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仲間

 目覚める。

 頭が重い…。

 昨日の事を思い出す。

 まだ、頭部はがんがんと鈍い痛みを発している。

 昨日片桐に言われたとおりに、今日は少し病院にでも行ったほうがいいだろう。

 そんな事を思っているうちに隣のベッドの義斗も目覚めた。

「よぅ……今日は早いな」

「ふぁあ…ん…あぁ…俺はいつも早いぜ」

 いつも、ではなく最近はなら正解なんだがな…ここんとこ色々あって朝が早くなっている。

 とりあえず、朝の日課を済ませよう。

 あぁ、そうか…今日は土曜日なんだ…。

 曜日感覚がおかしくすっかりそのまま今日は登校日だと思い込んでたが…よくよく考えてみると。休日だ。

 義斗が妙にそわそわしているのもそのせいだろう。

 基本的に休日は点呼が無い…。

 もともと点呼自体、昔寮生が登校しないという事態が発生したときに誕生したシステムだと伝え聞く。

 休日にまでその点呼をする必要は無いんだろう。

 当然、休日になれば自宅へ帰る生徒もちらほらといる。

 

 洗濯ものを取り込むとベランダに干す。

 さて、飯だ。

「…義斗っ」

 呼ぶともう彼は食堂へ向かっているようだった。

 こういうときの行動だけはものすごく早いんだ。

 ため息を漏らしながら、食堂へ向かう事にする。

 

 食堂に入ると、いつにも増して生徒の数が少ない事に違和感を感じるが、それが今日が休日である事を教えてくれる。

「今日はなに食べるのさ…」

 席の対面に座る義斗に訪ねてみる。

 まぁ、また馬鹿みたいな特盛り、朝飯とは思えないチョイスをするのだろうと思っていたが、今日は違うようで。もう目の前に用意されていた盆の上には納豆と卵と白米が置かれていた。

「納豆ご飯か…」

 それはそれで朝飯らしい。

 しかし、朝からあの納豆のいやな匂いを引き連れると言うのはいささかどうかとも思ったが、ここは突っ込むまい。

 今日はトーストにしよう。

 丁度うまそうに焼けたトーストが目に入り、それを取ると、隣に並べられている目玉焼きもセットで取る。

 これこそがベストオブブレックファスト…最高の朝食である。

 カツ丼やらのりたまやらなんか色々食ってたが、やっぱ朝食っていったらトースト…もしくは、ご飯に味噌汁に魚物…。

 これこそが一番なのさ。

 ふんっと鼻を鳴らすと、義斗の待っている席へと戻る。

「さぁ、食べようぜ」

 と言ってふとみると、もう既に義斗は食い始めていた。

 俺も早いとこ食べてしまおう。

 

「ふぅー、くったぜー」

「…満腹そうだな」

 至極満足そうに言う義斗にそう声を掛けてやる。

「そういえば、今日は片桐はこないのかな?」

「あ?…片桐?…あぁ…しらね」

 まぁ、当然と言えば当然か…むしろ義斗が知っていたらそれはそれで驚く。

「だよな…」

「なんだ? 片桐になんかあるのか?」

「いや、特に何にもないんだけど…機能なんかやるって言ってただろ?」

「…うーん…そうだっけ?」

「そうだよ」

 こいつの記憶力は鳥並みか…。

 そんなやり取りをしていると、斉藤が入ってくる。

 彼女はこちらを見つけると、手を振って合図を送ってきた。

 お盆に食事を乗せるとこちらへと向かってくる。

「おはよー」

「おう」

「あぁ、早いな斉藤」

 にかーとした笑顔を浮かべながら、斉藤は席に着いた。

「なんだ…今日も嬉しそうじゃないか…」

「うん…今日もとっても嬉しい事があったの」

「ほぅ…また猫か?」

「うんっ」

 昨日言っていた黒猫が今日も来ていたらしい。

「ほぅ…ベランダに猫がくるとそんなに幸せなのか…よし厚志…今日猫捕まえにいかね?」

「いかねーよ」

 つか…猫捕まえてきてベランダに幽閉しても幸せなんて訪れねーよ。

 斉藤の顔が若干変化したような気がした。

「真田君?」

「あ?」

「猫…いじめちゃ…だめだよ」

 その声には深みがあり、どこか威圧的である。

 義斗もそれを聞くと、首をぶんぶんと振り、降参したかのように悪かったと言った。

「もう食べ終わっちゃってるみたいだね…」

 斉藤の視線が俺達のお盆に向くと、そう呟く。

「悪いな…先に食べちまった」

 言うと、彼女はううんと首を振る。

「…気にしないで…別に一緒に食べるって約束してる訳じゃないしね…」

「そうだぜ、厚志気にすんなっ」

 いや、お前はもうちょっとくらい気にしろって。

「そういえば片桐は?」

「ん…遙ちゃん?」

 なんだ…結構仲いいのか…斉藤の呼び方から察するに大分交流があるようだ…まぁ、片桐も結構面倒見がいいしな。

「あぁ…」

「うーん…今日の朝はまだ見てないねぇ…なんか用事でもあった?」

「いや、特にないんだけどさ…」

「じゃさ…裏庭に行ってみるといいよ…よく遙ちゃんそこで暇つぶししてるし…なんかあるといつもあそこ行くんだよ」

「へぇ…」

 じゃあ、初めて会った日もなんかあったのか?

 まぁ、そんな事は考えてもしょうがない…てか、こんな早朝からあんな場所で時間潰すのか…?

 ちょっと疑問にも思ったが、手がかりはそこしかない…病院へ行く前にでも寄るか。

 時間はまだある…。

「じゃあ、俺はこれで……、あと、サンキュな斉藤」

「うん…またねぇ」

「おい…厚志待てって…勝手にいくなって」

 席を立ち食器を片付けていると後ろから慌てたように義斗が付いてくる。

 

「後どうするよ?」

「ん? あぁ…どうしような…」

「たまには二人でどっか行こうぜっ!」

「いや…辞めとく」

「…ひでぇ」

 なんか落ち込んだ義斗を見ながら考える…、一人で寂しく校舎を眺める彼女の姿が脳裏をよぎった。

 うん…片桐を探してみよう。

 斉藤の口ぶりだと、帰宅はしていないみたいだし。

「うんじゃ、俺ちょっと行くわ」

「…えっ…マジかよ…」

「…なんだよ…そんな反応されたら行きにくくなっちまうじゃねぇかよ…」

「だったらさ…俺と一緒に遊ぼうぜ」

「なんて言うとでも思ったかっ!?」

「ッ!?」

 呆然と立ち尽くす義斗を尻目に見ながら俺は校舎へと向かう…。

 裏庭にいるはずだ。

 


 

 裏庭に着く…。

 朝の心地よい日差しが木々によって遮られている。

 昼間なら心地よいと思える場所だが、早朝だと逆に木々が邪魔に思えた。

 その木々の下に並べられたベンチに一人の女子生徒が腰を掛けていた。

 片桐だ。

 彼女はこちらを見ると、ひらひらと手を振って挨拶をする。

「早いな…こんな時間にどうしたんだ?」

「…いや、昨日なんかするって言ってただろ?」

「あぁ…すっかり忘れてた、野球の事だろう?」

「そう、野球部との対立の打開策みたいなやつ…」

「生憎打開策になるかわからない…でもやってみる価値はあると思うんだ」

「どんな事するのさ」

「あぁ…目には目を、野球には野球を…だ」

「つまりは、野球で勝負して勝つ…と」

「まあそう言うことだ」

 にやりと不敵に微笑むその顔にはどことなく怒気が混じっているような気がした。

「そんなに気にしなくていいよ」

「…なにを言っているんだ? 別にお前の事なんて気にしてない」

「ん? なんでそこで俺が?」

 しまったと言わんばかりに、片桐は俯いた。

 始めてみる仕草だ…。

 こういう仕草もできるんだな。

「…それで…今日はちゃんと病院には行くんだな?」

「心配してくれてるの?」

「…と、当然だ…」

「やっぱり…優しいんだな…片桐は」

「…そ、そんな事はない…と思う…」

 褒められたり感謝を言われる事に慣れていないのだろうか。

 まぁ、当然か…青鬼なんて呼ばれて恐れられているくらいだ。

 でも、本当にそんなに凶暴なやつなら斉藤が懐く筈もないんだろう…あいつはどことなく抜けているような奴だけど、人を見る目だけはあると思う…おもう。

「…なんだ…そんなに見るなっ」

「病院には行くよ…この後ね」

「そうか…よかった安心した…」

「………。」

「……。」

「うんでさ…野球で勝負って数はどうするのさ?」

 互いに会話がなくなり、野球の話題について出す。

「…うむ、そこは君が何とかするところさ…私にできるのはここまで…」

「…うん…ありがとう」

「…誤解するなよ…別に君の溜めじゃないぞ…江里菜君を不憫に思っただけだ」

「そう…でもありがとう…感謝するよ」

 きっと、俺だけじゃどうしようもなかった。

 彼女がいてくれて本当に心強いと思った。

「…なにやってるのっ?」

 突然後ろから声が響いた。

 片桐は、また不敵にくすりと笑みを作ると、その後ろの人物を見る。

「…これはこれは、生徒会長殿ではござらんか…」

「片桐さん…そんな事言って、からかわないでください」

「……」

 その顔には見覚えがある。生徒会長、三神イリア。

 面識は無かったはずだ…、ふと昨日の片桐の台詞を思い出す。

(まぁ。今度イリアに会ったらお礼を言っておくといい)

