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幻想でしかない

 昨日は二人が一緒だったから昼食にも困らなかったが、今日はどうするか。

 お金がなくても大丈夫だというなら一人でいっても平気だろう。

 そんなわけで同じ店にきた。


「そしてメニューが読めないわけだ」

「はい?」


 店員らしきお嬢さんに聞こえていた。

 迂闊。

 会話が出来るからといって、管理者が地球出身だからといって、文字まで同じだとは限らない。

 日本だって都市部と地方じゃ言葉が違うし文字にされると余計にわからない。


「すまない、読めなくて何があるのかわからないんだ」

「そうでしたか。ではこちらでお読みいたしますね」


 記載されているものを上から順に読み上げてくれた。

 無難にパニーノとコーヒーを頼む。


 品物を待つ間、後ろに並んでいたイドール達を見る。

 例外なく皆ほわほわ(・・・・)としていた。

 僕が先頭で手間取っていたことに対して非難がましい視線を送っているような子は一人もいない。


 念の為に品物を受け取るときに代金のことを確認すると「?」という顔をされる。

 本当にお金が存在しない世界なのだ。

 いや、あの二人の言っていたことを信じていなかったわけではないが。


 パニーノは昨日のピタよりも食べ応えはあった。違和感なく美味しいと思える。

 清々しい風に吹かれながら残っているコーヒーを飲む。

 今日はこの後どうしようか。

 もしかすると毎日これを考えることになるかもしれない。

 そんな予感がする。

 暇があるからといって怠けるだけの生活というのは出来ない。

 束縛を離れてからが個人の質が問われるというものだ。


 周囲のイドール達は声をあげてはしゃぐこともなく、その談笑は静かで下品さがない。

 バカ笑いしながら歯を剥き出しにしてテーブル叩いているような人間はいない。近所にあったファミレスとは違う。


 イドール達はどうやって暇を潰しているのか。

 このルラーシュではどう考えても娯楽文化は発展しそうにない。

 まず娯楽産業というものがない。お金を儲ける必要がないのだから。

 次にスポーツというものもないのだろう。競い合うことがなければスポーツは成り立たない。あれは闘争心を高めるためのものだ。

 そう考えるとここの娯楽とは何か。余暇をどう過ごしているのかが気になる。

 サツキとミイナはフィリス・アニマだから僕に付くのを優先しているとしても、他のイドール達は違うはずだ。


 店を出ると家のある丘へは向かわずに、北西の区画を散策しに行く。

 もう見慣れてきた四角い箱型の住居が並んでいる。

 町全体が綺麗なマス目状に作られているおかげで迷うこともない。

 細い路地を何本か抜けると大きめな広場があった。

 幾つかのグループがそこで遊んでいる姿も見られる。

 街路樹が一列に生えており、その樹の足元にはベンチも並んでいた。

 きっと公園のようなものだろう。

 ベンチの一つに腰をかけて遊んでいるイドール達を眺める。


 スポーツはないと思ったがどうやらそうでもなかったようだ。

 一つのボールを四人で回してバレーボールみたいなことをしている。

 ボールの動きは遅いしトスだけで誰もアタックをしていないが。


 別のグループを見る。

 一人がアコースティックギターか何かの楽器を奏でているようだ。その周囲に数人が座って聞き入っている。

 音楽という娯楽もあったか。風に乗ってかすかに聞こえてくる旋律は随分と暖かいものだ。

 マイナーももう少し使ってあげてください。


「こんにちは、隣いいかな?」

「はいっ?!」


 あまりにも唐突に声をかけられた。

 隣を見るとこの数日お目にかからなかったスーツ姿の男がいる。

 身長は僕よりもやや高く、下品には見えない赤茶色の短い髪、肌は色白で全体が細身のイケメン様だ。

 そんなイケメン様が三日月のような目でこちらを眺めている。


「隣に座ってもいいかい?」

「えっ、あ、はい」


 初めて男性型のイドールに遭遇した。

 やはり男性型であっても容姿を優れさせているようだ。

 男が笑顔でいてもいやらしさを感じさせない。

 というかなぜ僕を見つめているのか。


「キミは管理者様だね?」

「……そうですけど。イドールには見ただけでわかるもんなんです?」

