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7.今夜は眠らせない

「かけてっ、かけてっ! お義兄様、魔法をかけてっ!」


 ある日の夜。寝室に訪れたハールモントを迎えたのは明るく弾んだ声だった。声の主はエルアイネアの妹マティリースだった。彼女は扉のすぐ前で彼のことを待っていたのだ。

 普段は二つにまとめている金髪を下ろしている。身にまとうのは薄手のネグリジェだ。フリルをあしらったゆったりとしたかわいらしいデザインだ。

 その愛らしさはまるで花の妖精のようだった。しかしネグリジェの下から見える体のラインは成熟しつつある女性の色気もある。それに今の彼女の言葉は、まるで色街で誘いをかけてくる遊女のような可憐かつ妖艶な姿だった。

 ハールモントはあまりに予想外の事態にどう反応すればいいのかわからなくなった。

 はしゃぐマティリースに固まるハールモントに向け、部屋の奥、ベッドに腰掛けたエルアイネアが声をかけてきた。

 

「これ、マティリース。お行儀が悪いですよ」

「だってお姉様、待ちきれなかったんですもの! この一か月、この夜のことをどれだけ待ち焦がれたかことでしょうか……!」

「仕方のない子ですね。でも『ゆるやかな(ジェントル・)ゆりかご(クレイドル)』は本当に素晴らしい魔法ですからね。あなたが夢中になるのもわかります」

「あんなに気持ちいもの独り占めするなんて、お姉様はずるいです!」

「ずるくなんてありません。ハールモント様はわたしの旦那様です。何度も言っていますが、姉の夫に気持ちよくしてもらおうなんて、はしたないことです。一か月に一度という約束も、あなたを大事だと思うからこそ譲歩したのです。あんまりわがままを言っていると、それもなしにしますよ?」

「ごめんなさい、お姉様……」

「ふふ、きちんと謝れたから許してあげます。さあ、二人でお願いしましょう」


 姉妹の会話でハールモントにも事情が分かった。マティリースは一か月に一度、『ゆるやかな(ジェントル・)ゆりかご(クレイドル)』をかけてもらう約束をしていた。そのためにこの寝室で待っていたのだろう。

 マティリースは姉の元へ戻ると、その隣に座った。

 麗しい姉妹は、茫然とするハールモントに向けて、声をそろえてこう言った。

 

「ハールモント様、今夜はわたしたちをいっぱい気持ちよくしてください」




 ハールモントはこの一か月間耐えてきた。エルアイネアのことを愛しているから、自らの性欲を抑え込んできた。それは22歳の健康的な男性としては、驚くべき自制心の高さと言える。

 彼は性欲を自分で処理しなかった。妻がいるのにそういうことをするのは後ろめたい。それに、なんだか負けた気がする。そんな考えから、自分で処理しなかった。

 もっといい加減な男であったなら、色街に繰り出すなりメイドを手籠めにするなりして発散していたことだろう。だがハールモントは誠実で不器用な男だった。ただ耐え忍ぶことを選んでしまった。

 

 例えるなら彼は荷を満載した馬車のような状態だった。それもリンゴ一個を追加しただけでも崩壊しそうな危うい状態だった。

 美人姉妹から繰り出された遊女のようなかわいらしくも悩ましい誘いの言葉。それは荷馬車に突然ドラゴンが乗っかったようなものだ。荷物ははじけて飛び散らかり、何もかもが台無しになるだろう。

 ハールモントは、そうなった。




 後ろ手に扉を閉め素早くカギをかけると、ハールモントはベッドにつかつかと歩み寄った。そしてマティリースに対して手早く『ゆるやかな(ジェントル・)ゆりかご(クレイドル)』を使った。マティリースに対しては結婚前に何度となく使っていたから、速やかに眠りに落とすことができた。

 

「……妹を先に眠らせるんですね」


 エルアイネアは不満げに頬を膨らませた。

 その言葉にかまわず、エルアイネアの両手をつかむと、そのままベッドに押し倒した。

 