 あぁ…昨日助けてくれたんだっけ…。

「…昨日は助けてくれたみたいで…ありがとう」

 彼女は怪訝な面持ちで、俺の顔を見る。

「…、だれ?」

「いや誰…て」

「なんか、勝手にお礼言ってるところ悪いんだけど…そんなんで気を良くして、何この子なんかよくわかんないけどいい子じゃない…私に気があるのかしら…今度お茶でも誘っちゃおうかなぁーなんて思ったりしないんだからねっ!」

「いや…だれもそこまで言ってないけど」

 てか、思っちゃったんだ…。

 何なんだろうか…、生徒会選挙の時の三神イリアと言う人物はこんな奴だっただろうか…。

「うんで、何をしているの」

「いや、ただの雑談だけど…」

「嘘をつくなぁー…私は見た…男女の密会……これは不純異性交遊デスっ」

「いや…なんか興奮してるみたいだけど…そんなんじゃないから…、片桐もなんか言ってやれって…」

「はっはは…、これが不純異性交遊になってしまうとはな…、だったらイリア…昨日のお前はどうなんだ?」

 そういわれると、対面している彼女が赤面して俯く。

「……、いや…あれはその…事故っていうのか…いたしかたないって言うのか…興味があったっていうかぁ」

 なんかぶつぶつ言ってる。

「そうだ橘君、早く病院に行かなくてもいいのか?」

 この状況から抜け出す為の合いの手を片桐が入れてくれる。

「そうだった…病院病院っと」

 わざとらしく病院を強調すると…俺は裏庭を後にする。

 後に残った二人がなにやら話し始めた。

 魔が差し、それを少し聞いて見ることにする。

「ふふ…間受けだなイリア…そんなんで生徒の頂点に立っていられるのかな?」

「…ふん、遙…あなたには関係ないことデス…」

「ほぅ…しかし、いいのかな? 彼はさっきので君の印象を決めたぞ?」

「……」

 無言の抗議なのだろうか…しばらく沈黙が続く。

「別に構いません…、それよりも昨日の一件…あれにはあなたも関わっているとか…」

「ふん…そんな事か…私があんなものに関わる筈もないだろう…くだらん」

 いつもの片桐の言葉よりも何倍も冷たい声でそう言っていた。

 その声に含まれるのは、憎悪…嫌悪…様々な負の感情が含まれているように思えた。

「橘君…早く行くといい」

 その声に驚き、気づくと校門へ向かって走り出していた。

 


 さて…時計を見る。丁度バスの発車時刻だ…。

 バス停には一台のバスが止まっていた。

 ここが終着点なので、数十分くらいは止まっている。

 寮生じゃない生徒、金曜では帰宅する寮生でごったがえすのだが、今日は休みのしかも早朝と言う事もあり、ガランとしている。

 発車まであと如何程だろうか…バスの時計を眺めていると。聞きなれた声がバスの中に響く。

「おぉ。いたいた」

 義斗か…その脇には斉藤の姿も見える。

「…何しにきたんだよ」

 努めて素っ気無く言うと、斉藤は若干気を落としたように俯く。

「暇だったし、丁度街にも行こうかなと思って、一緒に行こうと思ったんだけど、だめだった…かな」

「いいや、そんな事はないさ…」

「…そうっ」

 気にしてしまったのか、気を落としている斉藤を気遣い明るく返してやると、機嫌を直した斉藤は明るく微笑んだ。

「うんで、義斗おまえは?」

「あぁ…おれ?」

「お前が付いてくる理由はなんだよ」

「当然…親友の為さっ!! お前の身を案じて俺はこうしてついて来たのさっ」

 高らかと声を上げ堂々と宣言する。

「真田さんはとっても友達思いのいい人だと思います」

「いや、言い切られても」

 特に拒む理由もなく、俺達は3人で街へ向かう事にした。

 途中で義斗が俺へ何か合図を送って来たが、それがなんの意味を持つのかはよくわからない。

 傍から見たらただの気色悪い奴にしか見えないだろう。

 だって、あのなりでウインクとか無いだろ…。

 なんか気持ち悪くなってきた…。

 バスの窓は開いていて、顔も出せる…俺は外の空気を吸ってなんとか、その気持ち悪い感覚を和らげる。

「出発します…」

 短くアナウンスが流れると、エンジンが始動し、バス全体が小刻みに揺れ始める。

 街へ降りるのは何日ぶりだろうか…そういえば色々と買っておきたいものもあるな…。

 俺達の学校は、近くにそう言った施設もなく、バスで移動しなければ娯楽品はそろえる事ができないため、街に行っては本屋とゲームショップを漁るのが常になっている。

 ふと気になって斉藤に尋ねる。

「斉藤は、何か買いたいものとかあるの?」

「ん?わたしはねぇ…」

 そう言うと、先程までには見せた事の無いようなうっとりとした表情を浮かべる。何かを思い描いているようだ。

「スペシャルジャンボパフェ…」

 とうわごとのように呟き、そのままうっとりとどこか遠くを見つめている。

 そういえば、最近駅前の通りにパフェなどで有名な喫茶店のチェーン店ができたらしい。

 その事だろうか…。

 義斗はただ暇なだけだろう。

 訊かないで置く。

 バスに揺られ50分…。

 山を下り、町並みに入って少し行くと駅前のバス停だ。

「そろそろだぞ…」

 隣の席で寝ている斉藤を起こす。

 寝過ごしてしまっては可哀相だ。

 ちらと前の座席を見ると、義斗はなにやら気合が入っている様子で、生き生きとした眼差しでバスの前方をにらんでいる。

「ふぁ…」

 情けない声を上げて斉藤は起き上がる。

「もう付きました?」

「もうすぐだよ…」

 駅前付近に病院がある…そこにでも行くとしよう。

 まぁ、しっかり見るならCTとか撮らなきゃなんだろうが…金の問題などもあるし、軽い診察だけでいいだろう…実際そこまで対したことではないと思うし。

「なんで駅前ってわかりました…!?」

 なんか唐突にどうでもいい事を言い出す。

 ワンテンポ遅い…。

「いや、駅前の新しくできた喫茶店にでも行くのかなと思って」

「…あぁ…すごいあたりです」

「いや…そこくらいしかパフェで思い当たる場所なかったし…」

「そうですよ…ここら辺にはそういったお店はなかったのですが…なんと駅前にできちゃったのだから仕方ないです…これはもう食べるしかないっ!!」

「そういうもんなのかね…」

 生憎甘党の俺でもその理論は理解できない。

「うんで、お前は何してんだよ…」

「あ?…みてわかんねーの?」

 お前の仕草みてなにやるかわかったらエスパーだよ…目瞑って唸りあげてるただの変人にしか見えねーっての…。

 なんか哀しそうな目をした。

 俺が分からなかった事がそんなにも哀しいのだろうか…。

 着いた。

 俺は、バスの運賃箱に850円を投入すると、バスから降りる事にする。

 このバス代が、街へ降りる事を妨げる原因になっている…。

 結構高いんだこれが。いやマジで…。

 義斗も同じ場所で降りる。

「うんで、何するんだよ…」

 さっきは聞きそびれた…もっかい訊く事にする。

「だからよ…当然…道場破り…だ」

「…あぁ…あれな」

「一回やってみるのが夢だったんだよ…」

「だよな…あれはいいよな……、うんうん」

 一回のされてきた方がいい…俺は義斗の気持ちを適当に煽てて病院へと向かう。

 

 後ろには斉藤が付いてくる。

 どうせなら一緒に食べようとの事で、病院に付き合ってくれるらしい。

 病院に入ると、適当に申し込みを済ませ、順番を待つ。

 斉藤は適当に雑誌を取って読んでいる。

 見ると、それはスポーツ関係の雑誌らしく、表紙には野球選手が写っている。

 やっぱり好きなんだな。

「何見てるんだ?」

「…ん?」

 ちらとこちらを見ると、手に持っている雑誌をこちらへ向ける。

「見て分からないかなぁ…雑誌だよー」

「いや、それくらい見れば分かるけど…」

「…あ、内容? もしかして読みたかった?」

「…いや、そういうわけじゃないけどさ」

 いかん…なんか、ペースが持っていかれる。

 本来の斉藤とはこういう性格なのだろうか…。

 うん、きっとそうだと思う。でもこれはそれだけ距離が縮まったって事なんだよな。

「どんなの読んでるのかなと思ってさ…」

「あ…うん…これ」

 そう言って指差すページには星占いが載っていた…、スポーツ雑誌にこんなん載ってていいのだろうか…てか今日の運勢って書いてあるけどこの雑誌月刊誌なんですけど…。

 口に出しそうになるが、それを見て一喜一憂している斉藤にそれを言うのは無粋だろうし…黙っておこう。

 それからしばらく、斉藤はその雑誌を熱心に見入っていた。

「たちばなさーん…たちばなあつしさーん」

「あ…はい」

 俺が呼ばれても尚読み続けている。

 どんなものを読んでいるのか気になったが、そのまま診察室へと向かう。

 

