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斉藤江里菜

 ここはどこだろうか…

記憶が曖昧でここがどこなのかがよく分からない…

 目の前の広がる景色は、森…、獣道を俺はひたすら駆けていた…

 俺の後ろからだれかついて来ている…、誰だろう…見覚えはあるはずなのに思い出せない…

 何故だろうか…無性に焦っていた…なにかを求めている…、何を探しているのだろうか。

 森の奥へ奥へと、進んでいた…。



 目が覚める…、目覚めは最悪だ。

 気が滅入る、今日はやる気ゲージが最下層まで落ちているようだ…。

 体の節々が痛む、久しぶりの運動で体が悲鳴を上げているのだろう…。

 ベットの上に座りながら、部屋を見渡す…、どうやら義斗はもうどこかへ行っているようだ。

 部屋の中には、昨日のパーティーから逃げてきた数名の男子生徒が床に寝ているだけだった。

「…はぁ」

 ため息が漏れる。

 休日ならもっと楽しい気分になれるはずなのに…どうしてこうも気が落ちているのだろう。

 そういえば、夢を見ていた気がする。

 どんな内容だったかは思い出せないが、何故かすごく悲しい夢だった気がする。

 なんでこんなに悲しい気持ちになるんだろうか…。

 ベッドから降りて時計を確認してみる。

 時計は9時15分を指している。

 寝すぎだ…。

 いつもなら完全に寝坊。

 取りあえず日課の洗濯物の取り込みを済ませる。


 部屋にいる寮生を起こすのはかわいそうだし、俺はそのまま部屋を出る事にした。

 

 昨日のパーティー会場の食堂につく。

 その中では、佐藤とその他の生徒達がその場で寝込んでいた。

「どれだけ浮かれてんだよ…」

 思いながらも、食堂のおばちゃんに挨拶に行く。

 おばちゃん達は、寝こけている佐藤達を楽しそうに眺めていた。

「まだ朝食ってあります?」

「え? あぁ…あるよ」

 そう言って出されたのが、鮭の塩焼きと味噌汁…なんとも日本の朝食っといった感じのメニューだ。

 それを適当な机まで持っていき食べる。

 一人での朝食…。

 どれくらいぶりだろうか…。

 一人で飯をたべるなんて随分なかった気がする。

 必ずと言っていいくらいに義斗が付いて来て、一緒に食べてたりした。

 そんな事を思いながら黙々と目の前の鮭定食に手を付けていく。

 そんな時、いきなり戸が開く。

「あ…、おはよー」

「あ…あぁ、おはよ」

 江里菜だった。

「どうしたんだ?」

「ん? …朝ごはん、だよ~」

 まぁ、それ以外にここに用は無いのだろうが…。

「あれ? 真田君は?」

「…なんか、どっか行ったみたい」

「うーん…なんかあるねぇ」

「ん? なんかって?」

「だれかと密会…とか。だったりしてっ」

 そんな事をいいながら楽しそうに笑みを作る。

「あいつがか? ないない」

「えー…わっかんないじゃーん?」

「いやいや…あいつは女に興味ないから…」

「…だれも女の人とは言ってないんだけど…」

 誘導尋問か…、俺は墓穴を掘ったのか!?

「でもまぁ…わっかんないけどねぇ」

「だろ? そんな事より早く朝食もらって来いよ」

 適当にごまかしてこの場をやり過ごす事にする。


「今日は結構遅いのな」

「う~ん…昨日は遅くまで起きてたからね~」

 やはり、江里菜の部屋にもそれなりの女子が集まり賑やかな状態だったのだろうか?

「そうだ…今日暇?」

「え? あぁ…別になんの予定もないけど?」

「うん…そか。 じゃさ…よかったら今日一緒に出かけない?」

 江里菜からの誘い…か。

「もちオーケーだぜ」

「うん…色々と話たい事もあるんだよね…」

 その表情にはどこか暗いものがあり、それが妙に気になる。

「じゃさ…今日11時くらいに玄関集合でいいかなぁ?」

「わかった…適当に準備してから行くよ」

「うん」


 その後会話は無く、二人して黙々と手元の鮭定食を頬張った。

「ご馳走様でした…」

「おう、皿片付けとくから先行っとけって」

「え…悪いよ…」

「いやいや、キミは準備をしてなさいな」

「うーん…うん」

 納得したのか、江里菜は返事を返すと、女子寮へと向かっていった。

 俺も、食器を片し、さっさと部屋へと向かう。


 廊下は静かだ…、まるでだれも居なくなってしまったかのように…。

 急に寂しくなる。

 なんだろうか、この世界で俺が一人ぼっちになってしまったかのような感覚に襲われる。

 人の声が全く聞こえない。

 

「厚志か…」

 急に声が掛かる。

 その声の主を探していると、向こうから姿を現した。

 杉江だ…。

「なんだ、お前も今起きたのか?」

「…。 真田はいいのか?」

「義斗? そういえば見ないな…」

「そうか…、わかった」

 その声にはどこか含みがあるように聞こえる。

 しかし、それがなにかはわからない…、ただいえるのは杉江の表情はどこかやつれているように見えた…。

 ただ、それだけな事なのに、どこか無性に寂しい気持ちになる。

 なぜかはわからないが…。

「お前はいつも通りにしていればいいさ…」

 そう言うと、杉江はとっととその場を後にした。

 杉江が居なくなるのと同時に、廊下からはいつもの寮の声が聞こえる。

 部屋へ戻ると、直ぐに支度をし、とっとと玄関へと向かう。

 

