なんであの見た目なんだ
通る者を躊躇させる、嫌悪感催す色彩を放つヘレスを走りだす。
急いでアマネさんを手助けしに行くんだ。
昔の管理者ほどは上手に出来ないだろうが、ああいう(・・・・)ものならやれなくはない。
次のヴェクサシオンまでに上空から大まかな地図を出せるようになろう。
今は走って、思った通りのことをやるだけだ。
前方に黒く大きな影が幾つか見えてきた。
影の前進を阻むようにアマネさんの背中も見える。
「アマネさん!」
呼びかけた僕に驚いた様子で振り返る。
「リョウタロウ様?! どうして来てしまったのですか! 早くお戻りください!」
「えっと、すみません。でも、なんとなくは理解したので、その、手伝わせてください」
僕が説明をしている間にも、アマネさんの背後にいた影は動き始めている。
「あれが、マリス……ですか」
「そうです。あれはまだ初期の弱い段階です」
人の半身ほどはあろうイナゴ、人間を丸呑み出来るだろう大きなヘビ、二メートルを超す巨大なカエル。その他似たような黒い塊が十数体見える。
見ているだけで気分が悪くなる醜悪な絵図だ。あんなもの放置しておいたら精神が掻き乱される。
アマネさんはこんなバケモノ共を一人で相手にしていたのか。
現に後ろの僕を気にしながらも一匹、また一匹と徐々に数を減らしており、バケモノの集団を押している。
手前の大蛇を突き刺すと次の瞬間には黒い汚泥となって溶けはじめ、僅かな光の粒子を放つ。突き出した槍をそのまま横薙ぎにすると、跳んでいたイナゴが二体まとめて切り捨てられ、汚れに汚れた地べたにべちゃりと落下する。薙ぎ払った槍を遠心力に委ね回転させて視界に飛び出てきた巨大カエルを袈裟斬りにした。カエルもまた何もすることなく液体となってヘレスに染み込んでいく。
それだけの動きをしながらも、息を切らすことも服を汚すことも無く、ただ一人で槍を振り回しているようにしか見えない。
大軍を前にしていても、アマネさんは圧倒的に強かった。
初期の弱い段階だとは言っていたが、これは助けなんて本当にいらないのが理解できる。もう全部あいつ一人でいいんじゃないかな状態だ。
イノセンツとはいったい……。
いや、だが。今はそんなことを気にしている暇はない。
僕は自分が出来ることをやりに来たのだ。
むしろアマネさんがあれだけ凄いのであれば僕の方も余裕があるではないか。
これは好機なのだ。今試してみなくていつできるのか。
よし、やってみよう。
アマネさんが舞っている辺り、ヘレスから外れた場所に地点を定める。
右腕を突き出し先ほど見た映像を思い出す。
あの火炎放射器のような箱、あれをそのまま真似て出すことはきっと出来ない。
あそこまでのモノをイメージすることは、僕にはまだ不可能だ。
だからもっと格段にグレードが下がる違うものを想い起こす。
『<見習い魔法使いの箱>、を呼び出します』
キャロルの声がしたと同時に、何処からともなく箱が現れて目標地点へ落下した。
突如落ちてきた白い家ほどの大きさのその箱は、窓口のような穴からマリスに向かって炎の弾を放ち始める。
放たれた炎に二度、三度と被弾したマリスは黒い液体となり消滅していった。
よし、どうやら成功したようだ。ぶっつけ本番で上手くいくとは。
戦闘中じゃなければガッツポーズとかしてたな。テンションがすこぶる上がる。
「キャロル。今言った見習い魔法使いってのは、あの箱の名前なのか?」
『はい。過去の管理者が使用した一番簡単な攻撃手段です』
「そ、そうか」
一番簡単だったらしい。思いっきり喜びそうになっていたじゃないか。
「ちなみに聞くが、映像にあったとんでもない炎を噴射していた箱の名前は?」
『あれは<火龍>、です。見習い魔法使いの箱、を使用し続け練度を上げてゆくと使用可能となります』
今出した箱も映像の箱も系統は同じか。よし、ちゃんとイメージ出来ていたということだな。
「りょ、リョウタロウ様、これは管理者様のスキルでしょうか?」
いつの間にやらマリスの大軍を殲滅させたアマネさんが尋ねてきた。辺り一面はヘレスに沈みきっていない体液で黒い沼のように見える。
あのアマネさんの戦いぶりを考えれば要らなかったのは確実だ。邪魔になっていなかっただろうか。
「はい。どうしても使い方を覚えておきたくて……。戦いの邪魔になってしまったでしょうか?」
「いいえ、そんなことありません。ありがとうございます。とても助かりました」
「そう言ってもらえるとこちらとしても助かります」
どう贔屓目に見ても不要だった支援に礼を言ってくれる。
自分のやったことでお礼言われるなんてどれだけぶりだろう。
実家に住んでいた頃母親に言われたのが最後じゃないだろうか。どんだけ前なんだ。
うん、この女神様についていこう。この方のためなら命も惜しくない。
「ふふっ、リョウタロウ様そんなお顔をなさらないでください。さあ、次の波が来るまでの間に進みましょう」
そう言われて二人で駆け出したが、町を飛び出した時ほどの速さはない。
足の遅い僕に速度を合わせてくれているようだ。わりと本気で足手まといっぽい?