「わかるね。でも、俺の場合は少し違っててね」


 力無く笑った男は広場で遊んでいるイドール達を見る。


「俺は前の管理者様に仕えていたから他のイドールよりもちょっとだけ、見抜けるかな」


 前の管理者に仕えていた――それはつまり、


「フィリス・アニマだったと」

「俺はフィリス・アニムス、だね」


 ああ、男性型だから変わるのか。


「えっと、そのフィリス・アニムスさんが、僕に何かご用なのかな」

「すまない、用ってほどのことじゃないんだ。ただキミを見かけたら、あの人のことを強く思いだしてしまってね。それで声をかけたんだ」

「あの人?」

「俺が仕えていた管理者様さ」


 彼は思い出話を語り始めた。

 僕の前の管理者はアオイさんというらしい。

 彼はアオイさんと二人で、僕が現在使用しているあの家で暮らしていたという。

 彼とアオイさんの生活はひたすら静かなものだったようだ。

 アオイさんは管理者としての行動以外では外出することも少なく、ほとんどの時間は彼を傍らにおいて部屋から外を眺めていたという。

 そしてアオイさんがどれだけ彼を寵愛し、また彼がアオイさんを望んでいたかも聞かされた。

 そういった話は他人である僕が聞いていいのか困るものであったが。

 そんな日々はアオイさんが天寿をまっとうするまで続いたという。


 …………。

 いや、それにしてはおかしい。

 この男性型のイドールはどう見ても二十代前半だ。

 人間の寿命であれば、ましてこんなストレスのない環境ならば六十年はあったろう。

 ミイナはイドールと人間は老い方が違うと言っていたが、どういうことか。


「アオイさんはお幾つで亡くなられたんです?」

「キミくらいの年齢かな」

「は?」


 アオイさんとやらは何歳で管理者として呼ばれてしまったのか。


「ああ、違うね。そうだね……人間で云えば四十歳くらいかな?」


 細長い指で何かを数えながら彼はそう言った。

 四十歳。

 病気や怪我などがあれば別であるが現代日本で考えれば、その寿命はあまりにも短い。

 彼は僕が訝しんでいるのを察したように答えてくれた。


「その様子だとキミはまだ聞いてないみたいだね。管理者、つまり人間の方はね、ルラーシュじゃ十年から十五年ぐらいしか残りの時間はないんだ」

「えっ……」

「その代わり、ここでは老いることがない」

「……」


 思わぬ話を聞かされてしまった。

 寿命が極端に短くなる代わりに老化がない、そういうことか。

 つまり二十六歳の僕はせいぜい三十六歳から四十歳ぐらいで死ねると。

 いや、長く生きようなんて思ってもなかったからいいんだけど。

 いいんだけど、うーん。


「それとね。管理者が死んでしまうと、仕えていたイドールも寿命がくる」


 何それ聞いてない。

 僕が死んだらサツキもミイナも死んでしまうというのか。

 それはさすがに大問題だろう。

 いや、待て。


「えっと、でもフィリス・アニムスだった貴方は生きてますよね?」

「俺はまだ死ねないんだ。アオイさんに寿命を延ばされたから」


 とても寂しそうに呟かれる。

 そんな顔をするならこの話題を振らないほうが良かっただろうに。

 残念だがこんな時になんて言ってあげればいいか僕は知らない。


「でも」


 不意にぎゅっと片手を掴まれる。


「キミが来てくれたおかげでそれも終わりになる。ありがとう」


 先ほどまでの憂いを帯びた笑顔ではない、爽やかな笑顔だ。

 ……というか、礼を言われるようなことなのか。


「その、えっと、なんと言っていいやらなんですが。それって僕のせいで死んじゃうってことですかね……?」

「少し誤解があるかな。イドールは産まれた場所に還るんだ。あそこはとてもよく眠れる場所なんだよ」


 そう言いながら丘の上の巨大樹を指さす。

 あの辺りは変な卵型のオブジェが幾つもあった場所だ。

 イドールは大樹から産まれるとミイナが言っていたが、あそこがイドール達の産まれる場所であり墓場でもあったと。

 しかし、そんな場所へ行くのだというのになぜこの男はこうも笑顔なのか。


「アオイさんがいない世界で生きるなんて辛すぎるよ。俺はあの人に望まれて、あの人の為に産まれて、あの人の為に生きていたんだ。だからこそもう終わらせたかった、早くキミに会いたかった」