「えーと…橘さん…今日はどういった…」

「…えっと、頭を強く打って…一応診て貰って来いって言われたんですけど…」

「頭部打撲…それはいつ?」

「昨日ですね…昨日の夕方頃」

「…何時か分かりますか?」

「確か7時くらいだったと思います」

 医者はすらすらを文字を書いていくと、次の質問に移る。

「えーと…まだ痛むところとかはありますか?」

「いや、今はもう大丈夫ですね…触ると痛いですけど…」

「どれ…あぁ…、腫れてるね…」

 鏡もしっかりと見なかったが、やっぱり腫れてるのか…。

 その後、目にライトを当てられたり色々と診察を受けたが、それがどういう意味なのかはよく分からない。

「う~ん…やっぱり詳しくはCTでもとらないと分からないけどね…今のところは異常なしだね…」

「CTですか…」

 CTを撮るのに結構お金がかかることはわかっている…、生憎俺の財布の中には福沢さんが一人しかいない…。

「…今日予約すると、検査日が来週ぐらいには取れるけど…」

「いや…いいです」

「そう…でも頭は怖いから気をつけてね」

「…はい」

 さすがに金属バットでぶん殴られたとは言えずに、階段から落ちたとか言っておいたがまぁ、いいだろう…。正直衝撃的にはあんまり変わらないだろうし。

「うん…じゃ、お気をつけて」

 医者は一通りの診察と問診を行うと、そういって俺を見送った。

 簡単な健康診断になっただけだったが、まぁ、一応診て貰ったのは事実だし、これでみんな安心するだろうさ。

 待合室に戻ると、まだ斉藤は読書に耽っていた。

 俺はその隣に座ると、受付に呼ばれるまでの時間、待合室にあるテレビでも見ていることにした。

 ………。

 ……。

 …。

「橘さーん」

 受付に呼ばれる。

「4500円になります…あと、これは湿布です…痛みが強くなったら張ってください…」

 なんか…結構取られるんだな…てか高くないか…。まぁそんなもんかと思い財布を開ける…財布の中の諭吉さんがこちらを見ている。

 ゴメンよ諭吉さん…今は君しかいないんだ…。

 意味の分からないやりとりを心の中ですると、万札を受付に叩きつける。

「…はい、一万円……」

「お釣りです…」

「釣りはいらねぇ…」

 一回言ってみたかった台詞がなぜか口から出ていた。

「5500円になります…」

 呆気なくスルーされ、俺はお釣りを受け取る。

 椅子の方を見るとまだ斉藤は椅子に座って雑誌を読んでいた。

 すごい集中力だ。

「おーい、斉藤いくぞー」

 反応がない…あれ?

 近づいてみよう…。

 隣に立っても気づかないのか、雑誌から視線をそらさない。

「おーい…」

 突いてみる…。

 …、反応なし…。

「さいとー」

 反応なし。

「斉藤さん?」

 反応なし…。

「……斉藤江里菜ぁーっ」

 反応なし……。

「……江里菜さん?」

 反応なし………。

「……江里菜ぁー?」

 反応なし…………。

「………江里菜ちゃん?」

 まったく反応ない…おい…本当におきてるのか!?

「……、えりちゃん」

 ピクっと反応したように見える。

 もしかしてこの呼び方なら反応するのか…。

 今度はさっきよりも強めに読んでみる。

「えーりーちゃんっ」

「…ん?」

 こちらを見た…。

「……、わざとやってるだろ」

「…なんのこと?」

 そう言うと首を傾げる。

 まぁ、いいや…。

「行くぞ…えーと、えり…な…」

「…うん」

 気恥ずかしくなり先に玄関の自動ドアを開けると、その後に江里菜は付いてくる。

「…さっき名前でよんだ?」

「…ん?」

「誤魔化した?」

「そういえばさ…さっきどんなの読んでたのさ…物凄く熱心に読んでたみたいだったけど」

「ん?…えーとね…ジローのインタビュー記事…だよ」

 ジローというのは、日本野球会からアメリカへ渡り大活躍をしている、日本人メジャーリーガーの事だ…。

「…ファンなの?」

「んー、どうだろっ」

 そう言ってにへらーと笑みを浮かべる。

「…そっか」

 そのまま次の目的地点へ向かう。

 次の目的地は、今回一緒に食べようと江里菜が誘ってくれた駅前にできた新しい喫茶店だ。

 …今更気づいたんだが…人並んでたりしたらどうしようか…。

 行き当たりばったりは俺の生き方だが…ここまで後先考えていないと、自分で情けなくなってくる。

 まぁ、並べばいいか…幸いまだ暑さも穏やかな日和だ。

 目的地には直ぐに着く。

 予想通り、店には長い列ができていた。

 どんだけ人気なんだよ…。

 隣の江里菜を見てみるとどことなく残念そうな顔をしている。

 自然とため息が漏れる…、俺なんかに付き合わせなければ、並ぶ事もなく入れていたのだろうに…生憎今は昼時になってしまっている…、人が多いのも必然だ…。

「……。」

「………。」

 沈黙が流れる。

 どうしようかと考えていた時、列の前方から手が伸びる…。

 見知った顔がそこにはいた。

「義斗っ」

 小走りに近寄っていくと、何故か誇らしげに笑っている。

 いや、実際誇らしい、今までお前がこんなにも役にたった事なんてないと思う…でも今のお前は違う…最高だ。

 いつだったか、冷徹キャラを押し通そうとして頑張るお前の馬鹿な部分を露呈させてしまってすまない。…いままで、馬鹿にしてすまない…こころから感謝する。

「よぉ、俺の方が先に着いちまってたみたいだな…中に居るかと思って並んでたのに…」

 そう言うと義斗は列から抜けようとする。

「おい…何故抜けようとする…」

「いや、お前らと合流する為に並んでたんだ、今こうやって合流できたんだから問題ないだろう…」

「大有りだっ」

「…へ?」

 きょとんとした顔でこちらを見つめている。

 前言は撤回しよう…こいつは馬鹿だ…。

 江里菜はと言うと、ちゃっかりもう義斗のいた場所に並んでいたりする。

「一緒に店に入るって言う選択肢はお前にはないのか…」

「…えー、やだよこんなところ…俺はもっと熱い男らしい店がいいんだよっ」

「知るかよ勝手にしろ」

 義斗を列から押し出すと、その場所に俺が陣取る。

 何がなんなのか良く分かっていないらしく、俺達をじーっと見守ると、近くにあったベンチに腰を掛けてしまった。

「はぁ…まぁいいや」

 次で席に案内される。

「…わくわく」

 いや、言葉に出してわくわくなんて言う奴見たのお前が初めてだよ。

「…わくわくわくわく」

 どんどん増えてる?

「わくわくわくわくわくわく…」 

 隣にはずっとわくわく言い続ける変わり者が一人、奥のベンチには、ぶつぶつと何か呟きながらこちらをちらっ…と見ては肩を落とす男が一人…。

 なんなんだよこの面子は…。

「次のお客様、何名様ですか?」

「…えっと、二人」

「…二名様ですね…こちらへ」

 つい、店員の子の名札を見てしまう…。俺の癖のひとつだ…つい名札を見てしまう。

 宮沢江里居…? えりい?…どこかで聞いた事のあるような名前だ…。

 目の前の宮沢さんは、座席に案内してくれると、あたふたとメニューを取り出し…俺達に渡す。

「こちらがメニューになります…決まりましたらそちらのボタンを押してください…」

 そう指差すところにあるのは店員を呼ぶボタン…子供の頃意味もなく押したっけ…押すなって言われるとついつい押したくなっちゃうんだよな…、そういえば火災警報装置もそうだよな…。

「えりちゃんっ、ちょっと手伝ってーっ」

「はーいっ」

 返事とともに慌てて行ってしまった。

 でも、あの子もえりちゃんなんだな…。

 江里菜の方を見ると、メニューをがっちり掴んで舐めるように見ている。

「そ…そんなにがっつり見なくても良いと思うけど…」

 また無視ですかっ。

「江里菜…」

「ん?」

 どうやら名前を呼ぶと反応するらしい…、多分熱中程度によりその効く呼び方のレベルが上がっていくのだろうか…一応えりちゃんと呼べばファンかどうかもわからない有名野球選手のインタビュー記事から視線をこちらへ向けれる事はわかっている…。

 どんなレベルだよ…。

「メニュー…俺見れないんだけど…」

「あ…」

 ばんっとテーブルの上に置くと、満足気に再びメニューを見始める。

 俺の方から見るとすべてのメニューがさかさまなんだけど…まぁ、雰囲気は分かるから良いけどもさ…。

「じゃあ、やっぱりこれだね…うん」

 そうやって指差したのは、スペシャルジャンボパフェ…。

 写真からは実物大が想像できないが…多分相当大きいのだろう…。

「一人で食べれる?」

「…うーん…わかんない」

 そればっかだな…。

 仕方ない…俺は適当に、飲み物とプリンでも頂こうか…。

 ボタンを押ししばらくすると店員がやってくる。

「はーい…」

 先程の宮沢さんだ…。

「えーと、スペシャルジャンボパフェと、プリンひとつづつで…」

「はい、スペシャルジャンボパフェおひとつ…参加者は3名様まで大丈夫ですが2名様でよろしかったでしょうか?」

 …なんの話だ…参加者…3人…?

