とある妊婦の憂鬱
もしかしたら連載または続きを投稿するかも。
⚠︎この小説は素人で文法力皆無の作者が、趣味と妄想と勢いで執筆されています。
柔らかな陽光が窓から差し込み、少女は読みかけの本に栞を挿んで、窓の外に視線を向ける。
色とりどりの花が風に揺れて、甘い芳香が少女の元にも届き、つい顔を綻ばせる。
「あっ、動いた」
途端にその大きなお腹の中の、小さな命が勢い良く動き、少女は更に笑みを深めながら愛しそうに撫でる。
「早くこの手に抱いてみたいものだ」
そう呟いて再び本に手を伸ばした。
少女は上位種族と呼ばれるハイエルフで、元Sランクの冒険者だ。
上位種族とはその名の通り通常種族と呼ばれる人間、獣人、エルフ、ドワーフ、竜人の上位の種族で、神の加護を受けた種族だ。
その力は強大で【長寿】【祝福】などの様々な恩恵を齎らし、それ故に欲深き人間や魔王に滅ぼされた種族である。
彼女の一族も三年前に人間に誘導された魔王に滅ぼされた。
黒焦げの同朋の亡骸が転がる荒野と化した故郷の村を見た彼女は、人間と魔王に復讐を誓った。
隣にはその人間である幼馴染みが居たとしても………。
それから勇者として覚醒した幼馴染みと、旅先で出会った仲間たちと共に魔王を討伐することができた。
少女はその時まではまだ少年であった。
天に輝く星たちの如く煌めく柔らかな白銀の髪、澄んだ翡翠色の吊りあがり気味だが目尻の垂れた吸い込まれそうな瞳。
スッと通った鼻梁、意思の強そうな柳眉、桃色の艶やかな唇、滑らかな雪原を想わせる白磁の肌。
どのパーツも至高の芸術品のように整い、絶世の美女と表現するような端整な顔立ちをしている。
全体的にきつい印象を与える高貴で孤高な雰囲氣と、甘い中に刺激的な香りを纏わせる体臭は、その人物をある意味妖艶な色香を感じさせる。
ハイエルフの特徴でもある尖った長耳と、可視化されて髪の周囲で光球となった魔力が、清廉で幻想的な容姿に拍車をかけていた。
少年は上位種族であることを隠すため普段から頑なにローブのフードを目深に被り、美しい容姿を人目に晒さぬよう心掛けていた。
それは幼馴染み以外の仲間たちでさえも………。
少年たちは魔王を討伐して王国の国王と謁見し、それぞれ褒美の品を賜った。
ある者は莫大なお金を、ある者は貴重な魔道具を、少年は国立図書館の一級閲覧許可証を、そして幼馴染みの青年は王家に伝わる秘薬を所望した。
その秘薬は“転換薬”といい、王家に男児または女児しか誕生しなかった時に性別を転換させる秘薬である。
幼馴染みの青年はこの秘薬を少年に服用させ、その日の夜に少女となった少年を犯した。
百数十年の年月を重ねてきた自分が、たかが十数年しか生きていない人間に女にされ、陵辱されたのである、これ以上無い程に屈辱的だ。
少女は青年をぼこぼこに殴ると、師匠と共にこの街に逃げてきたのである。
この街は“迷宮都市”と呼ばれる、街の中心に迷宮と呼ばれる遥か古に滅びた高度文明の遺産を管理し栄えた街だ。
この街で師匠と共に依頼をこなしていたのだが、ある日突然に悪阻がやってきて、妊娠が発覚した。
最初の頃は錯乱し取り乱し、自分を犯した青年を恨んだが、次第にこう思うようになった。
『俺は一人ではないと、己の腹に宿るこの小さな命が教えてくれているのだ。ならば、勇者には感謝しなければな』
と。
「ご主人様、そろそろ旦那様がお帰りになる時刻でございます」
「………もうそんな時間か」
少女は屋敷の壁に立て掛けてある振り子時計を見て、身重の身体を持ち上げる。
彼女に声をかけた狐耳と九本の尻尾……獣人の上位種族の幻獣、妖狐の侍女は優雅な所作で少女の側に控える。
彼女は奴隷として売られていたところを少女に助けられたのだ。
他にも一緒に売られていた人間の上位種族の魔人ラミアである少女、同じくダンピールの少女、ドワーフの上位種族の小人である少女、竜人の上位種族の翼竜人である少女を保護している。
この屋敷も師匠と二人で彼女たちの為に購入したのである。
「師匠には悪い事をしたな」
「ご主人様、旦那様はそのような事は気にされていないかと」
「ふふふ、だがやはり俺は気にしてしまうんだよ」
少女は無邪気に微笑みながら、己以上に美し過ぎる師匠を思い浮かべる。
辛い時に側に居てくれて、変わらず大切な弟子だと言ってくれる。
思えば教えを請い弟子入りした時から師匠を尊敬し、また恋していたのだろう。
「我ながら鈍いな………………うぅ!?」
「ご主人様!?」
そう自分の気持ちを自覚した途端に陣痛がやってきた。
◆◇◆ ◆◇◆ ◆◇◆
「よく頑張ったのぅ?」
独特の爺臭い口調で少女の頭を撫でる少年。
この世界では珍しい夜の闇の如く艶やかな漆黒の髪を後ろで三つ編みに束ね、黒曜石のような神秘的な輝きを放つ瞳。
スッと通った鼻梁、意思の強そうな柳眉、滑らかに透き通った白磁の肌、笑みの形に弧を描くどこか妖艶な色香を醸し出す唇。
少女以上に端整な顔立ちは人形か絵画のように造形物めいた美貌で、人間の言葉で表現するにはあまりにも稚拙だ。
小柄で華奢な身体には野生の獣を連想させる無駄のない筋肉がついており、その流麗で洗練された隙のない所作は気品に満ち、清涼な香りが漂ってくる。
この少年こそ少女の敬愛する師匠その人だ。
「産まれた子は元気な男児じゃえ」
「なら、名前はダグラス。ダグラス・ビンセンスですね」
少女イオルード・ビンセンスが花の飛び散るような満面の笑みでそう告げると、師匠フィオニス・アルバーンは笑みを深くして頷いた。
◆◇◆ ◆◇◆ ◆◇◆
ビンセンス邸の庭園に陽光を浴びて眩しい笑顔を見せてくれる子供がいた。
母親に似た白銀の髪と、紅玉のように紅い瞳、母親と同じくハイエルフで、幼いながらも甘い顔立ちは将来が楽しみである。
その子供の視線の先には大好きな母親が笑顔で手を振っている。
「かあしゃま! ダグのみつけたきれいないし! かあしゃまにあげましゅ」
「本当か? 嬉しいよ、俺のダグ」
「えへへ〜、かあしゃまだ〜いしゅき♥︎」
後に彼は母親と共に勇者として魔王を倒し、父親を探し出して報復するマザコンに成長する。
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作者は豆腐メンタルです。