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橘皐月

 私、橘皐月(タチバナサツキ)は天井を眺めながら考えます。今の出来事はなんだったのでしょう。

 きっと、今の方は管理者様です。聞いていた時刻より早く、突然いらっしゃっていたので驚いてしまいました。私に抱き付かれ、急に動かなくなられて、また消えてしまいました。どういうことなのでしょうか。


「はわー……」


 考えようとしてみても、ドキドキしたままうまく頭が回りません。


「話し声が聞こえたけれど……。サツキちゃん、どうしたの?」


 二階からアマネさんが降りてきました。

 アマネ・メソッドさん。女性型の私から見ても見惚れてしまう整ったその容姿は、おとぎ話に出てくるガーティア・アニマの再来とまで言われています。

 しかも、管理者様が不在期間の守護を受け持つ≪イノセンツ≫でもあり、時期がくるまで私の指導をしてくださっている、とても大切な先輩です。


「あら……サツキちゃん、大丈夫? 何かあったの?」


 テーブルの上で惚けている私を心配してくれているようです。


「はわっ。すみません、すみません」


 というよりも、テーブルに寝転がったままだったことを忘れていました。恥ずかしいところを見られてしまいました。

 アマネさんは優しく微笑んでから、


「そろそろおやつの時間ね。お茶にしましょ?」


 休憩の提案をされました。




 *




 アマネさんは一口紅茶を飲むと、ゆっくりとカップを置きます。


「それで、サツキちゃん。さっきはどうしたのかしら」

「はいっ、あのですね。管理者様がいらっしゃいました」

「あら……」


 私の発言に、アマネさんが目を丸くして驚いています。こんなアマネさんの顔を見るのは初めてです。

 アマネさんがこんなに驚くなんて、管理者様が突然やってきたのは、やっぱりとってもびっくりすることだったようです。


「サツキちゃん、それで管理者様は何処へ?」

「消えてしまいました」

「あら……準備がまだだったのかしら……?」


 片手を添えて首を傾けるその仕草も、綺麗なアマネさんがなさると優雅さの中に愛嬌が加速度的に産まれ、つい頬が緩んでしまいます。


「どうしたの、サツキちゃん? そんな笑顔になって」

「はわっ、なんでもないです」


 これはいけません。油断大敵です。


「あら、わかったわ。ふふっ」


 アマネさんが何かわかったようです。可愛さに惚けてしまったのが、通じてしまったのでしょうか。恥ずかしいです。


「管理者様のことね?」


 だいぶ違いました。良かったような、別段構わないような?

