心を読まれても伝わらない勇者
「お前にぴったりの仲間がいる」
マクスがそう言って紹介してきたのは、紫のローブを纏った女性だった。
「私はミレーナ。幻術と心の波を読むのが得意よ」
静かな声。
その瞳は、こちらの心をすべて見透かすようだった。
「あなたの心の声、感じ取れるわ。だから言葉はいらない」
(言葉いらない……? すごい、これなら誤解されないかも)
俺は少し微笑んだ。
だがミレーナは小さく眉をひそめた。
「……“誤解されないかも”って聞こえたわ。つまり、今までは周囲を試していたのね?」
(えっ!? 違う違う!)
「“違う違う”……動揺してる。やっぱり隠しごとがあるのね」
(なんでそうなるんだ!?)
⸻
森の中を歩くうちに、魔物の気配が濃くなった。
俺は剣を握りしめ、心の中でつぶやいた。
(早く倒さないと……)
ミレーナがピタリと立ち止まる。
「……“早く倒さないと”?」
彼女はゆっくり振り向いた。
その声は、少しだけ寂しそうだった。
「そう。あなたは急いでるのね。
“私と一緒にいる時間なんていらない”って、そういう意味でしょ?」
(ち、違う! そんなつもりじゃ――!)
焦って声を出そうとした。
けれど喉が詰まり、短い音しか出なかった。
「……ち、ちが……」
ミレーナの表情が凍る。
「……舌打ち?」
(ちが――違うんだ、それは!!)
「……そう。わかったわ」
ミレーナは静かに微笑んだ。
その笑みは、少しだけ哀しそうだった。
「言葉にできない本音。……あなたの沈黙が答えね」
彼女は背を向け、森の奥へと歩いていった。
⸻
残された俺は、剣を握ったままその場に立ち尽くした。
初めて「心を読める」相手に出会ったのに、やっぱり伝わらなかった。
──そして世間はまたこう言うのだろう。
「勇者は誰にも心を許さない」と。
……違う。ただのコミュ障です。