3.追跡調査(2)
「目潰し金的だ。エイッ!」
取り囲む数人のうちの一人に両手親指突っ立てて突進する。
「エエイッ!」
「は、何?」
ごくあっさりとかわされ、地面に潰れ落ちる。
「あ痛っ」と情けない悲鳴をあげたところをみると、地面に手をついた時に突き指をしたようだ。
「な、なぁ、もうやめてやろうぜ。さすがにかわいそうだ」
「そ、そうだな。財布も可哀想なくらい金が入ってねぇよ」
砂塗れになってべそをかくバーツを立たせてやると、周囲の面々もそれぞれ頷く。
上陸作戦の激戦を経た兵士たちの、これはささやかなストレス発散だったのだろう。
各々バーツから離れ、平常の待機モードに変わる。
煙草を吸い始める者、バーツにハンカチを放ってくれる者。
中には膝についた砂を払ってくれる兵士もいる。
「悪かったな、さすがにやりすぎた。おもしろかったけど」
やさしい言葉をかけてくれる者すらも。
「あぁぁ、これがツンデレなの?」
「それでコイツは何でこんな所にいるんだ? ケーキ大尉のコネで、クォーク兄弟は出撃を免れたんだろ。腹たつな」
「あ、ああ、いや、まぁ……あの、そういうわけでもなくて」
顔面に煙草の煙を吹きかけられ、バーツは激しく咳込む。
臭ッ、苦ッ! とも言えず言葉を濁した。
再び沸き上がった叔父への不平不満から、暴力が再開されては敵わない。
「いや、あのGリストを……いや、あのぅ」
秘密裏に捜査しろって言われてたっけ。それで聞き込みって矛盾してない? そこを上手く聞けってか? 難しいよ、ソレ。
雑談の中に都合よくGリスト死亡の目撃談でもありゃ、それで仕事はあらかた終わるわけだけど。
Gリスト云々とブツブツ言うバーツを前に、兵士たちは顔を見合わせた。
煙を吐き出してニヤリと笑っている。
Gリストの名を知らない者はいない。
我が軍に英雄がいるというのは、それなりに気分の良いものなのだ。
「オレ、Gリストのメダル見たことあるぜ」
「オレも。でも意外とチャチいのな。お菓子のメダルみたい。そうだ。Gリストっていったら、オック岬で砲台確保したって活躍聞いたぜ」
「防衛拠点のヴィエルヴィル占拠に成功したのもGリストのおかげだって」
口々に、我が事のように自慢を始める。
「フムフム」
出てきた地名をとりあえずメモっておこう。
バーツはこっそりノートを開いてペンを走らせる。
「みんな、Gリストの話すると何だかちょっと楽しそうだね?」
そりゃあな、薄く笑った一人の兵士が吸い終わった煙草を踏み潰した。
「なぁ、二日前のあの上陸戦……オレはあの場に居たんだ。分かるか? 物凄い爆撃音で何も聞こえねぇんだよ。味方が次々と砂の上に倒れていって、オレらはその上を跨いで行ったんだ。でも何も感じねぇの……」
「………………」
バーツは言葉を失った。
そういう時、英雄は心の支えになると言う。
バーツが思うよりずっと、Gリストは兵士達にとって重い存在であるのだ。
同じ体験をした者が多いのだろう。
周囲が一瞬、静まり返る。
そんな中、小さな声の囁きが起こった。
「Gリスト、最近何か嗅ぎ回ってるらしいって」
「知ってる。何かの捜査らしいって聞いたけど」
「捜査ってどういうこと?」
そこを詳しく! ノート片手に詰め寄るバーツに一瞥をくれて、兵士たちは肩を竦める。
「知らないけど、半年前のあんな感じのことじゃね?」
「汚職事件があったろ。上層部が一斉摘発された例の」
「だよな。あの事件でケーキ大尉……あ、クォーク大尉がえらく繰り上げ出世したんだからな。アホのくせに」
アホアホ言いまくりだ。知らないくせに遠慮なく言うな、この人たち。
そうだよ。結局、悪いのはお前らだろ──話が振り出しに戻りそうな雰囲気が漂い、バーツは強引に話題を変えた。
「み、みんな煙草持ってるよね。私は吸わないんだけど、何となく兵士っぽいもんねぇ。銘柄はゴールド? ほら、これと一緒?」
ポケットから取り出したのはギリギリまで吸って短くなった吸殻の巻紙の切れ端だった。
GOLDの文字は消えているが。
「実はコレ、海岸にポイ捨てられてたやつ。拾ったの。地球環境のために!」
「は?」
兵士たちが怪訝そうに顔を見合わせる。
「ウッソ!」
バーツは突然叫びだした。
「地球のためだなんて、ウソ。実はこんな吸殻集めて、残った葉っぱを全部バラして天日で乾かしてからもう一度紙でくるんで売るつもり。アハッ!」
弟相手には怖いのでそこら辺の奴に、と心の中で付け足す。
「GOLDは高いらしいから、いい商売になると思うんだよね。ねぇどう思う? これでお金貯めて独立しようかなぁなんて」
「何の宣言してんだよ! 本気で言ってんのか!」
「ど、どう? 吸殻ちょうだい……えっ、怖い」
「ふざけんなよ。殺すぞ!」
予想外に険悪な感じで、兵士らがバーツを取り囲む。
話題のチョイスを誤ったと気付いた時には彼は再びベルトをむしられ、携帯食料を奪われていた。
「あぁぁ、やめて。やめてっ! あううんっ!」
最終的に身ぐるみはがされ、海岸に放置。
「あぁぁん」
弟クンに発見されるまで、このまますっ裸で転がっていようと決意すると同時に、心の中で何かが弾ける。あぁぁ、これぞまさに放置プレイ。
「変態じゃないよ、私。変態ってほどじゃないけどね……でも、何かイイの」
しかし、あまりの寒さに五分で挫折したバーツであった。