真実の愛で結ばれたのだから、私の言うこと聞いてくれますよね?
「マフィン、マフィン・ブルーベリー出て来い!!」
本日は国の4大社交界の一つ、秋の夜会の日。
国内の紳士淑女の一同が王宮に集い、巨大なクリスタルのシャンデリアが光り輝く大広間にて、煌びやかな雰囲気とは全く掛け離れた無粋とも言える声が響き渡る。
「如何なさいましたか、殿下?」
この場にそぐわぬ大声で叫ぶ者の前に、一人の年若い美女が現れた。
「貴様には失望した!お前は婚約者の私に対しいつも冷たい態度で、私が寛大な心で接しても歩みよろうとしない。話し掛けても業務連絡のみ、そのくせ私の行動や友人関係には悪態や苦情ばかり言ってくる。もう、うんざりだ!」
そう宣うのは、この国の王太子ブリオッシュ殿下であり、相対する美女はマフィン・ブルーベリー、この国の筆頭公爵令嬢で二人は婚約者同士であった。
「貴様との遣り取りで傷付いた心を優しく癒してくれた天使がいた。それが私の隣に居る彼女、コロネだ」
王子にコロネと言われた女は、王子の左腕にベッタリと貼りつき、愛くるしい顔を浮かべながらニコニコと微笑んでいた。
「彼女は平民だが、私はコロネを愛してしまった。コロネは私の全てだ。私は自分の気持ちに正直でありたい。だからこそ、マフィン・ブルーベリー公爵令嬢、貴様との婚約を破棄する!」
声高々に宣言した言葉に、公爵令嬢を含め大勢が息を呑んだ。
「私はコロネとの真実の愛を貫き通す!これで障害が無くなった。コロネ、私の最愛の人♡私と結婚してくれるね?」
「はぁい♡もちろんですぅ~♡♡ブリオッシュさまぁ♡♡♡」
もはや大広間は若い2人の愛の応酬という独壇場になっていた。
誰も何も言わない。言わないのか、言えないのか定かではないが、この2人の劇場に巻き込まれた観衆達は、まだまだ幕が降りないのを感じていた。
「そして、私と結婚するコロネをこの国の未来の王妃とする―――!!!」
「「「 !!! 」」」
平民が王妃に?!という爆弾発言に観衆達は騒ぎ立つ。
顔を青くする者、赤くする者、大笑いする者、あちこちで千変万化が沸き起こった。
その中心に立つ王子は、今までたまりに堪った心の内をぶちまけた清涼感と、決意証明した達成感に浸っていた。
だが、そこに水を差す人物が現れる。
それはこの大舞台で声高に婚約破棄を宣告され怒りと羞恥に震えている公爵令嬢―――ではなく、彼らの一挙一動を愉快そうに見つめる観衆―――でもなく、王子にベッタリ貼りついているそばから現れた。
「え?わたし、王妃になんてなりませんよ?」
「!!」
「「「 !! 」」」
「え!?何を言っているんだコロネ!君は私と結婚するといったじゃないか!私と結婚するという事は、この国の王妃になるという事だ。それとも先程結婚するという言葉は嘘だったのか?」
「いいえ。わたしはブリオッシュ様の事大好きです!心の底から愛しております。結婚もします!!」
「なら・・・」
「でも、王妃にはなりません」
結婚はするが王妃にはならない。
そんな矛盾をいうコロネを訳が解らないという目で見てしまう。
「大体平民のわたしに貴族のマナーなんて無理なのに、大締めの王妃なんてありえません。せいぜい肝っ玉おばさん達の相手するのが精一杯です」
「・・・じゃあ、私との結婚はどうするんだ?」
「はい、ブリオッシュ様とは結婚しますよ。でもわたしは王妃にはなりません。王子様がわたしに婿入りするんです!!」
「 はあっっっっっっっ!????」
あまりにも奇想天外な申し出に、己が王子である事を忘れて、思いっ切りまぬけな声が出てしまっていた。
「な、なぜっ、私が君の所に婿入りしなくてはならない!わ、私は王太子だぞっ!?時期国王だ!!」
「そんな事言われましても、わたしの実家・・・パン屋なんですけど、跡取りがわたししかいないんです。他に継ぐ人なんていません。
それに比べたら、王子様には下にご兄弟が沢山いるでしょう。王子様がいなくなっても跡取りに困らないじゃないですか~
