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2.魔法で眠らせて

 ハールモントはトランクアルト子爵家の第四男として生まれた。上の兄たちはみな優秀で、家督を継ぐことも他家への関係を結ぶことも上の兄たちが全て担うことになった。

 役目のないことで冷遇されたりすることはなかったが、目をかけてもらえることも少なかった。よく言えば自由を与えられ、悪く言えば放置されていた。ハールモントは子爵家のおまけ、といった扱いだった。

 

 だがハールモントは自分の境遇を悪いものだとは思っていなかった。むしろ将来に向けて努力する両親や兄たちのことは大変に思えた。自由にさせてもらえる自分は楽とさえ考えていた。

 いくら放置されていたとは言え貴族の家に生まれた以上、何か手に職をつけなくてはならない。トランクアルト子爵家は何もできない四男坊をずっと置いておくほど寛大ではない。

 ハールモントは身体が細く体力はなかった。魔力も貴族の中ではせいぜい並程度しかない。しかし、魔力の微調整に関しては優れており、魔法学についても成績はいい方だった。

 何か魔法の研究で功績をあげ、王国直轄の魔法省に入る。それが最もいい選択と思えた。

 

 学園に入学するとハールモントは魔法科を専攻し、魔法の研究に打ち込んだ。彼の研究テーマは『眠りの魔法』だった。

 

 一般に知られる『眠りの魔法』は戦闘や間諜に使われるものだ。戦闘において、強制的に眠らされれば死に直結する。間諜においても相手を殺さずに無力化することができる『眠りの魔法』はきわめて有用だ。そうした魔法だから、ずっと昔に完成されており、今さら専門で研究しようという者はほとんどいなかった。

 

 ハールモントはこれを生活に転用することを思いついた。両親や兄たちは将来のために睡眠時間を削って努力し続けている。彼らにはせめて寝る時ぐらいはぐっすり眠ってほしいと思っていた。それに他に研究する者がいない分野で何か新しい技術を確立すれば、魔法省の目に止まりやすくなるかもしれないという打算もあった。

 

 『眠りの魔法』は分類上は戦闘用の状態異常魔法に該当する。相手の魔法防御を突き破り、意識を刈り取り、深い眠りに落とし込むというものだ。使用する術者の技量にもよるが、強制的に眠らせるそれは快眠とは程遠い。強力な『眠りの魔法』は後遺症を引き起こすこともある。

 この『眠りの魔法』をもっと穏やかなものとして日々の眠りの質を上げることを考えたのだ。

 

 試行錯誤の結果、ハールモントは新しい『眠りの魔法』を編み出した。その仕組みを一言でいえば、「対象を眠りに適した状態にしてから、眠気を少しずつ流し込む」というものだ。

 まず、相手の魔力と同調する。そして相手のまとう魔力の状態を、睡眠時の穏やかな状態にする。そして相手が眠りを受け入れる段階になったところで魔力で眠気を少しずつ流し込んでいくのだ。

 通常の『眠りの魔法』と比べ、効果を発揮するのに時間がかかる。だが対象にかかる負担は大幅に少ない。それは日常に使う魔法としては見逃せない大きな利点だった。

 最初は動物実験を行い、次に金で雇った平民に試した。

 テストに参加した平民たちは、「久しぶりにぐっすりと眠れました!」「なんだか肩こりが取れました!」「深く眠るのってこんなに気持ちいがいいことなんですね!」などなど、極めて良好な感想を返してくれた。

 ハールモントはこの魔法に『ゆるやかな(ジェントル・)ゆりかご(クレイドル)』と名付けた。


 これに手ごたえを感じ、研究を論文にまとめて学会で発表した。完成したと思われていた『眠りの魔法』に新たな視点で切り込んだ研究として、予想以上に評価してもらえた。

 技術の確立の後は一般化だ。『ゆるやかな(ジェントル・)ゆりかご(クレイドル)』は使用魔力自体はそう高くない。だが魔力に同調するのも少しずつ眠気を送り込むのも術者に高い技量を要する。魔力の微調整に長けたハールモントには難しくないが、使える者が限られる。

 そこで簡易化を実証するために魔道具を作ることにした。

 

 魔力の同調は省略して、相手の魔力が穏やかになるよう働きかける程度の機能にとどめた。代わりに眠気を流し込む部分については細かく調整をした。ここが眠りの質に大きく関わることはこれまでの研究でわかっていた。そうは言ってもどれだけの眠気が必要かは対象者の体質や状態によって変わる。眠気の総量については使用者が自由に調整できるようにした。

