11.苦悩
──突然大きな音と共に目の前に立ちはだかる人影が。
マーゴさんが、突然お部屋に入って来たのです。
「え?」
マーゴは、目の前の光景に理解が出来なかった。
慌てて飛んで来てみたら、何この微妙な雰囲気。エミリアはナイフを両手で持って、ボケっと立っているし、ミーシャはいつもと変わらず無表情。
でも確かに感じた、あの感覚。
ミーシャが出す独特の殺気。
不快に感じた時に出る発作のようなアレとは全く違う。
明らかに嫌悪観、いや、違う。
先程のはアレが始まる前触れのような殺気だった。
堪らずミーシャに視線を向けると、無言で何も変わった様子はない。
食器の割れも、雨雲も、雷も無い。
では、さっきのあれは?
「ミーシャ?」
「この馬鹿に、次から予備のナイフを持たせとけ」
「え?」
えええええ?
もしかしてナイフ取った? この至近距離で?
私は倒れそうになった。
そりゃ、ミーシャが警戒するわ……
実際にあのミーシャが、小娘のナイフ一本如きどうってことはないけれど、流石に驚くでしょうよ。至近距離でナイフ手にする女が目の前に来たら。
「ごめんなさい……パンを切ろうと思ったら、ナイフの予備がなくて……」
──カラン
「あっ。あら! 落ちちゃいました。ごめんなさい私ったら! また粗相をしてしまって!! あ! 陛下、直ぐに洗いますね? あっ、お水貸してくださいね?」
エミリアは床に落ちたナイフを、すっくと手に取り、風のように走り部屋の奥にある水屋へ向かった。
私はその行動に思わず目の前の男の顔を見る。
「料理作らす前に、給仕ちゃんと教えたらどうだ」
おっしゃる通り。うん。それ以前にちょっとあの子凄いわ……
この雰囲気でよ?
……知らないって最強。
「下がれ」
ミーシャの低い声がした。
「え? でも……」
流石に、この中に二人っきりにするのは危険な感じがして……
「聞こえなかったのか。さがれ」
何年振りだろう? この男の顔をちゃんと見たのは。
あの日以来、ミハエルはその名前とは真逆の悪魔に魂を売ったかのように心を固く閉ざしてしまった。
以前のように笑うこともなくなり、人と交わることを極端に排除し、それからまともに食事すら取らなくなった。外のことは全てコンラッドに任せ、自分は城に篭ることを選んだ。
そのミーシャが、まだ自分に慣れない女と二人きりになることを自分から求める意味とは?
「ごめんなさぁい。お待たせしました。では此方から切り分けますね? あら、でもかなり冷めちゃいましたが、どうしましょう? 温め直すほうが宜しいか? 陛下?」
「それでよい」
「そうですか? 心遣いありがとうございます。では先ずはパンからにしますね?」
心遣い? この女、馬鹿なのか? 単にもうどうでもよいだけだが? これ以上まだ待たす気だったのか?
「マーゴ。いつまでいるつもりだ?」
「あ、ごめんミーシャ。あっ、ごめん陛下」
怖っ! そんな睨まなくても……
「じゃ、じゃあエミリア私は行くね? 何かあったら直ぐに部屋から出るんだよ? 絶対だよ? 分かった?」
あ? どう言う意味だそれ? 別にこんな女にどうこうとか考えてねぇよ。くだらない……
珍しく男は、思わず声を発した。
「は?」
「え? 駄目でした? 小さすぎましたか? あれれ?」
ミハエル・ルーベンス・カイザー。ルーベンス帝国皇帝。人は彼のことを氷の城に巣喰う魔王と揶揄する。
そんな人々を恐怖震撼させた男が今、目の前の光景に困惑した顔を浮かべた。
目の前に突然現れた何とも形容し難い光景に。
「俺は鳥か?」
そう。自分が切れと命じたパンが一口大? いや、綺麗に賽の目切りに次々と並べられていた。
「え? これでは小さ過ぎましたか? あら? どうしましょう! 直ぐに替えの物を持ってきましょうか?」
「……お前、パン食ったことないのか?」
こいつ馬鹿なのか? それとも物凄い貧民か? でも料理は出来るわけだしなぁ……
ミハエルは頭の中で、目の前の光景と、女をどう理解してよいのかが分からなかった。
「あ! ごめんなさい。高貴な御方だから手でちぎったりはされないのかな? と思って。フォークでさして食べやすい大きさが良いと思って……でも、これは小さかったですねぇ。ごめんなさい」
また、やってしまいました。これでは本当に陛下が仰るように、まるで鳥さんの餌みたいですわねぇ。
「……お前がそれ食えよ?」
「え?」
私が食べるのですか?
「鳥の餌はいらん」
でもそうしたら陛下が食べる物がなくなります。それは困ります。どうしましょう。
「でもそれだと、陛下が食べるものが無くなってしまいます……あ! 良いことを考えました! この後、おやつをお持ちします! それで今日は我慢してくださいね?」
意味がわからん。おやつって……断ったらまた泣くとかないよな。面倒な女だな、しかし。
「そうと決まれば! ささ、早く食べて下さいな? 陛下。おやつを作らないとですから!」
「はぁ? なんだそれお前」
こ、この女やっぱり頭がイカレている。いつ決まった? そしてこの状況に誰のせいでなった?
「午後は忙しい」
おい! 泣くなよ? 何だその目は……
「わ、分かったって。ただ仕事が立て込んでいる。私室に持ってくるなら食ってやってもいい」
「本当ですか!! ありがとうございます!!」
何だこいつ。疲れる……
「では、食べて下さいな?」
「…………」
「あ! じっと見てたら食べ難いですよね? じゃあ私横向いときますね?」
はあ?? まだ居るのか? 帰れよ……監視かよ。
「ちゃんと食うから帰ってよいぞ……って。泣くな!」
「泣いてません、まだ。なんか嬉しいです。凄く」
「はあ?」
もう、無理。限界この女の相手するの。
コンラッドの奴、何処が良いんだ? こいつの?
いや、だから見るなって。帰れ。帰れ。帰れ帰れ。出て行け。
「陛下って美少年ですよねえ。こうして近くで見ると」
「ゲホッ」
「あ、大丈夫ですか? 私、変なこと言いました? すいません!!」
もう無理。
「マーゴ!」
「何事ですか!!」
マーゴは突然の声に驚き、再び部屋に急ぎ入ってくる。
え? ミーシャ? 凄く顔が疲れてない?
「何したの? エミリア? ってこれ!! 何これ!」
マーゴは目の前の、見事なぐらい綺麗に形の整った白い四角い物体が、整然と並んだ姿に目をぱちくりさせて、口をポカンと開けていた。
ミーシャをに視線を向けた。
無言ではあるが、その顔は、明らかにさっさと連れて帰れ。と言う表情だ。
「エミリア、とりあえず一旦戻ろうか? ね? 陛下もちょっとお疲れの様子だし? 行くよ!」
マーゴは強引とも言える強さでエミリアの腕を引っ張り、そのまま出口に引っ張った。
「あ、陛下。では後ほど。色々すいませんでした」
◇
あいつ頭大丈夫か?
男爵令嬢って確か言ったよな。
調べて見るか。
『第一章完』
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