第25話 新しい朝
「見えないちゃ…!」
ガバッ!
僕は布団から身体を起こした。
いつもと同じ時間に目覚めていた。
ここは僕の部屋…。
いつもと変わらない代わり映えのしない風景。
チチチ…チチチ…
(あ…あれ?)
何かすごい長い夢を見ていたような気がする…。
落ち着いた後に夢の詳細を思い出そうとしたけどはっきりとは思い出せなかった。
何故その夢を見て涙を流していたのかすらも…。
…大学受験を失敗して高校を卒業した後バイトの面接にも落ちまくりで 途方に暮れる浪人生になる夢を見るなんて…。
僕はカレンダーを確認した…うん、まだ僕は高校3年生だ。希望に燃える新学期を迎えた受験生だ。
両親の仕事の都合でこの春から僕は一人暮らしを始めた。
きっとそのプレッシャーで変な夢を見ちゃったんだ。
…うん、そう言う事にしておこう。
そうして僕は昨日今日の準備をせずに寝てしまった事を思い出した。
かばんに今日の授業の道具を入れていたら不意に自分の名前が目に入った。
十央字 徳之心
僕はこの名前が嫌いだ…キラキラよりはマシだけど十分キラキラレベルだと思う。
今まで名前でからかわれた事はなかったけど、だからと言って好きにはなれない。
この名前、おじいちゃんの名前から一部分を取ったらしいけど古臭すぎるって言うね…。
って、時計を見るとヤバい!遅刻ギリギリ!
僕はすぐに出発の準備をして部屋を出た。
幸い学校へは10分も走れば着く距離にある。
僕は全速力で駆け抜けて教室へと向かう。
遅刻ギリギリで教室に入ると室内は異様な雰囲気に満ちていた。
周りの話し声に耳を傾けるとどうやら転校生が来るらしい…。
そんな話…昨日まで全然知らなかったぞ…。
…カーンコーン!
ホームルームが始まる。
さっきまであれほど騒がしかった生徒たちはみんな席についていた。
「きりーつ!」
「礼!」
「着席!」
みんなが落ち着いた様子を確認した先生が教室を見渡して一呼吸置いた。
「えー、突然だが、転校生を紹介する!」
その一言でまた急にざわつき始める教室。
誰彼なく転校生に関する質問が飛び交っていく。
「男ですかー?」
「女ですかー?」
「かわいいー?」
「イケメンー?」
…まぁ、思春期の子の興味と言えば気になるってまずそんなところだよなあ。
先生はそんな生徒たちの雑念をベテランの話術でなだめる。
「こらこら落ち着け!静かにしないと紹介出来ないぞ」
ま、それはいつもの光景でもあった。
僕は転校生には特に興味はなかったのでぼうっとしていた。
どうしてこうみんな他人の事であんなに盛り上がれるんだろう?
先生の方針で騒がしい内は一向に話が進まないのでざわついていた教室内も次第に静かになっていった。
場が落ちついたところでやっと先生はその転校生を紹介した。
「いいよ、入って…」
先生に呼ばれてその少女は教室に入って来た。
現れたのはかなりの美少女で教室はまた一気に盛り上がってしまった。
ヒューヒュー
ヒューヒュー
やったぜー!
男子うるさい!
黙れ男子!
そんな騒ぎの中、その少女と僕の目が合った…気がした。
その瞬間…体中に電撃の走るような感覚を僕は覚えていた。
な、何だこれ…。
普通ならそれは一目惚れの表現なんだけどこれはそれとはどこか違う気がした。
何だろう…ずっと苦楽を共にした仲間と再開したみたいな…そんな感じ。
僕と目が合った少女はニッコリと僕に微笑みかける。
それには何か特別な意味があるような気がしていた…思い過ごしかも知れないけど。
「それじゃあ自己紹介を」
「はい」
彼女の声が僕の耳を通り抜ける…。
やっぱり僕はその声を何処かで聞いた気がする。
いつの間にか僕は彼女から目が離せなくなっていた。
それはまるで何か運命のようなものすら感じていた。
「みなさん初めまして、私は――…」
僕の高校三年の学生生活はまだ始まったばかりだ。
今はただ何かが起こる予感だけがギュンギュンしていた。
(おしまい)
この作品は見えない女の子をテーマに最初はヌルい短編になる予定でした。
でも最初の二話で話が詰まって放置していたんです。
その後再開する時に新しく話を考え直してこんなトンデモな話になってしまいました。
かなり趣味の部分が入っていますけど楽しんでくださったなら幸いです。