 箱型のオルゴールをもとに作った。穏やかな音楽とともに眠りをもたらす魔法をかける。その魔道具を『穏やかなる子守歌(マイルドメロディ)』と名付けた。

 

 試作品を作り、それを魔道具業者に持ち込んだ。快眠の魔道具は製品化され販売された。大ヒットとまではいかなかったが、十分な利益を出すことはできた。

 

 これらの功績を持って、ハールモントは無事に魔法省に入ることとなったのである。

 

 

 

 ハールモントは魔法省に入った時点で満足していた。ひとまず生活の不安は無くなった。好きな魔力の研究ができるし、道具や資材もそろっている。役所らしく煩雑な事務作業も日々こなさなければならないが、生活の安定を思えば文句はなかった。

 そうして働くうちに彼も21歳になった。貴族としてはそろそろ真剣に結婚を考えるべき時期だ。だが家の血筋を継ぐための結婚は兄たちが請け負ってくれている。両親もうるさく言ってこない。いずれ収まるところに収まるだろう、などとのんびりとしていた。

 

 だから、突然、名門と名高いヴィードクロゼス伯爵家から縁談の話がやってきた時は、とても驚いた。

 

 ヴィードクロゼス伯爵家と言えば王国でも有数の歴史ある貴族だ。しかも縁談の相手はその長女だという。トランクアルト子爵家の四男であるハールモントは、結婚が成立すれば婿入りという形で伯爵家に入ることになる。

 『ゆるやかな(ジェントル・)ゆりかご(クレイドル)』を開発したハールモントの功績に感激して声をかけたとのことだった。それが本当のことかは疑わしかった。確かにあの研究は評価されたし、魔道具もちょっとしたヒットを記録した。それでもヴィードクロゼス伯爵家が婿入りさせようと考えるほどのことではなかった。


「噂によれば、ヴィードクロゼス伯爵家の長女はこれまで何度も破談してきたそうだ。もし危険を感じ取ったら身を引くんだ。あとのことは私たちに任せろ。くれぐれも無理はするんじゃないぞ」


 父からはそんな警告を受けた。戦々恐々としながら招かれたヴィードクロゼス伯爵家に両親とともに赴くと、庭園に招かれた。そこに設えられたガゼボ。テーブルに着く縁談の相手を見て、ハールモントは全ての思考を失った。

 

 伯爵令嬢エルアイネア・ヴィードクロゼス。

 腰まで届くミルクのように滑らかなプラチナブロンドの髪。その顔立ちは少女の可憐さを残しているが、薄青の瞳は大人らしい落ち着きを感じさせる。身にまとった気品も、礼儀作法に則った美しい所作も、なにもかも非の打ちどころがない。たおやかで美しい、完璧な伯爵令嬢だった。

 こんなに美しい令嬢とこれから縁談が始まる。うまくまとまれば夫婦となって一生を共に過ごすことになる。まるで実感がわかない。まるで夢の中にいるようだった。

 両親たちは儀礼に則った堅苦しいやりとりをしていた。ハールモントもそれに合わせて頭を下げたり言葉を返していたりしたはずだが、いまいち覚えていない。彼はエルアイネアの美しさにすっかり魅せられていた。

 

 そして気づくと両親たちはいなくなり、二人きりでテーブルをはさんでいた。お互いの相性を知るために、二人きりの時間が取られたのだ。縁談ではお決まりの流れだった。

 ハールモントは焦った。こういう時に何を話せばいのかわからない。事前に兄たちにアドバイスを受けていたはずだが、それが全然思い出せない。半ばパニックに陥りかけていたところ、エルアイネアの方から話を切り出した。

 

「ハールモント様。まずはお礼を言わせてください」

「お、お礼?」

「本日はこちらの急な申し出にお答えくださりありがとうございます」

「いいえ、そんなお礼を言われることの程ではありません! 私など、いつでもおよびだてください! すぐに馳せ参じます!」

「まあ、ハールモント様ったら……」


 ハールモントの大袈裟な言い方がツボにはまったのか、エルアイネアは口元に手を当てて笑った。その笑い方は控えめでしとやかなものだった。ハールモントは笑われた気恥ずかしさより、こんな上品な笑い方があるのかと、なんだか感動を覚えてしまった。

 しばらく笑っていたが、それが治まると、エルアイネアは真剣な顔になった。

 

「実はハールモント様にはもうひとつ、お礼を言わねばならないことがあるんです」


 どうやらこれから言うことが本題のようだ。ハールモントは身を引き締めた。

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