 とても嬉しそうな笑顔でそう言われてしまうと、否定もできません。

 アマネさんの可愛らしさは、私の心の内に秘めておきます。


「管理者様はどんな方だったの?」

「えっと、男性の方でした」

「そうね。過去の管理者様の中には女性の方もいらっしゃったみたいだけど、基本的には男性の方がいらっしゃるみたいね」


 これは此処≪ルラーシュ≫で私達をお造りになった初代の管理者様が男性の方だった、というのが大きな理由のようです。


「それと、ちょっと、子どもらしさが残っている、というのでしょうか」

「ふふっ。人間の方は私達と誕生も成長も違っているからね。姿と心が一致はしないわね」

「はわー、そういえば、そうでした」


 立派な先輩達に勉強を教えてもらっていたのに、動転して忘れてしまっていました。


「でもどうしてそう思ったのかしら?」

「はわ、えっと、管理者様が抱き付いてこられて、こう、顔を隠すように」


 先ほどの管理者様の様子を手振りで真似ていると、アマネさんの笑顔が固まっているようにも見えます。なぜでしょう。


「それで、ちょっとくすぐったかったので私が声をあげてしまうと、不安そうに見ておられ、すぐに消えてしまいました」

「そ、そうだったの」

「はい……。私、何かやってしまったのでしょうか」


 もしかしたら、私が何か無作法をしていて帰ってしまわれたのでは? と落ち着いた今頃になって考えることが出来ました。


「大丈夫よ。サツキちゃんはびっくりしちゃっただけでしょ?」

「アマネさん……」

「それにね、そんなことで本当に帰ってしまわれるような方が管理者様には選ばれることはないわ」

「そうなのですか?」

「ええ、管理者様は私達を悲しませるようなことも、嫌がるようなことも絶対になさらないの。だからそんな顔しないで、ね? サツキちゃん」

「はわー……」


 それを聞いて安心しました。同時に、軽率にも管理者様を疑うような考えを持ったことを反省しました。


「そ、そうですよね」

「ええ、大丈夫よ」


 それに、


「そういえば、管理者様は泣いておられました」


 そうです。なぜだかわかりませんが、管理者様は泣いていたのです。


「きっと私に抱き付いてこられたのも、泣かれているお顔を隠したかったのだと思います」


 私がそういとアマネさんはちょっと眉を曇らせます。


「そうね、人間は弱い生き物だと書いてあったわ。私達より繊細で、脆い心で生きてこられたのだもの。ちょっとしたことでも心を乱して、動揺してしまうのかもね」


 人間の方の世界を考えると、とても怖く、とても泣きたい気持ちになります。初代の管理者様は『人間の世界は悪意と暴力と悲劇の歴史があるのみ』と書き残しています。

 ルラーシュの管理者様になった人間の方だけを、それも本の中でしか知りませんが、どうしてあのような方々がたくさん居られる世界が、そんな悲しく残酷で悍ましい世界になってしまうのか、まったくわかりません。

 ですが、私ははっきりと言います。


「でも、きっと平気です。何があっても、私は管理者様と一緒に生きていけます」


 私ではダメなことがあるかもしれません。管理者様を困らせてしまうかもしれません。お力になれないことがあるかもしれません。

 ちょっと不安はありますが、それよりも、今は管理者様がいらっしゃるのが楽しみで、嬉しくて、きっと大丈夫という予感だけが膨らんでいます。


「ふふっ、そうね。サツキちゃんなら、大丈夫。ちゃんと管理者様と上手くやっていけるわ」


 心なしかアマネさんも嬉しそうです。


「はいっ」


 そうこうお話しをしている内に、窓の向こうに青く淡い光が見えてきます。


「時間みたいね。行きましょうか、サツキちゃん」


 アマネさんと管理者様をお迎えに銀の門へと行きます。

 すると門の前には、男の方が倒れています。


「はわっ、アマネさん」


 大丈夫なのでしょうか。お洋服の所々が焦げて、破けてしまっているようです。


「あら、大変」


 あまり大変だとは思っていないようにも見えます。


「か、管理者様、大丈夫ですか、しっかりしてください」

「とりあえずお部屋にお連れしましょ?」

「はわ、は、はいっ」


 アマネさんが軽々と管理者様を抱え上げます。


「大丈夫よ、サツキちゃん」


 アマネさんの周囲をおろおろと回っているだけの私を安心させようと、そう言ってくれます。

 戻ってくるとすぐに管理者様をベッドの上に運びます。ですが、まだ目を覚ましていただけないようです。


「さて。じゃあ今度は、管理者様がお目覚めになった時のために、おもてなしの用意をしておきましょう。サツキちゃんはそこで管理者様の様子を見ていてね?」

「はわっ、お、お役目頑張ります」


 寝ている管理者様をしっかりと見守ります。俄然やる気が出てきます。


 ……。


 あっ、危ないのでメガネを外させていただきます。眠っている管理者様を起こさぬように、気を付けてお顔に触れます。


 ……。


 お顔についてしまっている(すす)や土埃を拭かせていただきます。


 ……。


 顎にはお髭というものがちょっと生えています。


 ……。


 これが管理者様のお手ですね。


 ……。


 ルラーシュには男性型の≪イドール≫は少数なため、こうしてじっくりと見ることが出来るのはひじょうに稀な機会です。

私達女性型の手よりもちょっと大きくて、指もすらりと長く、無骨というのでしょうか、見るからに力強く頼もしそうです。


 ……。


 触れてみるとちょっと荒れた皮膚はやはり硬く、ほんのり冷えています。


 ……。


 ざらざらすべすべ、ざらすべですね。


 ……。


 ……。


 …………この辺りはまだ撫でていないのでひんやりです。


 ……ふふっ。


 ……。


 ――ダメです、いけません。私は何をしていたのでしょう。

 ですが、なんなのでしょうか、この抗いがたい感覚は。

 もっと、もうちょっと触れてみたいという気持ちが出てきてしまいます。

 こうしてみると、心なしか気持ちがくすぐったくも落ち着くのです。

 まるで大樹の根本で殻に戻って眠りにつくような、そういった安心感があります。


 ……。


 いけません、心地よい眠気が。


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