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しばらく説明会をやってもらおう

 光の男は何かにもたれかかるように、背を空中に預けてポーズをとる。


『最初に言っておく。俺は初代管理者といったが、正確に言えば違う。初代の知識記憶や人格の一部を、模倣して残してあるだけのもんだ。初代本人じゃあない』

「幽霊とか、あー、通じるかはわからないですが、「残留思念」みたいなものですかね?」

『大丈夫だ、わかる。幽霊ってのは適切じゃあないな。残留思念、ああ、そっちのほうが近いものだ』


 模倣というのが少々気になるが、通じるのか。

 後ろにいる二人にもわかるのだろうか。


『天川良太郎、手を台座に置いているだろ? そこからお前の持つ知識や情報を読み取っているのもある。全部とは言わないが個人的な記憶に関して以外はこちらにも通じるから安心しろ』

「えっ」


 思わず手を離しそうになるがびくともしない。張り付いているかのようだ。

 その動きが可笑しかったのか、光の男は顎を引いて笑い声を漏らす。


『そう嫌がるな。初代もお前も、管理者は人間だからな。イドールと違って、人間は誤解や勘違いが起こりやすい。できうる限り視たもの、聴いたものを共通のモノとして知覚しなきゃならねえ。そうだな。有名な例えだが、「りんご」と聞いて、お前がイメージしたものと、他人がイメージした「りんご」はまったく別のものになるってあるだろ。その「りんご」を同じものにするわけだ』


 実にわかりやすい話だ。

 単語を聞いても同じイメージをもつとは限らない。

 人間同士なんて産み落とした親、育った環境、出会った人間、見聞してきた世界、その他様々な経験がどれも違う。

 それが個体差を促進させ、優劣で存在の価値を決める社会を産む。


『よし、だいたいわかった。お前にできるだけわかりやすく説明してやれる』

「すごい便利ですね」

『フンッ、便利っちゃあ、便利だがよ』


 なんだろう、表情はないがとても自嘲めいた笑いだ。


『じゃあ、お前は何から知りたい?』

「そうですね。昨日きてその半日眠ってて、知りたいことも整理できていないんですが」

『ははっ。そりゃあ悪いが、俺のせいじゃあねえな』


 ですよね。

 じゃあ、しばらく説明会をやってもらおう。

 まず何を聞いておくか。




 *




「ああ、そうだ。あのバスルーム。あれは初代の管理者が作ったんですか?」


 あの危険なバスルーム。

 まず聞いておかないといけない。


『そうだが……それは真っ先に知る必要あるのか?』


 質問がおかしかったのか、訝しげに聞き返される。

 いや、おかしいのはあの場所だ。


「はい。あんなのを当たり前みたいに構えていたという初代の人間性を知るべきかと」

『なるほどな』


 納得してもらえたのか、顎に手をかけうんうんと頷く。


『あれはな、お前ら管理者と、そのフィリス・アニマが「良き生活」ができるようにというコンセプト、らしい。それだけの広さはあるはずだ』

「ほ、ほう……」


 まんまじゃねえか。使えっていうのかよ。

 ありがてえな。


『ま、初代から後世への配慮だ。あの建物も、ここも、好きに使え。あそこが管理者の家になるわけだからな』


 毎日があのバスルームか。

 いや、いいんだけど。いいんだけど、うん。


「そのフィリス・アニマというのは、何なんです?」


 サツキと、後からきたミイナという子もフィリス・アニマだというが。

 来る途中に聞いた「伴侶の一人だから」というサツキの言葉から考えると、妻や伴侶になる相手のこと、ぐらいは察しがつくが。


『フィリス・アニマを説明するにはまず、初代について教えておかねえとならねえな』

「あー、そうそう。初代の人柄とか、目的とか、そういうの知りたいですね」


 というか、初代の話をしてもらえれば、全部がわかるのではないだろうか。

 なにか回りくどいものを感じるが、黙っておこう。


『そうだな』


 そう呟く男の声が一段低く、冷たくなった気がした。


『初代管理者。そいつは元居た世界、お前ら管理者が暮らす地球だな。その地球、その世界に絶望して、生きる人間に失望し、世の全てを拒絶した。そんな世界に己が染められるか排除されるかってことを恐怖し、耐えきれなくなった。そんなある時、銀の門を通ってこの世界に来た』


