14.魔王の魅了
──男は目の前の「動物達」の姿に困惑の表情を隠せなかった。
「なぁ。これ食うのか?」
拷問かよ。何でピンクの菓子食わないといけないんだよ……
最悪。
「形はちょっと? なのもありますが味は保証しますよ? あ、それはマーゴさんが作ったものですね。因みにクマだそうですよ?」
「……ブタだろ。どうみても」
「ですよね? 私もそう言ったのですけどね? クマって言うんですよ? マーゴさんたら、おもしろい人ですよねえ?」
お前がな。しかしあのマーゴがなぁ……
男はその様相には全くもって似つかわしくない「クマ」と言われた焼き菓子を手に取り、まじまじと見つめていた。
一見冷たそうに見える端正な顔立ちをした男、彼のその容姿と産まれながらの特異な能力により「氷の魔城」の主と人々から恐れられている男が、今、手にしているのは、魔剣でも無ければ、ましてや水晶でもない。
年頃の娘たちが楽しそうに? 作った「クマ」や「ウサギ」や「亀」の形の焼き菓子だった。
「食べて。食べて? ね? 陛下?」
今か、今かと下から無防備に円らな瞳で覗き込む女に、自分の感情を抑えることが出来なかった。
「こっちがいい」
「え? ちょ、ちょっと。へ、陛下? 焼き菓子はこっちですよ? へ、い。ち、近いです」
「黙れ」
「え??」
「お前、目ぐらい閉じろよ」
え? い、今のって。ええええ? 事故ではないですよねえ?
「何だよ。また泣くのか? 嫌なら嫌って言えよ? 言わないと伝わらないんだろ? あ?」
「……だって。そんな……」
「そんな? 嫌なら言え。二度としないって約束してやるから」
こいつ婚約者居たんだろ? 初めてじゃないだろ? なら? 何でこの程度でこんな顔する?
「……だって……は、はじめてだったし……わかんないんだもん」
「ちょ、待て。泣くな! 馬鹿! は? 初めて?」
どう言うことだ? 婚約者が居ただろう? 幼なじみって書いてあったはずだが?
「だって……ずっと一人で、ヒック。だれも、い、いな、ヒック……」
嘘だろ……
俺は目の前で突然泣き出した子供みたいな女を見て、自分のした軽はずみな行動と、この真っ直ぐな瞳に何とも言えない感情が沸いていた。
「わ、分かったって。悪かったって。もうしないから泣くな。食うって食えば良いんだろ? だから泣くな」
最悪だ……
自分が蒔いた種とは言え、選りにも選ってこれを食うはめになるとはな……
泣きたいのは俺のほうだ……馬鹿女。
「本当にちゃんと食べてくれますか?」
「食うって言ったろ……さっさと用意しろよ」
もう一回キスしたら殴られるかな……
疲れる……こいつ。
先程のは事故ですよね? うん。きっとそう。
ちゃんと食べてくれるって言ってくれたし。まぁ事故なら仕方ないです。忘れてあげます!
「これは?」
「ウサギですよ? これは私が作りました。可愛いでしょ?」
「……ブタじゃないのか?」
「もう! 違いますって」
──バシッ
「痛い……」
「あ! 私ったら。つい! ごめんなさい!」
最悪だこの女。泣き止んだかと思ったら、笑いながら背中を殴る。
一応皇帝だぞ? 最悪過ぎる……
ふん。こんなのが婚約者ねぇ。
「面白い」
「え? 何か言いましたか? はい。こっちは亀さんですよ? どうぞ?」
「ブタ食ったしもういいだろ」
「ウサギです! 駄目です。亀も食べて下さいな?」
「食ったら何か俺に褒美くれるのか?」
「え? 褒美が欲しいのですか?? でも私、お金持ってないですよ? 給金日までまだ日にちありますし……何か欲しいものでも?」
「なら出世払いにしてやるよ。利息分な」
え? 陛下? ちょ、ちょっと。じ、事故は何回も起きません。ん。
「学習しろよ」
ええええええ。そ、そんなぁあ。
マーゴさーーん。絶対目を見たら駄目って言われたのですけれど、凄い目の前に、陛下のお目々があります。そういう時はどうすればいいのか、教えて貰っておくべきでした。
「なぁ、このままずっと待つのか? 俺は?」
「ぇ? で、でも? どうしたら?」
ええええ? どうしたらいいのですかあああ!
