変わらない一日
戦闘スーツに着替えてから、しばらく時間があった。
待機室の空気は、妙に緩かった。
力石は部屋の隅で、黙々と懸垂をしている。
金属のバーがきしむ音だけが、一定の間隔で響いていた。
守里は椅子に腰掛け、ブーツの留め具を締め直している。
見方はストレッチをしながら、こちらをちらりと見た。
「なあ、ギノ」
「はい」
「正義の味方庁ってさ」
見方が言う。
「普通、聞いたことないだろ。こんな部署」
確かに。
少なくとも、僕は知らなかった。
「……配属されるまで、名前も聞いたことなかったです」
「だよな」
見方は軽く笑う。
「俺もだ。
兄貴がここにいたって聞くまで、存在すら知らなかった」
その言葉に、少しだけ間ができる。
「……殉職したんだ」
淡々と言ったが、軽くはなかった。
「だからさ。
どんな場所なのか、ちゃんと見ておきたくてな」
それ以上、見方は何も言わなかった。
僕は少し間を置いてから口を開く。
「……正直、
こんなところだとは、思ってませんでした」
見方は、何も否定せず、ただ頷いた。
⸻
「揃ってるね」
白衣の博士が入ってくる。
「今日も、出動の可能性は高い」
それだけ言って、トレイを置いた。
低く、腹に響くサイレンが鳴る。
『各員、出動準備』
出動が確定した、という合図だった。
トレイの上には、小さな茶色い瓶が並んでいる。
今日は、一本多い。
「効きが落ちてきてるからね」
博士は、何でもないことのように言う。
「耐性ってやつだ」
全員が、黙って瓶を取る。
僕の前にも、二本置かれた。
……正直、一本でもきつい。
それでも、一本目は普通に飲む。
ここで誤魔化すわけにはいかない。
二本目に口をつけたところで、喉が詰まった。
半分ほど飲んだところで、
それ以上は、どうしても入らなかった。
「……すみません、ちょっと」
洗面所に向かい、
口に含んだ分だけを吐き出す。
鏡の中の自分は、少しだけ顔色が悪かった。
戻ると、誰も何も言わなかった。
視線を向けても、
四人とも、もうこちらを見ていない。
視界が一瞬、白く弾けた。
⸻
次に気づいた時には、車内だった。
景色は、うまく頭に入ってこない。
いつの間にか、
車両はもう止まっていた。
⸻
戦闘は、激しかった。
“それ”は、昨日より多く見えた。
動きも、荒い。
隊長たちは、迷いなく突っ込む。
見方の動きは速く、
守里の判断は的確で、
力石は、力石だった。
僕は後方で、近づいてくる“それ”を止める。
一体。
もう一体。
もう一体。
倒せてしまう。
拳に伝わる感触が、
昨日より、はっきりしている。
――やれてる。
そんな感覚が、確かにあった。
⸻
車両に戻り、座席に沈む。
息が、荒い。
「……落ち着いて」
誰かの声が、近くでする。
博士だった気がする。
いつから、乗っていたんだろう。
隊長は、向かいの席に座っていた。
ヘルメットを外したまま、目を閉じている。
疲れているようにも、
そうでないようにも見えなかった。
肩に、軽く触れられる。
腕に、ひやりとした感覚が走る。
それが何だったのか考える前に、
視界が、ゆっくりと暗くなっていく。
声は、まだ何か言っている。
意味は、よく分からない。
目を閉じる。
……少しだけ。
少しだけ、休もう。
⸻
その時はまだ、思っていた。
ちゃんと、正義の味方をやれている。
少しずつでも、
前に進んでいるんだと。
少しずつ慣れていく一日を書きました。