 銀の門。

 巨大樹の近くにあったあれか。

 僕もあそこを通ってきたらしいが、気を失っていて記憶はない。


『この世界にきた初代は、そりゃもう歓喜した。自分以外に誰一人存在しない、この平和な世界を喜ばないわけがない。その後は「全て善し、斯く在れかし」ってやつだ。この平和な世界で、自分の愛した女性と、求めた女性と生きていこう、そう考えたわけだ』


 ん?


「あの、質問です」

『なんだ?』

「その愛した女性ってどっから出てきたんですか。元の世界が嫌だって話でしたよね?」

『そりゃお前、簡単な話だろ。相手を無くしてイヤになってたとか、そんなもんだろうよ。残念だが、その辺りの記憶は俺に伝わってねえんだ』


 いや、辻褄はあうけども。

 本当にそんなことなら、なんとも言えない。


『話を続けるぞ。初代はまず人間を「創造」することを始めた。だが、愛した女性をただ再現するんじゃあダメだったんだろう。自分の理想とする身体を持ち、理想とする心を持つ、そういう、望み欲してやまない「最高の理想の女」として造り出そうと』

「あの、また話を切ってすみません。質問です」

『今度はなんだ?』

「当たり前みたいに「創造」とか「造る」とか言ってるんですが、その、初代は、普通の人間だったんですか?」


 どう考えてもおかしい。

 たった一人でどうして、そんな、人間を造りだすなんてことを考えるのか。

 今の時代ですら、そんなこと不可能だというのに。

 生命の創造だなんて、神にのみ赦される所業だ。人間には禁忌の領域である。


『そいつは簡単な話だ。協力者がいたらしい』

「えっ。この世界には一人だったんじゃ?」

『人間じゃあなかった、という話だ。元からこの世界に存在したそいつらは、初代に非常に協力的で、友好的だったようだ。そいつらのおかげで、イドールが誕生したわけだ』


 イドール。昨日から数回聞いた単語。

 人間に似せて創造された存在。

 神ではなく、人間が人間に似せて人間を造る。

 漫画とかならありがちな話ではあるが。

 悪い冗談のようだ。


「その協力者ってなにもんですか……」

『さあな。今となっては何もわからん。人間ではないそいつらは、しばらく初代に協力していたようだが、どんどんと数を減らし、いつの間にか消えてしまったようだ』

「絶滅とか、そういう話でしょうかね」

『どうだろうな。ああ、先に言っちまうと、イドールの基礎はそいつらだからな。名前は変わったが、子孫が生きているから絶滅とは言わんだろう』

「へぇ……」


 イドールの基礎、サツキやアマネさんの先祖。

 ついサツキのほうをチラ見する。


『人間のコピーはあっさり造られた。だが、それは初代の満足いくものじゃあなかった。肉体や命を造り出せたが、問題となったのはその「中身」だ』


さすがに連続で話の腰を折るのは気が引けて、「命」は中身じゃないのかという質問は言い出せなかった。しかもあっさりか。


『初代の持つ人間の生命情報では、また同じように野蛮で愚かな人間になってしまうことがすぐに判明した。これは初代の所有した人間という生物の認識の仕方、初代を造り出す肉体の遺伝子情報の二つが原因で、もはや一つや二つの世代ではどうしようもなく汚染された存在であり、理想としている浄化された存在として誕生させるまでには、膨大な時間がかかることとなる』

