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参 「その偽物を見るような、疑う目はなんだよ」 1

「不覚よのぅ」

「うっせー。しゃーねぇだろ」


 古風な喋り方をする、聞き心地がいいアルトの声と、ツンツンした口調の若い男の声が言い合っているのが聞こえる。

 ぬくぬくと暖かい布団の(ぬく)もりが私の目覚めを邪魔する。目が開けない。


―――まあ、目が開けないなら仕方がないよね


 私は惰性的な怠惰に身を任せて、瞳を閉じたまま目覚めのまどろみを満喫することにした。

お香の香りだろうか。和風の甘い香りが私の嗅覚をくすぐり心を穏やかにする。まるでアロマのようだ。

 服もさっきまでの制服とは違い、少し大きめのパジャマ。体を縛りつけない服装が、私の怠惰の一つの要因かも知れない。

 疲れた頭と心をリラックスさせる布団の温もりと、甘い香りに骨抜きにされ。今の私は非常に無防備だった。

 聞きなれない声の二人の言い合いは、小声だがヒートアップする。


「相変わらず、琥珀(こはく)は鈍いのぅ。ジュゴンの奴は人並み外れて、か弱いというのに、全力疾走じゃったぞ?」

「オレだって全力疾走だっちゅーの」

「すたーとが鈍ければ、それも無意味よ」

「一ミリも動かなかったお前が言うかよ」

私様(わたくしさま)は行きたくても行けないからのぅ。致し方ないことじゃ」

「まったく、本当に都合がいいよな」

「当たり前じゃ。世界は私様の都合に合わせて回っているからのぅ」

「……。蝶々に都合がいい世界か。この世も末だな」

「所で、この娘。あの医者が言っていた娘かの」

「知らねぇよ。多分そうなんじゃねぇの」

「責任者の自覚が薄いのぅ。それじゃから、最近依頼がなくて暇なのじゃ」

「んなこと言われてもよ、寝てる相手の身元なんてわかんねぇだろ。つーか、今、暇って言ったよな」

「そんなことより、身元を知りたいのであれば、お得意のアレをしたらどうじゃ?」

「意味ねぇよ。オレ、声は聞こえねぇもん」


 寝起きのせいか、よく会話の中身が理解できない。

 私は疑問符を浮かべたまま、まどろみを満喫、もといタヌキ寝入りを続ける。

しかし、琥珀という名前。どこかで聞いたことがあるような気がする。


「ジュゴンは大丈夫かのぅ」

「大丈夫じゃねぇの? 少なくても死んじゃいねぇだろ」

「それはそうじゃが」

「アイツには双六がついてるんだろ? ほっときゃいいじゃねぇか」

「しかし、今までの怪我とは一味違うぞ? 心細いんじゃないのかの」

「そんな繊細な心があるとは思えねぇな」

「あぁ、見えて中身は普通じゃぞ?」

「中身も外見も人外(じんがい)だってぇーの」


 ここには私のそばにいる二人、琥珀さんと蝶々さんの他に、もう二人、ジュゴンさんと双六さん。

 かなり遅れたが、私は至極真っ当な疑問を抱いた。


―――ここ、ドコっすか?


 あ、ヤバイ。ここどこ?

 私はパニックになった。

 目が覚めた瞬間に気付こうよ。ここどこだよ。この二人誰だよ。

 ヤバイヤバイヤバイ。一回落ち着こう。深呼吸、深呼吸…って! 深呼吸したら寝たふりがばれるじゃん!

 勝手に暴走する気持ちを握り潰すように抑えて、私は考える。

 まず、今の状況を確認しよう。


 分かっていること

 ・私の枕元に男と女の二人がいる。

 ・この近くに、まだ他にも誰かがいる。


 分からないこと

 ・ココがどこか。

 ・この二人が誰か。

 ・今が何時か。

 ・これからどうすればいいか。

 ・彼らの他に何人の人がいるか。

 ・敵意の有無。

 ・この二人の目的。etc…。


 やばいよ。わかんないことのオンパレードだよ。


「それにしても、この女、ずいぶん寝てるよな」

「時間も遅いしの、そろそろ親御さんも心配するころじゃの」


―――ピーンチ!