 なんか聞いた事あるフレーズだぞ…。

 記憶を辿る…。

 先月…いや新学期前だから3月くらいか…義斗と二人で大食いに挑戦した事があったが…その時と似たようなものを感じる…。

「江里菜…」

「ん?」

 俺は江里菜をグイと寄せると耳打ちする。

「…もしかして、そのスペシャルジャンボパフェって言うのは大食いの挑戦メニューとかじゃないよな?」

「…えええっと…えーっ」

 なんか訳が分かってないみたいだが取りあえず取り乱した。

「えっとー…」

 宮沢さんはどうしようか困った様子でこちらを伺っている。

「なんでもないです…じゃあ、プリンやめてもらってもいいですかね?」

「はいっ…プリン取り消しでっ…じゃあ、注文はスペシャルジャンボパフェおひとつでよろしかったですか?」

「はいはい」

「……」

 江里菜は無言で頷いている。

「…かしこまりました」

 ぺこっと頭を下げると、宮沢さんは歩いて行ってしまった。

 てか、名前を聞いたときから思っていたんだけど……まじで大きいのな……。

 まだ、実物はきていないのだから実際の大きさはわからないが、大食いの品物になるくらいなのでその大きさは尋常ではないのだろう。

 ふと思う…そんなにでかいものであるのならば、お値段は当然それなりの価格になるわけだ…。

 俺はもう一度メニューを見ると、そのスペシャルジャンボパフェを見てみる…。

 価格はなんと吃驚3980円……。

 財布の中を見てみると、先程帰ってきた樋口さんと五百円玉…。

 割り勘でもちと手痛い出費だ…今後も昼を購買で買わないといけないとしたら尚更……、千円は大きい。頭が痛くなってきた…。

「まだ頭痛むの?」

「いや…これはそれとはまた別の痛みっていうのかなんていうのか…」

 俺が頭を抱えているのを見て、心配そうに声を掛けてくれる。

 まぁ、その頭を抱えている理由がそのジャンボパフェとも言えず、適当に返しておく。

 暫く待つと…仰々しい大きさのパフェが運び込まれてきた。

 こ…これが、スペシャルジャンボ…。

 江里菜は、ほぉーっとただただ感動を口にする。大きさは、2リットルのペットボトル4本分くらいだろうか…。つか、これ4000円なら安いんじゃね? なんて思ったが、こいつを食いきらなくては同じ事だ。

「…これ食いきれるのか?」

「大丈夫…任せて」

 そう言うと、物凄く気迫でスプーンを掴む…。

 俺も、手元にあるスプーンを持つと、ちまちまとアイスクリームの部分を掬って食べる。

 アイスの部分は、なかなかうまい…本当にこの味なら四千円なら安いと思った、刹那目の前に衝撃が通り抜ける…。

 一瞬にして上にはみ出ていたアイスの部分が消え去っている。

「な……」

 言葉なんてでない…消し去った人物も分かっているし、多分その消え去ったアイスの行き先も分かる…斉藤江里菜…恐るべし。

「甘いものは女の子のステータス…なのですっ」

 いや、知らんって…。

 なんて心の中で突っ込んでいる間にもどんどんとパフェの中がなくなっていく…、その速さはまさしく豪速…。

 周りに居た客にも事態に気づいた者が居たらしく、注目の視線を集めている。

 てか、俺一口しか食べてないんだけど……、ま、いっか。

 次第に観客が集まってきて、あたりは騒々しい空気になる。

「すげーぜ、あのパフェを一人で…」

「しかも、女だぜ」

「あんな女の子がねぇ…」

「これって、テレビとか来てんの?」

「お客様、すみませんがお席の方へ…」

 最後の店員の言葉で、渋々観客はその場を立ち去る。

「てか…本当にもうほぼ完食だな…」

「えへへ…甘いものは別バラ…なのです」

 いや…なんか意味が違う気がするけど、深くは突っ込むまい。

 もう、今までパフェの入っていた容器は空となっている…。

 すると、どこからともなく店員がやってきた…。

「……、えーと…ただいまの記録5分43秒…」

 そういえばと壁に貼ってある紙に目をやる…。

 そこには、スペシャルジャンボパフェ30分以内に完食できた方は無料と書かれている…。

「とってもおいしかったです」

 満足気に江里菜は言う…。

「…それはどうも…、お会計は結構ですので…」

 店員もショックを隠しきれない様子だ…、まぁ開店直後にこんな大記録立てられてはそうもなるか…。

 俺は席を立つと、出口へ向かい、後ろから江里菜もとことこと付いてくる。

「おいしかったねー」

「…あぁ」

 俺は一口しか食べてないとは口が裂けても言うまい…江里菜の事だからきっとショックを受けるに違いない…。

 てか、今思うとむちゃくちゃだな…、野球が好きと言い、男勝りな奴なのかと思えば、甘いものと可愛い物大好きの少女趣向…なんか俺の中の斉藤江里菜の像はくちゃくちゃになっていた。



 外に出ると、義斗はまだベンチに座っていた。

 義斗はこちらを出てきたのを確認すると、手をひらひらと振ってよってくる。

「おぉ、結構早かったじゃねーか」

「…まぁな」

 言って、江里菜の方をちらと見ると、物凄く満足したような顔をしていた…。

「いいなぁ、お前らだけうまいもん食ってよー…」

「…うーん、まぁ、また今度一緒にどっか行こうぜ」

「約束だかんなっ」

「おおとも」

 そんなやり取りをしつつバス停に付く。

 もう街に遣り残した事はない…まぁ、本音を言うと本を買っていきたかったが、財布が寂しすぎるので今回はパスする。

 時間もほぼぴったりだったようで、バス停に付くと、ほとんど待つ事もなくバスに乗り込めた。

 バスに揺られて約1時間。

 学校前のバス停に着いた。

 当然のように周りには生徒の姿はない。

「戻るか…」

「いや、俺はちょっと寄るところが…」

「そうか…じゃあ、また後でな」

「おう」

「江里菜もまたな」

「はいー」

「あれ…お前、いつから斉藤の事下の名前で呼ぶようになったんだよ…」

 そういえばいつからだろうか…。

「今日」

 嘘は無いように答えておく。義斗は、うーんと唸った後、分かったと言って寮へ戻っていった。

 取りあえず、診察を受けた報告だけは片桐にしておいてもいいだろう…、あいつもあいつなりに心配…てか、あいつが一番心配してくれてたし。

 裏庭へ向かおう…。


 流石休みの日の学校というだけあって、生徒とはだれもすれ違わずに裏庭に着いた…。

 裏庭のベンチには彼女の姿は無い…。どこいったんだろう…。

 ここに居ないという事は、もう彼女の居場所はわからないと言う事だ…。

 そういえば、俺ってあいつの事ほとんど分かってないよな…。

 どこのクラス知らないし…、それは江里菜も一緒か…。

 取りあえず疲れたし、寮に戻るとしよう…。

 俺は、片桐がいないのを確認すると、踵を返してその場を後にしようとする。

「だれだ…」

 突然、背面から声を掛けられる、威圧的な声だ…。

「俺だ…」

 振り返ると、一年生の学年色である緑のラインの入った制服を着ている生徒がいた…。こいつには見覚えがあった。

「逆に聞くが、お前はだれだ?」

「…俺か? ふっ、そうだな…人に誰かを尋ねるなら自分から名乗らないとな…しかし違うんですよ…先輩」

「…あ?」

「俺が訊きたいのはそう言う事じゃない…なんでここに来たか…そこなんだよ」

 ここに俺が来た理由、それは片桐に会いにくる為だ…。

「片桐に会いに来たんだが、居ないみたいなんで帰る事にした…それだけだ」

 一瞬そいつの顔が険しくなったような気がしたが、また元に戻し、質問えお続ける…。

「何故、片桐に…いや、遙にお前は付きまとう…」

「…べ、別に付きまとってなんかいない」

「お前は乱闘起こして……正直今校内で一番の問題児…そんな……」

 俺に聞こえるか聞こえないか程の声で呟いている…要約すると、俺と片桐がつるんでいる事が気に食わないといった様だ。

 だが、こいつに言われる筋合いは無い…。これは、俺と片桐の問題だ。

 そういえば聞いた事がある…、今年入る一年に少年院に1年間入り、1年遅れの高校生になった奴が居ると…。まさかと思う。

 確か、そいつの名前は…、義斗と話していた記憶がフラッシュバックのように鮮明に頭の中に浮かぶ…。そして、杉江洋輔と言う人物名が浮かんだ…。

「すぎえようすけ…」

 口に出ていた…相手はそれに反応した素振りは無いが…何故だか俺はそいつを杉江洋輔だと確信した…。

「お前…杉江洋輔だな…」

「ほぅ…俺も有名だったんだな…結構目立たないようにうまくやってたつもりだったのだが…」

 睨んだ…俺はとにかく睨みつけていた…。

「おーこわい…、っち気がしけた…またな、先輩」

 そう言うと、手をヒラヒラと振って歩いて行ってしまった。

 なんだったんだろう…、あいつの狙いがよく分からない…、ただ、あいつが俺に敵対心を持っている事だけは分かった…。

 ここに居たからなのか、それともここに来る俺を狙っていたのかは分からない…。

 でも多分、偶然だろう…。

 偶然ここを通りかかった、多分奴も片桐の知り合いで、ここに来た。

 そして、そこに近寄っている俺を見つけた…。

 それは奴が制服を着ている事からも読み取れる…。

 なんか探偵ぽくてかっこよくね、なんて思っている自分になんか嫌悪を抱いた。


 

