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憂い

 ちりりりと、金属音が部屋に流れる。

 目覚まし時計の音らしい。

 俺は眠い目をこすりながら起きる事にする。

 義斗はまだベッドで寝ている。

 点呼まではまだ時間もあるし、そのまま寝かしておくことにする。無理やり起こすのも可哀相だしな。

 すぐにベランダの戸を空ける。

 外からは新鮮な空気が入ってきて、部屋の中の空気と入れ替わる。朝の清清しい空気だ。

 ここの学校は、結構山奥にある。

 近くの町に出るにはバスで40分ほど山を下らないとならない。

 周りには林や森。田園。自然に囲まれた学校だ。

 この学校にきてから、空気というものが、都会ではどれだけ濁っているかを思い知らされた。新鮮な空気はそれだけで、気持ちを晴れやかにしてくれる。

 食堂ではもう既に朝食の支度が始まっているのだろう、うまそうないいにおいがする。

 不意に腹が鳴る。

 「腹減ったな」

 時計を見るとまだ6時30分。

 朝食まではまだ時間がある。

 部活の朝練がある人たちはもう朝食を食べているのだろうか。

 寮監に報告さえすれば、点呼を事前に済ませる事はできる。当然部活動などの理由が無ければそれはできないのだが。

 俺はなんか、そういうのもいいなと思ってしまう。

 なんだろうな。

 すると後ろで声が聞こえる。

 どうやら義斗の寝言のようだ…、性格には寝ぼけた声なんだろうが。俺は無視する事にする。

 洗濯物はもう洗い終わっているだろう。

 洗面室に向かう。



 俺が昨日入れておいた洗濯物は綺麗になっていた。

 洗濯籠に放り込むと、部屋へと持っていく。

 昨日は寝坊してしまって、そんな時間も無かったが。

 この時間に起きて洗濯物を取ってきて、ベランダに干すのが日課だ。

 義斗はそう言うとところかなり疎いので、あんまりしていないみたいだが…、義斗のクローゼットの前にある、山のような洗濯物の量を思い出す。

 よくあれだけ貯めて着る服に困らないもんだな。

 などと、思いながら部屋に戻る。

 