「ハ、ハールモント様? これはいったい……?」

「エルアイネア、あなたに教えなくてはならないことがあります」

「お、教える? 何をですか?」

「美人の嫁さんがいるのに一か月も手を出さないのは異常なことなんです! 男とは、そんなことに耐えられるようにできてはいないのです!」


 一か月耐えただけでも大したものだ。ハールモントの愛は、それだけでも真実の愛と呼ぶに値する。

 だが夜の寝室に美人姉妹が待っていて、閨に誘うような言葉を言われて耐えられる男などいるだろうか。いや、いない。聖人だって耐えられない。かろうじて理性を保っているだけでも、彼はきわめて意志の強い男だと言える。

 だがその眼は血走り、息は荒くなっている。限界は近い。そんな彼の様子に、エルアイネアも自分のしてきたことがどれだけ残酷なことだったか理解したようだった。

 

「……ごめんなさい。あなたにそんなにも無理を強いてしまっていたのですね。自分の癒しばかりを求めて、甘えてしまっていました……でも、覚悟はできました。貴族令嬢として、妻の務めを果たします。すぐに使用人を呼んで妹を他の部屋に移しましょう」

「その必要はありません。いつもより眠気を多く送りました。彼女はちょっとやそっとのことで起きたりしません」


 エルアイネアは隣を見た。この状況になっても隣の妹はすやすやと眠っている。起きる気配はない。次にハールモントの顔を見た。すごく真剣な顔をしていた。


「……ご冗談でしょう?」


 エルアイネアは信じられないものを見る目で問いかけた。

 だがハールモントは本気だ。どこまでも本気だった。

 

「もう一秒だって我慢できるものか! やってやる! やってやるぞ!」

「ハールモント様!? お、お待ちください! 正気に返ってください!」


 ハールモントはもう止まらなかった。荒々しくネグリジェをはぎ取った。彼らしからぬ力の強さだ。性欲の開放は男に剛力をもたらすものだ。組み伏された状態からそんな力に押さえつけられればエルアイネアも抵抗のしようもない。

 大声で助けを求めることもできなかった。まず妹にこの痴態を見られたくない。使用人が駆けつけたとして、三人でベッドに入っているというこの状況を見られるわけにもいかない。むしろエルアイネアは声を抑えなければならなかった。

 

 ハールモントの動きは荒々しいものだったが、それでもエルアイネアの身体を傷つけたりはしなかった。彼は魔力の微調整に長けた魔法の使い手であり、そしてエルアイネアのことを愛していた。我を忘れ暴走しながらも、ぎりぎりで抑えていた。

 激しくて強引なのに、その指使いは繊細でどこか優しい。二面性を持った怒涛の攻めにさらされ、エルアイネアはなすすべもなく翻弄された。

 二人は激しくもつれ合い、ベッドが大きく揺れた。しかしマティリースは目を覚ます様子はない。自分のすぐ横で淫らな狂乱が巻き起きているなど夢にも見ていないように、スヤスヤと気持ちよさそうに眠り続けた。

 

 

 

 翌朝。マティリースが目を覚ました。心地よさにぶるりと身を震わせた。やはりハールモントの『ゆるやかな(ジェントル・)ゆりかご(クレイドル)』は普通の眠りとは違った充足感があった。

 寝室には彼女一人だった。姉もその夫もいなかった。カーテンを開けると陽光が差し込んできた。ずいぶんと日が高い。もう昼近い時間だろう。

 何か妙だった。ベッドのシーツもなんだか妙にきれいだ。眠っている間にシーツを替えたようだ。マティリースのことを起こさずにシーツだけ替えるのは奇妙なことだった。

 

 使用人を呼び、身支度を整えると執務室に向かった。昼前ならそこで領地経営の仕事をしているはずだった。

 予想通り姉はいた。普段通り挨拶を交わすが、どうも様子がおかしい。目を合わせようとしない。

 

「お姉様、どうして起こしてくださらなかったのですか?」

「あなたがよく眠っていたから起こすのがかわいそうだと思ったのです」


 姉の態度はどこか変だった。執務室ではいつも毅然としているのに、なにかを恐れているように見える。こんな姉は初めてだった。

 

「お姉様、昨夜はちゃんと眠れましたか?」


 そう問うと、姉はビクリと震えた。

 