「起こすか」

「怪我人に無理をさせるのは気が引けるの」

「そりゃそーだけどよ、家族が心配するだろ? 女の子がいつまでも帰らないって言うのは。しかもまだ高校生だろ?」

「…仕方がないの。私様が起こす故、琥珀は部屋から出ておれ。目が覚めた時に男がいるのは、女子(おなご)にとって恐怖じゃぞ?」

「そーゆーもんか?」

「主のような卑猥な男ならば、目が覚めた時に裸体の女が隣にいるというのが、願望なのじゃろうがの」

「結構ビビると思うな。そのシチュエーション」


 誰かが立ちあがる音と、襖が開いて閉じる音が聞こえた。

 琥珀と言う名前の男はこの部屋から出て行ったようだ。

 しばらく間があって、女の人は口を開いた。


「私様は無害じゃ。起きてもよいぞ?」


 私は目を閉じたまま、目を白黒させた。

 普通に、ばれていたみたいだ。

 観念して目を開くと、そこには目を疑うほどの美女が座っていた。


 神か仏と勘違いしてしまいかねない美しさは、女である私ですら見惚れてしまう。街を歩けば、町中の視線を釘付けにしてしまうだろう。

 芸術に近いその美貌にタイトルを付けるとするならば、「完成」。彼女の抜けや落ちがない美しさの前で、どんな動植物もどんな景色もどんな天体も、霞んでしまう。

 豪華で華やかで鮮やか、史上最高にゴージャス。同時に、上品で清らかで淑やか、史上最高にエレガント。

 強い金色の髪は(つや)やかで(あで)やか。彼女の身長よりも長いようで、床に放射線状に広がっている。絹を連想させる繊細な髪は、一本一本に高級感がある。

 傷や痣、シミなど、美にとって不要な物は全て取り除かれた、純白の肌は透明感という言葉が逃げ出しそうなほど、信じられない美しさ。人の肌がここまで美しくなってしまうものなのか、私は疑問しか持てない。

 切れ長の瞳は挑戦的な輝き絶対的な自信の輝きを宿した金色で、瞳の中でサンサンと、まるで恒星のように光り輝いている。

 鼻は高く、小顔の中心で可愛らしくツンと立っている。

 その下のぷっくりと膨れた桜色の唇は、陶器のように滑らかな肌に引けを取らない。人の目を引き付ける魔力のようなものがあった。


 欧米風のような容姿だが、丸みを帯びた顔の輪郭や小柄な体つきは日本人に近い。

 今まで気づかなかったが、彼女の着ている服は十二単(じゅうにひとえ)。オレンジや黄色など、主に暖色で彩られた十二単は絶妙なコントラストで己の存在をアピールしているが、彼女に着られてしまっては、絵画の額程度にしか見えない。

 美人は何を着ても似合うというが、彼女を見てその言葉の正当性に気づく。金髪で十二単が似合う女性は少ないだろう。偏見だけども。

 しかし、彼女のせいで十二単が本来よりも、しょぼいものに見えてしまうので、着こなしていないとも言える。一体どっちなのだろうか。


 とにかく、小町やクレオパトラでは、到底敵わないであろう、絶世の美女が私の目の前でお淑やかに正座していた。

 その美女が聞き心地のいいアルトで、私にこう言う。


「よく眠れたかの?」

「…あの、寝たふりしてて、ごめんなさい」

「別に構わんよ。あのような、でりかしーがない男がいては起きれまいよ」


 別にそういうわけではないのだが、私は首を上下させた。

 寝たままの姿勢は失礼だと思い、私は上半身を持ち上げようとした。

 ズキン!

 両腕に電流のように走る痛み。私は思わず顔をしかめて、体を戻す。


「無理はしないほうがよいぞ。まだ傷が癒えていないようじゃ」

「すみません」


 私はなるべく彼女を見ないように、視線を泳がせる。


「まずは自己紹介じゃの。私様は蝶々と呼ばれておる。ただの女子(おなご)じゃ」

「わ、私は夢現(ゆめうつつ)環、です」

「いい名じゃの」

「あり、ありがとう、ございます」

「そんなに緊張することはないぞ。りらっくすじゃ」


 ちょっとズレたアクセントでそういう蝶々さん。

 彼女の優しい笑顔はまるで聖母のようだった。

 私は窮屈な深呼吸をする。


「ここは久恒(くつね)神社じゃ。汚い所で申し訳ないの」

「そそ、そんなことないです」


 私は慌ててそう言った。

 完全に自分のペースを失っている。


「琥珀の話では、主、この神社の前の階段の下で倒れていたそうじゃ。琥珀らがいなければ、今頃、死んでたの」

「死んでた…」


 私の記憶が刺激され、(おぼろ)げな映像が蘇る。

 階段の上で私の首を絞める見えない腕。私を階段の下に突き落とす何か。気を失う直前に見た二つのライト。


「しかし、すまなかったのぅ。私様の目と鼻の先で、これほどにも傷つかせてしまうとは、面目ない」

「そんなことないですよ。看病してもらったみたいですし」

「じゃが、霊から守ることはできなかった」

「それは事故というか、…え? 何て言いました?」

「霊から守ることはできなかった」

「霊? お化けですか?」

「そうじゃ。主を襲い、階段から突き落とし殺そうとしたのは紛れもなく、死してなお、この世を彷徨(さまうよ)う人の魂じゃ」


 (にわ)かには信じられなかった。

 しかし、彼女の真剣な表情を見てしまうと、疑うのが恥ずかしい気がした。

 実感はない。しかし、なんとなく理解はしていた。矛盾していそうな二つの奇妙な感覚に説得されて、私は蝶々さんの話を聞いた。


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