 寮についた…特にやる事も無い…。

「ひまだぁぁぁぁぁぁ」

「うわっ…なんだよ、脅かすなよ…」

 俺の暇を表現した言葉で義斗を驚かせてしまった。

「そんなに暇なのか?」

「そんなに暇なのさ」

 そこで、うーんと何かを考えている様子で額に手を当てる。

 そして、暫くそうしていると、突然手を叩き、相当いい事でも思いついたかのように手をポンと叩くと満面の笑みを浮かべる。

「そうだ、野球をしよう…」

「…野球?」

 生憎俺は野球とか趣味ではない…部活に入ったのは、ただ江里菜の為であって…、そこでふと気づく…。

「そうだ、野球をしようっ!!」

「いや、それさっき俺が言ったから…」

「いやいや、俺達だけじゃない…みんなでやるんだ」

 その言葉の意味がわからないのか、義斗は首を傾げている。

「だからさ、寮に残ってる奴ら集めてみんなで野球をするんだよ…」

「ほぅ…そら面白そうだな」

「だろっ」

 決まれば後は簡単だ、メンバー集め。

「じゃあ、義斗は男子面子を集めてきてくれ、俺は女子に声掛けてくる」

「をい」

 江里菜は野球をやりたがっているんだ…部活でもしっかり動いてないだろうし、たまにはこういうのもいいだろう…。

 義斗は勢いよく部屋から出て行った。

 俺も女子寮の方へ向かう。


 女子寮前には女子寮生がちらほらと歩いている…。その中には見知った顔も何人かいる。

 …あれは、三神…。

 三神イリアを見つけた。

 よし、勧誘作戦開始っ!!

「生徒会長っ!!」

 ビクッっと体を震わせると、平然を装って三神イリアは振り返った。

「な…なにかしら?」

「大変なんですよぅぅぅぅぅ」

「…な、なんだって言うの?」

「……じ、実は…僕達、野球をしようとしていて、人数を集めているんですけど…」

「その面子になれと?」

「いやぁー、生徒のために頑張る生徒会長殿なら是非ともお力になってくれるかなぁ、なんて思ったりしちゃったりして…」

「拒否します…、だいたい私はそんなに暇じゃないんですっ」

 速攻で断られた…。

「まぁまぁ…たまには生徒の上に立つ人間として、生徒の活動に加わるのはいい事だと思うぞ」

 どこからともなく片桐が現れた…。

「…遙」

 呆れたように肩を落とす…。どうやら三神は片桐には頭が上がらないようだ。

「…でも遙、当然あなたも参加するんですよ…」

「はっはは、当然だ…もともと私は体を動かすのは好きだよ」

 だろうな…。

「…うー、でも私野球なんてやった事ないですよ?」

「構わんさ、参加する事に意義がある、だろ? 橘君?」

「…あ、あぁ」

「決まりだな、女子は適当に私が集めておこう、君は他のところでメンバー集めをしていてくれ…」

 それだけ言うと、片桐は女子寮の中へと入っていった。

「うー…橘君、だっけ?」

「…あ、あぁ」

「あなた最高よっ!! これで今日は遙と一緒に過ごせるっ!!」

 なんかあからさまに不純な動機だと思うが、三神に物凄くありがたがられた。最初あんなに乗り気じゃなかったのに…。

「あ…、べべべ、別に、そう言うことじゃないのよ? 遙と一緒に今日は過ごせたらなぁとか考えてただけなんだから…」

 なにがそう言う事なのかはあえて聞かないでおこう…これ以上彼女を突くと、見てはいけない裏が見えてきそうだが…まぁ、もうすでに出掛かってるんだけど…。

「あ…あぁ、じゃあ、準備出来次第グラウンドに集まりはじめるから、適当に来てくれよ…」

「……」

 我に返り、自分の挙動に嫌悪し固まっている彼女はコクっと頷くと、その場で延々とのを書き始めた。

 これ以上彼女と一緒に居てはこっちまで滅入ってきそうだ…。

 義斗と合流しよう…。

 