 玄関にはまだ江里菜の姿は見えない。

 どうやら、支度に手間取っているらしい。

 玄関の直ぐ近くに食堂がある。

 その食堂から悲鳴とも絶叫ともとれる怒鳴り声があがる。

「私に触れるなッ!!」

 声の主は生徒会長のものだ。

 何かが起こったらしい。

 急いで食堂の扉を開ける。

 そこには、寝ぼけた男子生徒に拳を振り上げる少女の姿が見て取れた。 

「よせ、三神!!」

 俺は不意に三神の振り上げた拳を掴む…。

 本人にしては突然、なんの前触れも無く。

「ッ!!」

 叫び声にならない声を上げ俺の拳を振りほどく。

「何だって言うんだよ。なんかあったのか?」

「……わらないで……わ…し…いで……」

 三神の様子が明らかにおかしい。

 何があったのかは全くわからない…、でもこうなってしまったのは俺のせいなのではないかと思う。

 先ほどの杉江のことといい、やけに突っかかる。

 何かがおかしい…。

「どうした?」

 そこに片桐が入ってきた。

 片桐は、三神の様子を見ると、すぐさまに駆けつける。

「大丈夫か……」

 三神はしゃくり声をあげながらも片桐に応答する。

「すまない…」

 俺に対してなのかこの場に居る生徒に対してなのかはわからないが、片桐は振り向くとそう呟き三神を連れて出て行った。

 突然の事でなにがなんだかさっぱりわからなかった。

 しかし、三神の中の何かが弾けたと言う事だけはわかった。

「なにがあったんだよ…」

 その場で呆けている男子生徒に尋ねる。

「いや、俺はただ寝ている所を会長に起こされたみたいなんだよ…、で寝ぼけてて……」

 抱きつく形になってしまったらしい…、どんな状況があればそうなってしまうのか突っ込みたかったが、それは置いとく。

 本人も結構それなりに反省はしているらしい。

「また、三神に会ったら伝えとくよ」

「あぁ、わりぃな」

 そう言って男子生徒は俯きながら部屋へと戻っていった。

「らしくねぇな…」

 頭を掻きながらはき捨てるようにそう呟いていた。


 それから数分もしないうちに江里菜がやってきた。

「ゴメン、遅くなっちゃたッ」

 そう言うと、江里菜は合掌をつくり頭を下げた。

「いや、いいって、それより…さ」

「会長のことだよね?」

「あぁ…」

「たまにああなる事があるんだって、発作みたいなものって遙ちゃんは言ってたけど…」

「発作…ねぇ…」

 確かに発作みたいな物だと思った。

 どこと無くだが、子供の起こす癇癪に似ているような気もしたし…。

「会長のこと気になる?」

 多分ゲームやなんかだったらここで選択肢でも出るんだろうが…残念ながら選択肢を選ぶ事はできない…。

「いや、折角誘ってくれたんだし、行こう」

「…う~ん」

「なんでぇ、乗り気じゃないのかよ…」

「そんなこと無いよ…ただ、ちょっと気になって」

「う~む、確かに気にはなるけど…」

「まぁ、遙ちゃん付いてるし大丈夫だよね」

「俺には何にもできることなんてなさそうだったしなー…」

 そんなことを言いつつ玄関を出る。

 江里菜はそれについて来てくれた。

「うんで、どこ行くんだよ…」

「えっとー、取り合えず街に行こうよ」

「おぉ、いいね」

「その先は向こう行ってから考えよー」

 なんとも適当なお出かけだった…。

 バスに揺られて街へ…。


 バスの中でも適当な話だけして、そのままバスを降りる。

「ついたー!!」

 街中に出ると、いかに学校が田舎にあるのかがわかる。

 この街自体そこまで発展している街ではないのだが、それでも雲泥の違いがある…。

 まったく、なんってたてあんな田舎の学校に進学してしまったんだろうか…。

「やぁやぁ、橘君…あんな所にゲームセンターがあるよー」

「ああ、昨日はしっかり見て回ってないもんな…、これも最近出来たって聞いたけど」

「ほぅ…ゲームセンターとはまたファイバーだねー」

「ファイバーか?」

 ゲームセンターなんて何年ぶりだろうか…、中学の頃以来行ってない気がする…。

「行くか?」

「おお、いこー」

 すっげー目を輝かせながら頷く。

「でも、ゲームなんて俺ほとんど出来ないけど…」

「なんでもいいよー、UFOキャッチャーでもー、プリクラでもー」

「いや、プリクラは…、キャッチャーもうまくできるかどうか…」

「取り合えずいっちゃえ!!」

 そう言うや否や、俺の手を引いて強引に店内へと入っていく。

 店内はゲーム機の音ですごい音だ…。

 田舎の静かな学校から一気にここにくると耳がキンキン痛い…。

「何する?」

「え?」

 聞こえていない…。

 取り合えず、発見したモグラ叩きでもやってみようか…。

 江里菜の手を引いてそこまで連れて行く。

「これやってみようぜー」

「モグラたたき…ッ!!」

 目が煌く…、いや、燃えている…!?

