#003 「任命の言葉」
呼び出しは、あまりにも静かに届いた。
教室の壁面に設置された端末に、中央部のマークが淡く浮かぶ。
《対象:特別クラス第S区所属生徒6名
本日午後13時、ユグドノア・ドーム 第3会議室に集合のこと
内容:中央部任命式、および補足説明》
「任命式……か」
隣で呟いた隼人の声は、誰よりも落ち着いていた。
でも、視線の奥には、言いようのない重さがあった。
僕たちは、それぞれの制服を整えながら、無言のまま廊下へと向かった。
階段を降りる足音が、やけに大きく響く。
久遠野の中枢部、ユグドノア・ドーム。
その一室で、僕たち6人は“役目”という名前の鍵を手渡されることになる。
会場に入ると、空気が変わった。
天井は高く、壁は白く、窓一つない空間なのに、どこか“見られている”ような気配がした。
中央部の人たちは、無表情だった。
官僚服に身を包んだ大人たちが、整然と並んで僕たちを待っていた。
「ようこそ、特別任命対象者の皆さん」
前に立つ男性が、静かに口を開いた。
中央部記録局、連絡官・嶋田。
「本日をもって、あなた方6名は、久遠野中央評議会より“特別行動認可”を受けることとなりました」
淡々とした口調。
でも、その言葉が意味するものは、重い。
僕は一度、隣に立つはるなの横顔を見た。
彼女は、まっすぐ前を見つめていた。
少しだけ、手が震えているようにも見えた。
「あなたたちは、久遠野の代表として、市政・教育・AI調整・中央交渉など、複数の分野において補佐的な任務を担います。
ときに視察、ときに通達、ときに“観測”を。
それぞれが、各地の目と耳となり、声を届ける存在です」
“観測”という言葉に、ふと胸がざわついた。
……あのときの“ともり”の声が、ふいに脳裏をよぎる。
『想太。君は、何を見た?』
『そして、それをどう伝える?』
「——では、任命の言葉を」
嶋田の後ろから、一人の人物がゆっくりと歩み出た。
……その姿に、僕は小さく息を呑んだ。
ミナトさん——。
彼は、静かに立った。
まるで誰よりも当たり前のように、そこにいるという風に。
「ミナト・クオンです」
その一言だけで、場の空気が一段引き締まった。
僕は知っている。
この人は、かつてノーザンダストを創った人間であり、
久遠野のAI基盤を支えた“調整者”でもある。
だけど今、目の前にいるのは、
そういう肩書きではなく——
僕たちの“未来”に言葉を投げる人だった。
「君たちは、選ばれた」
ミナトの声は、静かだった。でも、確かだった。
「それは、優秀だったからでも、従順だったからでもない。
君たちが“自分で選んだ道”を、歩んだからだ」
彼の視線が、ひとりずつに向けられる。
はるな、隼人、美弥、要、いちか——そして僕へ。
「街は、君たちの“選択”を見ていた。
争いの中で逃げなかったこと。
AIに対して、自分の言葉で向き合ったこと。
“観測する”ということを、ただの情報じゃなく、“まなざし”として持っていたこと」
誰も言葉を返せなかった。でも、心のどこかで、確かに何かが動いた。
「だから、私はここで命じる。
——君たちは、“未来を選ぶ者”となれ」
その言葉に、胸が熱くなった。
命じる、というには優しく、
祝福する、というには静かすぎる。
だけどその一言が、
“与えられた役割”ではなく、“引き受ける覚悟”をくれた。
ミナトは、少しだけ微笑んだ。
「人とAIが、ともに在る未来はまだ遠い。
けれど、君たちの歩む道の先に、それはきっとある。
君たちの役目は、“ただ進むこと”だ」
「そして……迷ったときには、ちゃんと立ち止まってくれ。
それでも歩けるなら——
そのときこそ、君たちは“久遠野”になる」
僕はその言葉を、忘れないだろう。
はるなの横顔が、そっと震えたのを見た。
彼女は、何かを受け止めようとしていた。
きっと、僕もそうだった。
まだ全部は理解できない。
でも——
「はい」
僕は、思わず口に出していた。
「……僕たち、やってみます」
そのとき、6人の胸元にあった小さな端末が、
同時に淡く光を放った。
それが、正式な任命の証だった。