 男子寮に戻る。

 寮内は静まっていた…。

「あれ、いつもこんな静かだっけ…」

 そんな訳がない…、休日とは言え、寮内で遊んでいる輩は多く居るんだ…、こんなに静かな…。

 不吉な予感がした…、俺は慌ててグラウンドへ向かう。


 案の定、グラウンドには、男子寮のほぼ全員がそこにいた…。

「お前らとの格の違いを見せ付けてやる」

「俺達が勝ったらお前、野球部クビな」

「みんな、仲良くしようよぉー」

 義斗…見境なく誘ったな…。

 その中には野球部員も混じっている…まぁ当然だが。

「お前達、そんなにはしゃぐなよ…怪我でもされたら俺の責任になるんだからな…」

 おい、寮監がいるじゃねーか…どんだけすごい誘い方したんだよ…。

「お、丁度良いタイミングだったな…」

 後ろから声をかけられる…片桐だ。

 振り返る。

 そこには、大量の女子軍団が…。

 ウチの学校は生徒の90%が寮生だ…そのうち三分の一程は帰宅しているとして…。

 つまり、今約一学年の全員分程の生徒数がこのグラウンドに集結したわけだ…。

 大まかに数を数えると、その数は50人を超えている。まぁ…寮に泊まっていても今寮に居ない生徒もいるって事か…。

「おいおいおい」

「なんだ?」

「片桐、野球って何人でやるか知ってるか?」

「18人だろ?」

「あぁ…審判も入れれば22人か…」

「つまり今この場に集まっている生徒全員で野球を行うと、単純5チームができる訳だ…」

「いいじゃないか…それはそれでおもしろいと思うぞ」

「いや、まぁ…」

 片桐は後ろの女子軍団を引き連れてグラウンドへと降りていった。

 俺も行こうか…。

「お…すげーな、女子全員呼んできたのかよ…」

 義斗は感心したように頷く。

「いや、全部片桐が呼んできたんだけど…」

 そこに寮監が来る。

「橘…俺は野球をするって聞いたんだが…なんだ、大会だったのか…」

「いや、そんなつもりは無かったんですがねぇ」

「はっはは、おもしろそうじゃないか…よーし、お前らチーム割だっ!!」

 なんか寮監に火がついた。

 ファイルをどこからとも無く取り出すと、その中のノートにスラスラと何かを書き込んでいる。

「よーし、お前ら集まれっ!!」

 その声で全生徒がわらわらと集まり始める。

 寮監は、仕事で得たスキル、速攻人数数えを終わらせると、それもノートに書き込むと、咳払いをひとつする。

「えーと、今この場に居る生徒の数は63人だ…野球は9人のチームだから、7チームできる…」

 63人…よくもまぁ、集まったもんだ。具体的な人数を聞いて事の大きさに感嘆を漏らす事しかできない…。

「だから、今日は野球大会だぁぁぁぁぁ!!」

 うおぉぉおおおおおおおおおっとグラウンド全体が吠える。

 なんか、みんなテンションマックスハイになっている…。

 こういう即興行事も寮生活の楽しみの一つでもあるが、その中心になるとは思わなかったな。

 いつ準備したのか寮監はくじ箱を取り出すと、それを手に持ち宣言する。

「このくじでチームを決める…、そうだ、一位のチームには商品を決めよう…うーんそうだな、一週間購買昼食タダ券ってのはどうだ?」

 うぉおおおおおと、そこでまたグラウンドが唸る。

 そして、だれからでもなくくじを引き始めた。

「うぉぉおおおおお、Hチームだぁぁぁぁぁっ」

 あれ、7チームだろ…なんでHが…。そして、何故かそれを引いた義斗は項垂れている。

「その方がおもしろいだろ」

 なにがおもしろいのか理解できなかったが、まぁ、そう言う事らしい。

「くっそ、Mチームかよ…」

「……、その方がおもしろいだろ」

 いや、なんにも聞いてないんですけど…。

 俺も引く…。

「Sっ!?」

 そのSの前にどっというひらがなが薄く見えるが、気にしないで置こう。

「その方がおもしろいからだ…」

 それ、ただの趣味ですよね…。

 寮監は大分悪乗りが激しい事を始めて知ったよ。

 程なくして全員がくじを引き終えそれぞれのチームに並び始める。

 片桐と三神、江里菜も同じか…、あと、野球部のいつぞや義斗を運んで行ってくれた野球部員。

 あれ、気のせいだろうか…最強な面子な気がする…。

「えっと…橘君、だよね?」

「え…あぁ」

「僕は、江守って言うんだ…よろしく」

「お…おぉ、えっと、橘厚志」

「あっちゃんって呼んで良い?」

 嬉々とした笑顔を浮かべる…、なんか憎めない奴だな。

「お好きにどーぞ、でもお前がそう呼ぶなら俺はお前を、えもるんと呼ぶ」

「…え、えもるんっ!?」

「どうだ、良い名前だろ?」

「うんっ いいよっ」

 こうして、彼はえもるんになった。

「なに勝手に仲良くなってんだよ…」

 隣のチームから子供みたいな野次が飛ぶ…。

 多分野球部の連中だろうか…。

「自己紹介がまだだったな…私は」

「知ってるよ、片桐さん…だよね?」

「…ふふ、私も有名になったもんだな…」

 このフレーズどっかで聞いた気がするが…まいっか。

 あとは、野球素人(自称)の三神イリアと、野球の達人(自称)の斉藤江里菜。

 このメンバーが多分このチームの主要メンバーだろうか…。

 前方には本当にいつ持ってきたかわからないが、黒板が置いてあり、試合の工程が書いてあった。

 3回勝負…コールドは10点、主審はキングオブシュガー…。

「キングオブシュガー?」

「あぁ、寮監の名前知らなかったのか…あの人佐藤って言うんだよ、ちなみに21歳」

 いやいや、だからって…ん、つまり、王(自称)の佐藤(寮監)(21)って事か…。よくわからん。

「じゃあ、最初の試合から始めるぞー」

 そう言うと、グラウンドからは生徒が退き、野球部が率先して野球道具を出し、あっという間に野球の試合らしくなった。

 得点板までちゃんと出されている。

 さて、最初はHチーム対Mチーム…。


「プレェイボォォオオオオオルッ!!」

 全プレイヤーがポジションに着いた事を確認すると、球審の佐藤(王)が試合開始を宣言する。

 一番から速攻義斗だ…、まぁあのチーム運動できそうなのあいつしかいないしな…。

 投手が、不慣れな投球ホームから思いっきりボールを投げるとあろう事か、義斗へ向かって飛んでいく。

 ドクシッと言う豪快な音が響く…。

「デッドボォォオオオルッ!!」

 っちと、義斗は舌打ちをする。

「わざとだッ!!」

「あ?」

「わざと、俺が当たった、だから今のはボールだッ!!」

 そう言い張り、打席から動こうとしない、佐藤(寮監)も渋々受け入れると、再開を宣言する。

「プレェェェェイッ!!」

 また、不慣れな投球ホームから全力の投球。

 その球は義斗へと向かっていく…。

「そんな球に、二度もやられるかよッ!!」

 強引に全力のスイングを見せると、球はゴム鞠でも弾くかのように遙彼方へと消えた。

「ホォォオオオムランッ!!」

 その後も死球が続き、この回5点入った。

 投手は義斗…、野球部でも十分通用しそうな華麗な投球を見せると、あっさりと全員討ち取り、やっと投球の安定してきた相手方の投手だったが、結局5点を守りきり、MはHに敗北した。


「シャーッ!!」

 ガッツポーズ、豪快に突き上げる右拳、それに賛同してそのチーム全員が拳を突き上げる…。

 傍からみればただの怪しい集団にしか見えない。

「二戦目っ!!」

 (王)が宣言すると、次のチームが集まる…。

 先程の野次を飛ばした野球部のいるチームだ…。

 圧勝だった。

「三戦目ッ!!

 …いたって普通の試合だった。

「四戦目ッ!」

 俺達のチームはシードだから次が試合か…。見ると、江里菜はえもるんとキャッチボールをしていた…。もうアップを始めているらしい。

 この試合は、義斗のチームと野球部のチームの試合…。

「くっそ」

 義斗は敬遠でフォアボール。

 他は当てにならない…。

 守備でも打たれればザルで、あっという間に10点の差がつく…。

「ゲームセットッ!!」

「うあぁぁぁぁぁぁああああッ!!」

 義斗は叫ぶと、項垂れながらもグラウンドの土を集めている…。

 馬鹿だ…。

「さてと、初陣だ」

「五試合目ッ!!」

 S対Gの勝負だ…。

 なんか、俺がリーダーの立場にあるらしく、先攻後攻のじゃんけんに行かされた…。

 後攻…。

 駆け足で守備位置へと付く…。守備のフォーメーション等はキャッチャーを受け入れたえもるんがレクチャーしてくれたおかげで、スムーズにいった。

 ここから江里菜の実力が見れるわけか…。

「センセー…本気で投げてもいいの?」

「当然だッ!! これは戦いだ…相手が可哀相なんて思ったら負けだ情けはかけるな、全力でぶつかれッ!! それが愛ッ!!」

 なんか(王)が意味の分からん事を叫び、コクと江里菜は頷く。

「じゃあ、本気だ……、肩は十分暖まってる…」

「プレェェィボォォオオオオオルッ!!」

 打席に立つのは、エルボ西郷…ウチの学校一のエルボリストだ…彼のエルボを食らって立ってた者はいないと聞く。

「ふん…俺のエルボに耐えられるかな…」

 するとバットを投げ捨て投手へと走る。

「ッ!?」

 驚愕の表情で江里菜は逃げ出した。

「ふんっ、他愛も無い…雑魚が」

「君、退場ね」

「なぜだぁぁぁッ!!」

 それはこの場の全員が思っている事だろう、なぜ彼は投手へ向かって走り出したのか、明かされる事のない謎がまたひとつ産まれた。

「代打バースッ!!」

 今度は留学生のバースを投入してきやがった…。

 こいつは、体もでかい…黒人特有の体のバネは日本人のそれよりも凄いと聞く。

 彼の趣味は読書と観賞魚観察…身長は156cmと小柄なれども、体重は70キロオーバーと言う巨体…。

 さぁ、どうなる…。

 江里菜は、投球フォームに入る…、そのスムーズなフォームだけで、彼女が慣れていることは分かる。

 投げて2秒とかからずにミットへと球が収まる…。

「ストッライィィイイイイックッ!!」

「早いッ!!」

 いつの間に観戦席となっているグラウンドから寮へと上がっていく階段から声が上がる。

「オーウ…すばらしくスピィーディーデスッ」

 バースの眼光が光る…。

 本気か…。

「フンッ」

 完全な振り遅れ。

 江里菜が投げた球がミットに収まってからのスイングだ…。

 次の球にも触れられずに三球三振。

 結局だれも江里菜の球には当てる事ができなかった。 

「チェンジッ!」


 一番は、三神から…足には自身があるとの本人談から決められた…。

「…とにかく当てればいいんしょ」

 ふん、っと素っ気無く打席へ向かっていく。

「彼女はああ言っているが、内心ドッキドキなんだぞ…可愛いだろ」

 後ろから片桐が囁く…。いまだにこの人のキャラがわからない…。

「でもまぁ、結局私のやりたかった方法がこうして実現して嬉しいよ…」

 優しく後ろで囁かれる…。

 三神は、バットで球を弾いていた。

 カィーンと言う金属音が響くと、打球は三遊間をライナーで抜けていった。

「よっしゃどうだぁぁぁッ!! これが生徒会長の実力だボケェェェェッ!!」

 滅茶苦茶嬉しそうだった。

「次はボクか…」

 江里菜が打席へ向かう…。

 絶好球、ど真ん中だ。

「捉えたッ!!」

 江里菜は、それを確実に芯でミートし打ち返した。

 右中間の深いところへ落ちる…。

 その間に三神はサードを蹴っていた…。

 広いグラウンドだ…球はどんどん転がっていく…。

 ようやくセンターが球をショートへ返している頃には、江里菜も三塁を蹴っていた…。

 ランニングホームランだ…。

「ナイスバッティングッ」

 江里菜にタッチして賞賛してやる。

「私の番かな…」

「ごめんなさい、僕です」

 えもるんが打席へ向かう…。

 また初球打ち…セカンドの頭を超えライト前へ打球が落ちる。

「いよいよ私か…」

 なんか、片桐もあれはあれで、物凄く楽しんでいるように見える。

「さぁ、こい、恐れる事はないぞ…」

 フォアボールだった…。

 次は俺か…。

 打席に立つと、すごい緊張感だ…。

 球が飛んできた…。

 とにかく当てようと、バットを振る…、バットは空を切る…。

 二球目も同じところ…、今度はタイミングを合わせてミートする…。

 打球はセカンドへのフライになってしまった。

 結局、片桐のサインによりわざとえもるんがアウトになり、その後の三球で片桐がホームへ到着する。

 バットは空を切って、三振。

 

 守備は完璧だった、攻撃も、江里菜、えもるん、片桐の三拍子で得点を稼ぎ、6対0で勝利した。

「決勝戦は、休憩を挟んでからにしよう…」

 佐藤(王)からの提案だ…。連戦になるからとの事らしい。

 その間に、戻った寮の生徒がぱらぱらと集まり始める…。

「なにしてるんですか?」

「見て分からんか? 血が騒ぎ肉踊る最高の競技さッ!!」

 また(王)が何か言っているが突っ込まない…。

「ほー…野球か…久々にやってみっかな」

 杉江が現れた…。

 そういえば、さっき佐藤に話しかけていたのは、先程の宮沢さんじゃないか…?