「ベストスコアーは…120点…越えられるのか…この壁を」

「いや、越えなくてもいいんじゃ…」

 なんて言っている間に、ハンマーを装備し、100円を投入口に入れようとしている…。

 気合はいりまくりだ…。

 俺も、もう一方のハンマーを装備し、来るべき敵を向かえ打たんと構える…。

「やるよ」

 チロンと、投入されたことを告げる効果音が鳴り、BGMが流れ始める。


「きたッ!」

 パコンと、すぐさまに打つ。

 俺も負けじとぴょこぴょこと顔を出す気の抜けた人形に渾身の一発を食らわせてやる。

「このッ!!」

「とりゃッ!」

「おのれッ!!」

 掛け声を上げるたびにポコポコとモグラを撃沈していく。

 俺の方にも何体か顔を出す。

 っふん、恨むんなら俺じゃなく、このゲームを作った製造者を恨むんだな。

 ポコンっと言う効果音が鳴り撃沈する。

 すると、急にBGMが早くなる…。

「え…えーッ!!」

 モグラが一斉に飛び出てきた…。

 江里菜は咄嗟の事に一瞬慌てたが、これがボーナスステージと悟り、信じられないような速さでモグラを打ち抜いていく。

 俺も負けじと大慌てで叩くが江里菜のスピードには付いていけそうも無い…。

 そして、急にモグラが出なくなる…。

「終わったのか…?」

 急にポコンと一匹のモグラが飛び出る。

「来たッ!」

「終わりだぁぁぁ!!」

 江里菜のハンマーと俺のハンマーが交錯する、俺のハンマーの方が一瞬早くにモグラを捕らえ、その上に江里菜のハンマーが打ちつける。

 体の芯まで響くような音が鳴る。

 と同時に、BGMが止まる。

「お、わった?」

「終わりみたい…」

 得点を見ると240点と表示されている…。

 結構倒したみたいだな…。

 最後の一撃で機械が故障していないものかと心配したがなんとか無事みたいだ…。

 最後に得点板に表示された、もぐらのひぃぃぃ、すみませんでしたー。とか言う表示が最後の一撃と被り、笑いがこみ上げてくる。

「240点かぁ…」

「ベストスコア更新…やったな」

「うーん」

 どことなく不服な様子だが、記録を塗り替えたこと自体には満足しているようだ。

「次はなにをする?」

「いや、特には決めてないけど…、うーん」

 取り合えず、もう他には興味を引くゲームが無い…。

「撤退しますか…」

「そうしましょうか」

 江里菜もそれには賛同してくれ、ゲームセンターから出る。

 100円で結構白熱できた気がする。

 ゲームセンターの外へ出ると、宮沢の姿が見える…。

「宮沢?」

 声を掛けたが、気づかなかったのだろうか、そのまま歩いて行ってしまった。

「江里菜はとくには気にした様子も見せずに、次は何をしようかと考えているのだろう」

 何をしようか…、その答えはでないが、宮沢で思い出した。

「昨日の喫茶店行こっか」

「ん?…いいね!」

 そう言うと江里菜は俺の腕を引っ張って喫茶店へ歩く。

 昨日は丁度昼時で込み合っていたが、どうやら今の時間だと、空いているとは言えないが、満席ではないようだった。

 店内は昨日と比べると、大分落ちついていた。

 店員に席へ案内され、席へつく。

「何を食べようか…」

「今日は普通のパフェでいいんじゃねーの?」

「うん、それもそうだね…二日連続であのサイズのパフェを食べるのはちょっと酷だよ」

 カロリー的なねと加える。

 店員を呼ぶためのボタンを押すと、直ぐに店員が駆けつける。

 宮沢だった、先ほど見たのは別人だったということだろうか…。

 いや、確かに確認したんだが…。

「はい、ご注文をどうぞ…」

 何かがおかしい…、そんな気がした。

「宮沢さん…ですよね?」

「はい?」

 名札には宮沢と書いてある。

 昨日も野球をした、見間違える訳もない。

「そうですよ? 昨日のお客さんですよね、顔覚えててくれたんですね、ありがとうございます」

 どこかおかしい、なにかよそよそしいって言うのか、全く知らない人と接するような…。

 まぁ、実際同じチームではなかったが、それでも少しはこちらの顔を覚えていてもおかしくないのではないのか?

「昨日は、いい勝負だったよね」

 何故か不安になってそう尋ねていた、自分でもおかしな質問をしていると思う。

「いいえー、お客さんの大勝利ですよ、もう」

 それはあのジャンボパフェの話で…。

「それで、ご注文は?」

「…コーヒー…」

「私は、イチゴパフェで!!」

「はい、畏まりました」

 対面でメニューを眺めている江里菜の表情は嬉しそうだった、先ほどの会話を全くキにしていないように。

「おい、江里菜…」

「ん?」

「妙だと思わないのか?」

「…なにが…」

 どことなく冷たく答えられたように聞こえる。

「…なにが妙なの?」

「どこもおかしい所なんてないと思うけど…」

「宮沢の事だよ…、ここの店員の宮沢と昨日の野球少女の宮沢は同じ人物だろ?」

「…そりゃ、そうなんじゃないの?」

「でも、今その話したら、あいつ本当に知らないみたいだった…」

「…さー、忘れちゃったんじゃないの?」

 そんなわけあるもんか、昨日あった、あれだけのことを忘れるだと?

 ジャンボパフェの事は覚えているのにか?

 現実味がない。

「じゃあ、橘君はどういう事だと思うの?」

「あ…あぁ……、わかんね…」

「わからない事は考えないことだよ…」

「……」

 黙るしかなかった。

 さっき見た宮沢が、本当の宮沢? これは偽者?

 本物偽者って意味がわかんね、宮沢は一人だろ????

 頭の中にハテナがどんどん浮かび上がる。

 答えなんてはなから無い。

 でも、先ほど見た宮沢に見えた人物を追えば何かわかるかもしれない…。

 しかし、ふと思う、どうして俺はこんなにもこんな些細な事柄に執着しているのだろうか?

「いい…藪を叩いて蛇を出すと、後がメンドクサインダヨ…」

 江里菜が小声でぼそりと呟く…。

 その言葉が指す事がよくわからないが、とにかく、これ以上深く関わるべきでないと彼女は言っているのだろう。

「…ごめんな、なんか、空気悪くしちまって」

「…別に橘君が悪いわけじゃないよ…、悪いのは私たち…わがまま過ぎたんだ」

「これ以上は話しちゃいけない事になってるから、私からは話せないけど…」

「それでも信じて欲しい、私達は絶対に橘君の敵じゃないから…」

 話の意図が掴めない、多分普段の彼女を知らなければただの電波少女に聞こえるだけだろう…、でも違う、彼女は本気の顔でそう言っている。

「あ…あぁ」

 俺は頷く事しかできなかった。

 皿に乗って出てきたパフェもこの空気では、異様な感じにしか受け取れない…。

 今はそんな空気じゃないんだ…。

「コーヒーも直ぐにお持ちしますね」

 そう言って宮崎と言う少女は奥へと戻る。

 そういえば、杉江は義斗の事を尋ねてきた…。

 義斗は今日まだ見ていない…。

 急に不安になる…。

 目の前では、パフェを黙々と頬張る江里菜の姿がある。

「コーヒーです」

 宮沢がコーヒーを俺の前へと置き、伝票を添えてその場から去っていった。

 熱いコーヒーだったが、急いで飲んだ、なぜが焦りがこみ上げてくる。

 さっきまでの楽しい空気が一気に冷めた気がする。

 焦燥感だけが残り、襲い掛かってくる。

「なんでそんなに慌てて飲むの?」

「帰ろっか」

「…あ、あぁ」

「……、ごめんね…」

 江里菜はぼそりと呟いたが、それがどう言う意味で言ったのかが理解できない…。

 俺たちは、さっさと会計を済ませ、バス停へと向かう。

 バスは直ぐに着き、俺たちを乗せて山へと登っていく。

 車内では会話もないまま、学校の前に着く。

 江里菜に口を開く様子は無い。

 

