第五章 パニック
ピーターは言葉を失った。これが全て悪夢であることを願った。しかし、冷たい空気は耳の周りに感じられ、理科室は夢にしてはあまりにリアルであった。
「何でそんなに大きいの、ピーター?」小さいスコットは甲高い声で聞いた。
ピーターは固まった。自分が突然大きくなったのか?もしかしたらスコットが普通で、彼が巨大なのかもしれない。
しかし、その時ピーターは自分の周りの机が全て普通の大きさであることに気づいた。つまり、起きたことは一つしか考えられない。スコットが縮んだのである。
すると、驚いたことに、彼は大笑いしだした。
「どうして笑ってるの?」スコットはピーターの笑い声の上から聞こえるように叫んだ。
「だって…スコットが…すごく…小さいから…。」ピーターは一つ一つの言葉の後に笑ってしまった。
スコットも笑った。数分間、二人とも笑いすぎていて、何も話せなかった。
「ピーターはすごく大きいね。」とスコットが一言言って、また笑いが始まった。笑っていることで、ピーターは少し安心感を得た。まるで全てが大丈夫で普通みたいに思わせてくれたからである。
ところが、彼はやっと自分たちがどれだけバカげた行動をとっているのかに気づいた。彼らは大変な緊急事態に陥っていた。スコットは大きな痛みや病気にかかっているかもしれない。彼らのいわゆる「父親」は中国へ行き、二週間は彼らを二人だけにしてしまった。そして二人はここで大笑いしている。
「笑うな、アホ!」ピーターは怒って言った。スコットは笑うのをやめた。
「こんなの絶対イカれている。」ピーターは手を宙に振り上げながら続けて言った。「これは大きなジョークかなんか?こういうことは現実に起きないはずなのに。」
スコットはピーターに対し、にこっと笑った。小さな顔には恐れや心配などかけらもなかった。「起きるよ。」
ピーターはじっとスコットを眺めた。「どうやって小さくなったの?」
「あれを飲んだ。」とスコットは言った。彼は教卓の上にあるビーカーを指差した。そのビーカーの中にはごく少量の蛍光緑の液体が残っていた。
「なんていうバカなことを!」ピーターは怒り狂ったように叫んだ。
「ごめん。」とスコットは小さな声で言った。彼は耳をふさいでいた。「やぁ、ピーターが叫ぶと世界が揺れるよ。」
ピーターは深呼吸をした。『僕が正気でいないと。』と彼は自分に言い聞かせた。不可能に近いことを知っていながらも。「救急車を呼ばなきゃいけないと思う。」とピーターはなるべく冷静に言った。
「それで何て言うの?『助けて、弟が縮んで今は蟻より小さいぐらいだ』って?そしたら僕は病院に連れて行かれて、誰かに間違えて潰されるかもしれないよ?なんていう兄だ?」
彼の叱るような口調はピーターを怒りで荒々しくさせた。それでも、ピーターはそれに耐えなければいけないことを知っていた。
「分かった、じゃあ救急車は呼ばない。」とピーターは肩を上げて言った。「でも他に僕には何ができる?君をペン軸に入れるとか?」
ピーターのイカれた弟の顔は輝いた。「それはいい案だ!僕はペン軸の中に入ったことない。どんな感じなんだろう。」
ピーターは唸り声をあげた。
しかし、スコットは彼のパニックに気づいていなかった。彼はただまぬけな笑顔が永久に顔に貼り付いているようであった。「落ち着け、ピーター。小さいのはそんなに悪いことではない。」スコットは言った。「僕は大丈夫だよ。」
ピーターは小さなスコットを拾い上げ、指で潰さないように用心しながら、ポケットの中に入れた。
「ちょっと!何するんだい?出してくれ!出してくれ!」
ピーターは彼を無視して、何か変わった化学反応の起きた薄暗く気味悪い理科室から逃げ出した。
彼が部屋を出る時、誰かが低い声で「素晴らしい。」と言ったような気がしたが、きっとそれは空耳だろうと判断した。もしかしたらスコットのイカれているのは伝染性なのかもしれない。