 部屋では、まだ義斗は寝ている。

 時計は、45分を指している。

 そろそろ起こすか。

 俺は、そう思いながらも、洗濯物を干すと早速義斗を起こしにかかる。

 どうやって起こそうか……。

 昨日は確かベッドから落とされて起こされた。

 うんじゃ、それで行くか。

 義斗に手を掛けると、思いっきり引っ張る。

 当然そのまま転がって義斗は転落した。

 俺は、その瞬間に、早速椅子に座る。あたかも学校の支度をしているかのように装う。

 後ろからいってー、とか聞こえてきた。

 「あ、起きたのか」

 義斗はだいぶ混乱しているようで、あたりをきょろきょろしている。

 「ん?どうした?てか、床なんかに座ってると変な奴見たいだぞ」

 「え………、おう」

 そう言うと、椅子に腰を掛ける。

 「どうした?」

 「いや…それがよ…ベッドから落ちたみたいなんだ」

 首を傾げながらそう言う彼の表情にはハテナマークで埋め尽くされている。

 「いままで一回も落ちたことなんて無かったのにな…やばいのかな」

 「そうか…義斗……、お前は体験しちまったんだな」

 俺は神妙な顔を作り、窓の外を眺めてみる。

 「ん…?なんだよ体験って……、なんの体験だよ!?」

 「あぁ…この学校の七不思議のひとつ…ベッドの怪奇の話さ」

 「なんだよそれ…こえーよ」

 義斗の表情が一気に青ざめる。

 「どんな話なんだよ…」

 よほど知りたいのだろう話の続きを促す。

 「あぁ…俺も聞いただけでそんなに詳しくは知らないんだが…」

 「オカルト研究会の奴の話だ…。うちの寮のベッドで寝ている最中に落ちた奴の末路の話をしてもらったさ」

 ゴクリッとのどを鳴らす音が聞こえる。当然義斗のものだ。

 「七不思議その1…この寮のベッドから落ちたものは、その後のテストで必ず赤点を取る」

 それを聞くと後ろからっふと鼻を鳴らす音が聞こえた。

 「ふん…そんなことかよ…赤点なんて怖くないぜ……、毎回赤点だからな、今更だ」

 「聞け義斗…その赤点の量が問題なんだ、なんと、全教科で赤点を取るんだ。それはもう地獄のような思いをするらしい」

 後ろからズーンという効果音が聞こえてきそうだった。

 ちらと見ると、義斗が真っ白になっていた。

 「なんだって」

 そうポツリと呟く義斗の表情は固まっている。

 「あぁ、気をつけろ、その話の人物は今ではもう学校に残っていないらしい」

 その話の意味を理解すると、更に義斗の表情が強張ってくる。

 時間だ。

 廊下から寮監のものと思われる靴の音が聞こえる。

 時計は7時を指していた。

 義斗の襟首を引っ張ると、そのまま部屋の前に出る。

 寮監は、また全員を見ると、よしと一言かけて、戻っていった。

 

 「さ、朝飯だ」

 「お…おう」

 俺は、元気の無い義斗を引っ張って食堂に向かう、とにかく腹が減った。

 

 昨日より少し早めに食堂に着いた。

 5分…、今までの生活の中で最短だ。

 食堂の中はまだ人がまばらで、取り放題だった。

 「まぁ、義斗、そう気を落とすなって、お前の自慢の食いっぷりを見せてくれ」

 そう言って義斗を見ると、既に先ほどまでの表情は無く、何を食べようかと並んでいるものを品定めしているようだ。

 「今日はこれだな」

 そういって、取ったのは、オムライスだった。

 昨日よりはいいけど…それもまた少し違うんじゃないかと思ったが、そんな事は口にはせずに、俺はたぬきうどんを選ぶ。

 やっぱり、朝はそんなにカロリーを求めていないようで、うどんくらいで丁度よかった。

 義斗はまた、ありえない程大きなオムライスを皿に盛っている。

 どうやってそんなのにできるんだろう。

 規定の大きさの二倍はあるんじゃないだろうか。

 そこまで気にせずに、うどんをすする。

 そこで、今入ってきた生徒と目が合う。

 斉藤だった…。

 「お、斉藤!」

 自然と口に出ていた。

 その声に気づき、斉藤はこちらへとことこと歩いてくる。

 「おはよう、橘くん」

 「あぁ、おはよー」

 どことなく嬉しそうなトーンで挨拶をしてきた。

 昨日見たような憂い顔はそこにはない。

 斉藤は、とことこと、食品の方へ歩いて行き、適当に取ると、戻ってきた。

 「ここいいかな?」

 そう言うと、答えも待たずに向かいの席に座った。

 義斗の表情は曇っている。

 「おい…厚志は俺と食ってるんだぞ」

 いや。別に義斗と食う事を意識している訳じゃないし、同室だからってだけじゃ…

 と言おうと思ったが、義斗が傷つきそうだったので、喉の変で止めた。

 てか、なんだ、その反応まるで嫉妬とか、敵対心を感じるような発言は…おまえ…。

 「まぁ、いいじゃないか…大勢で食べた方がうまいだろ?」

 「うーむ」

 少し悩んだような素振りを見せるが、すぐに頷くと義斗はなにかを思ったように言った。

 「そうだな…それもそうだ」

 そう言うと、特大オムライスをがっつく手を戻した。

 「凄いねその量…どうやったの?」

 「お…これか?これはあれだよ…チキンライスを大盛りで盛って、卵の枚数を通常の2倍にしているんだ…これぞまさしく義斗スペシャル!!」

 そう自慢げに語るが、別に凄くない…ただ大盛りのチキンライスと、その上に二枚の卵焼きを載せただけだ。

 もくもくと食べ続ける。

 

 「ふぃーくったー」

 満足そうに言う義斗を見る。本当に満足そうだった。こいつ飯を食うためだけに生きてるんじゃないかと思えるほど…清清しい顔をしている。

 「満足そうだな」

 「あぁ、これの為だけに生きてるからな」

 言い切りやがった…やっぱりこいつ、飯のためだけに生きてるんだな。

 そんなやり取りをして、斉藤に一言言ってから部屋に戻る。

 斉藤は、一人で卵焼きをつつきながら、こちらを見送っていた。

 どことなくその表情は悲しそうにも見えた。


 