 世界が変わってしまったような気がした。

 なんでこうも変わってしまったのだろうか?

 理解ができない…。

 江里菜と言う個人が変わってしまったのか?

 俺が変わったのか?

 世界が変わったのか?

 よくわからない…でもそんな違和感が、俺を焦燥感をもたらす。


 寮までは一緒に歩く。

 江里菜は一向に話そうとはしてくれない。

「なんかさ、俺に隠してない?」

「……、どうしてそう思うの?」

「いや、さっきさ、なんかそこを聞こうとしたら怒ったじゃん?」

「怒ってないよ…、ただ……」

 江里菜はこれ以上話すと良くないと判断したようで、口を閉じた。

 

「じゃあね…」

「お…おう」

 江里菜は女子寮へと向かっていく。

 俺はただそれを見送ることしかできなかった。

 

 あれは宮沢だったのだろうか?

 ゲームセンターから出たときに見た少女の姿を思い出す。

 確かにあれは宮沢だったような気がする…。

 断定はできないが、そう思えた。

 部屋に帰るがだれも居ない…。

 今朝のことを思い出す。

 杉江…。

 あいつなら何か知っているのかも知れない。

 直ぐに杉江の部屋へ向かうが、だれも居なかった。

 それよりおかしいのは、静かなのだ…。

 寮内は静まり返っている。

 今朝にも似たような違和感を感じた。

 違和感? いや、それとは違う…。

 恐怖感…。

 そう呼んだ方が正しい。

 どうしてそう思うのか…、わからない、でも心のそこの本能とも呼べる俺の感情が危険信号を発している。


「なんだってんだよ…」

「教えて欲しいか?」

 後ろには杉江が立っていた…。

 最初からそこに居たかのように。

「杉江!?」

「言ってみろ、お前の知りたいこと…」

「今この寮はどうなっている、何で人が居ない」

「全員外へ出ている」

「そんな事…」

「じゃ…じゃあ、義斗は?」

「少し武者修行へ行くと、森へ行った」

「三神が朝食堂で騒いだのは?」

「彼女のプライバシーに関わる、発言は拒否する」

「…ッ」

 すべてかわされた…、まるで手応えの無い返答ばかりが帰ってくる。

「…じゃあ」

「違和感に気付いたのか…」

「あ…?」

「ふん…、遅かれ早かれ知ることだろうが…まだ教えられない…、綻びはいくらでもある、時が来れば俺はお前に教える、時が来る前に知りたいのなら自分で調べるしかない…」

「何言って…」

「楽しめ…」

「あぁ? 意味わかんねーっての」

「…まぁ、話はこれだけ、俺は忙しい…」

 杉江は部屋の外へ出て行く。

 あいつが何を言っているのかはわからない…、でも間違いは言っていないような気もした…、でも核心部は外された…そんな感じがした。

「よくわかんね…」

 廊下にはまた生徒の声が戻ってきた。

 怖いくらいにいつもの風景に戻っていた。

 

 

 翌日になっても義斗の姿は無かった。

 だれも気にもしていないように…。

 担任すらも気にしていない素振りだったのには正直ショックだった。

 でも何故だか納得した。

 義斗はもう戻ってこない…、何故かわからないけどそう思えた。

 昼休み。

 俺は江里菜のところへ向かっていた。

 ただ、焦る。

 彼女も居なくなってはしないかと。

 しかし、彼女はいつもの場所でいつもと変わらないように昼食を頬張っている。

「江里菜」

「ん?」

「どうしたの?」

 間の抜けた声でこちらに答える。

「いや…なんでもない…」

「そう?」

「うん、あ、やべ何にも買ってない…」

「ん?…いいよ、これあげる」

 そう言って差し出されたのは惣菜パンだった。

「いいの? お前の分なくなっちゃうじゃん?」

「いいよいいよ、買いすぎちゃったし、こんなに食べきれないから」

 そう言って、俺に無理やりパンをよこす。

「それよりも何か慌てた感じだったけどどうしたの?」

「え…いや…うん」

「うーん…言いたくないならいいよー」

「…わるいな…」

「そして一時の昼食の時間がすぎる」

 予鈴が鳴る前に教室へ戻る事にする。

「うん、ばいばい」

 江里菜は手を振っている。

 俺もそれに手を振って答える。

 自分でも素っ気無い気がする。

 

