卒業
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他にも作品がありますので読んでもらえたら嬉しいです。
宜しくお願いします。
家族から卒業
二年前の春、妹は「家族を卒業する」と言って家を出た。
高校の卒業式が終わったその日に、大学に進学もしない、就職もしないと急に言い出す妹。
リビングのテーブルに置き手紙を残していった。
私は一度、わたしになってみたい。
母は泣き、父は怒り、俺は黙っていた。
正直、少し羨ましかったからだ。
家族という檻の中で、うまく息ができずにいたのは、きっと妹だけじゃなかったから。
母の過度な子供への干渉、父の母への暴言を聞く日々。
早く家を出たいとずっと思っていた。
思っていただけの俺。
妹は出て行った。
二年後。
突然、妹から連絡が来た。
「会える?」
駅前のカフェで待っていると、ガラス越しに見えた妹は、ずいぶん大人びていた。
髪は短く、知らない色の口紅をつけている。
「久しぶり」
声は同じだった。
でも、何かが違った。
向かいに座った瞬間、俺は妙な違和感に包まれた。
妹なのに、妹じゃない。血のつながった存在なのに、どこか他人の匂いがする。
「ちゃんと暮らしてるよ」
妹は笑った。
昔よりも柔らかい笑い方だった。
だけどその笑顔には、家族の前で見せていた“遠慮”がなかった。
代わりに、俺を観察するような静かな目があった。
「ねえ、お兄ちゃんはまだ家族やってる?」
唐突な問い。
「……やってる、って何」
「家族って、役割でしょ?」
父の前では“いい娘”、母の前では“聞き分けのいい子”、俺の前では“甘える妹”。
そうやって形を変えていた自分に、妹は疲れてしまったのだという。
「外に出たらね、誰も私を妹って呼ばないの」
当たり前のことなのに、妹は少し嬉しそうに言った。
「最初は怖かった。でも、名前で呼ばれるたびに、自分が一人の人間になっていく感じがした」
違和感の正体が、少しわかった気がした。
妹はもう、“俺の妹”だけではなかった。
彼女は彼女として完成し始めていた。
家族という物語の登場人物から、ひとりの主人公になっていた。
帰り際、妹は言った。
「家族をやめたわけじゃないよ。ただ、卒業しただけ」
「卒業って、戻らないってこと?」
「ううん。戻るんじゃなくて、選び直すの」
その言葉に、胸がざわついた。
俺はまだ、家族を“選んだ”ことがなかった。
別れたあと、スマホにメッセージが届いた。
また会おう。今度は、兄妹じゃなくて。
画面を見つめながら、俺は初めて思った。
もしかしたら、違和感を感じているのは妹じゃない。
変わっていない自分のほうなのかもしれない、と。
家族を卒業するのに、遅すぎることはあるのだろうか。
春の風が、少しだけ軽く感じた。
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