 どうやら、ウチの学校の生徒だったらしい。

「うーん…杉江、宮沢…入るか?」

 それは、あの野球部員の言葉。

「ん…あぁ、迷惑じゃないんならいいぜ」

「…是非入ってくれ」

「あいては?」

「あいつらだ…」

 こちらを指差す。

「ふんっ…おもしろい…」

「あれぇ…さっきのッ!?」

 覚えていたようだ…まぁ、あれだけの事があれば印象にも残っているか…。

「決勝戦ッ!!」

 じゃんけんをしにいく…。

「橘…ここで決着をつけよう…」

「あぁ?」

「購買券なんてカンケーねぇ、ここで真の野球部ってもんを見せてやんよ…」

「ふん…勝手にしろ」

「…言ったな、負けた方が野球部を辞める…それだけだ」

 また後攻…。俺じゃんけん弱いな…。

 全員が守備位置へついたのを確認して、佐藤(王)(21)が宣言する。

「ラストゲームッ!! プレェェェイボォオオオオルッ!!」

 一番にあの野球部の奴…。

 江里菜は落ち着いた様子で投球を始める…。

「スットライィィイイクッ!!」

 見送った…。球の見定めを行っているのか…。

 結局見送り三振…。本気と言うわけか…。後続の打者に分析データを報告している。

 次のバッターは、タイミングが合ってきているようで、ちまちまと当て始める…。

 しかし、江里菜の抜き球で、タイミングが崩れ三振。

「ストッラッカウトォォオオオオオッ!!」

 三番は、杉江…。

 場が緊張する…。

 今まで通りに、江里菜はストレートを投げた。

「いち、にー、さんっと」

 軽く打たれた…、打球はセンター後方…。センターには片桐がついているが…。

 結構後方まで持っていかれた…しかし、あたかも最初からそこにいたかのように片桐は落下地点で悠然と構えている…。

 彼女は、様々な分野で世界を取れるんじゃないかと思う…。

「チェンジッ」

 

 一番は三神…。

「…やってやる、やってやる…」

 ぶつぶつと呟きながら打席へと向かう…。

「生徒会長なめんなヨ」

 いや、だれもそんな事思っていないと思うけど…。

「おい、会長泣かせんなよー」

 観戦席から野次が飛ぶ。

 相手の投手もかなりのものだ…、まぁ江里菜には遙劣るが…。

 投げられた球…。

 すかさずに三神はバントの姿勢をとる…。

「セーフティーバントッ!?」

 殺された球の勢い…キャッチャーが急いで取りにいこうとするが、三神の放ったバットが一瞬足を止める…。

「っく」

 ファーストへ送球するが、ぎりぎりのタイミングでセーフ。

 そして、一塁で大声を上げる三神…。

 今熱中ランキングをつくったら、多分佐藤の次に彼女がくるだろう…。

 投手は牽制をするが、もともとベースから離れていないのでアウトになりようが無い…。

「本気で言っても良いって言われてるからね…手加減はナシだよ」

 江里菜は、バッターボックスで投手を見据える。

 投げられた球を打ち返す…鋭い打球がファーストを襲う…。

 ファーストを守っているのは、宮沢。

 顔面へと迫ってくる球を、グローブを構える事無く、まるで目の周りを飛び回る羽虫を払うかのように取る。足の速さが仇となる。三神はもうセカンドを回っている。

「ふーっ」

 ベースをタッチしてダブルプレー。

「私か…」

 打席へついたが、完全な敬遠だ…。

「フォアッ!!」

 俺も打席へ付いたが、打てる気がしない…。バットを当てたが下の平がしびれた…。

 タイミングは合ってきているはずだ…。

 しかし、抜き球を振らされ呆気なく三振になった。

「チェンジッ」

 なんか、佐藤が疲れてきているのかさっきから口数が少なくなってきているような気がする…、気のせいだろうか?

 

 守備へ付く…。

 宮沢だ…、彼女は侮れない…、先程のプレーを見ていてそう思う、結構な腕だ…。

「いくよッ、センターそんなに手前で大丈夫かッ!?」

「一個目の技…」

 江里菜の球が走る…。

 球速がさっきよりも上がったような気がする…、いや、球のノビが違うんだ…。

「…へ、へぇー」

 何かを理解したように、宮沢は江里菜を見つめた…。

「斉藤江里菜…」

 江里菜を見る目が鋭くなる。

「…くらえ、落差45cmのシンカーッ!!」

 先程よりもゆるい球が投げられるが、バッターの手元で大きく曲がる…いや、その表現は正しくない、食い込んでくる。

「くッ」

 宮沢の表情が苦しくなる…。

 てか、よく取れたなえもるん…。

 マスクで表情はわからないが、きっと凄く嬉しそうな顔をしているはずだ…。

 投げられた球…、普通のストレートに見えたそれは、またも手元で食い込んだ…。

 この球は宮沢は振らなかった、ただしっかりと見据えていた…。

 その後も、江里菜の球を捉える者は出ず、こちらの打撃になる…。

「チェンジ」

 今回はえもるんが9番だ…。

 何故そうしたか聞くと…、9番からの攻撃ってのもまた新鮮じゃない…と笑っていた。

 五番以降は相手の球にはかすりもしなかった。

「…チェンジ」

 

 守備に付く…最終回だ…ここからで決まる…いまだに相手チームにはヒットなし…。

 7番バッター………、三振。

 8番……三振。

「いよいよ、俺の出番だな…」

「だれだお前はッ…」

「名前は明かせない…なぜなら…私が王だからッ!!」

 佐藤が乱入した…。じゃああの球審はだれだよ…。

 よくみたら、義斗が変わりに球審をやっていた…、通りで変だと思ったよ…。

「さぁ、斉藤ッ!! 勝負だッ!!」

 江里菜は、今までのように球を投げる…。

 しかし、その球を初球で佐藤は捉えた…。

「もとベストオブベースボールプレイヤーと言われた俺の実力だッ!! 越えろぉぉおおおおおッ!!」

 打球は、センターの遙後方へ飛んでいった…。

 片桐は、打球を見送った…、彼女にも無理な事はあるようだ…てっきり、数メートルくらいジャンプして、偶然ですよって言うと思ったのに…。

「ホームラン」

 1対0…てか、あんな乱入者ありかよ…。

「…これで決めてやるよ…」

 野球部員が打席につく…。

 初球は見送る…。

 二球目を狙ったらしい…。

 シンカー…。

 コンパクトなスイングで、シンカーをなんとか捉え、ショートへと運ぶ…。

「え…えぇぇぇぇぇっ」

 三神だ…。

 慌ててグローブを構える…、球を見ていない…。

「危ないッ!!」

 球から目を逸らすのは自殺行為だ…三神は顔面で白球を受け止め、そのまま倒れこんだ…。

「三神ッ!!」

 俺は、慌てて駆け寄る…、状況が状況なので、ランナーはファーストで止められた。

「大丈夫か…」

「……イタイっ」

 痛さのあまりにか、涙がこぼれる…。どこからとも無く、氷袋を持った生徒がグラウンドへ降りてくる…。

「会長これを…」

「ありがとう…」

 鼻頭に氷袋を当てる。

「ごめんなさい、私が下手なばかりに…、キャッチボールくらいしかした事ないから…」

「ありがとう…」

「…え?」

「ナイスバッティングだったよ…三神は」

「…ふふ、煽てても何もないんだからね…、うんで、どうしようっか、私は」

「もう、休んでろよ…、また野球はできるさ…」

「そう? …残念、こっからが面白いってところなのにね…」

「いつもそう…肝心なところでドジして、私なにやってんだろうって…」

 泣きそうな顔だ…。

「だからさ、これ勝ったら、またみんなで野球をしよう」

「ふふ、君も結構変わってるね…そんな励まし方って無いと思うよ…」

「じゃあ、私はここで途中退場です…後は、まかせる…絶対に勝ってよね……、別に変な意味はないからね…、ただ、これで負けられたらなんか私のせいみたいに思われるのが嫌なだけ…」

 そう言って、三神は先程氷袋も持ってきた生徒と一緒に歩き始める。

 それを見送る…。その背中は寂しそうだった。


「三神、大丈夫か?」

 義斗が寄ってくる…。

「わかんねぇ…けど、物凄く寂しそうだった……気がする」

「なんて言ってた?」

「絶対勝てとさ……」

「そうか……、よっし………、ショート交代ッ!! 三神から真田義斗ッ!!」

 義斗はそう大声で宣言する。

「絶対勝てと、そう言われたんなら勝つしかないだろ…」

「…おうッ!!」

「だれか球審かわりやがれッ!!」

 適当にその辺の奴を捕まえて、球審のプロテクターとマスクを付けさせた。

「さぁ、こっからが俺達の真の戦いだッ!!」

「…おおとも」


 仕切りなおしだ…。

 江里菜は、三神の事を心配していたようで、先程去っていった方をちらちらと見ていた。

「江里菜、気にするな…勝てばいいんだ…」

「そうだぜ、弔い合戦だッ!!」

 会場が沸く…。

 江里菜の目が先程よりも鋭くなった気がする…。

「了解…です」

 次の打者は、杉江…。あの男だ…。

「こっからがフルパワーだ…」

 江里菜の眼光に見える感情は怒り?

