第十夜 交錯の世界レイスフィア
今回は割と会話多めです
「とりあえずここから移動するけど・・・空路だと地表からまた狙い撃ちにされかねないわ」
「幌馬車を借りましょう、姫様。ワイバーン達は言伝に帰すのです。我々とこれ以上同行すると逆に目印になってしまう」
「私も同意見です。それに無傷とはいえ、マドカ殿も相当な無茶をなさった御様子だ・・・。せめて腰を落ち着けさせて差し上げなくては」
「そうね・・・」
三人はリーシャの膝の上で安堵した顔で眠る少年を慈しむように見つめた。マドカの先ほどの異能はなんだったのか――。
そんなことがどうでもよくなるような、それほど邪気のない寝顔だった。
リーシャ邸の厨房――
「お嬢様大丈夫でしょうか・・・」
「我ら使用人のできることなぞ、無事を祈るぅのみよぉおお」
だからたっぷりぃいい礼拝堂で祈って来ぉいいいと絶叫した執事長は、本日20枚目の皿を割った赤毛メイドをたたき出した。
主がいないだけでこの体たらく――情けないなあと、俯きながらライカは本館の庭を歩く。
「え――?あれって、お嬢様たちが乗っていたワイバーン?」
四頭のワイバーンが誰も載せずに、リーシャ邸へと向かってくるのが見えた。
化物―――――――
化け物――
ばけもの―――――――――――――
バケモノ―
貴様など
お前など
あんたなんて
死んでしまえばいい―――――――――――
「う――あ」
マドカは小刻みな振動で頭を壁にぶつけて目を覚ました。
「目が覚めたのね。体は平気?」
「り・・・-しゃ?」
「それ以外の誰に見えるの?」
クスリと悪戯っぽく笑うと、リーシャは御者席の護衛二人に振りかえった。
「お寝坊さんがようやく起きたみたい。あとどのくらいかしら?」
「それはよかった!ちょうど皇都の外郭門が見えてきたところです。マドカ殿はまだ観ておられないのでしょう?一見の価値はありますよ」
護衛の、先日負傷した方、アルフさんが屈託なく笑いかけてくる。
馬車に乗り換えたんだ、と呟いてマドカはリーシャの傍らに座り、御者席の先へと視線を向ける。
地平線の上に白い壁が屹立していた。近づくにつれて、一点の穢れも曇りもない真白な壁に人物や馬、動物のレリーフがくっきりと彫られているのが見えてくる。
「新しいの?あの壁?」
「か・・・壁って・・・まあ外郭も兼ねてるから間違いじゃないですがね。それよりなんでそう思うんです?」
「だって全然古びてないし傷んでないじゃない」
「ああ、あれは古の技術で作られていますので。建国30年記念に作られたものですから、かれこれ1200年前からあすこにああして聳えているんです。もうエルフ族くらいしかレイスフィアでは再現できる種族はいないんじゃないでしょうか」
せんにひゃ・・・って。平安時代以前からってこと!?
桁違いなオーパーツだ。
びっくりするマドカにリーシャは言う。
「まあ、二週間滞在するけど観光はできないって思っておいてね。父と・・・皇王との対談をはじめとして、手続きみたいなもんとか社交界の面通ししとくこととかね。つまんないことだけどこれが結構、手間と時間がかかっちゃうものなのよ」
さいですか・・・。
皇族宿舎の個室に辿り着いたリーシャとマドカは安楽椅子に腰かける。
侍女たちの淹れた香草茶をひとしきり味わってようやく人心地がついた。
ふぅ、とため息をついてハーフエルフの皇女は異界の少年に話しかける。
「ねぇ。落ち着いたら聞こうって思ってたんだけど・・・」
椅子のクッションに埋められたマドカの背が小さく跳ね上がる。
「な・・・何?」
「・・・あのとき、あなたが私たちを救ってくれた時あなたは明らかにあなたじゃなかった。離れている間に何が起きたの?」
「――ッ」
あの時、機械人形を駆逐した時、明らかに自分は人間を辞めていた・・・。
もっと根本的なところを言えば、力に・・・全能感に酔っていた。
昨日の悪夢の通りになってしまうのではないだろうか。
力に溺れてしまうのではないか。
僕はその時、リーシャを壊してしまうかもしれない。嫌われてしまうかもしれない。
そんなのは・・・イヤだっ
「ごめん・・・僕にもよくわからないんだ」
だから嘘をついた。
自分を守るために嘘をついた。
リーシャは・・・何か言おうと口を開きかけて、閉じた。
マドカにはそれがありがたく思えた。