たった数分の距離を走ったところで、またマリスの大軍と遭遇した。
前方から大挙してくる集団は隙間からもその黒い姿が見え、後方にもまだたくさんいるのがわかる。先ほどよりも数が多めのようだ。
「リョウタロウ様。マリスはこうして数回に分けて集団を送り出してきます。その規模は数を重ねるごとに増して、それに伴って強さも上がっていきます。油断せずに、危険を感じたらヘレスを無視して町へ走ってください」
「わかりました」
注意を促した直後に、槍を横向きに構えたアマネさんが大軍に突進を仕掛ける。
なるほど。何回も当たっていくとハードルが上がっていくんだな。
いっぺんに出てこないのはヘレスが混むからだろうか。僕がそんなことを考えてもしょうがないが。
先ほどと同じ要領で見習い魔法使いの箱を呼び出す。今度は二つだ。
呼び出した後は何もすることがない。暇が出来てしまう。
いや、暇ではない。アマネさんが前で戦ってくれているじゃないか。
もっと何か出来るはずだ。考えなくては。
「キャロル、他に今出来そうな攻撃方法はないのかな」
『現在の戦闘モードでは、<一般村民の箱>、<見習い戦士の箱>、<歩兵の箱>、<見習い魔法使いの箱>、<保健係の箱>、<石の箱>、<空の箱>、を呼び出すことが可能です』
名前だけ挙げられてもわからんがな。というか保健係の箱ってなんだよ。
見習い戦士と歩兵の違いも予測できない。イメージ的にはどっちも近接で何かやるんだろうけど。
一般村民の箱にいたっては戦闘用にすら思えないのだが。
細かい説明を頼めば教えてくれるんだろうが、それは後回しだ。
名前からして判り易いのをやってみよう。
「石の箱とかいうのを呼びたい」
『了解しました。イメージ映像を出します』
またも腕の幻影が現れる。
その腕は空に向かって突き出されて、空中に白い文様を描きだした。
そこへ灰色の箱――というか、巨大な石、いや岩だ。岩が出現してそしてそのまま落下した。
はい見せたから帰りますと言わんばかりに腕の幻影が消える。
岩を落としただけじゃねえか。
今のは「あり」なのか。何の創造性も想像力もないが。
それとも巨大な綺麗に四角い岩というだけで創造の価値があるのだろうか。
とりあえず使用するにしても、戦闘中ではアマネさんが危ない。
落とすなら距離をおくなり連携をとらないと駄目だ。急にそんなこと言ったら動きを止めてしまう。
今回は止めておこう。次の大軍の出会い頭にぶち込むとしよう。
よし、他の箱だ。
見習い戦士の箱と歩兵の箱、これの違いはなんなのか。一体どういうものか。
「キャロル、歩兵の箱を見せてほしい」
『了解しました』
短時間で何回も同じやり取りをしているおかげか、スムーズにイメージ映像を出してくれる。
これまでと同じように、出現地点へ腕を向けて箱を出す。
すると箱からは七人ほどの槍を持った足軽が出現した。衣装を纏っているのがなぜか某探偵アニメの犯人のように黒ずくめだ。
案の定、歩兵が出てくるだけのようだ。
「次に見習い戦士の箱を見せてくれ」
歩兵と同じように軽装の戦士風の衣装を纏う黒ずくめの人物が出てくる。ただしこちらは四人。
そして装備している武器が洋風の剣やメイス、片手斧といった歩兵よりも更に近接攻撃といったものか。
現段階では歩兵と見習い戦士の違いは人数と装備だけのようだ。
キャロルは見習い魔法使いの箱と火龍の箱を説明する時に、練度という言葉を使った。
つまり、この二つの箱も練度を積めばもっと違いが出てくるのだろう。多分きっとそうだ。
さて、一般村民の箱も確認しておくかどうするか。
「リョウタロウ様? 先に進めます」
「あ……」
確認している間にアマネさんがマリスの軍勢を全て片付けていたようだ。
箱を出してから三分とかかっていない。
「ふふっ、リョウタロウ様のおかげで随分早く終わらせることができます」
やめて。褒め殺しはやめて。突っ立って箱の使い方見てただけだから。
そんな羞恥心を知ってかしらずか、僕の手を握って走り出す。
やっぱり足が遅いからだろうか。
