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3.追跡調査(1)

 私、狩られてるの?

 私、今、狩られてるよね。


 寄ってたかって財布と腕時計を盗られた。

 反抗したら平手で殴られる。拳や銃底じゃないだけまだマシか。


「アゥゥン!」


 ……変な声が出た。


「コイツ知ってるぞ。ウェイマスのクォーク大尉の甥っ子兄弟のダメな方だ」

「そうそう。たしか……バァさん?」

「そう、バァさん!」


 ──何で?


 バーツは声にならない叫びをあげる。

 何で見ず知らずのこの人たちまでその名で呼ぶの? だから何なの、このあだ名の浸透っぷりは。

 そう。自分の素性がバレたところから理不尽なカツあげが始まったのだ。


「クォーク大尉ってケーキばっか食ってるあのアホ?」

「見ろよ。甥もバカ面だ」

「コイツも毎日ケーキ食ってんのか。腹立つな」


 ひぃ。誤解だよ。

 て言うかケーキって……。その不平もどうよ?


「だいたいコイツらみたいのが居るからいけないんだろ。軍は世襲制じゃねぇんだよ。コイツら、特権階級的に不当に権力を独占しやがって。給料いくら貰ってんだ。こんなの民主主義じゃねぇよ」


 一人の兵士が突然叫び、その辺の奴等が「オーッ!」と賛同した。


 アレ? 何、この雲行き?

 叔父さんって特権階級ってほど上の人でもないはずだけど。ていうか私、恩恵受けたこともないんだけど。


 これは無能だと評判の叔父の人望の無さゆえのとばっちりだと結論付け、涙ながらにバーツは叫んだ。


「カイ君、助けてぇぇ!」


 だからバラバラに聞き込みなんて嫌だったんだ。

 味方同士なのにこんなヒドイことするなんて……まさに暴力の支配!

 アメリカ軍ってこんなにも恐ろしい。


「やめてよ、叔父さんと私は関係ないよ。私はポエムを作るしか能がないんだから」


 ボソボソ声を聞き咎められた。

 兵士たちが輪になってバーツを取り囲む。


「ポエムとか言ってるよ、コイツ」

「将来の見通し、甘っ!」


 ……そこまで罵られると逆に気持ち良くなってしまう。


「まぁ、弟の方は確かに頭もいいし優秀だよな。出世も納得だよ。ありゃ実力だわ。でもコイツはなぁ」


「ひぃ、許して。助けて、カイくーん!」


 しかし弟が助けに来てくれるはずもなくて。

 そもそもこんな事になったのだって、武器オタのドS様の有無を言わせぬ命令だったわけだし。


     ※ ※ ※


 この辺り、五百万発の地雷が埋まってるらしいですよ。

 キラキラした双眸で言われたのが、今からほんの十五分ほど前のこと。その横顔をチラチラ見上げる。


「……ムカツクくらい格好良いな、この子」


 きめ細かな白い肌と、サラサラと風になびいて音たてる金髪。

 澄んだ青の双眸とツンと尖った鼻梁。

 悪口と意地悪を吐きまくる口も、黙ってさえいれば形の良いものに違いない。


 クソー、パスタ食べてる時にクシャミして、鼻から麺が飛び出りゃいいのに。

 それか全部の指、突き指しろ。こけて捻挫しろ。


「何か?」


「あ、いえ。何でもアリマセン」


 二人でくっついていても時間の無駄です。別々に聞き込みをしましょうと言いだしたのは弟である。

 気を付けてください、バァさん。サラッと言い捨てて、カイはとっととその場を去ろうとする。


「気を付けろって言っても、気をつけようがないよね。そもそも敵に会っちゃったらどうするんだよ。素手だよ、わたし?」


 キラキラいい笑顔を持続させたまま、カイは空を見上げた。

 目だけが異様な光を湛える。

 頭の中で多分、仮想の敵と戦っているのだろう。そんな表情。


「万一、敵に遭遇した場合。まず左右の親指で相手の目を潰して、すかさず顎に蹴り。さらに金タマを蹴り上げるんです。すべての動作を二秒以内で。いいですね。ハイ、復唱」


「マズサユウノオヤユビデ……いやいや、目潰し金的って。カイくん、それって思いっきり非人道的じゃないの」


 実はちょっと苛ついているらしい弟クンは、適当なアドバイスを残してノルマンディーの戦場を横切って行ってしまった。

 最早呼び止める理由を探せず、バーツはポツンと取り残された不安に身を震わせる。


「聞き込みったってどうしたら……」


 この辺りに点在する連合軍終結ポイントには、今や多数の兵士が集まっているはず。

 手分けして聞き込みを行う。

 Gリスト情報を得るための、それが初動捜査であった。


 完全に弟に仕切られていた。

 彼にはここオマハに展開する部隊の動きがすべて頭に入っているようで、聞き込みポイントを出来の悪い兄・バーツにも分かるように的確に指示してくれたものだ。


「調査ったってここってちょっと前まで激戦区だったわけだし。まともに聞き込みや取調べなんてできっこないよ。令状すらとれないありさまだから、兵士は誰も協力なんかしてくれないよ。そもそも極秘の捜査なのに何をどうやって聞けばいいの」


 そこは上手いことやれって言うんだろうけど──出来るかっ!

 足元の砂をつかんで前方に放り投げる。

 いかなる時でも叔父の名前と立場をガンガンに利用できる弟は、ある意味すごいと思う。


「私、そこまでできないよ。これでもかなりの常識人だもの」


 そんな感じで彼はトボトボと道路沿いに進み、そして小さな集落に行きついたわけだ。


 連合軍の目標集結地点は、大概海岸近くの町や村である。

 現地人は疎開していて、元来人の気配がない所だ。


 そこに彼らの軍用ジープや戦車が好き勝手に停められ、兵士たちがそこかしこに屯しているという戦場特有の光景が広がっている。

 出入りも慌しい中、部外者とはいえ、アメリカ軍の制服を来たバーツが入り込んでも誰も止めやしないはずだった。


 ──それが何で私、狩られる側に?


 中身を抜かれた財布で額を叩かれる。

 もう止めてっ、助けてと叫び声をあげた時のことだ。

 弟クンの助言を思い出した。


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