 部屋に戻っても案の定なんにもやることはない。

 仕方ない、また早めの登校をしよう。

 こんなんならもっと斉藤と話していてもよかったかもしれない。

 俺は斉藤の最後の寂しそうな顔を思い浮かべる。

 はぁーと自然にため息が漏れた。

 「なんだぁ、ため息たぁ、らしくねぇな」

 という義斗はもう既に登校準備万端といった様子だった。

 「…早いな」

 「…ん?あぁ、そうだな」

 まぁ、部屋にいてもやることも無いので、仕方なく寮から出ることにする。



 案の定早くつきすぎた。

 時計は8時よりもかなり前を指している。

 「昨日より早いんじゃねーか…」

 「…そうだな、やる事もないし…寝るか」

 そう言うが早いか、もう既に前の席に突っ伏す義斗からは寝息が聞こえてくる。

 暇だし、校内でも歩くか。

 今更校内なんか歩いてもなんの発見もないだろうが、朝の校内散策というのもまた乙である。

 他学年の階に行ってもだれもいない、まぁ当然だろう、この時間に登校する生徒なんかは数が知れている。

 1年生の教室のフロアを歩いていると、窓から外を眺める男子生徒を見つける。

 彼は何を見ているのだろうか…、俺もつられて外を見てみる。

 ここからはグラウンドが一望でき、グラウンドでは、運動部が朝練を行っていた。

 女子ソフト部だろうか…。うちの学校では、野球部の活躍はほとんど上がらないが、ソフト部の活躍はかなり上がってきている。

 活動も活発なのだろう。グラウンドでは、多くのソフト部員が練習に勤しんでいる。

 彼はどうしてそうも悲しそうな目で彼女らを見ているのだろう。

 理解できない。

 ふと彼の視線がこちらを向いた。

 「…ふん」

 鼻を鳴らすと彼はどこかへ歩いて行ってしまった。なんだったんだろう…。

 外は朝日に包まれ気持ちよさそうだった。

 時間はまだ余っている。

 よしと決めると、俺は外に出ることにする。

 


 特に何もない。

 当然だが、中庭にはだれもいない。仕方ない、裏庭に行ってみるか。

 裏庭とは、文字通り校舎の裏にある庭の事で、そこは木が数本植わっていて、その下にはベンチとセットにテーブルが並べられている。

 読書などには最適な場所だ。まぁ、読書の趣味もない俺はほとんど立ち寄ったことも無いが、ベンチに座ってぼぅっとしているのもまた、いいかとも思った。

 てか、本当に暇だな。

 意味も無い行動を続ける自分に半ば自嘲気味に思ってみる。

 