 教室に戻るときに宮沢の姿を見た。

 俺は何故か追っていた…。

 何故だか本当にわからないが…、追っていた。

「宮沢ッ!」

 驚いたように振り返る。

「えっと…なんでしょう?」

「昨日お前どこに居た?」

「昨日? いつの話ですか?」

「えーっと、昼…正午近く…」

「あぁ…それなら、街へちょっと用事があって出てましたよ」

「それはバイトか?」

「バイト? 私バイトなんてしてないですよ?」

「へ?」

「なんですか?」

「いや、喫茶店でバイトしてるだろ?」

「なんの話ですか?」

「…いや、わるい…なんでもない」

「話、それだけですか?」 

「いや、まだ色々聞きたいけど…授業はじまっちゃうよな…行ってくれ」

「うーん、なんか要領を得ない人ですねぇ…、聞きたいことがあるならはっきりちゃんと言ってくださいね」

 なんかプンスカ怒りながら教室へ向かっていった。

 俺も教室へ向かう。


 昨日は喫茶店で…、あれは宮沢だったし…、思考がグルグルと回る…。

 結局解等を得ないもので、消化はしきれず、俺の頭の中にいつまでも残る。

 違和感。

 昨日感じたそれを決定付けるような違和感。

 吐き気がする。

 宮沢が嘘をついているって言うのならまだ話がわかる。

 でも彼女に嘘をついている様子はないし。

 そもそも見ているのだ…。

 昨日彼女を…ゲームセンターから出た所…。

 きっと彼女のさっき言っていた用事というのはそれだろう…。

 つまり昨日そこで見た彼女が、今話した宮沢と言う事だろう…。

 では、もう一人の喫茶店でバイトをしている宮沢は…?

 訳がわからなくなってくる。


「キミは疲れているんじゃないかな?」

 遙が言う。

「考え過ぎだ…、同じ人間がこの世に二人も存在するわけ無いだろう?」

「いや、そうだけど…」

「まったく…おかしなことを言うね」

「ああ…」

 っははははと笑い飛ばされた。

 誰に相談しても同じような対応をされた。

 じゃあ宮沢に…。


 直ぐに彼女は見つかった。

「よう…」

「なんですか? 話は昼ので終わりじゃないんですか?」

「いや、ちょっと気になったことがあって…」

「なんなんですか…もう…」

「昨日の用事って言うのを教えて欲しいんだ…」

「それですか?」

「………言えません」

 言おうとして、彼女はそう言った。

 本当にいえない見たいだった、呼吸が詰まるというか、その言葉を出そうとしても声が出ない…そんな素振り…。

「わるかった」

「いえいえ…」

「また、野球しような!」

「次は負けませんからねー」

 そう言うと、彼女は努めて笑顔を作る。

 どうしてそんな顔をするのだろうか?

 全く理解できない…。

 悲しい目をしていた。

 そして、宮沢は消えた。


 そうか…義斗もこんな感じで消えたのだろうか…。

 目の前で消えたわけじゃない…。

 失踪?

 いや違う…、もとから居なかったように扱われる。

 義斗もそうだった。

 宮沢も翌日居ない扱いになっていた。

 だれも彼女の事を覚えている人はいなかった。


 焦るように中庭に走った…。

 しかし、そこには斉藤江里菜の姿はない…。

 彼女も消えてしまったのだろうか…。

 みんな、消えていく…。

 心のどこかで彼女だけは消えないと思っていた。

 でも彼女も居なくなってしまった。

 どうして、訳がわからなかった。

 自宅を尋ねてみようか…。

 意味はないだろうが…もしかしたらそこには江里菜が居るかもしれない。

 なんでそう思ったのか…。

 よくわからないが、他の人とは違う気がした。

 義斗も宮沢も覚えている人は極僅か、ほとんどの人が名前も顔も忘れていた。

 でも、江里菜だけは、みんなまだ覚えている。

 つまりは、江里菜はどこかに居るって事だろ?

 学校中を探した…。

 寮にはいないという…。

 なら自宅にいるのではないか…。

 そう思う。

 

 午後からの授業をすっぽかして俺はバスで街へと下る。

 江里菜の家は住所を教えてもらった。

 学校へ連絡が入っていたらしい。

 体調不良の為自宅療養。

 話が通り過ぎる。

 もしかしたらだれかの差し金なのかもしれない…でもそんな事は関係ない。


 駅前のバス停を通り越し何個も先のバス停でおりる…。

 この近くに江里菜の家がある…。

 地図と住所を確認しながら、彼女の家を探す。

 すぐに見つかった。

 大きな家だ。

 表札には斉藤と書いてあった。


 ここか…。

 チャイムを鳴らそうとボタンに指を当てる。

 押せない…。

 緊張…。

 いや、もしもこの場に江里菜がいなかったらと考える。

 そんな考えを無視して、一気にボタンを押す。

 カンコーンと言う音が鳴り…なかから女性が出てくる。

 江里菜ではないが、どことなく面影が似ている。

 多分母親なのだろう…。


「あ…こんにちわ」

「あら? どちら様で?」

「えっと…、江里菜の友達の橘って言います」

「…江里菜の……」

 言葉が沈む。

 言ってはいけない事を言ってしまったかのような…。

「江里菜はいますか?」

「えぇ…よかったら、線香のでもあげていってください…」

 …予測はできた…、そう言う事かと納得もできた…でも現実味がない…。

「……、はい」

 家に上がらせてもらう…。

 彼女の遺影が目前にある。

 遺影の前には一本の線香が上げられている。

「さっきも一人友達が来たんですよ…、今日はやけに賑やか…エリも喜びますよ…」

 俺も形だけ線香を供える。

「野球、好きだったんですよね?」

「えぇ…ホントに、いつも野球中継ばかりみてるような変わった子…」

「…そんな奴でした…」

「中学校の友達ではないみたいだけど…」

「えぇ、野球で知り合ったんですよ…」

「あらー、そうなの?」

「えぇ、僕は素人なんですけどね…、江里菜の野球をしてる姿みてカッコイイなと…」

「そう…」

 女性は目を手で覆う。

「今日は失礼しました…」

「いえいえ、また来て下さいな」

「…はい…是非」

 俺は立ち上がると、一礼して家を出た。

 斉藤江里菜は死んでいた。

 もう、意味がわからない…。

 じゃあ、いままでの彼女は幽霊だったのだろうか?

 釈然としないまま、俺は学校へと戻る。





 昼休み…、俺はいつものように中庭へきてしまった。

 彼女は中庭でパンを頬張っている。

「江里菜…」

「ん?」

 間の抜けた返事を返す。

「どうしたの?」

「なんでもない…」

「なんでもないって…どうして泣いてるの?」

 言われて気付いた…、何故だか頬には涙が伝っている。

「…なんでだろう…」

「先生の所行く?」

 彼女は何故もこうも平然としているのだろうか?