「あぁ、めんど」

 杉江は吐き捨てるように言う。

 ランナー無視で、江里菜は振りかぶる…。

 当然のようにランナーは走り始めたが、完全な無視だ…、バッター勝負と言うわけか…。

 先程までよりも早い球…。

 球速計があったら、速度は何キロと測定されるのだろか…、昔見たプロの球と同じくらいの速度な気がするが…。

 二球目も渾身の球を投げ込む…。

「ふんっ」

 振ったバットは球の下面をカスリ、ファールになる…。

 追い込んだ…。

 振りかぶって投げる…。

 バットを振る…完璧なタイミング…しかし、球ば胸元へ食い込んでいく…。

 空を切った。

「チェンジ」

 

 最終回の攻撃…。この回は九番からにかけるしかない…。

 七番、八番と、予想通りに、打ち取られた。

「いってくる…絶対勝つ…」

 かなりの気合の入りようだ…、えもるんは打席へ向かっていった。

「野球部で僕の影が薄いって? そりゃそうでしょうよ…いままで、あんた達の為に手を抜いていたんだからさ…」

「手加減って、結構疲れるんだよ…」

 リストバンドをベンチの方へ投げる…。

 そのリストバンドは、鈍い音をあげて地面に落ちた…。

 ドスっと、言った。

「このリストバンドは特注でね…触っただけじゃ質量はわかんない…でもね、意外に重いんだよ……、さぁこれで本気だ…」

「っく…調子に乗るなよ江守」

「どっちが…」

 初球…打てるもんなら打ってみろといわんばかりのど真ん中への球…。

 えもるんは見逃さずに捉える…。

 ジャストタイミング、球は芯で捉えられた。

 カィーンという金属音が響くのと同時に大空を白球が舞って行った。

 ホームランだ…。

「ッな…」

「だいたい、調子に乗りすぎなんですよ…先輩は」

 そう、ぼそりと言い捨てると、ダイヤモンドを回り始めた…。

「三神の弔い…ここで決めるッ!!」

 敬遠…。

「そんな事してもなんにも変わんないのにね…」

 敬遠…。

「何をそんなに恐れている?」

 敬遠…。

 つまりは、俺に狙いを絞っているわけだ…。

 おもしろい…やってやろうじゃないか…。ここまで舐められて、黙っちゃいないさ…。

「っしゃぁぁぁぁッ!!」

 打席に入ると、気合を入れる…。

 サードの義斗と目が合う…。落ち着け、そう言ったジェスチャーだろうか…。

 セカンドの江里菜は、頑張れと拳を突き出す。

 ファーストの片桐は、腕を組みながら不敵に笑っている。

 みんなは俺に期待してくれているらしい…。

 ならやるしかないじゃないか…。

「ていッ」

 少し高めだったが手が出た…、しかし、タイミングがしっかりと合わずに空振る…。

 二球目は、完全なボール球だった…。

 タイミングは分かった…落ち着けばこんなもん簡単だったんだ…、最後で抜き球でも投げられたらどうしようもない…。次が勝負だ…。

 投手が振りかぶる…。

 投手の手がグローブから離れる…。

 同時に足を上げる…、タイミングはぴったり…。

 投手が投げた…。

 それから寸秒遅れで足を踏み込む…。

 バットを振る…ボールの軌道上にバットが…。

 時が一瞬止まったかのように見えた…、球をバットが捉える瞬間が脳裏に刻みこまれる…。

 カィーンと軽快な音を上げ、球はグイグイと伸びる…。

「センターッ!!」

 誰かが叫ぶ…センターも懸命に追いかけている…。

 義斗が、江里菜が、片桐がホームベースを踏む…。

 俺は、一塁ベースを踏むと、ボールの行方を追っていた…。

 大飛球だ…球ってあんなに上がるのかと感心するくらいに、高く大空を舞っている…。

「っち…飛距離不足だ…」

 義斗が叫ぶ…。

 センターは落下地点寸前まで迫っている…。

 しかし、落下の方が早い…ぎりぎりのタイミングだ…。

 センターがボールへ飛びつく…。

 そのボールは、グローブの中へ入る…。

「あぁ…」

 あーっと言う、感嘆がグラウンドで上がる…。

 センターはそのまま、地面を転がる…。

 しかし、その際に左肘を、地面に強打した…。

「っく…」

 骨反射で、腕の力が一瞬抜けると、球はコロっとグラブから漏れた…。

「フェアッ!!」

 審判が叫ぶ。

 それは勝利を意味する言葉…。

「ゲームセットッ!!」

 終わった…。

 


「ナイスバッティング厚志ッ!!」

「あぁッ!!」

 俺が帰ってくるのを待ってくれた親友とタッチを交わす。

「や…やりましたぁぁッ!!」

「江里菜のおかげじゃないか…」

 嬉しさのあまりに涙を浮かべる江里菜の肩を叩く。

「…君ならやってくれると信じていた…」

「またまた…、最帆の顔はハラハラしたような目だったぜ?」

 俺を信じてたと言う仲間に冗談を返してやる…。

「勝ったッ!?」

「…当然だ」

 慌てたように三神が戻ってきた。

「…それより、大丈夫なのか?」

「まだちょっと痛むけど大丈夫…」

 絶対大丈夫じゃない…まだ、鼻は赤く、手には氷袋を握り締めている…。よほど気になって戻ってきたのだろう…。

「タダ券もらってきたよー」

 にこにこと笑みを浮かべながら戻ってくる…、手にはタダ券が握られている。

 これが、俺の仲間だ…。

 見上げると、空は茜色に染まっていた…。

「さぁ、片付けだ…、もう直ぐ飯の時間だ…」

 佐藤の声に、みんなテキパキと、道具を片付けている…。

「ほら、もっとテキパキと…こらっそこ、さぼらない」

 氷袋を握り締めた三神が、ガーっと、指示を出し続けてる…。

「えへへ…」

 こちらの視線に気づいたのか、振り返ると、頬を緩ませた…。

「おい…、飯だってよ…行こうぜ」

 俺の肩へ手を乗せ、夕飯へと誘ってくるのは義斗。

「…うっ」

 息が漏れるような音が聞こえてから、隣の義斗が崩れる。

「夕飯は片付けが終わってからね…真田ぁ?」

「…さーせん」

 片桐と、江里菜はそのやり取りを見て笑っていた…。



 寮に付くと、今日は催し物を執り行うらしく、珍しく今残っている寮生が食堂へ集められた…。

 佐藤(寮監)の計らいだ…。

 食堂の一番目立つ場所に、第一回野球大会と張られている…。本当にいつ作ったんだよ…。

「今日集まってもらったのは、本日行われた、野球大会に関してだッ!!」

 佐藤は、いまだに興奮が冷めていないらしく、テンションはいまだに高い…。

「まぁ、今日はみんなでお疲れ様会だぁぁぁぁ、さぁ、飲め飲め今日は無礼講だッ!!」

「無礼講でも、けじめはちゃんと付けなさい」

 ハイテンションで騒ぐ佐藤の隣に三神が立つ…。

「…サーセン」

 この学校って、生徒会長に全員頭が上がらないのだろうか…その生徒会長が頭が上がらない片桐って、もしかして校内一の権力を持っているんだろうか…。

「まぁ、気をとりなおして…優勝チームのインタビューだぁぁぁあッ!!」

 そう言って、三神に席を譲る…。

「え…えぇぇぇぇ」

 予想外の展開に取り乱す…。

 その肩を叩いてやる…。

「なッ!!」

「優勝チームインタビューだろ?」

「なら、僕達もここに来なきゃね…」

「手短でいいのか?」

「うー…緊張するー」

 全員三神の周りに集まっていた…。

「おぉ、これが勝利チームか……斉藤足引っ張んなかったか?」

「ばか、斉藤のおかげで勝てたんだよ…」

「マジか…斉藤すげーな」

 なんか、場がまた盛り上がり始める…。

 


 今日は楽しかった…。

 休日と言う事もあって、今日は、夜遅くまで寮はにぎやかだった。

 明日は日曜日だ…、さて、何をしようか…。

 最後に思ったのはそんな事だった…。


 

やっと物語の基盤が整った…。

後はどうやって終わらせるか…そこを考えながらがんばるよー。

さぁ、最後はどうなるかな…。

うん、テキスト量的にはこれで半分か3分の1くらいにはなってると思います。

多分こっから展開はやくなるからねぇ

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