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#002 「再び始まる学園生活」

チャイムの音が、冬空に吸い込まれていく。

どこか乾いたその響きが、雪に包まれた校舎に少しだけ寂しさを添えた。


灯ヶ峰学園。

この場所で、私はまた「日常」を始めようとしている。

でも、それはもう“前と同じ”ではなかった。

何もかもが同じように見えるくせに、ほんの少しだけ、違っている。

廊下の掲示板には、「特別クラス 再編成」の文字。

数人しかいないその教室に向かう足取りは、どこか浮いていた。


「……寒っ」


思わず漏れた声は、誰に向けたわけでもない。

けれど、その小さな呟きに、私はようやく「自分がここにいる」ことを実感した。

扉の向こうには、懐かしい気配があった。

あの秋の日々を共に越えてきた、仲間たちの気配——

扉を開けると、ふわりと暖気が顔に触れた。

窓際には、うっすらと朝日が差し込んでいる。

その中に、あの姿があった。


「おはよう、はるな」

振り返ったのは、美弥だった。

彼女の笑みは、どこか誇らしげで、それでいて安心させてくれる。


「おはよう、美弥」


そして、続けて姿を見せたのは——

「遅いぞ、相変わらずだな」

「でも、来てくれてよかった」


隼人と想太。

その隣で、カップを両手で抱えながら、要がぽつりと呟いた。


「戻ってきたって感じは、あんまりしないな……でも、悪くない」

その声に、私はなんとなく「そうだね」と返した。

そして、ひときわ元気な声を放ついちかが続いた。


「はるなちゃーん、今日も安定の一番最後~」


「はいはい、ごめんってば……!」


思わず笑いがこぼれる。

この空気、この距離感。変わってしまったはずなのに、なぜか“戻ってきた”気がする。


「なんか……不思議だね。ここにまた、みんなで集まれるなんて」

私の言葉に、想太がこくりと頷いた。


「でも、戻ってきたってより——新しく始まったって感じ、かな」

教室の隅には、まだ誰も座っていない机が並んでいた。

それでも、私たち6人の席は、まるで最初から“指定席”だったかのように、自然に埋まっていく。


そのとき——

扉の外から、複数の視線を感じた。

ガラス越しに見える数人の生徒たちが、こちらをそっと覗いている。

誰もが小声で何かを囁き合い、こちらに釘付けになっていた。


「……見られてるね」


「うん、まあ。そりゃそうでしょ」

美弥が肩をすくめる。


「“ノーザンダストの6人”だもん。憧れの的ってやつ?」


「まるで、勇者チームだね……!」

いちかが笑いながら、照れ隠しのように伸びをする。


「でもまあ……気にすることないでしょ。私たちは私たちなんだし」


「うん」

私は深く頷いた。


そう。

私たちは、ただ選ばれただけじゃない。

選び、進み、戻ってきた。

そして、また旅立つ。

それを、誰かが見ているのなら——

せめて、胸を張って“私たち”でいようと思った。

教室のドアが音もなく開いた。

姿を見せたのは、新任らしい、落ち着いた雰囲気の女性教師だった。

年齢は若く見えるが、その視線にはどこか行政部仕込みの鋭さがある。


「おはようございます。……全員、そろっているようですね」

私たちは、自然と立ち上がって挨拶をした。

でも、それは“生徒”としてというより、

久遠野という街に関わる“何か”としての動作に近かった。


「このクラスは、あなたたち六人のためだけに用意された“特別枠”です」

教師はそう告げると、窓の外を一瞥してから、ゆっくりと歩み寄った。


「今日から、あなたたちは学業と並行して、行政支援・現場視察・中央通信などに関わる立場となります。

簡単に言えば、久遠野の“顔”として振る舞うことが求められます」

空気が少しだけ張り詰めた。

それでも、誰も驚いた様子はなかった。


「形式的には“特例認可”という形での出席ですが、基本的に授業には参加します。

ただし……他の生徒とは扱いが違うということを、自覚しておいてください」

教師の目が、ゆっくりと私たちひとりひとりを見渡していく。


「皆さんが戻ってきたことで、街の空気は確実に変わりました。

……それは、他の生徒も感じ取っているでしょう」


確かに。

あの廊下の視線。

ざわめき。

“勇者”とまで囁かれていたあの言葉。


「そして、嫉妬や対抗意識を持たれることもあるでしょう。

でもそれは、“役目”を持つ者の宿命です」

役目。

その言葉が胸の奥で反響した。


——私は、“誰かのため”に立っているのだろうか。

——それとも、自分で選んだ道に、ちゃんと立てているのだろうか。


「それでは、授業の準備を始めてください」

教師はそう言うと、教卓の端に手帳を置き、静かに腰を下ろした。


誰も口には出さなかったけれど、

私たちの中にある“緊張”と“期待”と“疑問”が、

机の上に広がる冬の光に、ゆっくりと滲んでいった。


昼休み。

私たちは、いつものように机を寄せ合ってお弁当を広げていた。


「この配置、なんか懐かしいね」

美弥が笑いながら言った。


「前は、教室の隅っこでこっそり食べてたのにね」

いちかが頷きながら、箸を動かす。


「今は“教室の真ん中”にいる気分だよ」

想太がそう呟くと、隼人がふっと笑った。


「お前のせいでもあるぞ。あのスピーチ、街中に放送されたからな」


「え、あれ……みんなに見られてたの?」


「うん、がっつり。動画編集までされてたよ?」

要が、苦笑いを浮かべながらスマート端末を軽く振った。


「……うわぁ……」

想太が弁当のフタで顔を隠す。


そんな中——


「失礼します!」

教室の扉が勢いよく開き、数人の生徒がそろりと入ってきた。

見たことのある顔。

かつて同じ学年にいた子たちだ。


「えっと、その……ノーザンダストでの活動、ニュースで見ました!」

先頭の女子生徒が、やや緊張しながら言った。


「みんな……本当に、すごいと思います。私たち、応援してます!」

もうひとりの子が頭を下げる。


「……ありがと」

私は思わず立ち上がって、笑顔で応えた。


「でも、私たちだけじゃないよ。街の人や、あなたたちが信じてくれたから……ここに、戻ってこられたんだと思う」

小さな拍手が起きた。

気がつけば、他の生徒たちも少しずつ近くに集まり始めていた。

誰もが、特別クラスの私たちを、遠巻きに見ていた。

でも今は、ほんの少しだけ距離が縮まっていた。


「すごい……」

いちかが、小さく呟いた。


「ねえ、はるなちゃん。今なら“普通”のこと、できるかもね」


「……うん」


“特別”という立場の中でも、“日常”を重ねていける気がした。

たとえそれが、一瞬の奇跡だったとしても。

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