 俺ならもっと慌てる…目の前で知り合いが突然に泣き始めたら。

 それでも彼女はこうも平然としている…、何故だろうか…。

「辛かったの?」

 俺は答えない…、ただ俺の目の前に居る一人の女生徒をずっと見つめている。

「なにがあったの?」

 答えない…。俺は立ち尽くす。

 こんな時間がいつまで続くのだろうか…。

 生徒の数は見て解るくらいに減っている。

 世界が終わりに向かっている…。

 俺の感覚はそう伝えている。

 生徒数の減少…、義斗や宮沢の意味のわからない失踪。

 それでわかる…。

 俺のクラスにももう10席程の空席がある。

 どんどん人が減っていくのだろう。

 最後の最後、俺は残っていられるのだろうか?

 彼女は残っているのだろうか?

 そんな保障はないし、あったとしてもそんな短い時間でなにをしろというのか…。

 頭の中がまたぐしゃぐしゃになる。

「全部わかったんだ…」

「…そう」

 冷たくそう呟いた…。

「全部わかったの?」

 なんでそんなに冷たく言うのだろうか…事務的と言うか…テンプレートに沿っていると言うか…。

 何故か酷く冷たく聞こえる。

「全部かな…わからないや…、だって俺よくわかってないみたいだし…」

「世界は終わるんだろ?」

 何故か口走っていた。

「うん」

 彼女は俺の言葉を拒否する事も無く肯定した。

 やはり彼女は知っている。

 この世界の事を。

 ふいに杉江の顔が浮かぶ…。

 あいつが元凶なのだろうか?

「橘君…」

「ちょっと、散歩しない?」

 江里菜からの誘い…、そういえば彼女、街へ誘ってくれたときもなにか感じたが、なにかを話そうとしている?

「あぁ…」

 昼休み終了の時間まで残りわずか…。

 しかし、授業に出て何だって言うんだ…。

 どうせ世界は終焉を迎える…。

 意味なんてない。

 もとから意味なんて無かったのかもしれない…。

 俺の学校生活なんて。

 だらだらとすごし、唐突に終わる…。

 江里菜は歩き出す。

 俺もそれに着いて行く。

 学校から出て、田園風景の道を歩く。

 こんな時間に出歩いているのを教師に見つかったらなんといわれるだろうか?

 そんな焦りをどこか持っている。

 どうせ意味の無い事なのに…。

 それよりも本題は、俺の隣を歩いている江里菜だ…。

 彼女は何を思い、何を俺に話そうというのだろうか?

「秘密…全部わかっちゃったんだよね?」

「あぁ…」

 気付くとそこは森の中…、どことも知れない。

 どうやってここまで歩いてきたのか思い出せない。

 そこには社が立っていた。

 神社と呼ぶには少し気が引ける、だから社と呼ぶ…。

 この社には何が祭ってあるのだろうか?

「絵衣莉の事はもう知ってる?」

 絵衣莉…宮沢の下の名前、だったか…。

「いや…」

「そっか、僕の事何にも知らないんだね…」

「江里菜…?」

「ううん…私は絵衣莉…」

「はっ?」

「もうおねーちゃんは居ないんだ…」

「なに言って…」

「私が全部悪いんだ…」

「おねーちゃんは何にも知らなかった」

「おねーちゃん?」

「うん…全部話す…」


 そう、彼女は口を開いた。

ー絵衣莉ー


 ここで話して意味があるんだろうか?

 彼は私のことをしっかりしらない…。

 でも、ここで誰かに話しておかないと…、おねーちゃんが可哀相。

 なんでそう思うの?

 わからない…

 わからないけど…話して置かなきゃいけない気がして…。 


 

 昔の話…、私が公園で遊んでたの…、おねーちゃんと一緒に。

 おねーちゃんはどっか行っちゃうんだ…。

 どこに行ったんだっけ……、もうわすれちゃった…。

 でも丁度その時…、変なおじさんに声を掛けられたんだ…。

「お譲ちゃん? 何歳? どうしてここにいるの?」

 最初は優しそうなおじさんだと思った…。

「こんな所に一人で居たら寂しいだろう…もっと人が居て楽しい場所があるんだけど、くる?」

 そんな言葉に魅力を感じてしまった。

 公園…、いつも私とおねーちゃんは二人だった。

 でも、それでいいとも思っていた…いや、諦めていた?

 なんでみんな仲間に入れてくれないんだろう…そうおねーちゃんは泣いていた。

 公園にいたみんなは言った。

「気持ち悪い…」

 だれかがそう呟く…、たしか一緒に遊んでいた男の子だったかな…。

 同じ顔で二人でいるのが気持ち悪いんだそうだ…。

 それでよくいじめられた。

 大きいおねーちゃんが私を庇ってくれた。

 もう、名前も思い出せない…。

 私たちは、三人姉妹だった…。

 いや、確か下にもう一人産まれたばかりの妹もいたんだっけ…。

 私はおじさんに手を引かれて歩く。

 楽しい場所…、この人はそう言って私をどこへ連れて行くんだろう…。

 おかしなことに不安はなかった。

 私が居なくなればおねーちゃんがいじめられる事もなくなる。

 同じ顔が二人…、片方が居なくなれば一人になれる。

 確かそんな事を思っていたっけ…。

 でも直ぐにそんな気持ちはなくなる。

 おじさんは悪い人だった。

 家に帰りたくなっても帰らせてくれなかった。

 こんな事になるのなら、もとから来なければよかったのに…。

 私の悪い心がそう言う。

 泣きたくなって来た。

 でも、そうする事でおねーちゃんは助かるんだよ。

 いい心がそう言った。

 心が少し楽になった。

 それからの事は全然覚えていない。

 長く暗い部屋に閉じ込められてた。

 ある日、突然扉が開いて、大人の人が助けてくれた。

 久しぶりの太陽の光はまぶしかった。

 目がチカチカして、前もしっかり見れなかった。

 私はもう10歳になっていた。

 

