2.天使か悪魔か
──ある日の朝。またエミリアは朝から怒られていた。
「あんたさぁ、そんなことしたって無駄だって言ってるだろ? 陛下は毎日同じものでいいんだよ。寧ろそれしかお飲みにならないんだから。時間の無駄ってもんだよ」
「そんなこと言ったって……マーゴさん。折角のお食事の時間ぐらい楽しんで欲しいじゃないですか?」
そう、このお城に来て早いもので今日で三日目になるのですが、もの凄く驚いたことがあるのです!
あ? マーゴさんのことではないですよ? マーゴさんは、このお城で働く唯一の女性だそうです。
このお城って女性が働きに来ても直ぐに病気になったり、中には心の臓の病にかかってしまいお亡くなりになったりと……
残念なことに女性は、いつの間にかこのマーゴさんだけしか居なくなったそうなのです。
あ、また話しが逸れてしまいましたね。
私の悪い癖です。
ここにお住まいになる私の婚約者? の方? だったような? 今では間違いだったのかしら? と思うこともあるのですが。
その御方のことなのです。
なんと、その御方ってお食事を召し上がらないのです!
全くではないのですが朝、野菜ジュース、昼、野菜ジュース、夜はスープ。
唯一の食事らしいものと言えば夕食時のスープ。
でもこれもかなり特殊で、肉や魚、野菜の出汁だけで固形の具は入れては駄目で、そこに多少の塩味を加えるだけなのです。
ミルクやチーズを入れたり、とろ味を付けるのも駄目。お野菜などの具をいれるのも駄目。
駄目駄目尽くしのスープなのです。
陛下は、ご病気なのでしょうか? 最近凄く心配なのです。
気になってマーゴさんに聞いてみたのです。そしたら驚く答えをされまして。
「生きてるよ! ただ最近は、顔は見ないから分からない」と。
毎日、食事を持って行っているマーゴさんですよ? お顔を見ないってどういう意味でしょうか?
気になってたずねたら「あんたは考えなくていいから!」と、また怒られちゃいました。
「にしても毎日野菜ジュースだけと、スープも具の無い物だけって……絶対身体に悪いですよねえ? マーゴさん?」
「また、あんたはそんなこと言ってるのかい? 言ったろ? 陛下は、お出ししても絶対召し上がらないからと」
「……そうですけど……ねえ? 一回だけ、一回だけ持って行ってくれませんか? お願いします!!」
私はマーゴさんに何度も頭を下げてお願いした。
やはり、これでは駄目な気がします!
「はぁ……これが本当に最後だからね? いいかい? 絶対最後だよ? 分かった?」
目の前の娘は満面の笑みで首が千切れるんじゃないかってぐらい首を縦に何度も振る。
はぁ……
「マーゴさんありがとうございます!!」
エミリアは嬉しくてマーゴに飛びついた。
「ちょ、っちょっとアンタ! くっついて来ないでよ……」
「あ、ごめんなさい。私ったら……」
◇
はぁ……何でこうなっちまったんだろう。あの時なんで断らなかったんだろう。
あの真っ直ぐな視線に負けてしまった自分に、マーゴは何故か笑っていた。
「本当に困った娘だねぇエミリアは」
──トントントン
「お食事を持って参りました。では失礼します」
マーゴはいつものように息を止め、顔を見ず、テーブルに黙って置いて一目散に出口に向かった。
はぁ……全くあの娘ときたら無茶をさす。死にやしないかと気が気じゃなかったわ……
◇
「何だこれは」
男は、少し離れたところに置かれた白いスープの中で、何やら浮いている物を見て、眉間に皺を寄せた。
そして、広く静かな部屋の空気が一瞬にして変わる。
そう、彼こそがこの氷の魔城の主、氷帝と言われる男。
その名は、ミハエル・ルーベンス・カイザー。
ルーベンス帝国皇帝である。
彼は立ち上がり、その白い液体の中に浮いている固形物を目視した。
「何の真似だ?」
ミハエルの目が光った。
その瞬間、先程まで天気だった空に、厚い雲が伸びてきて辺りが暗くなる。
雷が鳴り響き、大粒の雨が音を立てて降り出した。
それは偶然なのか?
それとも天使の仕業か?
はたまた悪魔の仕業か?
男はゆらりと立ち上がり、長い銀色の髪を静かに掻き上げる。
暗闇の中、銀光が射した瞬間、雷の轟と閃光のような稲妻が窓の外を揺らす。
「ハハハハッ。ハッハハハハッ。良いねぇ。久々に楽しませてくれそうだ」
男は、鳴り響く雷と雨粒を愉しそうに眺めながら高笑いし、舌舐りした。
まるでその姿は、新しい玩具を手に入れた純真な悪魔の笑い声のように──
鳴り響く雷の中、マーゴは帰りの廊下で手足が震え立てなくなり、そのまま冷たい床にしゃがみ込んでいた。




