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ルラーシュ

 これは走馬燈というやつだろう。

 色々と昔の、思い出したくもないのに忘れることも出来ない不愉快なことばかりが次々と連想され、掘り起こされていく。


 これは小学校高学年の頃だ。

 イジメを目撃して不愉快になった僕は、イジメに加担していたクライメイトの席を全て窓から投げ捨てた。問題を見て見ぬふりをしていた担任の席を廊下に出すところで、他の教師陣に止められた。

 理由については、

「見ていて不愉快で、気分が悪くなった」

 と答えた。

 弁明、釈明どころか、説明すらも怠ったため、この行動は両親と、たった一人を除いて、誰にも理解されはしなかった。それまで一緒に遊んでいた友人達も、この一件で離れていってしまった。

 行動を理解していただろう「たった一人」も、僕に近寄ることはしなかった。そうなるとは予想はしていたが、泣いた。学校を早退し、一日中泣いた。


 今度は中学の頃だ。

 しばらくは大人しく過ごしていた。皆も大人しく、新しい生活の慌ただしくも何か期待溢れる空気を楽しんでいたのに、また不愉快なものを見ることになった。

 だが、今度はその不愉快なクラスメイトどもは僕を狙ってくることになった。

 あいつらは自分たちが何をしているのか、理解していた。愉しんで悪意を振りまいて、暴力をおこなっていた。

 なぜそんなことで心を満たせるのか理解できなかったが、そんなことが快楽の動物だったのだと今ではわかる。

 自分との価値観が違いすぎることのショックが大きすぎて、もはや抵抗も何もしなかった。

 僕は死んだ魚のような目をしたまま中学を卒業する。


 高校へ入学する頃には、他人に対しての期待は無くなっていた。

 目に映る者すべてがクソに見えていたのだ。

 そんな僕とは反対に、周囲の人間は成長したのか、以前のような不愉快な行動をとっている者は極端に消えていた。

 僕だけが変わる機会を無くしていたようだ。

 二年に進級した頃、初めて恋をした。同じクラスの、斜め前の席にいた女の子。

 学業成績は上位、部活の陸上競技でも成績優秀、ぱっと見た感じは別段優れているといった容姿ではなかったが、愛嬌ある仕草や少し抜けておっとりした性格で学内でも人気のある子であった。

 そんな女の子だけに、眺めているだけで良かった。

 だけど、そうでもない奴らの方が多かった。厳密には、そうじゃない男がいた。

 あの子が夏から付き合ったのは同じ部活のイケメン男子だった。

 いかにもな体育会系男子で、インターハイにも出場している、そのクラスの中心の人気者という、僕とは真反対の人物。

 それでもあの子が楽しそうにしているのを見ると、それだけで良かった。


 終業式の時期、あの子がフラれたという話を聞いた。それと同時に、他人からは見ることが出来ない身体的特徴の噂も聞いた。ひじょうに下品な話で、不愉快な気分になる噂だ。

 三年生の生活が始まる頃にはあの子は今までのように、楽しそうに笑っていた。

 僕は、自分に巣食う不快感を無くしたいがために、彼女へ近づいた。

 仲良くなってくると、見ていた以上に、思っていた以上に、彼女は笑顔以外を見せなかった。

 きっと僕のことも悪く思ってないはずだ、そう甘い見通しを持って告白に踏み切る。

 その結果、彼女の笑顔以外という珍しい顔を見ることが出来た。泣いて謝られて、怒られて逃げられた。

 その後、なぜかクラスメイトの男子から持て囃される。初めてあいつらを認められたような気がした。クソではあるが。

こうしてまた腐乱死している魚のような目をしたまま卒業をむかえる。


 予備校と自宅とオタクショップの往復のみの浪人生活で一年費やし、大学へと進学したが、特に思い返すこともなく、時間に流されるだけの日々だった。

 友人も作らず、サークルへも入らず、バイトに勤しむことも、就活に励むこともなく、エロゲーとネットの四年間であった。


 会社を調べもせず、特にこだわりもなく選んだために就職自体は思っていたよりもあっさりと出来た。とんでもなくブラックではあったが。

 僕の就職に安心してしまったのか、一年後に両親は事故を起こして急逝してしまった。

 もっとも、仕事や生活の環境を教えていたら、心配性のあの二人のことだから天国から這い戻ってきそうである。


 不愉快な走馬燈が終わると視界が暗くなる。

 今から僕も天国へ行くのだろう。行けるかな。

 後悔はないけれど、あんまりいい人生じゃなかったなというのが、客観的に見ての感想だ。

 こんな終わり方なら、自由きままに生きて、部屋で好きなだけ惰眠を貪り、ネット漬けの生活をしていても、行き着いた先は同じだったろうし。

 なんのために生きて、正しさとか頑張るとか考えていたんだろう。実に虚しい。

 もう休めるなら大歓迎だ。静かに眠りたい。




 *




 気が付くと見知らぬ天井。そしてやたらと人の手を触っている女の子がいる。

 なにこれどういう状況なの、怖い。

 女の子が僕の手をなぞるのをやめたタイミングを見計らって上半身を起き上がらせ、辺りを見回してみると、どうも病院といった雰囲気でもない。まして自分の部屋でもない。

 火事らしきものに巻き込まれて、部屋から出ようとしていたのははっきりと覚えている。

 それが一体、どうして見知らぬ場所にいるのだろうか。


「あの、すみません」


 動かなくなった淡い桜色の頭に、思い切って声をかけてみる。


「……すぅ」


 寝ている。手を握られたまま寝られている。なんなのこの人……。


「サツキちゃん、管理者様は……あら?」


 置かれていたメガネをかけなおしていると、部屋の入り口から別の女性が現れた。


「あっ……、どうも……」


 女性――いや、女神だ。


 なるほど、この方が美の女神(アフロディテ)か。フレイアと言い換えても良い。

 一目見ただけで理解できる、この方は女神様だ。

 この世にこんなにも「美」を具現化し「美」を持って権現された方が居ただなんて、誰が想像出来ただろうか。

 大きく穏やかな碧眼、銀色に輝くゆるく波打った長い髪、乳白色の肌は離れていても艶と張りがうかがえる。

 何処かで見たような白地の修道服に抑えられてもなおはっきりと強調された豊満な胸、なだらかに流れるくびれた腰のラインは歪みやアンバランスさを一切感じさせない。

 その美しさのオーラは本能にまで訴えかけてくるようだ。圧倒され、(こうべ)を垂れるしかないではないか。


「お目覚めになられたのですね、管理者様」


 優雅に微笑んで僕に語り掛けてくる。その微笑み、目が眩むほどである。とてもじゃないが、こんな美人をテレビでもネットでも見たことがない。

 直視したら目も心臓もやられてしまうんじゃないだろうか。


「管理者様?」


 女神様が軽く首を傾げて視線を送ってくる。ダメだ、目を合わせたらやられる。


「あの、すみません。僕は、どうしてここに? というか、ここはどこですか?」


 顔をまともに見ることもできずに、早口でまくしたててしまった。大変失礼な態度だ。恥ずかしさに耳が熱くなる。


「誠に失礼ながら、管理者様が気を失っていらしたので、銀の門よりこの御部屋までお連れさせていただきました。差し出がましい真似を、どうかご容赦ください」

「いや、その、なんかすみません、ありがとうございます」


 なんで頭下げられたのか全然判らないよ……。

 女神様が頭を上げると、腰まであろう長い銀髪が揺れる。


「ここはルラーシュ。管理者様が居られました世界より上位の、新世界です」


 女神様はそう言うと、にっこりと微笑んだ。



2014/06/28 改

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