 閉じ込められた後と出てきてから…、浦島太郎になった気分…。

 学校にも通えるようになった。

 お家も出来た。

 福祉施設。

 私はそこで新しい人生を送った。

 でもなじめなかった。

 何にも知らない私はその中でも毛嫌いされ、省かれた…。

 もう死んだ方がいいんじゃないかとさえ思えた。

 そんな時に野球って言うのに出会った。

 すべてをそれにかけるように、必死に練習したし、その成果をみんなに認められるのがとても気持ちよかった。

 すぐに友達もできた。

 みんな仲良し…。

 でも、小学校最後の年。

 県の大会でそれは崩れ去った。


 去年から新しく出来たチームで、そこのピッチャーも女の子だった…。

 顔が私と瓜二つで、私よりも上手かった。


「それが江里菜?」

 橘君が言う。その通り…、それが江里菜、私のおねーちゃん。

 

 直ぐにわかった。

 でも、彼女はわかっていないみたいだった。

 ちょっと似てるくらいにしか思わなかったんだろう…。

 その試合は結局負けた…。

 試合内容は両チーム同じ様なもの…、1対0…、敗因は私の暴投…。

 みんなが攻めた…、お前のせいだって。

 中には励ましてくれる人もいたけど、それでも、相手の投手と同じ顔の私になにか違和感を感じていた。

 もうこりごり…。

 だから野球チームを辞めた。

 野球では勝てないと思った。

 1年で彼女はあそこまで上手い…、私は3年かけてやっとこの程度…。

 話にならないと思った。

 だから勉強を頑張ろうと思った。

 理屈じゃない。

 それでなら勝てるんじゃないかと思った。

 必死だった。

 念願の学校に受かった。

 でもそこはおねーちゃんと同じ学校だった。

 おねーちゃんは私には気付いてない。

 みんなも気付かない。

 髪型かえるだけでも意外とばれない物なんだなと思った。


「お前の過去の事はわかった…、じゃあ江里菜はなんぜ死んだんだ?」

 直球…、そっちの方がめんどくさくなくていい…、すぐに答えれる。

 

 おねーちゃんは、中学校も野球漬けだった…、ずっと野球をやってた。

 中学校生活も最後に差し掛かった。

 バスの中。

 誰も居ない車内。

 彼女は言った。

「ごめんね…、えり…、今まで」

 彼女は知っていた…、私が妹であることを。

 バスは揺れる。

「知っていた…でもなんて声かければ良いかわからなかった」

「学校は決まった?」

 当然と、教えてやる。

 私の志望校。

 県内有数の進学校。

 有名大学への進学者が全国一位らしい。

 そんな事はどうでもいい、私はただ、おねーちゃんに勝ちたかった。

「へぇ、凄いな…私じゃそんな所いけないや…」

 必死に勉強したさ…楽しかった野球を奪ったのも、楽しいはずだった普通の生活も奪ったのは彼女なのだ。

 羨むがいいさ。

 私の悪い心がそう騒いでいた。

「最初に知ったのは…小学校の時」

 彼女の話なんてどうでも良かった。

 バスが激しく動く…。

 急ハンドル。

 体は横へ投げ飛ばされそうになる。

 おねーちゃんが引っ張ってくれてなんとか飛ばされないですむ。

 直後、何かが衝突…。

 激しかった。

 今度は私は飛ばされてしまった。

 後ろを見ると丁度、おねーちゃんの居た部分にはトラック?

 理解できなかった。

 どうやら、バスが事故を起こしたようだ。

 目の前に居たおねーちゃんはどこか行ってしまった。

 探した。

 どこにいるのだろう…、もっと姉の羨む顔が見たかった。

 本当に凄いなーって言わせたかった。 

 直ぐに見つけた。

 私と同じ顔の彼女。

 くしゃけた鉄片に挟まれている…。 

 何かが刺さっている?

 潰されている?

 凄い惨状…。

 それでもまだ意識はあった。


「本当に…ごめんね…、あの時私が…」

 最後に彼女はそう言った。

 その先の言葉はなかった。

 何が言いたかったんだろう。

 あの時とは…。

 その後の事は覚えていない。

 でも、どこか森みたいなところを彷徨って…。

 そして行き着いた。

 この場所に…。

 

ー橘厚志ー


 彼女は言う…。

 この場所に来たと。

 そして、泣き叫んだと言う。

 何がなんだかわからない…。

 藁にもすがりたい思い?

 何かが違う気がする。

 

 それは妄想なのか幻想なのか、現実なのかわからない…。

 でも現に今この場所に俺は居る。 


 宮沢の顔に涙が伝う。

 その涙に光が…。

 その光は社に集まる。

 いくつも…いくつもの光が社に。

 社は光を帯びる…。

 幻想的な光。

 その光が、社を離れ再び、俺の目の前に集まる。

 そしてそれは人の形を成していく。

「えりな?」

 呼んでいた。

 宮沢の表情は変わらない。

 悲しい瞳のまま。

「そっか…、消えちゃってたんだ…」

 目の前にはいつもの中庭でパンを頬張る野球少女。

「おねーちゃん?」

「こっちの世界で話すのは初めてだっけ?」

 よくわからない…、なんの話をしているんだろう…。

 でも何故か気持ちがスッとする。

「最後の言葉…しっかり言えなかったから、それを伝えに来た…こっちでも話してくれればよかったのに…」

「話せるわけないじゃん…」

「あ…その前に」

 そう言うと、江里菜はこちらを振り向く。

「勝手に人の秘密を調べちゃだめなんだからね?」

 それは、江里菜がもう既に死人であるという事を知った事を言うのだろうか?

