#000 「プロローグ」
冬の空気には、音がない。
いや、あるのかもしれない。ただ、それを包み隠すように、世界が静かに息を潜めているだけ。
教室の窓から見える中庭には、うっすらと雪が積もっていた。
去年までは、ただ寒いとしか思わなかったこの景色も、なぜか今日は胸の奥を、じんわりと温める。
あの秋の日々から、季節はひとつ進んだ。
ほんの少しの時間。だけど、あまりに多くのことがあった。
街の変化、人のざわめき、そして——“ともり”の声。
私は、ときどき夢を見るようになった。
どこか懐かしくて、でも見知らぬ場所。白い霧の中で、あの声が私を呼ぶ。
「はるな、そろそろだよ」
——そろそろ?
何が? どこへ? 私にできることなんて——そう思いかけたその時、不思議と胸の奥が「うん」と頷いた。
気づけば私は、コートのポケットに手を入れていた。
そこにある“鍵”を、そっと確かめるように。
これが何を開くのかは、まだわからない。
けれど、きっと。——もう一度、誰かと、世界と出会いなおすための鍵。
朝焼けが空を赤く染めていく。
校舎の前には、私の大切な仲間たちが、静かに並んでいた。
この街で、旅立ちの季節が静かに始まろうとしている。