 裏庭にもだれもいない…、と思ったのだが、一人女生徒が木の下に置かれたベンチに座っている。

 校舎を眺めているその表情は、退屈と言った面持ちである。

 周りにだれもいないところを見ると、俺と同じで時間をもてあましているのだろう。

 少し話すのもいいなと思うが早いか、俺は彼女に声を掛けていた。

 「こんな時間に暇なの?」

 彼女は驚く素振りも見せず。視線もあわせることなく口を開く。

 「君にはそう見える?」

 「…あぁ、退屈で死んでしまいそうって目をしているように見えるよ」

 俺は、見たまんまの感想を漏らしていた。 

 「…ふふ。君は面白いね」

 「よく言われるよ」

 そこで会話が途切れる。

 彼女の姿を見てみる。

 鞄を隣に置いて、ただ校舎を見ているだけの彼女の顔からは、何を思っているのか伺う事はできなかったが、本当に退屈そうな顔をしていた。

 「…みんなはこういう時どんな事をしてるんだろうね」

 一言彼女が漏らした。

 その意図はわからないが、それは彼女の素の気持ちがそのまま口に出たのだろう。

 「暇なときは、暇つぶしをするんじゃないかな…」

 「…へぇ、でも生憎、そういう事はわからないんだ」

 じゃあ、彼女は常に暇な時はこうやってただぼーっとしているのだろうか。

 「なにかやりたいこととか無いの?」

 「…特には」

 彼女はそこで初めて視線をこちらへ向けた。

 「ええっと、橘くん…だったっけ?」

 「…よくわかるね」

 俺は彼女との面識は無い…ここで初顔合わせのはずなのに、彼女は俺のことを知っているようだ。

 「人間観察が趣味なんだよ…こうやってぼぅっと眺めてると、いろんな人間の事が見える…」

 そう言って遠い目をする。しかし、その言葉は俺のことを知っていることと果たして関係あるのだろうかなんていう疑問も頭に浮かんだが、今はそれを無視する事にする。

 「…変わった趣味…だよね」

 「うん…自分でもそう思うよ」

 そう言うと彼女はハニカンで見せた。

 しかし、その瞳は笑っていなかった。哀しいものを見た気がした。

 そこで予鈴が鳴る。

 「…あ、時間」

 彼女はそんな事に関心が無いのか、まだ校舎を眺めている。余裕が無いが俺も校舎を眺めてみる。

 窓見える数人の生徒、廊下を走っている者や、慌てずに歩いている者様々だった。教師も見える。

 「やばい、急がなきゃ」

 そう言って、彼女の方を見ると、彼女の視線はこちらを向いていた。

 その視線は先ほどまで校舎を眺めていたのと同じ、人間を見る目だった。

 俺個人を見ているのではなく、人間の行動として眺めている、そういった目だった。

 「…俺は行くよ」

 それだけ告げると、俺はもうダッシュで教室へ向かった。

 



 「おい、どこ行ってたんだよ、一番最初に教室入っといて遅刻になったら洒落にもなんねーよ」

 教室に入ると、義斗がそんな事をいいながら俺の方へよってきた。

 「…ちょっとね」

 さすがに校内散策なんては言えず、適当にごまかしておく。

 義斗はそれ以上は聞くことも無く、また机に突っ伏す。てか、もう教師着てるんですけど。

 「おい、義斗、また寝てるのか…、お前は学校に何しに来てるんだよ…」

 なんて言う教師の言葉は多分義斗には届いていないだろう。

 

 


 昼休み。

 とりあえず飯だが、今日はどうしようか…、義斗は最近の居眠りを指摘され、職員室に呼び出されている。さて、裏庭にいた彼女の事も気になるが、今朝斉藤としっかり話


せなかったのもある。

 でもまぁ、斉藤とならいつでも会えるだろうし…。

 斉藤のいる場所は中庭、今朝の彼女は多分裏庭にいると思う。

 俺は、購買でパンでも買ってから裏庭に行く事にした。

 