「わりぃ」

 取り合えず頭を下げておく。

「うんで、絵衣莉…」

「……」

「これ…」

 そう言って、ポケットからカチューシャを取り出す。

「あの日、渡そうと思った、お母さんと私からのプレゼント」

 そう取り出したのは、子供用の小さなカチューシャ…。

「あの日これを取りに戻って…」

「お母さんに相談したんだ、友達に虐められるって…」

 そうしたら、髪型を変えちゃえばそんなに言われないものなのにーっと、笑っていたという。

「そして、いままでゴメンね…、なんとなくそうだと思っても怖くて話かけられなかった」

 そうか…、二人とも、最初にはもう気がついていたんだ…、互いの事に…。

「とにかくこれ…もう、時間……ない」

 宮沢は慌て江里菜からカチューシャを受け取る。

「あの日に渡せてたら…よかったのに…」


 光が消える…。

 そして江里菜の姿も消えた。

「私がもらっても何にも解決しないのにね…」

 上ずった声で強がりを言う。

 それはもう、泣く一歩手前。

 でもこれで終わりじゃない。

 俺は知っている。

 宮沢は二人いる。

 下の街の家には斉藤江里菜はもとから死んでいた。

「行こう」

「え…どこに?」

 俺は、強引に絵衣莉の腕を引っ張り走る。

「そのカチューシャ落とすなよ」

 バス停に行くと丁度バスが止まっている。

 まるで俺たちを待っているかのように。

 バスに素早く乗り込むと、校舎を見る。

 多分ここにはもう戻って来れないんだろう…。

 なんとなくそんな気がした。

 校舎の屋上に人が立っている。

 普通ならそこにだれが立っているかなんてわかる訳もないのに…。

 俺はその人物を認識できた。

 義斗だ…。

 その隣には、杉江も立っている。

 なにをするでもなく彼らはこちらを見ていた。

 バスが振動する。

 発車直前。

 バスが動き出す。

 義斗が最後に手を上げた。

 行って来いよと言われた気がする。

 バスは走る…、街へと。

 森に囲まれた山道を走っていく。

 学校はもう見えない。

 

 直ぐに街に着く。

 その足で、喫茶店へよる。

 きっとそこに宮沢絵衣莉は居る。

 入店。

 直ぐに彼女の姿を確認できた。

「いらっしゃいませ」

 店員がそういうが俺はそんなもの聞きもしない。

「宮沢さん…ちょっといいですか?」

「今仕事中ですので…」

「仕事はこいつが受け持ちます」

「え?」

 そう指差すのは、俺の隣に居る宮沢絵衣莉。

「なに言ってるんですか??」

「お前に江里菜が渡しても意味無いんだよな…」

「…ッ」

 図星…と言っても、彼女自身が言ってた事だが。

「だからそのカチューシャ、こいつに渡す」

「なんなんですか?仕事中に…」

「いいか、これはお前にとって重要なことだ…、この機会を逃せばきっと後は無い」

「そんな事言ったって…」

「代理は立てた、なら来れるだろ?」

「ん…」

 他の店員が駆け寄る。

 事は大きくなっている。

 店長も現れた。

 そのまま、彼女は帰宅と言う事になった。

 家庭の事情という事で収まる。


「なんなんですか?」

 絵衣莉は、宮沢へ触れる…。

 同一固体である彼女等はきっと触れるだけでいいのだろう。

 瞬時に絵衣莉の体が光に包まれる。

 そして光は無数の玉となって空へと散った。

「事情は理解しました…」

 宮沢の目には涙が溢れている。

「早く行きましょう…、急いで!」

「あぁ…」

 急かされる、まるで一分一秒が惜しいと言った…焦りが見える。

「タクシー!!」

 その場を丁度通ったタクシーを止める。

 急いで斉藤の家へと向かう。

 タクシーは止まる、家の目の前。

 そして、チャイムを鳴らす。

 直ぐに昨日の女性が顔を出す。

 俺を確認すると、あらと一言。

「どうも…」

「こんにちわ」

 俺の影から宮沢が顔をだす。

「手にカチューシャを持って」


 それだけで彼女はもうすべてを悟ったようだった。

「絵梨花…」

 それが、宮沢の…本当の名前…。

 斉藤絵梨花。

「このカチューシャ…」

 そう言って差し出す。

「あの日買ったカチューシャ…」

「それをどこで?」

「………、おねーちゃんにもらいました…」

「不思議な事ってあるもので…」

 彼女も昨日江里菜にあったそうだ…。

 江里菜は、いつもの笑顔で言う。

「お母さん、絵梨花が戻ってくるよ」

 母は絵梨花を抱いた。

「お帰り…」

「ただいま…」

 空を舞う光の玉…。

 その玉は俺へと集まる…、そうか、いよいよ…。

 意識がぼーっとしてくる。

 自分がなんだったのかわからなくなる。

 目の前には、娘の帰りを喜ぶ母と、どことなく戸惑いながらも嬉しそうに微笑む少女…。

 

 俺はなんでこんな所にいるんだろう…。

 帰らなくちゃ…。

 帰ろう…。

 みんなの場所へ…。

 ……。

 

 意識が途絶える。

 真っ暗な世界。

 声が聞こえる。

 

「はい、これ…」

「なにこれ?」

「カチューシャ」

「いや…それはわかるけど…」

「ゴメンね…」

「え?なんで謝るの?」

「あの日渡そうと思った、お母さんと私からのプレゼント」

「あの日、一緒に取りに行けばよかったのに…驚かそうとしたんだ…」

「突然プレゼント渡された方が嬉しいじゃん?」

「でも…そんなの」

「そう…でもゴメンね…、一緒に帰ろう…」

「でも、施設が…」

「あそこは、返してくれるよ…」

「もう、絵梨花はひとりじゃないから…」

全編終わってない

なんか、勢いで終わらせた感がぬぐえない…。

本来もっとこつこつやるべきだったのだが…難しい。


初めて一編を書ききった感想としては、ストーリー構成って難しいね。

話は書けば書くほど上達するらしい。

どんどん書くか…


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