それに下の王子達はブリオッシュ様より優秀だって聞きますし、その方達に任せればこの国は安泰ですよ。良いことじゃないですか♡」
「ふごぉっ」
王子が一番言われたくないセリフ『弟たちの方が優秀』を最愛の人に言われてしまう。
「それにいつもいつも、わたしに言ってましたよね・・・『王なんて孤独で虚しいだけだ。私には耐えられない。王座なんて捨てて自由になりたい』って―――王様になりたくないなら、わたしの所に婿入りしましょう!」
「いや・・・その、それは――・・」
王子がそんな事言ったのは単に見栄であった。
好きな子の前で格好よく言ってみただけなのに・・・・・
何やら周りが半笑いだ。
「それに難しい勉強や、ややこしい書類仕事なんてやらなくていいんですよ。ブリオッシュ様はそーゆーの苦手で、いっつもマフィン様や他の従者達に押し付けていましたよね。わたしの所に来れば、そんなもの一切しなくてすむんですよ。経営や帳簿は任せて下さい。そのためにわたし、簿記の資格とりましたから」
「のおおおおおぉぉ~~~・・・」
絶対に知られたく無かった、仕事の押し付けがばれてしまった。
あまりにも突然の暴露だったので、咄嗟の言い訳が思い付かない。
王子に散々仕事を押し付けられていた公爵令嬢と王子の従者達は鼻で嗤っていた。
「嫌いな視察も、面倒くさい王妃様とのお茶会もやらなくていいんです」
「ひょ、ひょえええええ~~~~」
もはや、2人の遣り取りを黙って見ていた各々の中に、王子と一緒に仕事をする関係者達と、王妃と所縁のある者達の方眉がピクリと跳ね上がる。
「あと―「まてまて!もういい、もういいから!!」
うっかるり気を許してコロネの前で溢してしまった愚痴をこれ以上言わせない為、王子は必死に彼女の口を塞ぐ―――が、既に後の祭りだった。
「ち、ちがう!!・・・いや、違わない・・けど、私は婿に何か行かない!この国の王になるんだ!!」
「そんなっ!!ブリオッシュ様は先程『真実の愛』と言いました。わたしのこと愛しているんですよね?愛しているから、結婚して婿に入ってくれるんでしょ?」
「ぐっ・・う゛う゛っ」
結婚するが、それはあくまで自分とコロネがこの国の王と王妃になるのが必須であるはずなのに・・・なぜか雲行きが怪しくなって来た。
「『真実の愛』なんですから、わたしのいう事聞いて下さい!それとも本当はわたしの事、愛していないんですか?」
此処で『真実の愛』を突き付けられてしまい、どうする事も出来なくなってしまった。
婿入りしたく無いと言えば『真実の愛』を否定する事になってしまう。
コロネのことは愛らしいと思っているし、結婚も望んでいる。
しかし、しかしっ!!王子の中では“王”という名の最高権力とコロネという“愛”のふたつが、せめぎ合っていた。
そこに乾いた高音が鳴り響く。
パンパンパンパンパン
「素晴らしい、素晴らしいですわ。王座を捨て愛する人と一緒になるその覚悟、実に素晴らしい!わたくし感動いたしました。殿下との婚約破棄、喜んで承ります。どうか『真実の愛』を貫き通して下さい」
「!!!?いや、まだ・・・」
「ありがとうございます!ブリオッシュ様は平民になりますが、2人で力を合わせて幸せになります」
「へ、平民!!」
「そうですか・・・2人の決意は固いのですね。平民の暮らしはとても苦しく困難だと聞き及んでおります。それでも殿下は愛する人のため、慣れ親しんだ王宮を捨て、地を這いずりまわって生きて行くのですね。
その心意気にわたくし感銘いたしまして、婚約破棄の違約金は殿下の有責で、彼の個人資金で手を打ちましょう。コロネさんと一緒になる時は無一文になりますが、そこは愛の力で乗り越えられるでしょうから」
「む、無一文!?」
「はい、持参金がなくても構いません。五体満足ならそれだけで充分です。ブリオッシュ様にはパン屋で働いて貰いますから」
「は、働く・・・?」
当たり前だが王子は書類仕事以外の仕事なんてやった事がない。
なのにいきなり外でしかも平民に混じって働く事が決まってしまった。
王子は、自分の意志など無視され勝手に話が進んで行ってしまうことにゾッとした。