 木が日差しを遮ってその下の影、そこに漏れる木漏れ日もまた気持ちよさそうだった。

 あたりを見渡すと、今朝の彼女の姿を見つけた。

 声を掛けることなく、近くに行って見る。

 どうやら寝入っているようだった。

 その寝顔は、今朝のなんとも言えない無機質な視線とは違い、可愛らしいものだった。

 とりあえず、おきるまでそっとしておこう。

 起こすのも可哀相に思えた。

 俺は、適当にそこらへんに腰を掛けると、手に持っているパンをかじる。

 今日も焼きそばパンは欠かせない。当然もう片割れは昨日食べ損なったメロンパンだ。

 焼きそばパンをかじりながら、昨日の惨状を思い浮かべる、義斗が俺のメロンパンを…奪って食う。

 「メロンパァァァァァァァァン!!」

 なぜか叫んでいた…滅茶苦茶恥ずかしい。

 「…なんで叫んでるんだ」

 冷ややかな声が後ろから聞こえる。

 先ほどの叫び声を聞かれてしまったらしい。いや、むしろ叫び声で起こしてしまったのだろうか…。

 とにかく恥ずかしかった。

 「えっと、いや、メロンパンは最高なんだ、このカリカリもふもふなところとか最高だと思わないか、もしそう思わないんなら、是非ともしっかりと味わって食べるべきだ


、メロンパンのこのうまさを感じられないのならそれは、メロンパンの神様に対する冒涜だ…」

 なんか、わけのわからない事を口にしていた。

 はっと気づき彼女を見てみると、呆れ眼でこちらを眺めている。

 「いや、なんでもないです忘れてください」

 そこで初めて彼女の笑い顔を見た。

 「はは…、君はおもしろいね」

 「…ありがとう、よく言われるよ」

 お礼だけ一応言ってから、焼きそばパンの残りを食べる。

 彼女はまた校舎を眺めている。

 どうしてこうも校舎を眺めているのだろう、趣味だから、果たしてそれだけでこうもずっと何にも無い校舎を眺め続けることができるのだろうか…。

 俺には理解できない。

 「…楽しい?」

 不意にそんな言葉が口に出ていた。

 特に意味は無い、ただ彼女のその姿を見ていると、どうしても聞きたくなった。

 つまらない…そういった表情、そういった目だ。

 「…楽しいよ」

 しかし、彼女の口から出たのは俺が思っていたのとは別の回答。

 たのしい…そう言った。確かにそう言った。こんな悲しい目をしているのに。楽しいと…そう彼女は言ったのだ。

 俺は何にも言うことができなかった。

 本人が楽しいと言っているのだから。俺にはそれ以上何にもできない。

 「…君はおもしろいよ…私はここによくいるから…」

 それだけ言って彼女は立ち上がった。

 どこに…そんな言葉を掛けれない。購買にでも行くのだろうか…。

 ふと思う、彼女は何にも持っていなかった。

 教室から裏庭に行くとすると、途中購買によった方が明らかに効率がいい。

 と言うよりも、途中に購買があるんだ。寄るだろう…。

 まさかと思う。

 彼女は、多分授業には出ていないんだろう。あの悲しい目でずっと校舎を眺めているのだろう。

 中庭に行こう。

 俺の手にはまだメロンパンがある。

 昨日よりは金も持っている。

 なんか飲み物でも買っててやろうか。

 途中の自販機で適当に飲み物を買うと、中庭へ向かう、昨日斉藤と二人で昼食を取った場所だ。

 

 そこには、一人でパンを頬張る斉藤がいた。

 たった一人。

 「よう…一人だね」

 「…え」

 彼女から漏れた一言。

 驚かせてしまったらしい。

 「ほら」

 そう言って、昨日のお返し飲み物を手渡してやる。

 今日のは緑茶ではなく麦茶だ。

 「…ありがとう」

 ぼそっと呟く…恥ずかしいのだろうか?

 「昨日のお礼だよ…昨日は本当に助かったんだからさ」

 そう付け加えると。俺は、メロンパンを加えながら隣に座る。

 「昨日のは、一緒にお昼付き合ってくれたお礼です…それを返されたら、ボクはもらってばっかりになっちゃいます」

 「いいんだよ…俺のお礼なんだから…」

 そう言ってやると、彼女は先ほどの麦茶に口をつけた。

 


 

 放課後

 「よっしゃ終わった終わった」

 そう言って、前の席の義斗は立ち上がる。

 まぁ、こいつはずっと寝てただけだから、特には疲れてないはずなのだが…寝疲れだろうか…。

 「よっしゃ、今日は何する…野球するか?」

 以外にもやる気満々なのな…やっぱり体を動かすことが好きなのだろう。

 「…あぁ」

 「よっし、決定。うんじゃ行くか」

 そう言うと義斗は、腕をぶんぶんと振り回しながら部室へと向かっていった。

 廊下に出ると、斉藤を見つけた。

 「お、斉藤!」

 咄嗟に呼び止めてしまった、特に話すことは無いのだが。

 「…ん?」

 振り返り、なに?といった様子でこちらを見ている。

 「いや、特に用も無いんだけど、部室行くんだろ?」

 「うん…そうだよ?」

 「じゃあさ、一緒に行こうか」

 特に意味も無い、どうせ行く場所は一緒なんだから、別に一緒に行こうかといわなくてもいい、必然的に一緒にいくことになるのだから。

 しかし、そんな事は頭には無く、俺は勝手にそんなことを言っていた。

 「…うんっ」

 斉藤は嬉しそうに頷くと、また歩き出す。

 俺はそれについて、一緒に歩いていく。

 