「……」


 なんだか、うん。おかしい話になってる気がする。

 生命情報とか、汚染とか、浄化とか。

 顔が引きつるのが自分でわかる。

 これが普段の生活で聞かされていたら即逃げ出したいところだ。

 そんな僕の様子に気が付いたのか、光の男は流暢に喋っていたのを止め、わざとらしく溜め息を吐いた。


『お前はイデア、イデア論というのを知らないようだな』

「すみません、ちょっと聞いたことありませんね」


 イデアという単語は聞いたことはあるが。単語を知っているだけだ。


『かいつまんで言うとだな、人間の魂というのはかつてはもっと素晴らしい場所で生きていた。それが地上に追放され、どんどん忘れて驚くほど愚かになり、イデアという「物事の元型」を、見ることが出来なくなってしまった。だが、魂の目で見ることが出来る者、智慧ある者は、おぼろげにイデアを思い出すことが出来』

「あの、すみません、全然わかりません」


 聞いているのが辛いので早々に打ち切らせてもらう。

 なんでここまできておかしい話の連続なのか。


『……人間はもっと絶対的な存在を認識出来るもので、それは遥か昔に魂が天上の世界にいたからだ。それでそういう状態に魂を、人間を戻すには途方もない時間がかかる、ということだ』

「あ、わかりやすいです。時間はどれくらいかかるんですか?」

『ざっと一万年だか七万年だかと協力者が計算したらしい』


 ああ、それは無理だな。

 何世代かかるんだ、それ。

 七万年て。人類のアフリカ単一起源説がそれくらい昔だったよな。


『そのような愚かな存在をまた増やすわけにはいかない。いくら理想の身体を造ろうと、不老不死の肉体にしようと、中身が穢れた魂では無価値だったわけだ。そこで協力者が、自身からの人間の情報だけではなく、自分達の生命情報も使用したらどうかと提案したらしい』


 いや、不老不死て。

 古今東西、過去現代未来にわたって、それ以上を願う人間なんていないだろ。

 歴史上の偉人とか、漫画とかゲームとかのボスとか、あらゆる意味で究極に求められてるものじゃないか。


『初代は協力者の申し出を受け入れた。だが結局それも上手くはいかなかった。初代が人間であるがゆえに、どうやっても人間が持つ「毒」を含んでしまうモノしか誕生しない。しかし、問題点が何処にあるか判明すれば、後は解決策を導き出すのは早かった』

「ええっと。初代管理者が人間だったせいで、上手くできなかった。じゃあ、まさか」

『ああ、初代は人間の肉体を棄てた。代わりとなる肉体は、理想の原型(・・・・・)を造る過程で幾らでも産みだしていたからな。そうやって人間が産まれ持って含有する毒を吐き捨てて、幾度も繰り返して、ようやく初代自体の魂から毒素が消えた』


 もう概念さんとかそういうことなんだろうか。

 はっきり言って、何を話していたんだかすらも忘れてきた。


『そうやって毒を無くした人間の魂の情報に、協力者の生命情報と遺伝子情報、そうして造り出されたのが最初のフィリス・アニマ、最古のイドールだ』


 ああ、そうだ。

 フィリス・アニマについて質問したんだ。あれ? したんだっけ?

 危うく質問した話を全然理解しないままで、聞き進んでしまうところだった。


「はわ、ガーティア・アニマですね……」


 不意に、背後でサツキが呟く声が聞こえた。

 あれは、わくわくしているのをまったく隠していない表情だろうか。目がらんらんとしている。

 その隣に座っているミイナという子も、目を輝かせている。

 今の話で楽しくなれるこの二人は大丈夫だろうか。


『ああ、そうか。イドール達には伝承として残ってるんだな。そのガーティア・アニマが初代の求めた、至高の心と原初の魂と理想の肉体を持つ、無辜の存在だ』

「なるほど」


 話が仰仰しすぎて、疲れてしまう。

 もっと端的に、わかりやすくしてもらえないだろうか。


『それでだ。フィリス・アニマってのはな、それに倣った慣習なわけだ。初代が追い求めて已まなかった幻想。よし、管理者となる者には自分と同じようにそういった相手を用意しよう、って初代の配慮だ。管理者になった本人が一番すぐに理解できるはずだぜ? そこのフィリス・アニマの二人を、お前はどう感じるよ。欲しい(・・・)だろ?』