 またもやこちらの考えを読んだかのように答えてくれる。

 心の弱さを照れもなく恥じることもなく吐露していた。


「……イドールは人間よりも強く賢いと聞いていたんだけど、そんな(・・・・)にもなるもんなんですね」

「俺がフィリス・アニムスだからだろうね。普通のイドールは管理者様がいなくても生きてはいける。だけどフィリスとして産まれてしまえば管理者様無しでは生きていけないからね」


 彼を残して去ったアオイさんが悪いのか、彼のフィリス・アニムスとしての(さが)が悪いのか。

 少なくとも彼の口調にはアオイさんを責めるような節はない。

 わかるのは彼が寂しかったのだろうということだけだ。

 そんな考えも僕の幻想でしかないが。


 その後彼から管理者のスキルを幾つか教えてもらうことができた。

 先代の管理者のフィリス・アニムスだったというだけあってこちらの疑問や知りたいことを難無く教えてくれる。

 おかげで映像で見た地図の見かたも知ることが出来た。感謝だ。

 そんな風に話をしていると気が付けば夕陽がさしていた。


「うん、俺に教えられるのはこれくらいかな」

「色々とありがとうございました」


 支援システムとかいっているキャロルより格段に物知りではないか。


「いやあ、教えても使えるかどうかはキミ次第だから注意してくれよ」

「そこは、なんとか頑張ります」


 忘れていた。知るのと出来るのは大違いだ。

 経験と行動で出来ることは変わると管理所でも聞かされていたではないか。

 明日にでも試してみよう。


「じゃあ、俺はもう帰るけど……」


 彼は立ち上がってから真面目な顔をしてこちらに振り向く。


「キミの理想を大事にしてあげてくれ」


 そう言うと彼は立ち去った。

 置いていかれた者としての切実な言葉なのだろう。

 自分の望みがそのまま反映されて誕生していた命。軽くはないな。


 家に戻ると二人が喜んで迎えてくれる。

 特別なことがあったわけでもないのに、帰っただけでこうも喜ばれる。

 この大袈裟な好意(・・)も僕には違和感だらけだったが、サツキやミイナにしてみれば、自分を望んで誕生させて求めてくれている相手に対しての当たり前の行為(・・)だったわけだ。

 真っ当な親が子供に、子供が親に、無条件で親愛を持つようなそういうものか。

 会ったばかりだとか、よく知りもしないだとか、そういうことじゃなかった。

 根底からの依存度が違うのだ。

 実に重い。

 重いが悪くはない。


 先に風呂を使わせてもらっているとまたもミイナがやってきた。

 だが一度死線をくぐり抜けてしまえば度胸というものは付く。

 平常心だ。


「リョウタローさん、面白い顔してどうしたの?」

「いや、平常心だよ」


 面白い顔とは心外である。

 いや、湯船に浮いた山に気を取られてはいけない。


「フィリス・アニマの命ってさ、管理者の寿命と繋がってるんだね」

「そうですよ」


 さほど驚いた様子もなくあっさりと肯定される。

 受け入れているのであれば僕が何か言うこともない。はずだ。


「んー、フィリスは管理者様がいないと生きていけないダメっ子ですからね」


 ミイナは湯船の中を泳ぐようにして僕の横にまで来た。

 これはいけない。平常心は一瞬で消えていた。


「だからほら。ちゃんと構って、相手をして、傍においておかないと。それも管理者様のお仕事ですよ」


 腕を絡ませてそう言われてしまえばこちらも応えるしかない。

 そちらだけでも精一杯頑張ろうではないか。

 マリスと戦うのは思っていた以上に無い様な感じだし。


 ミイナと遊んでいると、もう一人のフィリス・アニマであるサツキのことが突然頭をよぎる。

 サツキもミイナと同じように受け入れているのだろうか。

 こうして同じように接するべきなのだろうか。

 初日の罪悪感が抜けていないのでなんとなく遠慮してしまっているが。

どうなのだろう。


 自分ではない誰かを思い浮かべているなどというこちらの無礼は見抜かれていたようで、ミイナが泣き怒りみたいな顔をしていた。

 何とかあやしたが、イドールに憤怒は無かったのではないだろうか。

 よくわからない種族だ。


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