 玄関で靴を履き替えて、グラウンドに向かう。

 途中で今朝の女生徒を見つけたが、今は話している暇は無い。

 なにをしているんだろう。

 彼女の顔は校舎を見ていたその表情よりもいっそう強い悲しみの表情…むしろ、今にでも泣きそうな顔でグラウンドを見ていた。

 気にはなったが…しかし、俺はそのまま部室へと向かっていった。

 目の前の斉藤はがどんどん歩いていく。

 俺は、それについて行かないと。

 しかし、彼女の顔を見ていたら放ってはおけなかった。

 「…悪い斉藤、先に行っててもらっていいかな?」

 そう言うと、少し首を傾げたが、すぐに笑顔でわかったと、そういった。

 「悪いな」

 俺は片手を前に出して謝意を表現して、引き返す。

 すぐに見つけることができた。彼女はグラウンド脇のベンチに座っている。

 なんと声を掛けようか…。

 そう悩むが、もう彼女は目の前だ…。

 「…なにやってんだ?」

 そう声を掛けていた。

 「…あぁ、君か」

 口調を変えないように努めているのだろう。今朝話したときとなんにも変わらない口調でそう話しかけてきた。

 「…ちょっとな」

 そう言うと、彼女はグラウンドに目を戻す。

 「また人間観察?」

 「…まぁ、そんなところかな」

 ふふっと口元を緩ませてそう言う。

 「それより、彼女はいいのか、待たせてしまってるんじゃないのか?」

 彼女と言うのは多分斉藤のことだろう。

 「…あぁ、あれは彼女とかそういうんじゃないから」

 「へぇ…そうなのか」

 そう言う彼女はニヤーっといやらしい笑みを浮かべる。

 「でもまぁ、遅かれ早かれ何れそうなるだろうさ…君達を見てると昔を思い出すよ」

 「…むかし?」

 「あぁ。青春を謳歌していたと自負できる頃の話」

 そう言う彼女の表情は隠し切れなくなったのか、哀しみの色が見えていた。

 彼女は、突然頭をボリボリと掻くと、立ち上がった。

 「忘れてくれ、君には関係の無い話だったよ…」

 そう言うと彼女は歩き始めた。

 「構ってくれてありがとう…」

 そう言うと、彼女は行ってしまった。

 俺は追うことはできなかった。

 

 


 野球部室に行くと、なにやら騒がしいことになっていた。

 どうやら、野球部員と義斗がもめたらしい。見ると、野球部の奴と義斗がつかみ合っている。斉藤もいたが、おろおろするだけで何もできない。

 「なにやってんだッ!!」

 俺はその間に割ってはいろうとする。

 「邪魔だッ」

 その言葉と同時にはじき飛ばされる。

 そうやってはじかれた奴が他にもいたが、ほとんどの部員が、囃し立てていて、とてもじゃないが止める雰囲気にはなっていない。

 「…なんなんだよお前」

 部員からの声だ。

 「いきなり入ってきて、お前みたいな奴がいると今までがんばってきた奴にとって迷惑なんだよ」

 「はん。そんなの才能の無いお前らが悪いんだろ?だったらもっとしっかりやればいいじゃねーか」

 なんとなく理解ができた。部員は義斗の運動能力の高さを知っているんだ。

 何かの拍子でぶつかったのだろう。

 組み合っている彼らを止めるすべは他にないだろうか…。

 俺が行っても多分さっきと同じだ。

 結局俺もあたふたすることしかできないのだろう。かっこ悪すぎるぜ。

 悪態をつく…あんまりにもかっこ悪すぎる。

 とめる事すらできないなんて。

 「お前ら、なにをやっているッ!!」

 突然女性の声が、割って入る。

 あたりはその声の主を探しキョロキョロしている。

 俺は、すぐにその主を見つけることができた。

 その主…いや彼女はグラウンドを疾走している。猛烈なスピードだ…ありえない。

 今ここに片目にかける戦闘能力演算システムがあれば、きっとボンっと音をたてて故障することだろう。

 二人の視線もその声の主の方を見ていた。

 今がチャンスだ!!