それとは反対に、憂いた物が全てなくなり、すっきりとした顔になった公爵令嬢の姿がそこにあった。
「殿下、殿下、この度コロネ嬢との婚約誠におめでとう御座います。従者一同、2人の関係を陰ながら見守らせて頂きました。お2人が御成就されて、我が事ながら嬉しく存じ上げます。
殿下が結婚されて婿入れされるという事ですので、もう殿下の代わりに書類の作成やら計算やら報告書やら、クソ面倒くせースケジュール調整(2人が密会する時間)やらフォローやら、陛下や婚約者様の言い訳やらetc・・・やらやらをしなくて済むんですね。
ああ、本当に良かった。平民との結婚バンザイ!婿入りサイコー!!これで平穏な日々が送れるぅ~」
「え、ええ・・・・」
今まで仕えてくれた従者達の、心の本音みたいなものをぶつけられ、自分がいかに彼等からやっかまれていた事を知り、茫然自失になる。
しかし王子が意識を飛ばすことを許すかの如く、すかさず今度は大臣やら官僚やら王宮勤めの役人達、王子の元部下達が見たことも無い笑顔で祝って来る。
「殿下、この度のご婚約誠におめでとう御座います。この後直ぐ2人は晴れて平民として結ばれるのですね。
殿下が嫌っていた地方の視察や遠征先でいつも文句を言ってぶーたれていた時や、私を誰だと言って威張り散らして部下を困らせたり、式典のドタキャン、客人の失言などetcetcなど、殿下と共に過ごして来た日々が懐かしゅう御座います。殿下が平民に下れば、もうこんな大変な思いをしないで良いのですね・・・ああ、どれほど2人の結婚が待ち遠しいことか。我々一同お祝い申し上げます」
「こぉぉぉぉ・・・・・」
それはそれは、ありがたいお言葉もとい、嫌みを祝辞と一緒に織り交ぜて盛大にぶちかましてきた。
日頃の王子への鬱憤をこれ幸いと思って、ぶつけ、ぶつけられた王子は当たり所が相当酷く、立っているのが精一杯だった。
そんな瀕死一歩手前状態なのに、更に悪化する事が起ころうとしていた。
「私達からも祝らせて貰おうか」
引き締めあっていた人崖が一瞬にしてモーゼの十戒のように道が出来上がり、そこを悠々と渡って来たのが、この国の王と王妃であった。
「父上、母上・・・」
血走った目を吊り上げた、この会場で一番高貴でゴージャスなドレスを身につけた王子の母、この国の王妃が怒り心頭になりながら2人に話し掛ける。
「ブリオッシュ・・・あなたって子は・・いえ、今は晴れやかな場ですもの。ブルーベリー公爵令嬢との婚約は残念でしたけれど、貴方の隣にいる平民のコロネさん?でしたかしら、本当によろしいの?その子ったら、碌に仕事も出来ない口だけ達者で自慢できるのは顔だけ。もはや種馬としての価値しかない、人と呼ぶには烏滸がましいので馬男とでも呼びましょう、そんな馬男の身柄を引き取ってくれるなんて、なんて素晴らしいのでしょう。貴方のその愛、わたくしとても感銘しました!2人の愛を応援致します。
ブリオッシュいえ、馬男もうあなたと会うことは二度と無いのね・・・あなたにはこんな退屈な王宮なんかよりも自由気ままな平民の方がよっぽど合っていると思うわ。だから平民のコロネさんに惹かれたのね。
そんなあなたの気持ちに気付いてあげられず、なんて母親失格なのかしら・・どうかわたくしを許して頂戴。いえ、許して貰わなくて良いわ、あなたにとって王宮は窮屈極まりない場所ですもの、出て行ったらもう二度と戻って来ないのでしょ?ああ、分かっているわ。どんなに寂しくても恋しくても、あなたを絶対に呼び戻す事なんてしないから。
さよなら、わたくしのバカクソ馬息子。思う存分平民として生きて頂戴」
「は、ははうえぇ~?ええぇ―――!!?」
美しく聡明で、王子を慈しみ育ててくれた尊敬する母親に、やんわりと絶縁を言い渡される。
王妃ならきっと王子の本当の思い、『平民なんかなりたくない!王宮から出て行きたくない!』事を分かってくれるはず・・・という一縷の望みが霧散した。
「うむ、王妃もこう申しておるのだから、余だけ反対するのも気が引けるな・・ならば余も2人の結婚を認めよう!