三度目になるマリスの軍団との遭遇。その数は最初に会った奴らに比べると倍近くになっている。
そしてその奥にヴェクサシオンとおぼしき薄気味の悪い小屋が見える。
第一印象はホラー映画で湖の付近にありそうなログハウスといった感じだ。
それも酷くアンバランスな形をしており、屋根が異常に広がっていて小屋の部分が潰されてしまっている風に見える。
さらにひどいのは小屋の迷彩であった。薄汚れた黒や腐った藻の緑をベースに黄色やピンクを塗りたくった跡がうかがえる。常人の、いや人間の色彩感覚なら、まずこうはならない。狂人であろう。
「アマネさん、ちょっと待ってください」
「あら?」
こちらを向いてきょとんとしたお顔をする。カメラがあれば絶対に逃さない表情だ。実に惜しい。
そんなお顔を見ていたいが、視点を暴走してくるマリスの集団の頭上に向ける。
出現地点を決め、石の箱を三連続で出現させた。赤黒い飛沫が大量に舞い、黒い体液が噴出しているのが見える。きっちり当たったようだ。
調子に乗って更に二発を撃ち込む。だが、思ったより移動速度はあったようで、先頭のイナゴと大蛇には当たらなかった。
「リョウタロウ様、今のも管理者様のスキルですか?」
「はい。ちょっと試しに使ってみたかったので、真っ先にやらせてもらいました」
「あら……お心遣い、感謝します」
破顔されたアマネさんは足取りも軽やかにマリスへ向かって跳ねた。
その勢いは止まることなく、アマネさんが通り抜けた道筋にはぽっかりと空洞が生まれて、ヴェクサシオンまでくっきりと見えるようになった。文字通りに、突き破って通っていたようだ。とんでもない突進技術を見せられた。
驚く間もなく、同じようにマリスの群体を貫き通ってアマネさんが戻ってくる。
あんな一撃で近くまで来られていると思うととても恐ろしいので二度とやらないでいただきたい。
これまでの最大量居ると思われたマリスだったが、たったそれだけで残り数匹となっている。
「あっという間ですね……」
「リョウタロウ様が最初の一撃で隙を作ってくれたおかげですよ」
先制攻撃で石を落としたからといって、そんなものの効果は微々たるものだったろう。
もうこの方さえいればいいんじゃないのか。いや、マジで。
そんな間にも僅かにいたマリスをさっくりと排除して、動くマリスは一匹残らず消え去った。
そして残ったのは不動のものとしてい続ける、異常な家のマリス、ヴェクサシオンだけだ。
「リョウタロウ様、気を付けてください。ヴェクサシオンはマリスを排出してきます。それと、時間をかけてしまうと逃走の恐れがあります」
「家が、逃走……」
「はい。ヘレスの中へと沈んでいきます。ヴェクサシオンが居なくなればヘレスも消えて元に戻りますが、再びヴェクサシオンが出現するまでの期間が大変短いサイクルになってしまいます」
「なるほど」
出現サイクルというのがあるのか。
確かにこんな大量に気味の悪いものに毎日出てこられていたら、ルラーシュもこんな平和じゃなかっただろう。
「今回のヴェクサシオンは思ったよりも小型のようなので、そこまでの心配はしておりませんが、万が一ということもあります」
この大きさで小型なのか。大型はどれほどになるのか。
単純に大きさが等倍になるとかなんだろうか。
一度は見てみたいが、そんなのが出たらアマネさんが大変になるだろうから見られなくてもいいか。
「あの。それで、あれをどうやって倒すんでしょうか」
マリスとはいえ、相手は家だ。いや、駄洒落ではなく。
ここまで出現していたマリスのように、不気味な昆虫や爬虫類といった生物の形すらしていない。
「? 先ほどまでと同じようにですが……」
「えっ」
家を槍で解体するんだろうか。見てみないとわからん……。
「わ、わかりました。じゃあ僕はまた支援させていただきます」
「はい、ありがとうございます」
ある程度の距離まで近づくと、周囲の空気が変わるのを肌で感じた。
ミシリという音を響かせ、目の前にある小屋が微妙に震える。
アマネさんが槍を突き出しながら跳ねる。さっき見た突進だ。
