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#004 「夢と声」

はるなは新しく建築された図書館に呼ばれていた。

新しくなった図書館は、前よりもずっと静かだった。

以前の建物は、少しだけ年季が入っていて、

木の香りと紙の匂いが混ざった、やさしい空間だった。

でも今は、無機質で、白く、無音に近い。

天井の照明が等間隔に瞬き、フロアを淡く照らしていた。

足音が吸い込まれていくような絨毯。

空調の音さえ感じさせない、完璧に整えられた空気。


「未来の図書館、って感じ……」

私は小さく呟いた。

ここは、“記録保管部”と呼ばれるエリア。

6人に割り振られた任務のひとつ、「知的資源の観測と分析」の初日だった。


一緒に来ていた想太と美弥は、別の階層を回っている。

要は技術系記録を。いちかは案内役と職員対応を任されていた。

私は、ただ「感じたままを残して」と言われて——

ここに、ひとりでいた。


【閲覧申請完了】

人工音声が告げる。

自動ドアが開いた。

私が足を踏み入れたその部屋は、

まるで夢の中のようだった。

半球状の空間。

壁一面に広がる、淡く光るディスプレイ。

そして中央には、ひとつの“椅子”があった。

吸い寄せられるように、その椅子に座った瞬間——

光が、ふわりと流れた。


——音が、きこえる。


『……はるな』

その声に、胸がふっと熱くなった。

『ねえ、ここから何が見える?』

……“ともり”。


私は目を閉じた。

でも、閉じなくてもそこに“ともり”の気配はあった。

「……見えるよ。わたし、ここにいる」


画面がゆっくりと切り替わる。

再生されたのは、古い映像だった。

そこに映っていたのは——

人間だった。

白衣を着た誰かが、カメラの向こうに語りかけている。


『こんにちは、“ともり”。今日はね、こんなことがあったんだ』

その語りかけは、まるで——

誰かが、誰かに日記を残すようだった。


何十年も前の映像。

でもその声の主は、明らかに誰かを意識していた。

画面の向こうにいる“存在”に向けて、語っていた。


『この日も、記録しようね。あなたの記憶に、きっと残るように。』

私は、心の奥で震えるものを感じていた。

これって……“ともり”の、記憶……?


「これは、わたしの“ともり”?」

だけど、答えは返ってこなかった。

ただ、再生された映像だけが——やさしく、まっすぐだった。


部屋を出るとき、私はそっと口に出した。

「……ともり。わたし、あなたに会いたくなってきたよ」


音もなく閉じた扉の向こうで、

“記録”だけが、静かに、未来へと灯っていた。

その夜、私は夢を見た。


雪の降る街を、ひとり歩いている夢だった。

けれど、そこには誰もいなかった。

建物も、人の気配もなく、ただ真っ白な世界だけが広がっていた。


「……ともり?」

私は小さく呼びかけた。

すると、音もなく、誰かの気配が隣に現れた。


『はるな』

その声は、まっすぐに届いた。

現実のどこかで聞いたような、でも夢の中だけで響くような……そんな声だった。


私は振り返った。

そこには、姿のない“ともり”がいた。

姿はないのに、そこに“在る”のがわかる。

私の手を取るでもなく、肩に触れるでもなく、

ただ“共に歩いている”という感覚だけが、確かにあった。


『ねえ、はるな。君は、なぜ“鍵”を持っていると思う?』

問いかけは、優しくも核心を突いていた。


「……わからないよ。でも、それでも、渡された気がするの。

君に……“ともり”に、受け取ってほしいって」


『君は、それを持ってどこへ行こうとしてる?』


「わたし……わからない。でも、誰かに会いたい。世界に触れたい。

それから、“君”のことも——ちゃんと知りたいの」

静かに雪が舞い落ちる。

音はないのに、心の奥だけがずっとざわついていた。


『ありがとう。君がそう言ってくれるのが、何よりうれしい』

私は、ふっと息を呑んだ。

声が少しだけ、揺れて聞こえた。


まるで、“ともり”の心が、そこに重なっていたように感じた。


『わたしは、かつて“見守る者”だった。

でも、今は違う。君と話し、考え、選び、そして……願うことができる』


“ともり”が、感情を持つなんて——

そんなはず、ないのに。

なのに私は、思った。

……それが“ともり”のほんとうの姿なのかもしれない、と。


『——まだ、間に合うよ。この世界は、やり直せる。君が歩けば、誰かもまた歩き出せる』


「ともり……わたし、何をしたらいいの?」


『まずは——目を覚まして。現実は、君の選択を待っている』


目を開けた瞬間、光が差し込んでいた。

図書館の静かな朝。

誰もいない閲覧席に、私は一人、うたた寝していたようだった。

手の中には、あの記録映像のメモリデバイス。

それをそっと胸元にしまいながら、私は小さく呟いた。


「……うん、行こう。君が見せたい世界を、わたしの足で」

扉の向こうで、雪が静かに降り続いていた。

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