「なっ……」


 今度は端的に言い過ぎである。言葉はオブラートにしてくれ。

 ほら、二人とも顔赤くしちゃって横向いちゃったじゃないか。

 それがいいんだけど。


『ついでに、イドールについても説明しておくか』

「あ、お願いします」


『今話した通り、イドールってのはそうやって生まれてきたわけだがな。見た目は人間と同じ、いや、人間に好まれ、愛されるような優れた容姿をとるようになっているが、一番重大な違いは「在り方」だ』

「わかりにくいです」

『イドールの形成には、人間に関しての情報から、本来持つはずの「毒」を取り除いたと言ったろ。人間の持つ愚かさや弱さがイドールにはない。人間という生命をより理性的に、より理知的に、より愛知に優れた存在にと』

「より具体的にお願いします」

『……』


 いや、わかりにくいし。

 なんとなくはわかるけれど、遠回しに言い過ぎだ。


『……一言でいえば聖人君子とか、そういう奴だ。しかも、人間より肉体は強靭、知性も高い、完全に人間よりも上位の存在だ』

「ほ、ほう」

『そうだな。あとは、蛇に唆される前のアダムとイヴ、とでも云えばいいか。ちょっと違うか』


 楽園を追放されしアダムとイヴ、またはエバ。

 無宗教の日本人である僕でも知っているぐらいに有名な聖書の話だ。

 中二病を患ったことのあるオタク趣味の人間なら誰でも知っている、か。


 エデンの園にいた最初の男女、アダムとイヴ。

 そこへ蛇がやってきて、イヴに食べてはならないとされている知識の木の実を食べることを唆す。

 その実は食べると死んでしまうと言われており、食べることを禁じられていた。

 だがイヴは木の実を食べてしまい、アダムにもその実を食べさせる。

 その結果、アダムとイブからは無垢が失われ罪を負うこととなった。

 神からの問いに、アダムはイブを、イヴは蛇をと、罪を自覚し悔い改めることはせずに責任転嫁をした。

 こうして二人は楽園を追放される──。


 わりと覚えてた。いや、有名だから当たり前ではある。

 で、イドールはそういうものだと。

 追放される前のアダムとイヴ。

 神の庇護の下で、働かずとも衣食住に困らず、蛇という悪意もなく、それはただただ幸福で、素晴らしい生活だったろう。

 それがイドールだと。


『人間の持つ愚かさがないというのはな、それだけで人間以上の存在になれてしまうんだよ』

「どういうことですかね」

『それだけ魂が浄化され、心が澄んでいれば、より高度な知識を得ることもでき、動物以上の行動も取れるということだ』


 いや、だからどういうことだよ。


『人間というのはな、その愚かさゆえに未熟さゆえに、本来の能力が出し切れていないし、使うことすらできないていない。野生動物並だ』

「あー、つまり、人間は全力が出せてないけどイドールは違うと」

『ああ、そうだ。基本的なポテンシャルでも上回り、高みを見れば更に差がある』

「へー」


 そんなすごい生命体なのか、イドール。

 それでいて中身は聖人君子。

 しかも基本的にはエデンの園にいるようなもの。

 完璧すぎじゃあないだろうか。

 生物としても、(ひと)としても、環境面でも。

 完璧すぎだ。


「そこまで完璧な存在に、人間が関与する必要あるんですかね」


 完成されたものには、手を加えられない。

 それなのに、未熟である人間が手を出す必要があるのだろうか。

 そう思ったところで、一番重要なことを聞いてみることにした。


「じゃあ、管理者って何をすればいいんですかって話になりますよね」


 真っ先に知るべきはこれだったのだろうけど。



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