「……お姉様?」

「え、ええ。昨夜は素晴らしい夜でした……」


 それで話は終わったとばかりにエルアイネア仕事に戻ってしまた。なぜか耳まで真っ赤にしている。

 マティリースは夫婦間で何かしらあったのだろうと察した。もしかしたら、『ゆるやかな(ジェントル・)ゆりかご(クレイドル)』より気持ちのいい眠りの魔法でもかけてもらったのかもしれない。

 追求したいところだったが、あまりしつこくすると月一回の魔法も禁じられてしまうかもしれない。深入りしすぎない方がよさそうだ。

 でも、夫婦だけの秘密があるというのはなんだかうらやましかった。

 執務室を立ち去り、廊下に出るとマティリースはつぶやいた。


「わたしも婚約相手を探さないといけませんね……」





 こうしてハールモントとエルアイネアの初めては、妹に知られることなく終わった。

 二人はあの夜を境に決定的に変わってしまった。だが、普段の暮らしは変わっていない。

 相変わらずハールモントは普段の日々を性欲を押さえて過ごし、エルアイネアは領地経営に励みつつ、夜は快眠を得る。

 そして月に一度。マティリースを寝室に招く。マティリースを深く眠らせると、二人は激しく交わりあうようになった。

 こんなことになってしまったことにはやむを得ない理由がある。

 

 なぜならハールモントは知ってしまった。性欲を抑え込む忍耐の一か月。その期間を経て、一晩ですべてを解き放つ解放感。愛する人を性欲のはけ口にするという背徳感。それらのことから生まれる圧倒的な快楽を知ってしまった。

 なぜならエルアイネアは知ってしまった。上に立つことを強いられた自分が屈服させられるという屈辱と、ある種の解放感。何も知らずに眠る妹の横、シーツをかみしめながら声を押し殺し、男の欲望に蹂躙される背徳感。妹が起きるかもしれないというスリル。それらのことから生まれる圧倒的な快楽を知ってしまった。

 

 初体験でそんな常軌を逸した快楽を知ってしまった二人が元に戻れるはずがなかった。後日、普通の夜の営みを試みてみたが、二人ともまるで満足できなかった。

 マティリースが目を覚まさなくても、シーツの乱れや汚れで何があったのかはばれてしまう。かといって使用人を呼びつけるのもはばかられる。自分たちの手で交換するしかなかった。

 一晩中激しく過ごし、疲れ切った状態でのベッドメイクは大変だった。一人ではとても無理だ。通じ合った二人だからこそできた。それはまさに愛の共同作業だった。

 

 やがてマティリースが結婚して家を出ると、無垢なメイドを呼びつけて眠らせてから行為に耽った。

 夜のことは口外してはならないと使用人たちには箝口令を敷いた。呼びつけられたメイドは傷一つついておらず、すごくよく眠れたと言うだけだ。交換されたシーツの異常な乱れと汚れは不気味に思えたが、普段の二人は優れた領主だったので、特に不満を持つこともなかった。

 

 ハールモントはその後も研究を続け、人々により良い眠りをもたらした。エルアイネアは領地をよく治め、領民たちから愛された。夫婦仲は極めて良好で、その仲の良さは貴族社会でも評判となるほどだった。

 後先考えない激しい交わりを続けたためか、二人は子宝に恵まれた。子供たちは後に伯爵家を支える優秀な貴族として名をはせることになる。

 ハールモントとエルアイネアの二人は良き夫婦として後の世で語られるようになった。

 

 ヴィードクロゼス伯爵家の歴史において、二人の夜の事情が伝わることはなかった。異常な性癖が時として夫婦の仲を強めることもある。しかし、そうした真実は、人に知られないよう眠らせたままにしておく方がいいのだ。



終わり

「婚約者との仲を邪魔しに来る妹を、眠りの魔法で撃退する話を書こう」

そんなことを思いつきました。

眠りの魔法ならケガさせることなく安全に撃退できます。

いい感じのコメディになると思いました。

話を組み立てていくうちに「眠るのって気持ちいいことなのでは?」と思い付き、その要素を組み込んだらこういう話になってしまいました。

当初の想定ではこんなえっちな感じの話になるはずではなかったのに……!

お話づくりはままなりません。

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