ここで皆に宣言する!!我が国の王太子ブリオッシュを廃嫡し平民とする。そして同じ平民のコロネとの結婚を許可し、彼女の家に婿入りする事を王命として命ずる。
なに、跡取りなんぞ下の弟達の誰かに継がせる。お前は心配せず、自分の事だけ考えていればいい。
本来であれば、王家の血を引くものが平民に下る際は断種させるべきだが、2人の『真実の愛』に余も感銘をうけ、断種は取り止めておこう。しかし、2人の子供そして子孫達は王家との一切の関わりを禁ずる。
ブリオッシュ、余はどうやらお前を見誤っていたようだ。まさか平民の女の為に王家を捨て、身分や権力までも捨てて、己が身一つで王宮を去るとは・・・なんという剛胆な奴よのう、その心意気素晴らしきかな!
お前の高尚な意志を尊重して、我々は手を出さない、口出しも援助も一切しないと決めた。では皆の者、本日平民となったただのブリオッシュとコロネの2人に祝福を送ろう!!」
「そ、そんな!父上、待ってください!」
「「 おめでとう 」」
そしてトドメの一撃【廃嫡】
あのいつも厳めしい国王の顔が、諦めきった後の吹っ切れた爽やかな笑顔で、王妃と共にブリオッシュとコロネの『真実の愛』を祝福する。
「おめでとう」
「おめでとう」
「おめでとう」
この場に居合わせた全員から拍手喝采の嵐と祝福のシャワーに、会場は完全にお祝いムードだった。
もはや後の祭りである。王子は今更コロネとの結婚を考え直したいと、口に出せなかった。
しかし、このまま何も言わなかったら本当に廃嫡され、無一文で王宮から追い出される運命しかない。
なんとしても、その運命を回避しようにも隣にいるコロネが――
「ありがとうございます。ありがとうございます。こんな大勢の皆さんや王様達に祝福されて、とても感激です!これからブリオッシュ様と2人で幸せになります。
いえ、わたしがブリオッシュ様を幸せにします!!」
などと、観衆の前で声高に宣言してしまった。
これでもはや王子の【廃嫡】は覆らない。
王子は思いもよらぬ展開に、何処で間違えたのか原因を探るが解らずじまい。
もう起こってしまった事実を呑み込まなければ成らないはずなのに、どうしても頭が拒否してしまう。
しかし、相手は力ずくで頭を押さえつけて無理矢理呑ませてくる、泣こうが喚こうがこちらの言い分など聞く耳持たずだ。
『真実の愛』を宣言して大勢に祝福され、本当に愛する人と一緒になったのに、どうしてこんなにも虚しいのだろうか?
『真実の愛』の前に身分や権力や金なんか関係ない!!などと、思っていたら本当に全て関係なくなった。
全て愛の名の下に消え去ってしまった。
大勢の拍手と祝福を浴びて2人が歩く光景はヴァージンロードさながらだった。
そのまま2人はコロネの家がある城下町まで帰って行った。
それから城下町にある、とある一軒のパン屋にて・・・
そこの跡取り娘は結婚し、婿を貰った。娘は一生懸命働いて店を繁盛させていった。
夫になった婿は、義理父に毎日怒られパンを捏ねながら
「こんな筈じゃない、こんな筈じゃない・・・」
と、ぶつぶつ呟いているらしい。そんな若夫婦が営んでいる店の名は――
『 王様のパン屋さん 』
王家に完全に見放されて、愛する人に何故かざまあされてしまった元王子の捏ねるパンはいかがでしょうか?
来店お待ちしています♡