「わ、笑わないで、く、くださいな?」
もう無理。堪えれん。ちょっと揶揄うつもりだったが、これではこっちが乱されてしまいそうだ。
「ハハハッ。そんなに腰が引けていたら、コンラッドに食われてしまうぞ?」
「え? 何でコンラッドさんが?」
は? こいつ気づいていないのか?
ふーーん。
「いや? 何でもない」
「へ、陛下? あのう。いつまで? この状態で?」
嫌とかではないのですが、これでは給仕が出来ません。ちゃんとお仕事をしないとクビになってしまうと困るのです。先程からずっと陛下に捕まえられたままなんですが、これどうしましょうかしら?
「逃げたいなら、好きにしていいぞ?」
「……逃げたいとは言ってませんが。でもこのままずっとだと。何も出来ませんよ?」
「ん? 出来るが? 目閉じろよ」
「え?」
馬鹿か? 閉じろって男に言われて、素直に閉じて待つ女いないだろ。
「イ、イタッ」
額に軽い痛みを感じ驚いて目を開けたら、吸い込まれそうなぐらい神秘的な深い紫色した瞳が、私を捕らえて離さない。
「あほ。逃げろよ。本当に食われるぞ」
「……」
「で、ブタは?」
「亀です……」
◇
「良かった。ちゃんと食べてくれて。あ! マーゴさん! 忘れてました! 陛下では失礼しますね? では夕食の時にまた来ますね? 何か食べたいものはありますか?」
「エミリア」
「ん? 何ですか? 陛下?」
「だから、エミリア」
「え? ですから? 何ですか?」
「食べたいものエミリア」
陛下が笑っています。もう、陛下ったらまた可笑しなことを。
「陛下、私は食べられませんよ? もう、陛下ったら面白い人ですねぇ?」
「……」
「では、失礼しますね~~」
◇
コンラッドがねぇ。
まあ、やれるものならやってみろよ。
男は、いつになく心から楽しそうに笑っていた。
その笑顔は「氷帝」や「悪魔」と言われた男のものとは、想像もつかないぐらい穏やかで優しい微笑みだった。
◇
「エミリア。大丈夫だったの? あまりにも遅かったから心配していたのよ。何かされなかった?」
「ごめんなさい。早く言えば良かったですね。心配を掛けてしまって。大丈夫ですよ? 陛下は優しかった? ですよ? ちょっとだけ怒られちゃいましたけれど」
良かった……何もなくて。本当に良かった。
私は心から安堵した。
ミーシャは兎も角として、エミリアがコンラッドを選ぶのであればそれは仕方ないことだし、エミリアが不幸になることを決して望んだわけではない。
「良かった。本当に無事で良かった」
「え? 何ですか? マーゴさんてばぁもう。心配性さんですね。でも嬉しいです。大好きです!」
せめてエミリアが、気位ばかり高いクソ令嬢だったら救いだったのに。本当にこの娘ときたら……
「勝てないわ……」
「え? 何がですか?」
「何でもないよ。ほら、夕食の準備しなよ?」
「あ! 本当です! もうこんな時間でした!」
コンラッドが血相を変えて出て行った時、一瞬脳裏に浮かんだ自分の醜い気持ちをマーゴは打ち消すように、自分を大好きと言った目の前の少女のような娘に、精一杯笑って見せた。
「これで良かったのよ」
自分に言い聞かせるように、誰にも聞こえないぐらい小さな声で呟いた。
あっ、これ! 仕方ないコンラッドに届けてやるか。




