舞台は幕を開ける
新連載始めました。
最初はこれが恋愛ジャンル? と思うかもしれませんが、恋愛要素は徐々に出て来ますので、よろしければお付き合いください。
王宮の一角にあるダンスホール並みの広い空間は、美しい真っ白な壁に金色の模様が入り、高い天井からはいくつものシャンデリアが下げられ、王族の威厳を感じさせる。謁見の間の奥にある一段高いところには金色に輝く大きな王座があり、王座に腰掛けているティライス王国国王オクレイル・オージス・ティライスは目の前で膝をついている五人の若者達を見つめる。
「其方たちにはこの国、いや、この世界全ての命運がかかっておる。オリビア・アレキセン嬢、其方が聖女の力を持ったことを我は誇りに思うぞ。皆もオリビア嬢を守り抜き、無事戻ってくるのだ。導きの神アレル様のご加護が其方たちを守ってくれると祈っておる」
厳しい顔の国王の言葉に皆がゆっくりこうべを垂れる。この任命の儀の立会人達は、その美しく厳かな光景を希望の光を瞳に宿し見つめていた。
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ティライス王国は山や森、海に囲まれた自然豊かな国である。農業が豊かで、技術者が多い事から武器などの生産も盛んだ。唯一領土が接している北東のハデスト帝国とは長く戦が続いていたが、二代前の国王同士が停戦に合意したため、今ではいがみ合っていた事も忘れたように平和な日々を送っている。
ティライス王国王都。
どこにでもあるアパートの中には見た目が瓜二つの女性がテーブルを挟んで紅茶を飲んでいる。一人はニコニコと笑顔を向け、もう一人は呆れを浮かべている。同じ顔のはずなのに全く異なる表情の二人だが、これは彼女達にとっては変わらない日常であった。
「はぁ……私、すごい緊張しちゃった」
「そりゃそうよ。国王様に会う機会なんてないんだもの」
口調は困っているのに笑っている女性はサリーナ。常に笑顔で明るく素直な彼女は、艶のある真っ直ぐな亜麻色の長髪に翠色の瞳、整った顔立ちは可憐という表現が一番合っている。
彼女は昨日行われた謁見の間での任命の義に出席していた。もちろん当事者として。そう、聖女御一行様の一人なのだ。
その向かいに座る苦笑い気味の女性はサリーナと同じ顔のソフィア。違うのは癖っ毛でウェーブしている亜麻色の髪だろうか。他はそっくりのため髪を結んでしまえば違いがわからない。
それもそのはず、彼女達は双子なのである。姉はサリーナ、妹がソフィア。二人は唯一の姉妹であり、家族だ。
双子は産みの親を覚えていない。ある理由によって物心をついた頃、教会の中に置きざりにされ保護されたのだ。そのまま教会で他の子供達と共に育てられ、18歳になった今年、独り立ちしたのである。
「聖女御一行様はどんな感じなの?」
「そうねぇ……あれが初めての顔合わせだったから、まだわからないけれど。一言で言えば、美しい聖女様とイケメン貴公子達ってところかな」
聖女……それは数百年に一度現れる『穢れ』を浄化する唯一無二の存在。
世界各地に現れる穢れは植物を枯らし、人を病にかけ、生き物を凶暴化させる。穢れによって腐った土地には生命が宿ることはない。
そんな恐れられる穢れを浄化できるのが聖女なのだ。聖女が浄化すれば以前よりも土地が豊かになるとされている。そんな恵みを下さる聖女は神の使いともされ、どの国も崇めるのだ。
一年前、この世界で穢れた土地が発見された。その出来事は全世界を恐怖に陥れた。穢れが現れたからといってすぐに聖女が現れる訳でもなく、誰もがなれる訳ではない。人々はひたすら聖女が現れることを祈るしかできないのだ。
そして先日、遂にティライス王国に聖女の力を宿した女性が現れた。歴史的に見ても穢れが発生して一年で聖女が現れた事はなく、皆が歓喜した。
導きの神アレル様は私達を見捨てはしなかった、と。
こうして聖女達の浄化の旅が決まったのである。昔から聖女が現れた国は責任を持って聖女を守る代わりに、各国よりも優位に立つことができる。
そんな様々な人間の思惑を抱えながら聖女達は明日旅立つのだ。
「ちょっと、それじゃあサリーナが入ってないじゃない」
「いいのよ。私はただの侍女だもの」
「ただの……ねぇ」
ソフィアは呆れたように呟く。それにサリーナはニコリと笑うだけだった。
そう、サリーナは伯爵家出身の令嬢でもある聖女の侍女として旅に同行するのである。もちろん実際に聖女に仕えている侍女ではない。普通の侍女なら危険な旅に同行などできないだろう。サリーナはある方の依頼で同行するのである。
「別にソフィアでもいいのよ、侍女役は」
「嫌よ。ちゃんとコインで決めたんだからサリーナがやって!」
「まぁ、そうよね。社交的な私のほうがあってる仕事ね」
「どうせ社交的じゃないわよ」
ソフィアは軽く睨みつけながらも内心ではその通りだと納得していた。サリーナのように素直でもなく、相手に向き合うことなく言いたいことも言わず、心の中で文句ばかり。そんな自分が社交的などとは思っていなかった。
「私は私の仕事をする」
「気をつけて、ソフィア。今回は私が側にいないし、無茶だけは駄目よ?」
「わかってる。ちゃんと密に連絡とるから」
「えぇ、いつでも待ってる。ソフィアも聖女一行の一人なんだからね!」
「見えない存在……だけどね」
そう言うと、どちらからともなく笑いが起こる。同じ顔、同じ声、同じ能力、何もかもがそっくりな二人だが、性格も考え方も違う。そして今回請け負った仕事も表と裏のような違いがあった。
しかし、ソフィアはそのことに不満を抱くことはない。人や物に隠れ、自分を見せず動くのは自分にぴったりだと思っているからだ。仕事を始めてから数年、人の裏側をたくさん見てきた。そして思ったのだ、正直に人と向き合うのは馬鹿らしいと。
「私、表に出たら本職に戻った時に困らないかしら?」
「さぁ?でも私達のどちらかが一行の中にいるのは便利ではあるよね。そっちを優先したんじゃない?」
「能力重視ってやつね……はぁ、ソフィアを一人にするの心配だわ」
「大丈夫よ。心配性ね」
大丈夫と言ったところで納得しないサリーナを見つめながら、ソフィアは小さなため息を漏らす。
「何年『影』をやってると思ってるの、サリーナ。今回の雇い主は王族。ヘマなんてしていられないわ」
今回のソフィアの仕事は表舞台にいる聖女一行を見えないところで支え守ること。彼らと会うということは、仕事を失敗したか命の危険が迫った時だろう。会わないためにもしっかり働いてみせる、そう頷いたソフィアに、サリーナは心配を飲み込んだ。