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ヒューマン他色々

私は愛を知らなかっただけ

作者: めみあ

主人公の序盤の行動が、倫理的に黒寄りのグレーですが、成長物語なのであまり気にせず読んでいただきたいです……


 恋人の(りょう)に別れを告げられた。

 理由もなく突然。

 

 呆然としながら私は、


 別れたくない。  

 どうしよう。 

 何が悪かったの?


 と、ぐるぐると同じ思考を巡らせる。


 

 そして答えを求め、気づいた。

 

 急に別れようなんておかしい。

 理由があるはず。

 

 部屋に行けば何かわかるかも。


 と。



 ♢

 

 部屋に忍び込み最初に思ったのは、合鍵をつくっておいて良かっただった。

 

 罪悪感より、理由を知りたい気持ちが勝った。



 そして、理由を知った。


 凌の部屋で見つけた写真。

 彼の隣に知らない女性がいた。

 幸せそうな笑顔をカメラに向けていた。


 日付は凌が実家に行くと言った日。


 写真は観光地で撮られたものだった。

 恋人と行けば幸せになれるという、恋人の聖地。


 

 そして写真と一緒に、女物のハンカチも見つけた。

 写真の彼女が手にしているものと同じ。

 イニシャルがR・Tと縫い付けてあった。



 以前、無断で携帯から連絡先をコピーしていた中から、それらしい名前を見つける。


 高瀬玲子。


 調べればすぐに彼の地元の同級生だとわかった。 さらに友人関係のSNSから、通勤経路まで把握できた。

 

 ――あとは会いに行くだけ。


 


 ♢



 彼の実家の最寄駅は、思ったより発展していた。ビジネスホテルやオフィスビルが立ち並び、人通りが多い。


 感情の赴くままここまで来たけれど、現実の世界を見たことで、ようやく冷静な自分が顔を出す。


(ひと休みしよう)


 私は駅前のカフェに一旦腰を落ち着けることにした。

   

 平日の15時。

 体調不良で欠勤したから、同僚からお見舞いのメッセージが届いていた。

 明日は会社に行かなきゃと思いながら、ふと外に視線を移す。

 

 目に映るのは、知らない町の知らない人々。


 私と同じように、それぞれに生活があって、それぞれに苦楽があるのだと考えて、初めて彼の気持ちを考えた。


 ――私は……凌が何に悩み、何を幸せに思うのか、考えたことあったかな……


 付き合いはまだ8ヶ月ほどで短い。

 共通の友人を通じて知り合い、居心地の良い人だったから私から告白して付き合いだした。

 凌はいつも優しくて、私の気持ちを優先してくれた。私は会うたびに凌を好きになって、愛し愛されることの喜びを知ったつもりでいた。



 ――でもひとりよがりだったんだね。私がワガママで、毎日電話したり、メッセージの返事が遅いとすねたりしたから、嫌になったのかな……

 ……ううん、それでも裏切るのは違う! 私は悪くない!



 私はポケットに忍ばせていたハンカチを取り出す。

 彼の部屋で見つけた証拠。これがある限り、私は揺らがない。





 夕方、カフェから出て改札に向かう。

 幸運にも改札は一ヶ所。


 私は改札前で待ち構え、彼女と話すため、ここにきた。

  

 この人は諦めてくれと頼めばきっと諦める。

 だって、友人とのSNSのやり取りでも面倒くさがらずに相手にしていたから。

 



 改札から出てきた玲子さんは、写真のイメージと違い、芯の強そうな雰囲気だった。一瞬、目が合った気がしたけれど、興味なさそうに逸らされる。


 なんとなく面白くなかった。

 やはり帰ろうかと迷っていた気持ちがここで吹っ切れた。



「あの、ハンカチを落とされませんでしたか?」


 しばらく後ろから追いかけ、人がまばらになったところで声をかけた。


 想像では「ありがとうございます」と受け取ると思っていたが、彼女はハンカチを見つめたまま、眉間に深い皺をつくった。

 