だが、今回は途中で急停止した。槍を地面に刺し、勢いを殺す。
その直後、手前にヴェクサシオンから伸びた、木材か植物か判別がつかない丸太のように太い触手が二本突き刺さる。
避けた触手を槍で切り払うと再度本体へと突進を繰り出す。しかしまたも二本の触手に邪魔をされる。
これまでの体当たり特攻をしていただけのマリスとは明らかに違う。
そしてそのこれまでのマリスが、ヴェクサシオンの扉、いや口から十匹以上も吐き出されてくる。
すぐさま排除にかかろうとするが、触手に行動を阻止されマリスは増え続ける。
二本の触手と倒しても倒しても吐き出され続けるマリス。
アマネさんの服に、今日初めての汚れが付いた。
さすがにこれはまずいのではないだろうか。
確かイドールはマリスに触れてもいけないとか言っていたはずだ。
「キャロル、歩兵!」
『使用可能です。ご自由にお使いください』
「……」
ああ、そうだ。イメージ映像を見ないから別にキャロルを先に呼ばないでいいんだ。気が動転していた。
出現地点をヴェクサシオンのすぐ横に決める。
右腕をかざして、見た歩兵の箱をイメージして模倣する。
だがこれまでのようには箱が出現しない。時間がないし、出るまで待ってる余裕はない
「キャロル、なんでか解る?」
『現在の管理者では設置不可能な距離になります』
そんな理由もあるのか。先に言え。無駄に数十秒使ってしまったではないか。
ヴェクサシオンの真横は諦めて、そこより手前のマリスとアマネさんが乱戦している場所の横を選ぶ。
見習い魔法使いの箱を設置、挟むように反対側へ歩兵の箱を呼び出して設置する。
すぐさまに炎の弾が支援をし始める。
歩兵の箱の扉が開くと中からは槍を持った、丸眼鏡をかけたガリガリの出っ歯達が七人、色違いの足軽衣装を身につけて出現した。
「……なんであの見た目なんだ?」
『管理者が持つ歩兵に対してのイメージにより見た目は変化します』
断じてあんなイメージは持っていない。
しかし見た目はあんなだが働きは優れているようで、マリスを次々に串刺しにしては汚泥に還している。
一人が大蛇のマリスに飲み込まれた。何てことだ。折角呼んだのに……。
目の前で起きた悲劇にショックを受けていると、歩兵の箱からまた一人出てきて七人に戻る。
「今のは、なんなの……」
『箱、から呼び出された存在は人間でもイドールでもありません。消失しても箱が壊されない限り自動的に再帰します』
すごいな、おい。ならもう一つ、歩兵の箱を呼んでみよう。
歩兵の箱の横に、歩兵の箱を並べる。対になるように見習い魔法使いの箱も並べる。
ヴェ
箱 マ 箱
箱 ア 箱
自
今出来る限りの一番突破力の高い布陣となった。
さすがに攻撃の手数が増えたからか、もはやマリスは全て消えて、今度こそ残ったのはヴェクサシオンだけとなる。
厄介だった触手も炎の弾で抑えられ、吐き出そうとするマリスも、十四人の歩兵により瞬殺される。歩兵強い。
この光景を見たアマネさんは、なぜか笑っていた。
「ふふっ、リョウタロウ様。本当にありがとうございます。感謝です」
「いえ、そんな。ただ箱出してるだけですし」
実際には腕を突き出すポーズをしているだけであるが。
「これなら、すぐに終わらせられます」
右手に槍を逆手で持つと、地面と平行に寝かせた。少しばかり背を反らして投擲の構えを取る。
聞き取れはしないが何やら呟いた直後、構えていた槍が光に包まれ、そして投げ放った。
槍はヴェクサシオンに突き刺さると光を増し、小屋の体は、一瞬収縮したように目に映るが、次の瞬間には風船のようにどんどんと膨れ上がり、破裂音を出すと消滅をした。
槍は地に落とされることなく、瞬時にアマネさんの手の中へ戻っている。
ヴェクサシオンが消えるとヘレスも徐々に消えて薄まり、やがて本来の地面が見えるようになった。
「ふぅ……。リョウタロウ様、終わりました。これがヴェクサシオンです」
両方の手で槍を抱えるように持ち、膝を軽く曲げて朗らかに、笑顔で終わりを知らせる。
ああ、もう。こんなタイミングで綺麗な人が可愛い笑顔をするのは卑怯だ。




