を持ちたくて持った訳ではないのに、周囲から迫害され、親に捨てられ、国も守ってくれない。


 守ってくれたのはアレルティア教会だけで、能力を認めてくれたのは影のトップであるセルベト・オーランド公爵だけ。だから影である彼らは国のためではなく、セルベトのお願いだから動く。セルベトがティライス王国を愛しているから、結果的に国のためになっているだけなのだ。



「穢れの発生箇所は増えた?」

「この前の報告からは8箇所くらい。それがまたティライス王国にとっては迷惑極まりない場所ばかり」

「というと?」

「農業の盛んな村とか動物の多く住む森とか……まぁ被害の大きいところばかり。自然発生にしては今までの歴史で見ても可笑しいな」

「やっぱり何かありそうよね」

「だから早くお前の任務を成功させてくれよ、ソフィア」

「わかってる」



 険しい表情になったソフィアの頭をポンポンと叩くとライルは満面の笑みを向けた。



「まぁ、ソフィアにはサリーナもついてるし、そう背負いこむなよ。それに俺もついてるだろ?」

「うん。頼りにしてる」

「な、なんだよ、今日はやけに素直だなぁ。可愛い奴め。よし、目一杯頼りにしてくれ」

「だから声を変えなくていい」



 またソフィアの言う“無駄に”良い声にして調子に乗ったライルはソフィアの一言にしょぼくれた。そんな馬鹿な掛け合いをしていると、屋敷の方から人の気配がしてきた。すぐに仕事モードに切り替えた二人は何処から来るのか気配を探り出す。



 すると屋敷の裏手から一台の荷馬車が現れた。周りには警護のためか男が六人立っている。それを確認すると気づかれないように気配を消したまま、ソフィアとライルは木を渡り近づいた。



「期限ギリギリなんだ、急いで運べよ」

「わかってますよ」

「たく、仕事が遅いんだよな。怒られるのは俺なのに」



 一人装いの異なる男は荷馬車を囲む男達に指示を出すと屋敷へと入って行った。それを合図に荷馬車は街の外へと進んでいく。



「ほぉ、ここの領主様も何かやってるな。こりゃ俺達だけで調べるのは大変そうだな」

「大丈夫。もうすぐチャデットに聖女一行が来るはずだから」



 ソフィアの言葉を聞いたライルはニヤリと笑う。



「それなら簡単に領主様を調べられそうだな。よし、ならまず、俺があの荷馬車探ってくるよ」

「ありがとう。頼りにしてるわ、ライル兄」

「あはは、そう言われたら頑張るしかないな」



 笑顔で告げたソフィアを見て、俄然やる気を出したライルは飛び出すように走り去った。その背を見つめながらソフィアはサリーナへ連絡をとる。



 《サリーナ。クロード様に伝えて欲しいんだけど》

 《なんかあった?》

 《ちょっと手伝って欲しいことがあってね》

 《わかったわ。何かしら?》



 こうして作戦は練られていくのであった。

初登場ライルさん。最初はこんな人じゃなかったのですが、何故だろう……なんだか思春期の女の子に振り回されてる可哀想なお兄さんになってしまった(汗)


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