 俺は、義斗に飛び掛るとそのまま押し倒した。

 そのきっかけに乗って、先程飛ばされていた部員も相手方を押さえ込んだ。

 と同時に声の主がその場へ到着する。

 「喧嘩か…私の目に見える場所でそんな事を…」

 ふっと彼女は笑うと、地面踏み鳴らす。

 アスファルトの地面に亀裂が走る。

 なんて脚力だ!!

 周りから息を飲む声が上がる。

 それと同時にひそひそと囁きが聞こえてくる。

 「あいつだれだよ…」

 「あれ、2年の片桐だぜ…片桐遙」

 「マジかよ…青鬼じゃねぇかよ」

 なんかよくわからんが、彼女も相当有名らしい、知らなかった。運動部だけに有名なのだろうか。

 「俺達はなんにもやってないんで」

 誰かがそう言ってその場を離れようとする。

 「…ふざけるなッ!貴様も同罪だ」

 「ひぃ!」

 「お前ら全員わかってないみたいだな」

 再びアスファルトを踏み鳴らす。

 …割れた。

 ふざける…あんなんに蹴られたら病院行きだぞ。

 全員その想像に達したのだろう、青ざめた表情でそのアスファルトを見ている。ただ一人を除いて。

 「…お前…何も知らない癖してそうやって割って入ってきて……なんだってんだよ」

 「ふん…理由?そんなものに興味はないし知りたいとも思わない…ただ、そうやって騒いでいるのが気に食わないんだよ」

 やばい…その一言で義斗がキレた。

 ここまで興奮している義斗を見るのは久しぶりだ。

 こうなったら止めれる者はいない。

 「やめろ義斗…」

 とめようとしたが、力の差がありすぎる、押さえ込んでいた俺は、吹き飛ばされる。

 「おい、誰かセンセー読んで来い!!」

 誰かがそう叫んでいた。

 野球部員にはもう戦意は残ってないようだ。

 「なんだ?…やるのか?」

 そう言う彼女…片桐の顔はまるで子供が喧嘩を仕掛けてきているのを見るような…そんな余裕がある。

 しかし、目は本気だ。

 やばい始まる。

 「ふざけるなッ!!」

 義斗が突っ込んでいった。

 渾身の拳を繰り出す。

 しかし、それを片桐は寸前のところでスウェーでよけてみせる。そして嘲笑。

 「その程度」

 そこからの蹴り。

 しかし、それを宙に浮きよける。

 それからも何発も攻撃を仕掛けるがすべてかわされる。

 「くそッ!!」

 そう悪態つく義斗に今度は片桐が攻撃を仕掛けた。

 一瞬拳に力を入れた…そんなように見えた。

 その瞬間に勝負は決まった。

 ドンっと言う鈍い打撃音を残して義斗は崩れ落ちた。

 「無様」

 そう言って、次の首謀者を探す片桐の瞳には冷徹な冷たさだけがあった。

 周りは何も言葉を発する事ができずにただ立ち尽くす。

 と、そこに野球部の顧問が現れた。

 「おいッ!!なにをやっている!!」

 片桐はその声の主をちらとだけ見ると、もう一人の首謀者を見つけ、捕捉。

 「やめろ…片桐」

 片桐に飛びついていた。

 彼女はそれを見るとまるで服についた虫でも見るかのような目を向ける。

 しかし、それが俺であると認識すると、少し慌てた素振りを見せる。

 「なッ、なんで君がここに?」

 俺はそこでやっと気がついた…あの悲しい瞳をした彼女こそが片桐だった。

 彼女はそのまま、立ち尽くした。抵抗も無かった。

 ただ、じっとその場に立ち尽くした。

 顧問がその場に到着した。

 あたりにはおびえる部員と、ぶっ倒れている義斗の姿。

 片桐がおとなしくなったのを確認すると、顧問はあたりの部員に声を掛ける。

 「とりあえず、真田をだれか保健室へ」

 その声に反応して、先程止めに入った部員が率先して運んでいく。

 「…自体の詳細はわからない…しかしな片桐…やった事はわかるよな」

 冷たくそう言った。

 喧嘩を止めに入った。それだけの理由で済まされる状況ではなかった。

 現に人が一人倒れているのだから。

 片桐はこくっと頷き、両手を力なく垂らした。