「来ちゃったのね」


 低く呟いた言葉の意味がわからず、首をかしげる。


「凌から、もしかしたら彼女がそっちに行くかもって聞いていたけど、あなた自分が何をしているかわかってるの? このハンカチは勝手に持って来たんでしょう?」


 厳しい声音。

 なにより凌と名を呼んだことに、

 なんであんたが、とカッとなる。


「あなたこそ、人のものを盗ったじゃない!」


 私が叫んだことで、通りすがりの人が何人か立ち止まり、怪訝そうな視線を向けてきた。


 「……すみません、大丈夫ですから」と玲子が周囲に声をかける。私も恥ずかしくなり「すみません」と頭を下げる。


 彼らが立ち去るまで待つ間の気まずい空気のなか、玲子がため息をついて小声で話し始めた。


 「……あれは誤解されるような写真だから、勘違いするのもわかるけど違うの。これを見て」


 彼女が取り出したのは、同じ日付の違う場所で撮られた一枚の写真。彼と玲子ともう一人の男性。玲子はその男性に腰を抱かれていた。


 その男性の顔は知っている。

 凌の兄の誠さんだ。

 直接会ったことはないが、もうすぐ結婚すると聞いていた。


「誠さんが私を撮ろうとして、凌が冗談で写り込んだだけで、私と凌はなんでもないから」


 真相がわかれば、勘違いだと笑って終わる話。

 

 普通なら。


 私はここにきた経緯を思い出す。

 笑って終わる話じゃない。


「ご、ごめんなさい……わたし……」


 頭が冷えて、ようやく自分のしでかしたことの大きさに身体が震えた。


「凌は、理由を言わずに別れを伝えたことを気にしていたけど、あなたは自分で気づいたなら、もう大丈夫そうね」


「凌は、私のことをどう……言っていましたか?」


「……彼は、私のように束縛や執着を愛されている証拠と思えなくて、これ以上執着されるのが怖かったって」



 (玲子さんのようにって……?)


 そのとき、玲子の携帯に着信があった。

 ちょっとごめん、と電話にでてからしばらく頷くだけだったが、大丈夫よと言って電話を終わらせた。


「誠さんが待ってるからもう行くわ。あなたは引き返せて良かった。私は……あ、なんでもない。次はいい恋ができるといいね」


 

 玲子に手を差し出され、思わず握手をする。

 暑いはずなのに、冷たい指先。

 

 玲子は逃げきれなかった人なのだろう。

 それでも、全てを受け入れた瞳は前を向いていた。


「ありがとう」


 私は力をこめて一度握り返す。

 

 ――私が凌のことを好きな気持ちは変わらない。

 でも、凌にこんな顔もさせたくない。


 

 

 さよなら、と言い玲子が背を向けた。

 

 少し先に停車している車の窓が開き、誠さんが私を睨みつけているのが見えた。玲子を傷つける人間を許さないというふうに。その視線は、ただ守ろうとしているのではなく、強い執着も滲み出ていた。



 私もあんな目をしていたから、凌は別れを切り出したのだと改めて理解させられた。


 私は彼の視線に気づかぬふりをして、玲子に手を振る。優しく玲子の髪を撫でる誠の仕草からも愛おしい気持ちが伝わった。


 愛し方に正解はないけど、私はそれじゃない。

 彼らを見て、私はそう感じた。


 ――相手に愛を強要するのではなくて、私は相手を信じられる余裕を持った恋をしたい。


 

 

 携帯を取り出そうとして、玲子のハンカチを返していないことに気づく。


 (またいつか会えたときに)

 

 

 




 


 駅の改札の前に、凌が立っていた。

 玲子さんが心配で来たのだろう。


「怖がらせてごめんなさい」


 私は鍵を差し出す。


「俺こそ……逃げてごめん」


 凌はまっすぐに私を見つめた。

 その瞳は最近見なかったもの。


(ずっと視線を逸らされていたことにも気づけなかったんだな)


「……じゃあ」

「……うん」



 短い別れの言葉。

 でも会えて言葉を交わせて良かった。



 改札を抜け、電車を待つあいだ、少しだけ目を閉じて自分の心を整理する。



 目を開けたら、すこしだけ世界が広くなった気がした。

















読んでいただきありがとうございました。




秋の文芸展用に友情をテーマに書き始めたはずが、また話をこねくり回しすぎてテーマが変わってしまいましたので、普通に投稿しました。

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