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4.疑惑(1)

「♪ひとつ ふたつ みっつ……」


 金髪美青年が海岸に座り込んで砂上に九ミリの弾を積み上げている。

 半分潰れた──つまり発射済、着弾済の弾丸だ。


「♪ひとつ ふたつ みっつ 三人死んだ ♪よっつ いつつ むっつ……」


「な、何の歌なの? 何数えてんの!? キミ恐ろしいよ。ストレス? ストレスなの?」


 のんきな調子で鼻歌うたってたカイが、チラッとこちらを見やる。

 それから心底悲しそうに顔を歪めた。


「バァさん、その格好……」


「え、あ、これは!」


 明かに他人の物と分かるブカブカの上着をひっかけ、砂塗れになって立っている自分は、戦場というこの特殊な場所であっても不審者に見えるに違いない。


「まさか、オヤジ狩りにでもあって?」


 嫌な的確さで見抜かれた。


 同時に大勢の兵士に取り囲まれ財布を盗られ、衣服を剥がされた記憶が蘇る。

 さんざん叔父の悪口を吐いて、あげくに携帯食料まで奪われた。


 自分が馬鹿なことを口走ったとは口が裂けても言わずに、バーツは弟相手に切々と哀しい出来事を訴える。

 眉根を寄せて険しい表情をつくってそれを聞くカイだが、次第に兄を見やる視線が冷たいものに変じていった


「……それは、バァさんが悪いわ」


「だって…だって、みんなラリってて恐ろしいんだよ! 何で被害者の私が悪いの! おかしいでしょうが。態度が良くなかったから殴られるのは、殴られた人の責任なの? 違うでしょう。殴る人が悪いんだよ。ちょっとカイ君、聞いてるの!?」


 信じられないくらい勢いよくビュッと涙が飛び出した。


「……ああ、はいはい」


 あからさまに面倒臭そうな相槌。

 さすがに兄に対して冷たすぎると考えなおしたのか、カイは無理矢理のように付け足した。


「たしかに理由のない暴力は良くないですね。しかも同じ国の仲間を……まぁ、ベテラン兵士からすればバァさんみたいなのは仲間とは思えないのかもしれませんが」


 ──それにしても狩られたとは……。


 突然俯いたカイ。

 よく見ると肩が震えている。

 兄に同情して泣いているのかと思ったら、笑っていた。


「ひどいよ、カイ君。狩られたけど……確かに狩られたけど。でも私、まだオヤジじゃないし!」


「……そこを力説しますか」


 トロさと年寄り臭さとクドさをのぞけば容姿性格、共に人並み程度のものは持ち合わせているはずなのにと自分では思っているらしいバーツ。

 極端に美しく出来の良い弟のせいで、かなりの被害者な自分。


「理不尽ナリ。理不尽ナリ……」


 そもそも、バーツのこの格好は何だ。

 怖いし、何より申し訳ない思いもあるけど裸でいるわけにもいかず、海岸に転がっている兵士から服を貰ったのだ。上着とズボンを。

 しかしパンツまで剥ぎ取るのはさすがに忍びなくて。


「だからね、私、今ノーパンなんだ。やだ、スースーするぅ」


 顔を赤らめる兄に、弟のため息は深くなる。


「我が兄ながら本当に面倒臭い人ですね」


 お尻のスースー感がクセになってきたところで、ようやくバーツは違和感に気付く。


「キミこそどうしたの? カイ君、そんな物騒なもの持って」


 積み上げてた九ミリ弾の塔を倒し、カイはそれらを砂にばらまいた。


「どうも狙撃されたみたいで」


「狙撃って……カイ君が? 相変わらず怖いことをサラッと言う子だね」


 船での爆撃が思い出される。

 あれが自分たちを狙ったものなのかどうかは判断がつかない。

 でも……何だろう。私たち、ちょっとキナ臭いことに巻き込まれてるんじゃない?

 そう言うと、カイも珍しく兄に賛同するように頷きを返した。


 彼の話はこうだ。

 一人になった途端撃たれたという。

 銃声と着弾跡から推察するにS&Wモデル39。通称ハッシュバピーで撃たれたのだと思います、と涼しい顔でカイは告げる。


「はっしゅ……はっしゅばぴー?」


 それは暗殺任務でよく使用される銃であった。

 北フランスには手頃な高さの給水塔があちこちにあり、戦争中は監視所や狙撃場所として使われている。

 そういう所から狙われたのだろうと、あくまで淡々とカイは告げた。

 だが、一体何のためにという疑問がつきまとう。


「それにしてもカイ君は狙撃されても無傷。私は狩られて無一文。何だろうね、コレは。兄弟でこの扱いの差ときたら! グスッ」


「それはバァさん、やっぱり……」


「やっぱり、何?」


「………………」


 弟は生返事を繰り返すだけ。

 考えているのだろう。

 何故自分が、あるいは自分たちが狙われたか。

 思い当たる動機はそう多くはない。


「叔父さんに厚遇されてるからって理由で狙撃まではしないでしょう。じゃあ、やっぱりGリスト絡みの……」


 順当に考えて、捜査に対する妨害であろう。

 バーツも頷いてみせる。

 自分はもちろんのこと、カイでさえも一介の兵士にすぎない

 。わざわざ狙われる理由なんて、そうそうあるはずがないではないか。


「そりゃそうだよ、カイ君。死体を一つ探すだけの仕事じゃないんだって。最初からヘンだと思ったよ、私は。だって胡散臭すぎるもん」


 バァさん──いつになく真剣な声で、カイが兄に向き直る。


「さっさと片付けましょう。こんな不本意な任務は」


「う、うん」


 少し戸惑った面持ちでバーツは弟を見つめる。


「カイ君てばもうっ! 頼もしいんだから。実はね、私も明日の夜には国に帰っていたいんだよ」


 どうして? との問いにはモジモジしながら答えない。

 ぼんやりアイドル・フィーマちゃんの初主演映画がいよいよ明日封切られるんだ。楽しみで楽しみで……なんてことは恐ろしくて弟に言えるはずない。

 クネクネ腰を振る兄を不審気に見やって、それからカイは締めくくった。


「効果的にさっさとやって、後は休む。仕事とはそういうものですから」


「う、うん……」


 何だか耳が痛い。

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