 「とにかく…ついて来い、今日の練習は無し…あとお前もついて来い…」

 そう言って先程義斗と組み合っていた部員も連れて行かれた。

 斉藤はその場で凍り付いていた。

 混乱しているのだろう…なにが起こったか理解できないといった表情だ。

 「義斗がすまなかったな」

 俺はそう言っていた。

 部員連中はそれを聞いてかつぶやく。

 「なんでお前達は来たんだよ…」

 それは呪いの言葉だった。

 「今まで俺達は楽しくやってこれた、真田といい斉藤といいお前といい、なんできたんだよッ!!」

 その言葉は俺に向かって言ったんだろう…。俺はいい…しかし斉藤は…。

 俺は斉藤の方を見る。

 彼女は俯いていた。

 聞いちゃ駄目だ…。

 そう思った。

 これ以上ここにいるべきじゃない…。

 俺は、斉藤を連れてその場を後にした。

 泣いているのだろうか…だまって俯いている彼女の顔を見ることはできなかった。

 寮まで連れて行く。

 「今日は悪いな…」

 それだけ言うと、彼女は何もいう事はなく女子寮の中へと入っていった。

 なにがいけなかったんだろう…俺は考えていた。

 

 部屋に戻り考えた。

 しかし、一向に答えも出ない。

 部活に参加したことそれ自体が間違いだったのだろうか…だったら、斉藤は一体どうすればよかったんだろう…あんなにも野球が好きなのに。

 俺は昨日の部室へ向かう彼女の仕草を思い出す。

 ものすごくうれしそうに…跳ねるようにして向かっていたでは無いか…。

 これからそんな彼女を見て、楽しい部活動が迎えられると…そう思ったのにな…。

 


 義斗が帰ってきたのは、7時頃になってからだった。

 彼の面持ちも暗く、風呂に入るなり寝てしまった。

 飯も食ってないんじゃないだろうか。

 そういえば、俺も晩飯を食べてない。

 まだ食堂には飯が残っているだろうか?

 そんな事を思い食堂へ向かう。


 テレビを見ている生徒以外に食堂には人はいなかった。

 いや、一人いた。食堂の片隅で、まかないであろうメニューを食べている彼女を俺は見つけた。

 「一緒にいい?」

 片桐遙…それが彼女の名前だ。

 俺は、食堂のおばちゃんからもらったまかないを盆にのせ聞く。

 「…あぁ…君か」

 彼女の顔も晴れない。

 いつものはにかみや、正面を覆う偽りの笑顔も見せない。

 ただ、無機質に無表情だった。

 「その…今日はすまなかったな」

 そう一言ぼそりと呟いた。

 今の彼女の顔からは、先程の騒動の時のような顔は見えない。

 「いや、いいよ…義斗は見た目どおり、かなり丈夫だしね」

 そう言って、俺は、向かいに座る。

 「…事の経緯を知ったよ」

 俺はまだよく知らない…最初は義斗がなんか嫌がらせじみたなにかを受け、それに反発してああなったのだとも思った。

 だけど…それだけの理由で義斗はあそこまで怒らない事は知っている。

 「真田君が目覚めてから聞いたよ」

 「最初は口も聞いてくれなかったんだがな…」

 そう彼女は話を続けた。

 「いや、いいよ…聞いても何にも解決しないし」

 俺はそれを遮った。

 彼女は一瞬戸惑ったが、うんと頷くと、口元を緩めた。

 「そうか…聞きたくない…か」

 「聞いても何にも解決しないしね」

 ふっと彼女は笑う。

 その後は会話は無かった。

 「また…」

 そう去り際に一言だけ残して彼女は先に食堂から出て行く。

 

 義斗は寝ている…俺は適当に過ごして点呼だけ受けてそのまま寝た。

 胸糞悪い。

 みんながみんな笑顔ならいいのに…。どうして世界はこうも不幸に満ちているのだろう。

 俺は薄れていく意識の中でそう思った。

ふー…前断簡はこんなもんか…後はなるようになるさ。

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