#005 「夜の会話」
窓の外で、風が雪を転がしていた。
夜の寮は静かで、廊下を歩く足音も響かない。
美弥は、共用ラウンジの隅にある閲覧端末をぼんやりと見つめていた。
そこには、さっき保存したばかりの映像が再生されている。
《ノーザンダスト帰還者任命式・抜粋記録》
そのタイトルの下、
6人のうちのひとり——想太が立っていた。
「……僕たち、やってみます」
短く、でもまっすぐなその言葉。
私は、思わず再生を止めて、映像を巻き戻す。
今度は、隣に映っていたはるなの横顔に目が留まった。
まっすぐ前を見つめるその瞳。
少しだけ、手が震えていた。
——ずるいな。
気づけば、そんな言葉が胸に浮かんでいた。
「……なんで、あんたなの」
私は唇を噛むように呟いた。
想太がはるなを見ていた。
その視線が、まっすぐで、迷いがなくて……それが、腹立たしかった。
だって私は、ずっと前から——
はるなを見てきたのに。
“中心”にいるのは、いつもあの子だった。
私はただ、それを隣から見てきただけ。
けれど、その背中に憧れていた。
その笑顔に、何度も救われてきた。
だからこそ、
そのはるなに、想太が気安く目を向けることが、悔しかった。
あの子が「ともり」と語り、
あの子が「鍵」を持ち、
あの子が——誰かに向けて笑っている。
それを見ているのが、苦しかった。
——この世界の中心には、
あの子と、そして“ともり”がいる。
そのことが、ちょっとだけ、怖かった。
でも……いい。私は、そばにいる。
見てるだけでも、私は——。
「……ねえ、想太。あんたってさ……」
小さく呟くと、言葉は雪の音に消えた。
私は、また窓の外を見た。
夜空に、雪が静かに舞っていた。
* * *
私は、また窓の外を見た。
夜空に、雪が静かに舞っていた。
——…よし。
溜め息をひとつついて、自分の部屋に戻る。
ベッドの上には、こっそり集めた“はるな”資料が並んでいた。
AIが撮ってくれた、授業中の横顔。
笑ってるときのスナップ。
「たまたま映ってたやつだし?」とか言いつつ保存した動画の切り抜き。
布団の中に潜りながら、私はそのひとつひとつを確認した。
「……はるな……かわいい……ふふ……」
気づけば口元がにやけていた。
頬が熱い。思わず枕に顔をうずめる。
「はぁぁぁあ……はるなぁぁ……(尊)」
ごろごろとベッドの上で転がる。
抱きしめていたクッションには、さりげなく“クオノ学制服を着た人型シルエット”のカバー。
——想太に嫉妬してる場合じゃない。
私の方が“ガチ”なんだから。
そんなことを思いながら、
私はそっと端末にロックをかけた。
画面には、保存フォルダのタイトルが静かに光っていた。
《はるな_記録_2025_尊みMAX》
「ふふっ……おやすみ、はるな」
美弥、就寝。
(たぶん夢にも出てくる。)